ショーウインドウに映る空は、本当は何色だっただろう《週刊READING LIFE Vol.214 もう一度、あの街を歩けるなら》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/5/8/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「ヨーロッパに行くんやったら、欲張ったらアカンで」
そんなアドバイスをくれたのは、当時私が勤めていた商社の海外部門の課長だった。
翌年に結婚を控えていて、それと同時に9年勤めた会社を寿退社する予定になっていたので、それまでに一度でいいからヨーロッパを旅行したいと思っていたのだ。
商社で、海外に詳しい周りの人間たちは、ヨーロッパ旅行では欲張って数か国を回ってはいけないと言うのだ。
特に、パックのツアー旅行となると、早朝にスーツケースを出さなくてはいけなかったり、スケジュールをよくみたら、一泊ですぐにまた別の場所に移動があったりして、それは、それは、疲れる内容が多いというのだ。
何分、初めてのヨーロッパ旅行で、あれもこれもと欲張りたくなる私だったが、ここは海外を熟知する上司たちの意見に耳を傾けたのだ。
そこで選んだのが、イタリア、フランスの二か国のパックだった。
イタリアは、ローマ、フィレンツェ、ヴェニス、そしてパリ。
これくらいの内容だったら、最低2泊は出来るし、移動もキツくはないだろう。
ヨーロッパ旅行の素人にしては、上々のチョイスだったと思う。
当時、世はバブル全盛期。
結婚を控えていながらも、ヨーロッパ旅行へ行こうと思えるほどの世の中の風潮と懐具合があったのだ。
クレジットカードの限度額をアップしてもらい、外貨もしっかりと両替をして、準備万端で西へと飛び立った。
初めてのヨーロッパで、まず降り立ったのはローマだった。
コロッセオを見学した時には相当感激したことを覚えている。
あの、世界史の教科書で見た、巨大なドーム型の遺跡。
これが2000年ほど前に創られたのかと思うと息をのむような感動の瞬間だった。
ここで、古の昔、数々の闘いが行われたのかと思うと、興奮しそうになった。
それから、真実の口、トレヴィの泉、スペイン広場と、ガイドブックに載っている観光名所を巡った。
お決まりのコース、ツアー旅行のあるあるかもしれないが、初めて見るそれらにはとても感動したものだ。
そもそも、なぜヨーロッパに行きたかったのか。
もちろん、歴史の建造物や名所を巡りたいという願望も強くあった。
表面は、それこそが海外旅行だと思い込んでいたのだ。
ところが、当時20代だった私にとって、もう一つの魅力は、買い物だった。
どちらかというと、その思いの方が勝っていたと思う。
バブル全盛期、日本人の観光客は東南アジアやヨーロッパ、アメリカへと盛んに旅行に出かけていた。
それらの目的の多くが、買い物だ。
あの時代、20歳そこらの私までもが、多くの給料をもらい、アフターファイブには買い物や食事会、飲み会へと流れて行っていたものだ。
それが普通のことで、まっすぐ家に帰るということが、体調の悪い時ぐらいだったといっても過言ではないのだ。
皆が浮かれていて、お金も10000円を1000円くらいの気持ちで使っていた時代だった。タクシーに乗っても、小銭のおつりにたいして、「おつりは結構です」と、20歳くらいの私までもが言っていたのだ。
なので、海外旅行であってもそれは同じだった。
当時、ファッション雑誌では、海外のブランドのバッグやスカーフ、靴などが良く紹介されていた。
初めて聞くようなブランドであっても、「へぇ~、これが有名なんだ」と、その由緒あるブランドの歴史をロクに知りもせず、ただ皆が持っているからという理由から手に入れていた。
海外旅行へ行く前に、ツアー内容をよく吟味したのと同じくらい、どこにどのブランドがあるのかを調べていた。
ツアーで連れて行ってもらえる観光名所では、感動し、しっかりと目に焼き付けてはいたものの、その後の自由行動ではひたすらブランドショップ巡りをしていた。
ツアーの日程が進むにつれ、私のスーツケースには色とりどりのブランドショップの箱が詰め込まれていった。
それだけの買い物が出来るくらい、自由に使えるお金は持っていた。
何の問題もなく、誰にも迷惑をかけることなくそれらを手に入れることは出来ていた。
でも、あれから30年ほどが経った今、あのヨーロッパの街並みが思い出せないのだ。
ローマのコロッセオは古い歴史を感じ、この時代まで残っていることが奇跡のように思えたことを覚えている。
写真に残る、名所の観光地はそれなりに感動をしたことも覚えている。
ところが、フィレンツェの街並みの街路樹はどんなふうだったのだろうか。
ヨーロッパ特有の石畳の感触はどんなものだったのだろうか。
ヴェニスの運河の色はどんなモノだったのだろうか。
そこは、どのような匂いがしていたのだろうか。
お天気に恵まれていたけれど、あの抜けるような青空は、私はブランドショップのウインドウ越しにしか覚えていないのだ。
ブランド物の買い物のことばかり。
「〇〇ブランドの△△というパンプスをどうしても買わなくては」
そんなことに意識を注いでいたのだ。
そもそも、ヨーロッパ旅行に行きたかったのは、買い物が中心ではなかったはずなのに。
結婚前に最後に自由にゆったりとした日程で、ヨーロッパの歴史ある街を巡りたかったはずなのに。
バブル期だったのが悪かったのか。
ファッション雑誌に浮かれていた私が悪かったのか。
今ではちょっぴり残念な思いがする。
せっせと買い集めたそれらのブランド品は、今は一つも手元にはない。
モノは使おうが使うまいが、時間の経過とともに、状態は劣化もするし、気持ちの旬も終わってしまうからだ。
でも、あの30年も前のヨーロッパ旅行で見た、コロッセオの壮大さ、真実の口のひんやりとした石の触り心地、トレヴィの泉の水の冷たさ、スペイン階段のアイスクリームの匂い。
そういった記憶は薄れていないのだ。
もしも、また、あのヨーロッパ旅行で行った街を歩けるならば、今度こそはブランドショップのショウウインドウばかりに目をやらず、足元の石畳の色合いや感触を味わったり、ヨーロッパの空の色を眺めたり、街独特の匂いを楽しんでみたいものだ。
何よりも、そういった記憶こそが、いつでも自分の心の中から好きな時に好きなだけ引き出せて、何度も味わい、感動を呼び起こすことが出来るからだ。
カタチある物でなく、いつでも引き出せる経験と記憶。
こちらを大切にしたヨーロッパ旅行にまた行ってみたと思う。
□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。
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