対話という「聖域」を守る——霧の中を一緒に歩く勇気
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:川瀬健二(2026年1月開講・渋谷/通信・4ヶ月コース)
通知音が鳴る。画面を開く。数秒で要点がまとまった要約が表示される。私たちは、あまりにも便利な世界に生きている。チャットツールでは、返信の速さが誠実さの証になり、
会議では、結論をどれだけ早く出せたかが評価される。
「つまり、こういうことですよね?」
その魔法のような一言が対話を終わらせ、話が前に進む。わかったつもりになるスピードだけが加速していく。ビジネスにおける「正しいコミュニケーション」とは、最短距離で合意形成することだと教えられてきた。情報は整理され、論点は明確で、結論は速いほうがいい。経営の現場では、それが正解である場面も多い。時間はコストだ。判断が遅れれば、その分だけ機会は失われる。
けれど、ときどき胸の奥に、拭いきれない違和感が残る。
——本当に、今のやり取りでよかったのだろうか。
思い返すと、人生の中で深く記憶に残っている時間は、必ずしも効率的ではなかった。
若い頃、夜が明けるまで語り合った時間。結論は出なかったのに、「やるしかないだろ!」と、なぜか前に進めたあの感覚。言葉にできない何かを、確かに共有していた夜。あの時間は、いったい何だったのだろう。
ここで、はっきりさせておきたい。「伝達」と「対話」は、似ているようで、まったく別の行為だ。伝達とは、A地点からB地点へ情報を運ぶ作業だ。正確さとスピードが求められる。これはAIが最も得意とする領域でもある。一方で、対話とは、答えがまだ存在しない場所へ、二人で一緒に降りていく行為だ。そこには地図がない。ゴールも決まっていない。だから、不安になる。
効率を最優先する社会では、この不確かさは嫌われる。沈黙は「無駄」とされ、言葉に詰まる時間は「準備不足」と見なされる。教育の現場でも、経営の現場でも、私たちはつい、早く答えを与えてしまう。正解を示すことが、相手のためだと信じているからだ。だが、早く答えを渡すことは、相手から「考える喜び」を奪うことでもある。迷い、葛藤し、自分の言葉を探す強さを、芽吹く前に摘み取ってしまう。
正直に言えば、私がそれに気づいたのは最近になってからだ。むしろ長い間、真逆のことをしてきた。経営者として、私は社員に「スピード」を求めていた。指示は明確に、報告は簡潔に、判断は早く。迷っている時間は無駄だと思っていたし、社員を引っ張っていくことこそが、リーダーの価値だと信じていた。
「あれはどうなっている?」
「今日はどこまで進んだ?」
「次のアポイントはいつ?」
仕事は前に進み、効率も上がったように見えた。けれど、ある時ふと気づいた。チームの空気が、どこか重い。誰も大きな失敗はしないが、誰も自分から踏み出そうとしない。指示を待ち、正解を探し、間違えないことだけに意識が向いている。私は「早く指示を出すことで、導いているつもり」だったが、実際には、考える機会を奪っていたのかもしれない。今になって、ようやく分かる。スピードが組織を強くすることもあれば、自律性を奪うこともある。問いを抱えたまま立ち止まる時間こそが、人が自分の足で成長するために、必要だったのではないかと。
そんなことを考えながら、ある日、私は寺を訪れた。何かの相談をしに来たわけでも、答えをもらいに来たわけでもない。ただ、この「分かったつもり」の速度から、一度降りたかった。本堂に入ると、空気がひんやりとしていた。誰かに急かされる気配も、結論を求められる視線もない。ここでは、沈黙が責められない。しばらく座っていると、僧侶が通りかかった。何か話すべきか迷ったが、結局、簡単な挨拶だけを交わした。
すると僧侶は、立ち止まり、こう言った。
「答えは、ここでは出さなくていいんですよ」
それだけだった。理由も、説明もない。けれど、その一言で、胸の奥に溜まっていた緊張が、すっと緩んだ。本堂の端に目を向けると、数人の人が、それぞれの距離感で座っていた。誰も話していない。互いに目を合わせることもない。庭を眺めている人。目を閉じている人。ほんの数分で立ち上がり、静かに去っていく人。彼らは、何も「教わって」はいないし、答えもアドバイスも持ち帰っていないはずだ。それでも、どこか表情が柔らいでいるように見えた。
ここでは、対話は「会話」として起きていない。けれど、問いは確かに、場に置かれている。誰も急がない。誰もまとめない。誰も「正解」を示さない。それでも、人はそれぞれ、自分の問いと一緒に、この場を後にする。孤独でありながら、孤立していないのだ。
対話とは、まるで霧の中を一緒に歩くようなものだ。先は見えないし、正しい道も分からない。それでも、誰かと隣り合って歩いているという事実だけが、足を前に出す理由になる。答えを急がないという合意、それ自体が対話なのではないか。知識は、AIに聞けば手に入る。答えも検索すれば見つかる。けれど、「深い問いを抱え続ける力」は、対話の中でしか継承されない。子どもが一歩を踏み出し、自律していく過程で、親ができることは完成された答えを教えることではなく、問いと共に立ち続けて見守る姿勢ではないか。
寺を出るとき、私はまだ何一つ、答えを持っていなかった。それでも、不思議と不安はなかった。答えのない問いを抱えたままでも、人は前に進める。むしろ、その問いがあるからこそ、考えが深くなる。これからの時代に守るべき対話とは、答えを出す速さではなく、答えのない問いと一緒に、誰かと静かに居続ける勇気なのかもしれない。
答えがないことに、問いを立て続ける。
沈黙の中に留まる。
その非効率を引き受ける勇気を、
私たちは、どこまで持てているだろうか。
≪終わり≫
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