宇宙一わかりやすい科学の教科書

神話の世界に人類が踏みこむ瞬間~宇宙の真の姿とは?《宇宙一わかりやすい科学の教科書》


記事:増田 明(READINF LIFE公認ライター)

私達の住む地球。その地球は、太陽を中心とする太陽系の中にあります。その太陽系は、数千億個の星が集まった、とてつもなく巨大な「天の川銀河」の中にあります。そして宇宙には、同じような銀河がさらに数千億個以上あると言われています。
あまりにスケールが大きすぎますね。宇宙の話を聞くと、そのスケールの大きさに圧倒されてしまいます。

さて、このあまりにも広大な宇宙。いったい宇宙はいつ頃からあるのでしょうか。どのような形をしているのでしょうか。いくら考えても、とてもわかりそうにありません。
かつて宇宙の始まりやその形は、神話や哲学の世界の話でした。ギリシアの哲学者、アリストテレスは、宇宙は永遠の昔から存在していて、これからも永遠に存在し続ける、と考えていました。宇宙には始まりも終わりもなく、常に同じ形で変化せずに、永遠に続いている。長い間ヨーロッパでは、このような宇宙観が信じられてきました。

20世紀になっても、この宇宙観は一般の人々にも、科学者にも常識として受け入れられていました。
もし常識に反して、宇宙が過去のある時に始まったのだとしても、または、常識どおりに永遠に存在していたとしても、それは神話や哲学の世界の話であって、科学の世界の話ではありませんでした。そのようなことは科学的に調べようがないと思われていたのです。

 

 

アインシュタインが垣間見た「宇宙の形」


ところが、20世紀になると、科学がその神話の領域に踏み込む時がやってきました。
1915年、かの有名な天才物理学者、アルバート・アインシュタインは、「一般相対性理論」という理論を発表しました。この理論は、重力に関する新しい理論でした。

重力の理論というと、17世紀の天才物理学者、アイザック・ニュートンが作った「万有引力の法則」があります。
しかし「万有引力の法則」は完全ではありませんでした。万有引力の法則でも説明できない現象が、この世界にはいくつか残されていました。例えば、太陽の周りを回る水星の軌道は、ごくわずかですが、万有引力の法則で計算した軌道からずれているのです。
アインシュタインは、万有引力の法則では説明できない現象を説明するための、新しい重力理論として「一般相対性理論」を作りました。

一般相対性理論では、大きな質量を持つ物体は、その周りの空間をゆがめる、と考えられています。何のことだかピンと来ないと思いますので、地球を例にして簡単に説明します。
万有引力の法則では、大きな質量を持つ地球が、その重力で地球上の物を引っぱるので、物は地面に落ちる、と説明します。

一方、一般相対性理論では違う考え方をします。大きな質量を持つ地球は、周りの空間に作用し、空間をゆがめる。ゆがんだ空間にある物は、そのゆがみの影響を受けて、地球に向かって落ちるように運動する。そのような一風変わった考え方をします。
万有引力の法則では、地球が直接物を引っ張る、と考えるのに対して、一般相対性理論では、地球が周りの空間をゆがめて、そのゆがんだ空間によって物が引っぱられる、と二段階で考えるのです。

アインシュタインは一般相対性理論を使って、宇宙全体の空間がどのようにゆがむのか計算しました。すると予想外の結果が出たのです。
当時の常識では、宇宙は常に変化せず、永遠に続くとされていました。アインシュタインもそう思っていました。しかし一般相対性理論による計算結果は、その常識とはまったく違ったものだったのです。

計算によると、「宇宙空間の大きさは、時間と共にどんどん変化していく」。そんな結果になってしまったのです。
アインシュタインは、この結果はおかしい、と考えました。自分の一般相対性理論の数式がどこかおかしいんだ。そう考え、数式に修正を加えました。どのような修正かというと、数式に「宇宙項」と呼ばれる値を追加し、宇宙の大きさが変化しないように調整したのです。この修正は、一般相対性理論を最初に発表した二年後に行われました。
これで永遠に変化しない正しい宇宙の姿を、この数式で表すことができた。アインシュタインはそう考えました。

古代ギリシア時代から信じられてきた、永遠に変化しない宇宙。
古い物理学の常識を覆した天才、アインシュタインといえども、変化しない宇宙、という常識からは抜け出すことができなかったのです。

 

 

ハッブルによる大発見、宇宙は膨張している?


それから十年後、このアインシュタインの修正が、実は必要なかった、ということがわかる日が来るのです。それは天文学者、エドウィン・ハッブルによる、ある大発見によるものでした。

ハッブルは銀河の研究をしていました。銀河とは、数千億個の星が集まり円盤状の形になったものです。宇宙にはたくさんの銀河があります。我々が住む地球も、天の川銀河という銀河の中にあります。他にもアンドロメダ銀河、大マゼラン銀河、などが知られています。ハッブルは様々な銀河から出る光を観測し、詳しく分析しました。するととても奇妙な結果が得られたのです。

この結果を理解するために、少し光の性質について、簡単に紹介しておきます。
光は波の性質を持っています。波には「波長」というものがあります。「波長」とは文字の通り「波の長さ」のことです。

光を出す光源が、観測者に近づいているか、遠ざかっているかによって、光の波長は変化します。光源が、観測者に近づいている場合、光の波長は短くなります。逆に観測者から遠ざかっている場合は、光の波長は長くなります。

 

 

これは「ドップラー効果」と呼ばれる現象です。
ハッブルは、様々な銀河達がそれぞれ、地球から遠ざかっているのか、近づいているのかを調べようとしました。それにドップラー効果が使えるのです。
まず、自分達が住む天の川銀河の星の光を観測します。この光は、自分達の住んでいる銀河のものなので、遠ざかりも近づきもせず、ドップラー効果はおきません。その天の川銀河の光の波長を基準として、他の銀河の光の波長が、どのくらいドップラー効果によって変化しているかを調べました。遠ざかっている銀河なら、光の波長が長くなります。近づいている銀河なら、光の波長は短くなります。

ハッブルは次のような結果になると予想していました。
銀河はそれぞれバラバラに動いているだろう。だから地球から遠ざかっている銀河もあれば、近づいている銀河もあるだろう。なので、光の波長が長い銀河もあれば、短い銀河もあるだろう。
しかし、結果は予想とはまったく違っていました。
全ての銀河の光の波長が、長く変化していたのです。つまり、全ての銀河が地球から遠ざかっている、ということがわかったのです。
それに加えて、さらに面白いことがわかりました。

波長の変化の度合いから、銀河がどのくらいの速度で遠ざかっているかを調べることができます。その結果、遠くにある銀河ほど、速い速度で遠ざかっていることがわかったのです。例えば、地球の近くに一つ銀河があり、その3倍の距離にもう一つ銀河があったとしましょう。3倍の距離にある銀河は、近くにある銀河のちょうど3倍の速さで遠ざかっていたのです。
この結果はいったい何を意味しているのでしょうか? 実はこの結果は、長く信じられてきた、永遠に変化しない宇宙、という人類の宇宙観をひっくり返すものなのです。この結果が意味することは、「宇宙全体が膨張している」という驚くべきことなのです。

なぜそのようなことが言えるのでしょうか。
まず、風船を思い浮かべてください。この風船を宇宙だと考えます。その宇宙の風船の表面に、ペンで一つ丸をかきます。その丸が地球だとします。その地球の丸から、1cm離れたところに、もう一つ丸をかきます。これが近くにある銀河だとします。もう一つ、地球から3cm離れたところに丸をかきます。これが離れた銀河だとします。
空気を入れて宇宙の風船を初めの倍に膨らませます。そうすると、地球から1cmにあった近い銀河は、倍の2cmまで離れます。3cmのところにあった遠い銀河は、倍の6cmまで離れます。

 

 

近い銀河は、膨らむ前に比べると、2-1=1cm離れました。遠い銀河は膨らむ前に比べると、6-3=3cm離れました。つまり、近い銀河にくらべて、3倍遠い銀河は3倍の長さ離れた、ということになります。3倍の長さ離れたということは、つまり3倍の速度で離れた、ということになります。

風船に他に何個丸をかいたとしても、同じことが言えます。風船にたくさん丸をかいてから、風船を膨らませると、どの丸を基準にしても、他の丸は全て、基準とした丸から離れていくことになるのです。そしてその速度は、基準の丸から遠ければ遠いほど、速くなるのです。
これは、ハッブルが観測した、銀河の離れ方と完璧に同じです。2倍の距離にある銀河は2倍の速度で遠ざかる、3倍の距離にある銀河は3倍の速度で遠ざかる。全ての銀河が地球から遠ざかっていく。
宇宙全体が、膨らむ風船のように膨張していっている、と考えると、ハッブルの観測結果を全てうまく説明できるのです。このことから「宇宙全体が膨張している」ということが明らかになったのです。

宇宙が膨張していることを知ったアインシュタインは、大変驚きました。一般相対性理論からアインシュタインが計算した「宇宙空間の大きさはどんどん変化していく」という結果は、実は正しかったのです。
アインシュタインは、宇宙の形が変化しないようにと、一般相対性理論の式に付け加えた「宇宙項」を削除しました。実は最初に発表した一般相対性理論の式でよかったのです。アインシュタインは、「余分な宇宙項を追加してしまったことは、私の人生最大の失敗だった」と言い、大変後悔したそうです。
天才の作った理論は、時に作った天才本人の理解を超え、真実を示すという、何とも不思議なことを起こすのです。

 

 

宇宙の始まり


宇宙が膨張している、という事実が明らかになると、ますます宇宙の研究が盛んになりました。その研究の中から、宇宙の始まりに関する面白い理論が誕生しました。
宇宙が膨張している、ということは、過去の宇宙は今よりも小さかったはずだ。時間をどんどんさかのぼっていくと、宇宙はどんどん小さくなっていき、最後には一つの小さな点に戻ってしまうはずだ。この考えから、宇宙は超高温/超高密度の小さな点が、大爆発を起こして始まった、とする「ビッグバン理論」が生まれました。ビッグバン理論によると、宇宙は約138憶年前に大爆発から始まったそうです。

宇宙の始まり、宇宙の形、そういったことは長い間、神話や哲学の世界の話でした。あまりにも途方もなく、現実に研究できる科学の世界の話ではありませんでした。そんなこと調べてもわかるはずがない、そう思われていたのです。しかし一般相対性理論とハッブルの発見、そこから生まれたビッグバン理論によって、科学はついに神話の領域に踏み込んでいくことになったのです。
今では、宇宙が始まった直後の様子まで、ある程度理論的に説明できるようになっています。宇宙が始まった直後はどのくらいの温度だったか、どのように物質が作られていったのか、そういったことが研究によって明らかになってきています。

研究が進むにつれ科学は、宇宙の始まりに限りなく近づいてきています。しかし、宇宙が始まったその瞬間には、まだ到達することができません。宇宙が始まった瞬間、そのことを考えると、次から次へと疑問が湧き出てきます。
一体なぜ宇宙が始まったのか。その前には何があったのか。何もなかったのか。何もない所から宇宙が生まれることなどありえるのか。
考えれば考えるほど、わけがわからなくなってしまいます。この途方もない問いに、科学は迫ることができるのでしょうか? それとも永遠にわからないのでしょうか? この問いだけは、科学の踏み込めない神話の領域として残り続けるのでしょうか?

しかしこの問いに対しても、いくつか科学的な理論が作られてきています。まだその理論が真実かどうかはわかっていません。依然として多くは謎のままです。しかし、いつかこの問いが解き明かされる日が、やって来るのかもしれません。
その時には、かつてアインシュタインやハッブルの発見によって、人類の世界観が変わったように、もしくはその時以上に大きな世界観の変化が、人類に訪れることになるでしょう。

 

 

【参考文献】
「ホーキング、宇宙を語る」S・W・ホーキング 林一訳 早川書房

❏ライタープロフィール
増田 明
神奈川県横浜市出身。上智大学理工学部物理学科卒業。同大学院物理学専攻修士課程修了。同大学院電気電子工学専攻修士課程修了。
大手オフィス機器メーカでプリンタやプロジェクタの研究開発に従事。

父は数学者、母は理科教師という理系一家に生まれる。子供の頃から科学好きで、絵本代わりに図鑑を読んで育つ。
学生時代の塾講師アルバイトや、大学院時代の学生指導の経験から、難しい話をわかりやすく説明するスキルを身につける。そのスキルと豊富な科学知識を活かし、難しい科学ネタを誰にでもわかりやすく紹介する記事を得意とする。

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