週刊READING LIFE vol.191

スライムと玉葱と《週刊READING LIFE Vol.191 比喩》


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2022/10/31/公開
記事:種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「まるで、スライムのような玉葱だ、です」
Mちゃんは、ちょっと得意げに、ふっくらした頬を上気させながら言った。わたしが中学生だった頃の、国語の時間の出来事だ。比喩表現を習い、「まるで○○のような○○だ」という文章をそれぞれ考えて、発表しているところだった。
 
「まるで綿菓子のような、おいしそうな雲だ」
「まるで本物の仔犬のような、ぬいぐるみだ」
 
そうだね、なるほどね、と生徒たちが発表した比喩表現を聞きながら、先生は黒板に書き写していた。そして、最後に発表したのがMちゃんだった。
 
スライムをご存知だろうか。あるゲームに出てくる人気のキャラクターだ。しずくの形をして、からだ全体がぷるんとしていて、くりっとした目の可愛らしい顔をしている。絵を描くことが上手なMちゃんは、いつもノートの端っこに大好きなスライムの絵を描いていた。そういえば、丸顔で大きな目が印象的なMちゃんは、スライムに似ていた。でも、国語の年配の先生は、そのスライムを知らなかった。
 
「スライムって、なんのことかしら?」スライムを知らない先生はMちゃんに質問した。Mちゃんは、パッと顔を輝かせて、立ち上がって説明を始めた。「スライムはゲームに出てくるキャラクターで、玉葱にそっくりな形をしています。あんまり強くはないけど、可愛いんです」そしてそのまま前方の黒板まで歩み出て、先生の隣に立って、スライムのイラストを描き始めた。美術部員でもあるMちゃんが描くスライムは、完成度が高かったから、クラスメートは皆、おお、と歓声をあげた。クラスのなかでスライムを知らない子は、多分いなかったと思う。上手に描けたわ、と満足気に自分の席に戻ったMちゃんは、黒板に大きく、大好きなイラストを描けて嬉しそうだった。
 
なるほど、確かに玉葱に似ているわね、と黒板に描かれたイラストを見て、先生はつぶやいた。そして、Mちゃんに、というよりはクラス全員に向かって、説明を始めた。
「スライムのような玉葱だ、ではなくて、玉葱のようなスライムだ、という表現が正しいですね」
あ、やっぱり、とわたしは思った。スライムのような玉葱、という表現に違和感があったからだ。先生は続けて言った。
「比喩とは、なにかを説明するとき,相手のよく知っている物事を借りてきて,それになぞらえて表現することです。だから、比喩表現を使うときは、まず、間違いなくみんなが知っているだろう、という事象やモノがあって、それに似ているものを見つけたときに使います。この場合は、玉葱が大前提で、スライムはそれに似ているものなので、玉葱のようなスライムだ、が正しい表現です。スライムのような玉葱、だと逆転してしまいます」
玉葱とスライムを比べたら、玉葱のほうが認知度は高いから、そうなるよね、とクラス中に納得した空気が漂って、そのまま、授業はつぎの内容に進んでいった。でも、納得していない人がひとりだけいた。Mちゃん本人だった。Mちゃんは口を尖らせて、小さな声でつぶやいた。
「でも、玉葱はスライムに似ているんだもん」
きっと、聞こえていたのは隣の席にいた、わたしだけだったと思う。Mちゃんはほんとうに悔しそうに、下を向いていた。
 
玉葱とスライムの形は、確かに似ている。先生は、玉葱とスライムが似ていないと言ったわけではないし、この二つを使って比喩表現を作ることが間違いだ、と言ったわけでもない。順番が違うと言ったのだ。だからMちゃんが見つけた比喩表現の題材は否定されたわけではないのだけれど、Mちゃんは殊更に、この順番であることにこだわっていた。わたしは不思議だなあ、と思ってこの出来事がずっと忘れられずにいた。Mちゃんがスライムのことをとても好き、というだけではないのかもしれない、とも思っていた。

 

 

 

比喩表現とは、なにかをなにかに例えることだ。ふたつの物事があって、そのふたつに共通のなにかを見つけ出したときに使うことができる。誰かになにかを伝えたいときに、比喩を使うことで自分が表現したいことを、相手は具体的にイメージしやすくなるので理解のズレも起こりにくい。
 
なにかを伝えたいときに、言葉だけで説明しようとすると、意外と困難な時がある。こんな様子で、こんなことができて、こんなおもしろいことがあるんだよ、とたくさんの言葉を並べて相手に理解してもらわなければならない。話したい内容が相手にとって未知なものであったり、深く知らないようなことであったりする時は、よりたくさんの説明をしなければならない。そんな時に比喩表現は便利だ。なにかとなにかを並べることで、イメージしやすくなる。言葉だけで説明するときは、受け取った相手はその言葉を頼りに想像して理解しなければならないけれど、比喩を使うことで、具体的なイメージとしてそのまま受け取れる。わかりやすい例えであればあるほど、直接映像を受け取ったように感じるほどだ。
 
だから、言葉だけではイメージしにくい、小さな子どもと話をするとき、わかりやすく理解してもらおうとすると、比喩を使って話すことがある。その子がよく知っているものに例えてあげると、興味を持ってもらいやすいし、反応もいい。
「〇〇くんのおなかは、たぬきさんみたいなポンポコリンのおなかだね」
「お月様みたいな、まあるいホットケーキを作ろう」
息子がまだ幼かったときに、ちょっとでもわかりやすく、イメージしやすくお話を楽しんでもらいたいと思って、たくさんの比喩を使っていたことを思い出した。そして、子ども自身も自分ができる限りの精一杯の比喩表現を使って、お話をしようとがんばっていた。子ども自身が知っているモノ、コト、すべてを総動員して、自分の世界にあるものと、もっと広い世界とを繋げるかのように。だから、小さな子どもは自分が知っている世界がまず基準で、それに似ているモノを見つけたときに、やっと比喩を使える。自分の世界がまず主になるのだ。その二つの世界が上手に繋がって、話をしている相手が「うん、そうだね」とうなずいてくれたとき、息子はとても嬉しそうにしていた。それはまるで、自分の感じている世界を認めてくれたような気持ちだったのではないだろうか。

 

 

 

もしかしたら、ふたつを比べた時の順番は、そのふたつの物事に対して、表現する人が、いかにその物事に対して向き合っているかによって変化するものではないだろうか。どれだけその物事を好きなのか、あるいは大事なものと思っているのか、が大きく影響するのだと思う。一般的にどちらがより認知度が高いか、を判断して順番を組み替えることは、経験と学習のうえで、行うことなのではないか、と思うようになったのだ。
 
Mちゃんが幼くて、一般的な認識があまりなかった、言っているわけではない。Mちゃんはもちろん、知っていたはずだ。あえてスライムを主として表現したのだと思う。それは、Mちゃんにとってスライムのほうがより大きな存在だったからだ。だから、先生に「スライムより玉葱のほうが上」という指摘をされて、スライムを大好きだという自分の世界を否定されたように感じたのでないだろうか。少なくとも、Mちゃんは玉葱よりスライムのほうが主である世界観をもっていたはずだ。
 
国語の解答としては、やっぱりダメかもしれないけれど、わたしはこのMちゃんの解答はとても素敵だと思った。スライムを基準にした世界観を持っているって、なんだかとっても夢がある。楽しいじゃないか。それに、あえて「スライム」主体の文章を言ったとしたら、聞いた人はあれ? という違和感を持つはずだ。あのときの国語の先生だって、もし、Mちゃんが「玉葱のようなスライム」なんて模範解答をはじめから答えていたら、きっと「スライムは玉葱に似ているのね」で簡単に終わってしまっていた。あえて違和感を持つような文で、スライムとはなんであるかを詳しく説明するチャンスを増やしたのだとしたら。スライムが大好きでスライムを他の人に知ってもらいたいと思う、Mちゃんの戦略だったとしたら。Mちゃんの勝ちだ。たとえて言うならば、試合に負けて、勝負に勝った、とでも言うべきだろうか。いや、Mちゃんがそんなことを考えていたかどうかは、わからないけれど。
 
いま、2人の子どもがいて素敵なお母さんになっているMちゃん。Mちゃんは、玉葱を見て、どう思うのだろう。立派な大人になってしまったから、先生みたいに「玉葱のようなスライム」と言うのだろうか。もう、「スライムのような玉葱」とは思わないのだろうか。いや、いまでも「スライムのような玉葱」と言っているMちゃんであってほしい。そんな可愛いお母さんのほうが、きっと家族は楽しい。次にMちゃんに会ったときには、聞いてみよう、そしてわたしも、言ってみようと思う。「スライムのような玉葱」と。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2022-10-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.191

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