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余命1ヶ月 ≪週刊READING LIFE Vol.334「それでも、あなたは笑ってた」≫


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/12/4公開

記事:藤原 宏輝(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

「それでも、あなたは笑ってた。‘余命1ヶ月’肝硬変で死にいたります」

と宣告された人とは、とても思えない。

私の尊敬する大好きな先輩……。

それでも、あなたは病室のベッドの上で、笑ってた。

ブライダル業界の右も左も分からない。

そんな私が起業した頃からずっと、お世話になりプライベートでも、今なおずっと仲良しの先輩。

先輩から‘余命1ヶ月らしいの’

というLINEが届いた時、私は歯医者にいた。

「痛いですか? もう少しですからね」

慣れた口調で、涼しい顔をして治療を続ける先生。

とにかく痛いッ!

麻酔が効いていないのか? 削られている所が痛いのか?

我慢できないくらい、痛い! 

‘死ぬほど、痛い’

もちろん、私は死んだ事はないのだけど

「出産は‘死ぬほど、痛い!’歯の治療なんて非じゃない」

うちのスタッフをはじめ、出産経験のある人たちからよく聞くが、残念な事に未経験の私には未知の世界なので、歯医者が一番痛い!

私にとっては‘歯医者の治療は、死ぬほど痛い!’のだ。

治療中は口を大きく開いたまま、涙目になりながら、痛い! とも言えない。

とにかく、痛いし苦しいし、歯医者さんは大嫌い!

「歯医者さん。もう、行きたくないなあ」

と思っていた帰り道、

‘余命1ヶ月らしいの’

というスマホの画面に浮かんだLINEの文字に目を疑った。

そして、慌ててLINEを開いた。

‘余命1ヶ月らしいの、

私、まもなく肝硬変で死んじゃうって。

先生から、言われちゃった’

私は‘余命1ヶ月’の文字の重さを正しく掴めないまま、呆然とした。

いったい、どういう事なのか? 

歯の痛みどころの話ではない!

‘大丈夫ですか? 大丈夫じゃないですよね?’と慌てて、返信した。

ことの始まりは、3ヶ月前の夏の暑い日。

先輩には腎臓の持病があり、たまたま病院で定期診察を受けた時。

発覚した‘肝臓胆管癌ステージⅢ’

その事を聞かされた時には、あまりの衝撃で私は言葉を失った。

その後、検査入院をして手術したが、癌は取り切れず、結局抗がん剤治療で。

という方針に固まった。と聞いていた。

「最近は癌くらいじゃ死なないし、抗がん剤は長期戦になるけど頑張るね」

先輩は不安だったはずなのに、1つ1つの出来事を真剣に受け止め意気揚々と

「これで、もっと長生きできるかも。とりあえず良かった」

と話していた。

それからはすっかり、日常生活に戻ったようだったので、私は少し安心していた。

私が慌てて返信してから、

‘思ったより、大事で’

‘せっかく、退院できたのに高熱が続いて、また入院になっちゃった’

やっと、数時間後に返信が来た。

返信が届くまでの時間が、とても長く感じられた。

返信を読み切るかどうか? 次の瞬間に居ても立っても居られなくなり、すぐに先輩に電話をした。

「また、戻されちゃった」

さすがに、少し元気がない感じだった。

さらに、追い討ちをかけるように、先輩は淡々と言った。

「余命1ヶ月、って言われちゃった」

言い方は軽やかだけど、LINEの文字よりも声で聞くと、なんだか空気だけが重く沈んだ。

私の歯の治療の痛みなんて、きっと先輩の痛みやツラさに比べたら……。

涙が止まらない、切ない。

泣いている事を、先輩に気づかれたらダメだ!

自分に必死に言い聞かせて、先輩の再入院への経緯を聞いた。

電話を切った後、先輩の状況に関係なく

「とにかくすぐに、神戸に会いに行こう!」

と決めた。

これまで先輩にずっと支えてもらい、私が苦しい時も叱咤激励をしてくれた。

先輩を“守る”だけじゃ足りない。

“攻めて守る”。

残された時間を防御とか、待つのではなく

「私には、何が出来るのだろう」

と考えた。

戦略的にデザインするブライダルの現場で磨いた、時間の価値を最大化する力。

それは「何の役にも立たないのか!」

と悔しさが込み上げてきた。

10日後、秋晴れの気持ち良い日。

私は、何とも言えない気分で西へ向かった。

神戸に着くまでの間も、ずっと涙が止まらなかった。

私には、何か出来る事もない。

何かやろうとしても、出来るわけもない。

とにかく「早く、先輩に会いたい」

その一心だった。

病院に到着するなり、急いで病室に向かった。

心臓がだんだん、大きく脈を打った。

‘きっと沈んだ空気が流れているだろう、なんて声を掛けたらいいのだろう’

そんな予感を抱えながら、

“先輩がどうしているのか? 落ち込んでいるのか? 会うのが少し怖い”

でも

“今すぐに、会いたい”

その二つが胸の中でせめぎ合い、さらに涙がにじんだ。

病室の前まで来て、一度深呼吸した。

病室の扉に手をかけた瞬間に‘覚悟’のようなものが喉の奥で固まり、胸の中で小さく震えた。

それでも私はゆっくり、病室の扉を開けた。

ところが、その先入観は秒速で裏切られた……。

午前中に輸血したと聞いていたが、そうとは思えないほど、先輩はいつものパワフルな様子のままで、ベッドの背を起こして仕事の資料に目を通していた。

しかも、輸血後とは思えない顔色で、

「来てくれたのね、ありがとう」

その元気そうな姿に、私は息を呑んだ。

‘余命1ヶ月’

と宣告された人とは思えない、元気な様子。

まさに! 先輩は“命が動いている人”だった。

さらにいつもの勢いのまま、私の方を見て、

「明日は、絶対に仕事に行かなきゃ! なの。そこのクローゼットを開けてみて」

とクローゼットの方に、クイッと指差す。

昔から何も変わらない勢いのある様子で、私に指示した。

「明日の洋服は、どれにしようかな?」

と嬉しそうだ。

その言葉を聞いて、状況が理解出来ず、

「えっ、あ、はい」

と私は慌てて、クローゼットを開けた。

そこへ、タイミングよくドクターが回診に入ってきた。

先生が何かを言おうとする前に、次の瞬間先輩は、

「先生、私もう退院します。」

あまりにも突然の発言に、ドクターは目を丸くして固まった。

看護師さんは、扉の側で驚きを隠せない様子だ。

その光景を見た瞬間、私の中の何かが崩れ、同時に再構築された。

心の重心が、ストン、と

先輩の強さ! へ、向けて落ちていったような気持ちになったのだ。

人は“責任”という言葉を軽く扱いがちだけど、先輩は違う。

学校の先生として、3月までは絶対に職務を全うする!

と決めているらしい。

でも、痩せ細った腕も、

点滴の針も、

少しだけ弱った声も、

宣告の現実を隠しきれない。

しかし、気力は凄まじかった。

看護師さんたちに協力してもらって、病室からオンライン授業をする時があるという。

「10日も入院したら、身体が鈍っちゃって。

まずは歩く練習しなきゃ。1階のコンビニ一緒に行こっ!」

私は驚きと動揺で、声も出せなかった。

しかし、彼女はベッドからヒョイっ! と立ち上がった。

ここまでくると、パワフル! という言葉を通り越していた。

その姿を見たドクターは、

「退院の件、検討します」

と、そそくさと病室から去った。

それからすぐに、1階のコンビニまで一緒に行った。

病室に戻ると

「お腹空いた、病院食じゃ、全然足りない! 美味しくないしね。

美味しいものを、もっと食べたい! もっと元気にならなきゃ! 

やりたいこと、まだまだあるから! 

やらなきゃいけない事も、たくさんあるし。

私、絶対に元気になるよ、諦めないからね」

と笑った。

この言葉を言える人は、まだ未来を諦めていない人だ。

「やりたいこと、まだまだあるから」

その一言は、静かな炎のように私の胸の奥で灯った。

「何から、食べようかな。どれにする?」

と嬉しそうに、早速スィーツを頬張っていた。

‘生きる理由’がある限り、人は簡単には倒れない。

それを直接こうして、目の前の先輩から学ばせてもらった。

“守る”を越えて“攻める”と決めたからだろう。

あの日から、2ヶ月が過ぎた。

先輩は今も癌の痛みと闘い、ツライ身体で普通の生活を送っている。

しかし病気と共に、生きている。

ただ“闘っている”のではない。

“全力で生きてる”

しかも、先輩からの連絡は、いつも通り。いや、それ以上に明るい。

「お正月は母と2人でね、美味しいおせちをお願いしたから、お家でのんびり楽しむわ」

人は未来を語れる限り、生きる力を失わない。

与えられた時間、この先どうなるか?

明日どうなるか?

もちろん、誰にもわからない。

「余命1ヶ月肝硬変で、死にいたります」

と告げられて、

それでも、あなたは笑ってた。

絶望に沈む人もいれば、残された日数を燃やし尽くそうとする人もいる。

1ヶ月しかないと思うか?

1ヶ月もあると思うか?

1ヶ月を乗り超えて、その先の‘未来’を創り出すのか?

その捉え方の違いが、生命の強度を決めるのかもしれない。

“病は気から”とは、本当によく言ったものだ。

「やりたい事は、徹底的にやる! 一点突破よ!

その先に笑顔があるって信じてる。

人生は前向きに! だよ。私は、前しか見てないから」

そんな先輩の姿を見ていて‘命の長さより命の密度が人生を支えていくのだ’と気付いた。

未来が保証されている人など、どこにもいない。

ただ、その現実と向き合って生きる人と、知らぬふりをする人がいるだけだ。

先輩は“未来を諦めない側”の人だったのだ。

「余命、1ヶ月」

と告げられた事を、人生の‘終わり’ではなく、‘起点’に変えた。

その思考には、死角がないのだ。

仕事のこと、家族のこと、春以降の計画や教育プランまで語る。

そんな先輩を見ていると、

命の密度は、命の長さに勝っている! と思った。

人は未来の約束をすると、そこに向かって生き方が整っていく。

先輩はそれを、体現していた。

そうして、未来へ手を伸ばし続けている。

私たちの日々のLINE連絡にも、小さな未来が並ぶ。

「元気になったら、ランチに行こう」

「春までに学生たちに、伝えたいことがある」

「旅行は、まだ諦めてない。また一緒にワイン持って電車に乗ろうね」

先輩は‘未来’を、軽やかに呼び寄せていく。

‘未来’を語ることが、人にとってどれほどのエネルギーになるのか!

‘未来’は待つものではなく、言葉で引っ張り上げるものだ。

先輩が‘未来’を見る、その視界を“攻めて守る”

私の今の役割は、

年明け2月の節分明けに、毎年恒例の京都の醍醐寺と伏見稲荷、貴船神社に行くこと。

そして、春の桜が咲く頃に、また京都で会って毎年行く祇園の日本料理のお店にランチに行くこと。

その小さな灯り=未来を繋ぎ続けることこそ、生きるという営みなのだと思う。

そして、私は確信した。

来年の今頃、先輩は癌を克服して、必ず生きている。

「去年はほんと、大変だったわ。元気になって、引き延ばしてもらえた生命を大事に、もっとやりたい事たくさんやって、楽しもうね」

と笑い飛ばしている姿が浮かぶ。

人は誰かと‘未来の約束’をすると、自分の生き方が整ってくる。

未来は“あるかどうか”ではなく、

“見るかどうか”で決まる。

医学では測れない無限の力が、人間にはある。

理屈ではない。

人間の生命力とは、未来を描く力、誰かを想う気持ち、会いたい人の存在。

それら全てが、生命を延ばすパワー! になる。

そんな先輩の姿は、私の中の“生き方の基準”を上書きした。

命の長さは選べない。

けれど、命の使い方は選べる。

余命を宣告されながらも未来を手放さない先輩は、その真実を鮮やかに示していた。

その小さな灯りを繋ぎ続けることこそ、生きるという営みなのだと思う。

もし今日が、人生残り30日の最初の1日だったら……。

あなたは、誰に会いたいだろう、何を話したいだろう?

どんな景色を見たいだろう?

何を食べたい、と思うのだろう?

どんな一歩を、選ぶだろう?

その答えこそが、人生を動かす最初のきっかけになる。

‘生きる’とは、残された時間を数える事ではなく、

‘今日’を‘未来’に繋がる位置に置き‘今’この瞬間を、どう生きるか?

人は、いつからだって‘これから先の未来’を選び直せる。

‘未来’とは遠くにある、不確かな何かじゃない。

今日の気持ちで、明日の行動で、静かに更新されていく。

未来は遠くにある、不確かなものじゃない。

今日の選択ひとつで更新される“現在進行形の物語”

そんな誰にも計り知れない力を、私たち人間はみんな持っていると思う。

それでも、あなたは笑ってた。

❒ライタープロフィール

藤原宏輝(ふじわら こうき)『READING LIFE 編集部 ライターズ俱楽部』

愛知県名古屋市在住、岐阜県出身。ブライダル・プロデュース業に25年携わり、2200組以上の花婿花嫁さんの人生のスタートに関わりました。

伝統と革新の融合をテーマに、人生儀礼の本質を探究しながら、現代社会における「けっこんのかたち」を綴り続ける。

さらに、大好きな旅行を業務として20年。思い立ったら、世界中どこまでも行く。知らない事は、どんどん知ってみたい。 

と、好奇心旺盛で即行動をする。とにかく何があっても、切り替えが早い。

ブライダル業務の経験を活かして、次の世代に何を繋げていけるのか? 

をいつも追い続けています。

2024年より天狼院で学び、日々の出来事から書く事に真摯に向き合い、楽しみながら精進しております。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

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2025-12-04 | Posted in 記事, 週刊READING LIFE vol.334

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