メディアグランプリ

チュニジアから三角関数へ


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事: 小林こば。(ライティング・ゼミ名古屋会場)

 

 

僕は息子に、何度か打ちのめされている。

一度目は、チュニジアだった。

「チュニジアってどこにあるの?」

昨年のある日の夕食だった。

ワールドカップの対戦相手が決まったというニュースを見て、何気なく聞いた。

すると息子は、そんなことも知らないの? という顔で笑った。

「北アフリカだよ。イタリアの下あたり」

迷いなく答える。

僕は昔から地名を覚えるのが苦手で、位置関係もデタラメに覚えている。

地理の授業を受けたはずなのに、その知識の大半はきれいに抜け落ちている。

だから、息子がチュニジアの場所を即答したことに驚いた。

「なんでそんなに詳しいの?」

そう聞くと、息子はスマホを取り出した。

「昔ハマっていたゲームなんだけど」

画面には世界地図が表示されている。

国ごとに色分けされ、あちこちに炎のマークがついている。

「ヨーロッパから一つ国を選んで、世界統一を目指すゲーム。これを散々やったんだよね」

英語表記だった。

分からない単語はスクショして検索しているという。

息子は指で画面をなぞった。

「ほら、イタリアがここにあって、すぐ下にチュニジア」

本当に、そこにチュニジアがあった。

息子はヨーロッパやアフリカ、中東までをちゃんと把握しているようだ。

「当たり前だけど、国の位置関係が分かってないと勝てないよ。勝つために、勝手に覚えちゃった」

なるほどと思った。

地理を勉強しているつもりはないのに、ゲームをしているうちに、結果として世界地図が頭に入ってしまったのだ。

しかも、知らない英単語まで調べている。

僕が高校生の頃より、よほど主体的に勉強しているかもしれない。

「地理に詳しくなるよ。一回やってみたら?」

そう言われたけれど、僕は断った。

地理もゲームも苦手な僕に、世界統一は荷が重すぎる。

振り返れば、息子は昔から戦争や歴史に興味を持っていた。

戦車や戦闘機で戦うゲームをよくしていた。

ただ、その頃の僕は、子どもらしい一時的なブームだろうと思っていた。

二度目に打ちのめされたのは、ベルリンの壁だった。

別の日、息子が突然こう聞いてきた。

「ベルリンの壁って、どこにあるか知ってる?」

「そりゃ、ドイツの真ん中あたりだよ。東西を分けるように壁があったんだ」

適当に僕が答えると、息子は笑った。

「そんなわけないじゃん。どれだけ長い壁なんだよ。千キロ以上の壁になるよ」

そう言われると、何だかそんな気がしてくる。

確かに、ドイツを真っ二つに分断するような巨大な壁が続いていたとは考えにくい。

でも、教科書で習ったはずなのだ。写真も見たことがある。

それなのに、僕の頭の中には曖昧なイメージしか残っていない。

「そもそも、ベルリンってどこにあるんだっけ?」

僕がそう聞くと、

「ベルリンはドイツの東側にある街だよ。東ドイツにあった街」

と言い、息子はさらに続けた。

「その街も東と西に分かれていて、西ベルリンを囲むように壁があったんだ。それがベルリンの壁」

入れ子みたいな話だ。

つまり、ベルリンの壁というのは、ドイツを真っ二つに分ける壁ではないらしい。

本当にそんな話なんだっけ……。

混乱している僕に、息子は「このYouTubeを見ると分かるよ」とだけ言って、リンクを送ってきた。

僕は少し心配になっていた。

YouTubeには正しい情報もあるけれど、怪しい情報もたくさんある。

もし勘違いして、間違った情報を覚えていたらまずい。

まだ子どもだ。

ネットの情報をそのまま信じ込んでいないだろうか。

だから僕は、送られてきた動画を見て、さらにインターネットでも詳しく調べることにした。

でも、どうやら僕の心配は杞憂だった。

ひと通り調べた結果、息子が言っていることはすべて正しかった。

三度目は、ノルマンディだった。

映画の話をしていたときのことだ。

「ノルマンディ上陸作戦って知ってる?」

何となく聞いてみた。

すると息子の目の色が変わった。

「第二次世界大戦のフランス上陸作戦だよ。上陸地点はいくつかあって、オマハ・ビーチではアメリカ兵がたくさん死んだんだ。それで……」

そこから先も止まらない。

知っているどころか、めちゃくちゃ詳しい。

作戦や条約の名前まで覚えている。

僕の知識ではついていけなかった。

「そんなこと、授業で習うの?」

「習わないよ。YouTubeで見た」

その時、僕はどこかホッとしていた。

実は以前から、YouTubeばかり見ている息子を心配していたのだ。

ゲームばかりしていて大丈夫なのか。

動画ばかり見ていて平気なのか。

一日一時間くらいに制限した方がいいのではないか。

そんなことを何度も考えた。

何時間もゲームをして、ずっと動画を見ている姿を見ると、中毒なのではないかと思うこともあった。

親として、放任しすぎではないか。

正解が分からなかった。

でも結局、僕は強く制限しなかった。

自信があったわけではない。

ただ、本人が夢中になっているものを、無理やり取り上げることに抵抗があった。

そして今、高校生になった息子は、YouTubeをほとんど見ていない。

「もう見るものがない」らしい。

ゲームもあまりやらなくなった。

「忙しくてやる暇がない」と言う。

子どもに必要なのは、制限することよりも、夢中になれるものと出会うことなのかもしれない。

ゲームでもいい。

YouTubeでもいい。

そこから地理を覚え、歴史を知り、英語を調べるようになるなら、それは立派な入口だ。

もちろん、すべての子どもが同じようになるわけではない。

それでも僕は、あのとき無理に止めなくてよかったと思っている。

今こうして地理や歴史に興味を持っている姿を見ると、報われた気持ちになる。

最近は、数学が面白くてハマっているらしい。

教えてほしいと何度も聞かれているが、すでに難しくなっていて、答えられない問題も増えてきた。

数学だけはまだ負けないと思っていたのに、どうやらそうでもないらしい。

きっと僕は、これから何度も息子に打ちのめされるのだろう。

そろそろ三角関数あたりで打ちのめされそうな気がしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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