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ズル休みしたいわけではない

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:ゲッティ(25年・年末集中コース)

 

「今日、仕事休みたいな。」

 

朝起きた時に、ふとそんな考えが頭に浮かんだ。

 

 

これまで少しの体調不良で休むことなんてなかったし、ましてや仕事が嫌という理由で休むということも当たり前だが一切なかった。

 

それは、休み明けの振替や溜まった問い合わせ対応を想像するだけで気が滅入るし、なにより自分が穴を開けることで同僚や先方に迷惑をかけてしまう申し訳なさに、自分の心が耐えられないからだ。

それなら少し無理をしてでも出勤するというのがこれまでの私だった。

 

 

しかしその日は、どうしても心身ともに仕事に気持ちが向かなかった。

 

申し訳ないと思いつつ、各所に欠勤連絡を入れて再び布団に潜る。

 

 

そして予感した。

これ以上、今のまま働き続けることはできないのかもしれない、と。

 

 

 

 

教育業界ということもあってか、同期や先輩、上司は皆優しく、面白く、仕事に対しても誠実な人たちばかりだった。

 

しかしながら、組織としては過渡期を迎えており、急激な組織の拡大によって、人員はいつまでも充足せず、私たちは個人の裁量を超えた業務量を抱え続けていた。その結果として、一人また一人と静かに職場を去っていく。

 

ただ忙しいだけであればよかった。

最近の私は、忙しさに加えて、自分の仕事内容に対しても拭いきれないモヤモヤを抱えていた。

 

 

仕事において全てが思い通りにいくことはなく、時には割り切ることも必要だということは頭では理解している。

けれど、私はどうしても教育という仕事においてそれが上手くできなかった。

 

目の前の学生一人一人の悩みや可能性を、テンプレートに当てはめてしか対応できない状況に心が追いつかなくなっていた。

別にテンプレート通りにするよう指示が出ている訳でない。ただ業務量の多さからそのような機械的な対応にならざるを得ないという状況だった。

 

目の前の一人一人に向き合えずにこなしているこの仕事は一体誰のためになっているのか。そして見境なく拡大していく組織の中で自分の存在意義が薄まっていくような感覚。

社会人経験の浅い私は、キャパオーバー状態でもなお、割り切ることができずに理想と現実とのギャップに苦しくなっていた。

 

とにかく組織と私は向いている方向が違っており、そこに対してやりがいを見出すことは、今の私には難しかった。

 

 

 

 

翌日、重い足取りで出勤した。

 

「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。」

 

同僚や上司、先方に向けて、何度もその言葉を繰り返した。

 

けれど、返ってきたのは「大丈夫?」「無理しないでね」という穏やかな言葉だった。

 

PCを開き、メールや自分宛のメンションを確認する。もちろん自分が担当している仕事なので調整は必要だったが、世界が止まってしまったような気配はどこにもなかった。

 

 

横から同僚が声をかけてきた。

 

「辞めていった人の担当分だってどうにかなってるんだから。あんまり気負いすぎずよ。」

 

 

その言葉に、私は今年この部署を去っていった同僚たちのことを思い出した。

 

彼らが去る時、私たちは「大変だ」「これからどうなるんだろう」と騒いだ。

けれど、数週間も経てば、その不在は日常に溶け込み、誰も名前を出さなくなった。

 

 

私がいてもいなくても世界は回る。

それが実感としてわかったことが、救いとなった。

 

私がいないと壊れてしまうような危うい世界であれば、私は一生、責任を取れるのかわからない責任から逃れることはできない。

けれど、世界が勝手に回ってくれるのであれば、「義務感」や「申し訳なさ」だけで、自分を削り続ける必要はないのではないか。

 

それなら 「私じゃなくてもいい場所」で、それでも「私がここでやりたい」と思える人や場所のためにエネルギーを使いたい。

 

納得感のないまま歯車として回るのではなく、自分の意志で回る歯車でありたい。

 

そう思えた時、これまでのモヤモヤが少しだけ晴れた気がした。

 

 

 

 

「辞めたいって思っちゃってます。」

 

お昼休憩の時、入社当時からお世話になっているママさん先輩に、私はそうこぼした。

 

それを聞いた先輩は、驚くことも、否定することもなかった。

ただ優しく微笑んで、 「ここまで、本当によく頑張ったよ」

そう言ってくれた。

 

その瞬間、堪えていた涙が一気に溢れてきた。

 

 

私は、ズル休みをしたかったわけではない。

 

誰のためでもない、私自身の納得感がほしかったのだ。

 

自分がいなくても続いていくこの世界で、それでも「ここにいたい」「この仕事が好きだ」と自分の心に嘘をつかずに思える場所にいたいのだ。

 

 

私はこの日、そんな場所に辿りつくための一歩を、自分の足で踏み出したのだ。

 

≪終わり≫

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