1円玉5,000枚でATMを破壊した私が夢見る 「2400年ぶりの宗教革命」《週刊READING LIFE Vol.342「夢物語」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/02/05 公開
記事:回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「そんなことってある?」 人生には、まさかという坂があると言うが、私の目の前に現れたのは坂道どころか断崖絶壁だった。
ある日突然、妻の実家のお寺を継がなければならなくなった私。 しかし、僧侶の世界は甘くない。資格(住職の免許)を取るまでの数年間は、葬儀も年忌法要もやってはいけない。つまり、お寺としての収入はゼロだ。 せめてお賽銭だけでも……とすがる思いで金庫を開けた私を待っていたのは、大きな時代のうねり、「キャッシュレス」という魔物、そして物理的な「金属の塊」だった。
先代の頃からたまにたまったお賽銭。 1円玉5,000枚。 5円玉1,000枚。 10円玉4,000枚。 50円玉、100円玉、500円玉もろもろ。 合計、約1万2,000枚。 ひとまとめにすると重たくて持ち上げることもできないほどだ。
これをどうしろと言うのか。 財務コンサルタントとして「資産の換金しやすさ」が大切だと説いてきた私が、まさか「お金が重たすぎて持っていけない」なんて事態に直面するとは。
ひとまず、お寺のメインバンクであるJAバンクに相談した。 JAバンクには、お寺のお賽銭であれば「手数料無料」で預け入れてくれるという、仏の慈悲のようなシステムがある。 私は手始めに300枚だけ袋に詰めて窓口へ向かった。これだけでもズシリと重い。 窓口のお姉さんは笑顔で対応してくれたが、計測機にかけて、最後は人の目で確認して……と、手続きが終わるまでに15分かかった。
「あの、実はあと1万枚以上あるんですが……」 恐る恐る尋ねると、お姉さんの笑顔が引きつり、目が心なしか涙ぐんだ。
「……必ず、朝一番で持ってきてください。そうすれば、窓口が閉まる15時までには、なんとか通帳をお返しできると思います。私どもも2人がかりでやれば、なんとか……」
財務のプロとしての計算機が回った。 硬貨を数えるだけの単純労働に、行員さん2名の「ほぼ1日」を拘束する? 人件費に換算していくらだ? しかも手数料無料で? それは「かわいそう」を通り越して、もはや「営業妨害」だ。 それに、そんな大量の硬貨を入れて底が抜けないような頑丈な箱は当寺にはないし、あったとしても、私の腰が砕け散る。
私は窓口での入金を諦めた。 代わりに選んだのは、ゲリラ戦術。「毎日50枚ずつ、ATMに入金する」という作戦だ。 これなら誰の迷惑にもならない。私の散歩ついでに、少しずつチャリンチャリンと徳を積むように入金すればいい。 私は来る日も来る日も、小銭を握りしめてATMに通った。
そして、作戦開始から1か月が経った、ある日曜日のこと。
ガチャン……。
鈍い音がした。 画面を見ると、非情なる「エラー」の文字。 よりによって、窓口の開いていない日曜日に。 私の背後には、休日でお金をおろしたい人たちが並び始めている。
恐る恐る緊急連絡先に電話すると、警備会社に繋がった。 「大至急向かわせます。到着まで30分ほどお待ちください」 ここからの30分は、まさに地獄だった。 ATMを使おうと入ってくる人に、私は頭を下げ続ける。
「すみません、エラーなんです」
「えっ、使えないの?」
「はい、私が……詰まらせてしまいまして……」
まさに悪夢。 私が壊したことは一目瞭然だ。 日曜の昼下がり、ATMコーナーという密室で行われる、無言の公開処刑。 逃げ出したい。でも、私のカードと通帳と、50枚の10円玉が人質に取られている以上、逃げるわけにはいかない。 まさに悪魔に魅入られたような時間だった。
やがて警備員さんが到着し、機械を開けた。 「ああ……これは」 警備員さんが苦笑いする。 「硬貨タンクが満タンですね。受け入れ不能状態です。滅多にないことなんですが」
故障ではなかった。私の地道なゲリラ戦術が、ATMの許容量(胃袋)を限界突破させてしまったのだ。
お金は返ってきた。 しかし、「10円×50枚=500円」を入金するために、休日に警備員さんを緊急出動させ、地域住民に多大なる迷惑をかけたという事実は消えない。 申し訳なさというか、情けなさというか。この行き場のない感情を、私は賽銭箱に封印したかった。
翌日。 JAバンクから電話がかかってきた。
「通常、ATMの硬貨タンクがいっぱいになることは考えづらくてですね……できれば硬貨の大量預け入れはご遠慮いただけませんか?」
窓口にはしれっと知らん顔して行くつもりだったが、犯人は一発でバレていた。 「お寺さんですよね?」と。 聞けば、ATMは一台数千万円もする超精密機械。特に硬貨部分は繊細で、できれば使ってほしくないのが本音らしい。
硬貨を受け取りたがらないのは何も銀行だけではない。賽銭泥棒だってそうだ。
うちのお寺では、賽銭箱に施錠をしない。 また、ある程度常にお金が入った状態にしておく。 下手に賽銭箱に施錠をすると箱を破壊されることがある。 また、賽銭箱にお金が無くて、腹いせに火をつけられたお寺がある。 だから賽銭箱には、缶ビールとパックの日本酒が1本ずつ買えるくらいの金額が常に残っている。
そして、たまにお金が減る。しかし、彼らは10円玉、5円玉、1円玉には目もくれず、100円玉と500円玉だけ持って行く。
泥棒のその「コスト意識(重い割には価値が無い)」は、銀行と同じだ。
現金と言えば、同じような話が私の本業のコンサル現場でも起きている。
世の中は、国が音頭を取って小切手を廃止する方向へ向かっている。 小切手は現地に行って受け取り、銀行に持って行かないと換金できない。これを廃止することで、日本のキャッシュレスが促進される、という目論見だ。
国の意向を盾にして、「小切手はなくなります。だから、お支払いを振込か自動引落に変えてください」とお客様に頼みに行くのだ。
しかし、昭和の生き残りである年配社長が言い放つ。
「小切手がなくなる? だったら現金で払うから、毎月取りに来い」
そして、「お客様のありがたみ、分かっただろ?」とばかり、ドヤ顔で現金入りの封筒を手渡してくる。
小切手ではなくなったが、まさかの現金払いに逆戻り。 泥棒ですら「効率」を求めているのに、なぜ普通の人たちの世界は逆行するのか? 私は頭を抱えた。
ATM破壊の一件以来、JAバンクの窓口に行くのも気まずくなってしまった……。 私は、JAバンクに行けなくなった夜、硬貨の山を前に考え込んでしまった。
「なぜ私はこんな目に遭わなければならないのか? そもそも、日本人はなぜここまで『現物の金』にこだわるのか?」
そして私は財務コンサルタント兼僧侶として、その謎を解く鍵を歴史に求めた。
実は2400年前にも「お布施(金銭)の受け取り」で揉めた大事件があった。
その事件は、「第二結集(だいにけつじゅう)」という。
お釈迦様の時代は貨幣が浸透しておらず、お釈迦様はじめ、そのお弟子さんたちも、みな疑うことなく物でお布施を受け取っていた。(実はお釈迦さま、お寺をお布施でもらっている。しかも2軒も!)
しかし、その死後100年経つと貨幣経済が浸透した。
たとえお寺をくれるといっても、今はいらないかもしれない。ごちそうしてくれると言われても、嫌いなものが出てくるかもしれない。だったらお金でもらえたほうが何倍もうれしい。
そして、「お金受け取っていいじゃん派(革新派の大衆部)」と「絶対ダメ派(保守派の上座部)」が大喧嘩して、教団が分裂した。
つまり、仏教は「経済システムの変化(貨幣の登場)」というインパクトに直面して、血を流して変化してきたのだ。
今、目の前にある「1円玉地獄」と「キャッシュレス化」の波。これはまさに、2400年ぶりの「第三次革命(?)」ではないか。
1円玉の流通量が減れば、物理的にお賽銭は投げられなくなる。
もらう方も、銀行手数料やATM破壊リスクで、物理的に受け取れなくなる。
「昔ながらのやり方(現金)」に固執するのは、2400年前に「貨幣なんて認めない!」と言った保守派と同じ末路を辿るのではないか。
そして、海外ではすでにお寺のキャッシュレス化が進行しつつある。
中国では、多くの寺院で、賽銭箱の横(あるいは賽銭箱そのもの)にQRコードが貼られている。「功徳(くどく)を積むのに、現金かデジタルかは関係ない」という割り切りが凄まじい。
驚くべきことに、街角に立つ僧侶(あるいは物乞い)さえも、首からQRコードを下げている。「小銭がないから」という断り文句は通用しない。
WeChat(微信)を使って遠隔地からスマホで参拝し、お賽銭を送る「サイバー参拝」も一般的だという。花、線香、供え物(バーチャルなご馳走など)なども捧げるらしい。
中国だけでなく、台湾やタイなどでもこうした傾向が強いという。 お寺にあるQRコードを読み取ってお布施をすると、銀行アプリ経由で税務署にデータが飛び、自動的に寄付金控除が適用される仕組みまであるという。 日本にいる私からしたら夢のような仕組みだ。
ここで皮肉なのは、タイは上座部仏教(戒律に厳しい保守派)の国だということだ。 つまり、2400年前に「お金なんて触っちゃダメだ!」と頑なに拒否した保守派の末裔たちが、今や最新のフィンテックを駆使している。 一方で、「お金受け取っていいじゃん」と柔軟だったはずの大衆部(日本などの大乗仏教)の末裔である私たちが、現金の重みに縛られて動けなくなっている。 なんという歴史のパラドックスだろうか。
彼らにとって、デジタルデータも立派な『浄財』なのだ。
私の悩みの背後には、2400年の歴史の重みが、体がたわむほど重くのしかかっているように感じられた。
お寺の檀家さんも、会社の社長さんも、根っこは同じだ。実物の重みがあるから「なんだかありがたい」と思えてくる。この「心の壁」がある限り、システムだけ変えても意味がないのだ。
海外を見れば、変化は必然だ。だから、私の夢は荒唐無稽なSFではない。
私の手元には、いまだ約10,000枚の硬貨が眠っている。 高額硬貨から優先して両替したせいで、残っているのは1円玉と10円玉ばかりだ。 これ、銀行に持っていくより、溶かしてアルミと銅の延べ棒にして売った方が儲かるんじゃないか? そんな不敬なことを考えながら、私は今夜もお賽銭(金属の塊)を抱きしめて眠る。
待てよ?
そんな私に、天からひとつの夢が降りてきた。
お寺の賽銭箱前にQRコードを設置するのだ。それは、金属製のプレートで、中央に大きくQRコードが描かれている。赤茶けた鈍い光を帯びた、大きなプレートだ。
そう。泥棒にすら見捨てられ、銀行からも拒絶された、この10,000枚の硬貨たち。 これらを溶かして、未来永劫使える「QRコードのプレート」に鋳造し直すこと。 そんな光景が私の脳裏に浮かんだのだ。
法律が変わらない限り夢物語なのだが、私個人の想いとしては、2400年ぶりの宗教革命を成し遂げるための、最高の「供養」になるのではないだろうか。
【ライターズプロフィール】
回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「そんなことってある?」という展開で、ある日突然妻の実家のお寺を継がなければならなくなった僧侶見習い。髪はまだある。本業は財務コンサルタントと金融投資業。煩悩の象徴、お金を扱う本業と、煩悩を断つ使命を帯びた僧侶の両立に悩む。
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