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挑戦の先にあったもの


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事: 福乃 玲 (ライティング・ゼミ名古屋会場)

 

 

「海外で子育てしてみたいよね」

ある日、私がそう言うと、夫は間髪入れずに答えた。

「いいね! 行こう!」

私は、小学二年生から四年生まで、父の仕事の都合でオーストリアのウィーンに住んでいた。

インターナショナルスクールに通って、世界中から集まった友達と遊び、異なる文化や価値観に触れながら過ごした日々は、今でも私の人生の宝物だ。

ウィーンの街並み、クリスマスマーケットのにぎわい、友達と家で過ごした放課後。

どれも昨日のことのように思い出せる。

私は、夫や子どもたちに、その頃の話を何度もしてきた。

だからだろうか。

私が「海外で子育てしたい」と言ったとき、夫は迷うことなく賛成した。

しかし現実問題として、どうやって行くのか。

私たち夫婦の仕事はどちらもかなり国内向けだ。

夫に至っては英語が得意とは言い難い。

息子とABCの歌を歌っていたら、夫が途中から歌えないことが判明し、家族みんなで大笑いしたほどである。

そこで浮上したのが、私の職場にある海外派遣制度だった。

全国に約1600人いる同職種の中から、毎年一人だけ海外へ派遣される制度である。

応募には年齢制限があり、私はちょうど応募できる最後の年だった。

ただし、簡単な話ではない。

語学力も必要だし、研究計画も求められる。

そもそも家族を連れて行けるのかどうかも分からない。

それでも夫は言った。

「それで行こう!」

さらに、

「僕、一年間仕事休む!」

とまで言い、翌年から休めるように、仕事の調整を始めた。

息子に話すと、こちらも大喜びだった。

「来年から海外の小学校に行くんでしょ!」

そう言って、それまで興味を示していなかった英語を習い始めた。

夫も夫で、受験生なの? と疑うような英語の参考書を買い込み始めた。

家族の方が私以上に本気になっている。

そんな状況に少し戸惑いながらも、私はうれしかった。

私自身も勉強を始めた。

応募にはTOEICなどの語学力証明が必要だったからだ。

平日は家族が起きる前。

休日は朝4時には起きて、昼までマクドナルドや喫茶店にこもった。

挑戦できる最後のチャンスだと思うと不思議と頑張れた。

そんなある日、夫が言った。

「来年の夏は日本にいないかもしれないから。悔いのないように、あそこのうなぎを食べに行こう」

「あそこのかき氷も行こう。再来年には店がなくなっているかもしれないし」

私は思わず笑った。

この人、本当に行けると思っているんだな。

そう思った。

でも同時に、そんな風に疑いもなく信じてくれていることがうれしかった。

そして、応援してくれていたのは夫や息子だけではなかった。

母は、昔使っていたTOEICの参考書を家中からかき集め、段ボールいっぱいに詰めて送ってくれた。

届いた箱を開けると、何冊もの参考書や問題集がぎっしり入っていた。

中には、私が学生時代に使っていた懐かしい本も混じっていた。

もう何十年もときが経っているので、テストの形式が変わっているところもあった。

けれど、母らしい応援の仕方だと思った。

父は普段あまり感情を表に出さないし、褒めることも少ない。

そんな父が、この話を聞いたときは、

しみじみと「ええ話やなあ」と、言った。

姉妹や仲の良い友人は、

「いつ遊びに行こうかな」

「夏休みがいいかな」

と、遊びに来る日程を考えてくれた。

気が付けば、私の周りにはたくさんの応援団がいたのである。

そんな応援を背中に、私は勉強を続けた。

結果としてTOEICは、自分でもよく頑張ったと思える点数を取ることができた。

海外の制度に興味があったこともあり、研究計画についても自分なりに精一杯考えた。

けれど、最終結果は不合格だった。

結果を聞いた瞬間、まず頭に浮かんだのは

「ああ、応援してくれていたみんなになんて言おう」

だった。

夫にLINEを送った。

するとすぐに返信が来た。

「頑張ってくれて、ありがとう。おつかれさまでした(^^)」

その一文を読んだ瞬間、不意に涙が出た。

あれだけ行く気になって、仕事まで調整していた夫は、私以上にショックだったかもしれない。

でもただ、挑戦したことそのものをねぎらってくれた。

息子にはなかなか言い出せなかった。

その日の夜、一緒にお風呂に入りながら話した。

息子は、少し残念そうだったけれど、

「そっか」

と言った後、いつものように学校の話を始めた。

私が落ち込んでいることを息子なりに察して、明るく振る舞ってくれているようにも思えた。

もちろん、派遣に行けなかったことは残念だ。

家族を海外へ連れて行くという夢も実現しなかった。

けれど、私は全く後悔していない。

なぜなら、この挑戦によって気付いたことがあったからだ。

子どもの頃、私の応援団は両親だった。

運動会も、発表会も、受験も。

けれど大人になった今、私には新しい応援団がいる。

夫がいて、息子がいて、娘がいて、姉妹がいて、友人がいて、そして今でも変わらず、両親がいる。

大人になると挑戦する機会は減る。

失敗したときのリスクも大きくなる。

だから挑戦すること自体に勇気がいる。

そんな中で、

「やってみなよ」

「絶対いけるよ」

と言ってくれる人たちがいる。

そのことが、こんなにも心強いものだとは思わなかった。

そしてもう一つ、気付いたことがある。

かつて私をウィーンへ連れて行ってくれた両親のことである。

子どもの頃の私は、海外生活をただ楽しんでいた。

毎日が新鮮で、毎日が冒険だった。

けれど大人になった今、その裏側にあったものが少しずつ見えるようになった。

後になって知ったのだが、父は渡航前、アルバイトを掛け持ちしていたらしい。

海外生活には想像以上にお金がかかる。

少しでも資金を作ろうと必死だったそうだ。

それでも家計は楽ではなく、現地では資金が底をつきかけたこともあったという。

最終的には、日本から旅行に来た祖父母が百万円の現金を持って来てくれたらしい。

今ほどネットでの情報も豊富ではなかったから、母は、現地の学校を自分で調べ、連絡を取ってくれていたらしい。

そんな話を聞いたとき、私は驚いた。

私は何も知らず、ただ楽しい毎日を過ごしていただけだった。

異国の地で友達と遊び、学校に通い、休日には家族で各国を旅行した。

その裏で、父や母がどれだけの覚悟をしていたのか。

どれだけのお金と労力を費やしたのか。

私は全く知らなかったのである。

今回、自分が家族を海外へ連れて行こうとして初めて、その重みが少し分かった気がした。

残念ながら、私は家族を海外へ連れて行くことはできなかった。

けれど、この挑戦があったからこそ、当時の両親がどれほどの覚悟で私をウィーンに連れて行ってくれたのかを、少しだけ理解できた気がする。

そして、自分には大人になってからも応援してくれる人たちがいることにも気付くことができた。

挑戦は失敗に終わった。

けれど、私は後悔していない。

なぜなら、挑戦したからこそ見えた景色があったからだ。

そしていつか、両親が私にくれたような宝物を、今度は子どもたちに渡したいと思う。

そんなことに気付かせてくれたことこそ、この挑戦が私にくれた贈り物だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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