心と身体の再起動スイッチ

『治す側が壊れた日――「心と身体の再起動スイッチ」連載企画への想い』《“治す側”から”治される側”を経験した作業療法士が教える『心と身体の再起動スイッチ』》


*この記事は、天狼院書店のライティング・ゼミを卒業され、現在、天狼院書店の公認ライターであるお客様に書いていただいた記事です。

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2025/8/4公開
記事:内山遼太(READING LIFE公認ライター)

”治す側”だった僕が、ある日”治される側”になった。その瞬間、世界が静かに崩れていった──。

制服のボタンが留められない。右腕が動かない。これは、他人事だと思っていた。作業療法士として患者さんと向き合っていた日々から一転、自分自身が「動かない身体」と向き合うことになるなんて、想像もしていなかった。この体験が、やがて「心と身体の再起動スイッチ」という連載企画を生み出すきっかけとなった。

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2021年の夏、僕は作業療法士として病院で働いていた。終末期医療の現場で神経難病の方々のリハビリに携わり、延べ500名以上の患者さんと向き合ってきた。「できない」を「できる」に変える仕事。失われた機能を取り戻すお手伝いをする毎日だった。

終末期上級ケア専門士・認知症ケア専門士としての知識も活かしながら、「その人らしい生き方」を支える。それが僕の使命だと信じていた。新人療法士向けのセミナー講師としても活動し、現場で出会う「もう一度◯◯したい」という患者さんの願いを形にするための執筆活動にも力を注いでいた。

そんなある日、右腕に違和感を覚えた。最初は軽い痛みだったが、日を追うごとに悪化していく。そして診断された病名は「胸郭出口症候群」。首から腕にかけての神経が圧迫され、右腕の機能が著しく低下してしまう病気だった。

患者さんを支えるはずの右腕が、思うように動かない。介助どころか、日常生活すらままならない状況に陥った。「治す側」から「治される側」への転落。それはまるで、家中の電気が一瞬で消える「停電」のような感覚だった。

明るかった世界が急に暗くなる。当たり前にできていたことが、突然できなくなる。スイッチを押しても、電気がつかない。そんな絶望的な状況に、僕は放り込まれた。

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「停電」状態とは何か。それは心と身体が”自分”とつながらなくなる感覚だった。

これまで患者さんから聞いていた言葉が、今なら本当にわかる。「やる気が出ない」「身体が自分のものじゃない気がする」「何をしていいかわからない」──。

作業療法士として7年間働き、数多くの患者さんの声に耳を傾けてきた。僕はこれらの言葉を理解していたつもりだった。しかし、それは表面的な理解に過ぎなかった。頭で考えた理解と、身体で感じる理解は全く別物だったのだ。

右腕が動かなくなって初めて、患者さんの苦しみの深さを知った。それは単純に「動かない」ということではない。自分の身体が自分の思い通りにならない絶望感。これまで当たり前にできていたことができない喪失感。そして、「もう元には戻らないのではないか」という不安。

患者さんはこんな想いを抱えながら、毎日リハビリに向き合っていたのだ。僕はそのことを、本当の意味で理解していなかった。

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病院での治療と並行して、僕は自主的にリハビリを始めた。ストレッチ、呼吸法、感覚への集中。作業療法士としての専門知識があるからこそ、自分なりにアレンジしながら取り組んだ。

最初は全く変化がなかった。動かない腕を見つめながら、「もう元には戻らないのかもしれない」と何度も思った。でも、諦めたくなかった。これまで500名以上の患者さんに「諦めないで」と言い続けてきた僕が、ここで諦めるわけにはいかなかった。

そんなある日、小さな変化が起きた。右腕が数センチ、いつもより高く上がったのだ。たった数センチ。健康な人には何でもない変化だが、僕にとっては希望の光だった。

その瞬間、“心が身体に戻ってくる”感覚を味わった。まるで停電していた部屋に、少しずつ電気が戻ってくるような感覚。これが「再起動」なのかもしれない、と思った。

再起動とは、専門的な治療だけでは完結しない。自分自身の小さな挑戦の積み重ねが、心と身体をつなぎ直していく。そのことを、身をもって実感した瞬間だった。

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回復の過程で気づいたことがある。「セルフケア」とは単なる健康管理ではない。それは”自分自身と再びつながること”なのだ。

現代社会には、僕のような急激な不調ではなくても、「なんとなく不調」を抱えている人がたくさんいる。朝起きるのがつらい、やる気が出ない、身体が重い、心が晴れない──。

そんな人たちにとって、僕の体験は何かのヒントになるかもしれない。「治す側」と「治される側」の両方を経験した僕だからこそ、伝えられることがあるはずだ。

セルフケアとは、単なる健康管理ではない。それは”自分自身と再びつながること”なのだ。スマホを置いて目を閉じる。朝の深呼吸を3回する。いつもより丁寧に身体を洗う。そんな日常の小さな瞬間に、「再起動スイッチ」は隠れている。

この連載「心と身体の再起動スイッチ」は、そんな想いから生まれた。

専門的な知識よりも、共感を軸にした文章を届けたい。難しい理論ではなく、日常の小さな実践を通じて、読者の皆さんと一緒に「再起動スイッチ」を探していきたい。

僕自身、まだ完全に回復したわけではない。今でも右腕の調子が悪い日がある。でも、それでいいのだと思う。完璧な回復を目指すのではなく、「今日の自分」と向き合い、「今日の自分」なりにできることを見つけていく。

その過程で発見した小さな「再起動スイッチ」を、読者の皆さんと共有していきたい。きっと、あなたの中にも、まだ発見されていない「再起動スイッチ」があるはずだから。

あなたが最近感じた”心の停電”はどんな瞬間でしたか?

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この連載を通じて、僕が最も伝えたいことがある。それは、「完璧でなくていい」ということだ。

停電した部屋も、一度にすべての電気をつける必要はない。小さなろうそく一本でも、暗闇に光をもたらす。心と身体の再起動も同じだ。小さな一歩から始めればいい。

あなたが今、何かしらの「なんとなく不調」を抱えているなら、この連載があなたの小さな光になれるかもしれない。僕の体験談が、あなたの「再起動スイッチ」を見つけるヒントになれば、これほど嬉しいことはない。

一緒に、心と身体の再起動を始めませんか。そのスイッチは、あなたの中にもう、ある。

❏ライタープロフィール
内山遼太(READING LIFE公認ライター)

千葉県香取市出身。現在は東京都八王子市在住。

作業療法士。終末期ケア病院・デイサービス・訪問リハビリで「その人らしい生き方」に寄り添う支援を続けている。

終末期上級ケア専門士・認知症ケア専門士。新人療法士向けのセミナー講師としても活動中。

現場で出会う「もう一度◯◯したい」という声を言葉にするライター。

2025年8月より『週刊READING LIFE』にて《“治す側”から”治される側”を経験した作業療法士が教える『心と身体の再起動スイッチ』》連載開始。

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2025-07-28 | Posted in 心と身体の再起動スイッチ

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