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令和版「月が綺麗ですね」の考察《週刊READING LIFE Vol.374「月見」》


 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

 

 

記事:まるこめ (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

今年の十五夜は、久しぶりに秋らしい。

 

台風の影響が続いたからか、今年の残暑はいくらか優しく感じる。

暑すぎず、そして寒くもなく、まさに「ちょうど良い」という言葉がしっくりくる。

けれども、春の陽気とはちょっと違っている。春が、幼い子供達の賑やかな雰囲気であれば、秋は少し憂いを帯びた美女が佇んでいるような、おセンチな感じがある。そんなオトナな秋が、私は好きだ。

 

「食欲の秋」と言われるだけのことはあって、この時期になると「月見」という言葉を、街のあちらこちらで目にするようになる。

私も例に漏れず、マクドナルドのチーズ「月見」に釣られ、ドライブスルーにホイホイと吸い込まれてしまった。くそ、健康診断も控えているというのに……。

「月見」とあるだけで、ついつい釣られてしまうくらいに我々にとって「月」というのは、親しみのある存在なのかもしれない。そんな「月」を、愛の囁きに変えた人がいることをご存知だろうか?

 

『吾輩は猫である』でお馴染みの夏目漱石だ。

 

彼は、英語教師をしていた当時

 

「I love you」という言葉を「我君を愛す」と直訳した生徒に対して

 

「日本人なら『月が綺麗ですね』とでも訳しなさい」

 

と教えたという言い伝えがある。

確かに、今も人目を気にすることなく旦那さんに「愛してるわ!」なんて、言えない。

言えないこともないんだけれど、きっと旦那さんは恥ずかしさのあまり「もうちょっと、いうタイミングあるやろ?」と諭してきそうだし、思春期に片足を入れ始めた長女からはナメクジを見るような目で「ママ、ちょっとマジでダメよ。そういうの」と言われかねない。

 

夏目漱石が英語教師をしていた頃は、明治時代だそうだ。

令和になった今でも、私たち日本人はなんとなく「愛の直球勝負」よりも「変化球」を投げることの方がしっくりと来るらしい。

 

「愛してる」

 

と、ど真ん中ストレートが大好物だけれど「月が綺麗ですね」という言葉は綺麗だと思う。

好きが高じて、ふと見つけた月が綺麗な夜はついつい

 

「ねぇねぇ、窓見てよ! 月、めっちゃ綺麗よ! 月が綺麗ですねぇ」

 

ということがある。

この件を何度も聞かされている旦那さんは、もはや条件反射のように

 

「ソウデスネー」

 

と返してはくれるようになった。

間違ってはいないけれど、違う、そうじゃない。

 

私が欲しいのは旦那さんからの特大の「I love you」なのであって、私からの「I love you」

に対する「同意」じゃない。

 

そこで、どうにか旦那さんから渾身の「I love you」をひきだすために、令和版「月が綺麗ですね」の最適解を考えることにした。

 

「月が綺麗ですね」

 

——あぁ、なんて綺麗で奥ゆかしい響きだろう。

一度でいいから、男性からスマートに「月が綺麗ですね」と不意打ちを喰らってみたい人生だった。若い頃は、白馬の王子様は望んでいなかったけれど、月を見ながら知的に愛を囁いてはもらいたかった。

 

けれども、ある程度オトナになって思うことがあった。

 

「月って、わざわざ見る余裕なくね?」と。

 

明治のママにはあったかもしれないけれど、令和のママにはそんな文学的な余白は一ミリも残されていない。

ただでさえ、何もないところでつまづくような人間がうっかり空でも見上げようものなら、スーパーの自動ドアに入り損なって、隣のガラスにぶつかってしまうか、買わないといけないものを買い忘れて絶望するかの2択だ。ちくしょう、月なんて見てらんねぇんだよ。

主婦上等だよ、マジで。

 

まったりと月を見上げる余裕があるなら、こんもり積み上がった洗濯物の山の頂上で

 

「やったるぞー! 今日こそ畳むぞー!」

 

と叫びたいし、冷蔵庫と睨めっこしながら晩御飯を作り上げたいし、余裕があるのなら次女の明日の保育園用のオムツに名前を書きたい。

 

遠く離れた美しい月を愛でる前に、向き合うべきは目の前の現実なのだ。

大切なことなので二回言うが、月なんて見てらんねぇんだよ、トホホ。

 

それでも、どうにか「愛」を伝えたい。

「愛」ってのは、無条件でもらえるものじゃなくて、与えるからもらえるものなんだ。

 

だから、私はキッチンから声を大にしてこう叫ぶ。

 

「今日、もつ鍋にしよっか」

 

それだけで、旦那さんは嬉しそうな顔をする。

もつは、行きつけの肉屋で綺麗なもつを買ってくるし、スープは市販のものでなく、自分で出汁をとるところから作っている。「結婚の決め手に料理」を挙げる旦那さん曰く「もつ鍋は家で食べる方が良い」と言うくらいには「好きな嫁ご飯」の上位には食い込んでいるはずだ。

 

出汁を丁寧にとったところに、ささがきにしたごぼうと、刻んだニンニクを入れる。

ふつふつと湧いてきたところで、丁寧にアクを取り、刻んだキャベツを流し込む。

キャベツが煮える間に、ニラと豆腐を刻み、鍋に薄口醤油をさっと放り込む。

味がある程度整ったところに味噌を入れ、豆腐とニラをそっと鍋に入れてもう一煮立ち。

 

ここまでの一連の流れを、舞でも踊るように手を止めずに進めていると、あっという間に美味しい匂いがダイニングに立ち込めてくる。

 

 

「もつ鍋、できたよー!」

 

子供がいる生活だと、なかなか面と向かって堂々と旦那さんに

 

「愛してるわ」

 

なんて、いつも思ってはいても、なかなか言うタイミングがない。

言えないことはないけれど、やはり子供の前では父親と母親だから、なんというか気恥ずかしい。しかも、子供が大きくなればなるほどに、だ。

 

だから、毎日ではないけれど可能な限りご飯は自分が作ったものを出したいと思う。

「ご飯、できたよ」は、私なりの「I love you」なのだ。

 

そんな、私の思惑を知ってか知らずか、旦那さんは私の重たい愛を口へと運びながら

 

「うまっ」

 

と返してくれる。

なかなかの出来であれば

 

「ねぇ、これどうやって作ったと?」

 

と興味津々で尋ねてくるし、安定して良い出来だと

 

「これは店出せるわ」

 

と褒めちぎってくる。なんとも罪な男である。

淡々とリアクションしてくるくせに、見た目は出会った頃からは想像できない位に丸くなってしまった。旦那さんもまた、素直に「I love you」とは言わないけれど、今日の彼の丸さは、カロリーオーバーな私の愛を受け入れてきた結果と言っても過言じゃない。

 

子供たちが寝静まった後、珍しく体力に余裕があったので夜な夜な洗濯機を回し、涼しくなった月明かりの下、ウッドデッキで洗濯物を干し始めた。

 

「月が、綺麗だなぁ……」

 

秋の夜の月は、1年の中でも特に美しい。

闇夜の中にただ一つ輝く月に「愛」を重ねた夏目漱石は、とてもロマンチストだったんだろうなと、思う。

 

闇夜に月明かりと、スマホのライトを手にすることができる令和の私には、そんな素敵な言い回しはきっと思いつかなかっただろう。

けれども、夏目漱石と同じように私だって「目の前にあったもの」を使って愛を伝えることはできるのだ。

 

旦那さんへ作る料理はラブレターだ。と私は思っている。

 

毎日ではないけれど、大なり小なり愛を伝えている。

それが影響してなのか、良いことがあればご馳走を出したくなるし、大変な時期と知っていれば、少しでも好物を食べてストレス発散できたらいいなと思っている。

 

毎度毎度のリアクションもそうだけど、旦那さんは食事が終わるたびいつも

 

「ありがとう」

 

と息をするように言ってくれる。きっと本人は無意識なのかもしれないれど、その一言だけで「あー! 明日は何作ってあげようかなぁー!」と心の中ではドヤ顔で歩いている私がいる。本当に、罪な男である。

 

遠くの月を見ながら、愛を囁きたい。

けれども、今の私は目の前の鍋の中で思いを煮詰めたい。

 

子供たちの手が離れてから、また手を繋いで色々なところへ2人で出かけようではないか。

そうして、一息つけるようになる時まで「月が綺麗ですね」と言うのはおあずけにしようと思う。

 

きっと、次に一緒に見られる月はさぞかし綺麗なものだろう。

 

【終わり】

 

❏ライタープロフィール

まるこめ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

日常のあれやこれやに思いを馳せながら、ある時はペンを握り、ある時は包丁を握り、ある時はキーボードと踊る。自動車販売会社に勤める傍ら、9歳差の姉妹を育てる兼業主婦リーマン。あぁ、今日も夕飯が決まらない。

 

 

 

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