ミッション4:ふな寿司を食べ続けることが大事である。講習会のふな寿司について調査せよ《ふな寿司をめぐる冒険》
記事:すずき のりこ(READING LIFE公認ライター)
「講習会のふな寿司の作り方は素晴らしい」
とミッション3で取材させて頂いた池島さんと、おっしゃいました。
何でも、ビニール袋で密封するのでにおいもなく、誰でも作れて失敗がないというのです。
誰でも作れるふな寿司。これには何か秘密があるのでしょうか?
今回は、県内で最初に「ふな寿司講習会」を開催されたという、水産試験場さんに伺って話を聞いてきましたよ。
水産試験場も、前回と同じく彦根市にあります。彦根市には彦根港があり、そこからアクセスできる琵琶湖の島には「竹生島」と「多景島」があります。竹生島は神さまの住む島と言われ、最近ではパワースポットとして人気があります。彦根城と竹生島をめぐるお得なチケット、国宝彦根城・びわ湖竹生島クルーズ湾デーパスも発売されていますよ。
そんな彦根市にある水産試験場で、お話を聞かせてくださったのは、太田さんです。
さっそくですが、ふな寿司の講習会を開催された理由から教えてください。
《目次》
・ ふな寿司講習会の倍率は、6.8倍
・ フナの漁獲量の減少と取り組み
・ 琵琶湖ならではの取り組み
・ 漁獲量が増えても上手くいかないのは……
・ 失敗はふな寿司沼への入り口である!?
・ 講習会のふな寿司の漬け方に、ルールがある理由
・ 獲り続け、食べ続け、食べる文化を絶やさない為に
ふな寿司講習会の倍率は、6.8倍
太田:最初に言っておきたいんですけど、水産試験場では、ふな寿司の研究はしていませんからね。
――― え! そうなんですか? 今日はスライドも用意して頂いておりますが……(笑)
太田:よく言われるんですよ。「水産試験場なんだから、ふな寿司の研究もしているんでしょう」って。いやいや、してないんでね。まぁ、なので、これは私達、水産試験場職員の個人的な趣味と言う形なんです(笑)
――― なるほど。
太田:水産試験場でふな寿司の講習会を始めたのは、平成17年からなんです。毎年“一般公開”と言って、水産試験場に来てもらって、色々体験してもらったり、研究成果をみてもらうイベントをしているのですが、その中の一つのコーナーとして、行いました。平成23年まで計7回開催して、30名定員のところに、205人の応募があった年もありました。
――― え! 6.8倍の倍率じゃないですか。すごい人気ですね!!
太田:えぇ。おかげさまで。でも、“ふな寿司講習会のための一般公開”みたいになっちゃってね。そもそも、ふな寿司講習会を開催しようと思ったのは「琵琶湖の魚を食べ続けなくてはならない」と思ったからなんですね。
フナの漁獲量の減少と取り組み
――― なにやら、深そうですね。ミッション1で取材させて頂いた金尾さんも「琵琶湖の魚を食べるのは、滋賀県の大事な文化である」とおっしゃっていました。詳しく聞かせてください!
太田:琵琶湖のフナの漁獲量っていうのは、昭和50年ごろでは、500~600tあったんですけど、昭和60年ごろからぐんぐん減りまして、100t程度にまで減少してしまったんです。
フナの漁獲量が減ったことも、家庭でふな寿司がなかなか食べられなくなった原因の一つなんです。他にも、食の多様化や、伝統儀式の衰退や、核家族化など、色々な原因はあるのですが。
――― 実質的に、フナ自体が手に入らなくなってしまったんですね。
太田:えぇ。その原因としましては、琵琶湖の開発に伴って、フナの産卵場であるヨシ帯がなくなったりという環境の悪化と、ブラックバスなどの外来魚の出現なんです。
その為、県の水産課の方で、ヨシ帯の造成と言って、盛り土をしてヨシを植える事業や、外来魚の駆除も行っています。駆除自体は昭和60年から始まったんですが、平成14年からもっと駆除に力を入れるようになったんです。年300~500t程度獲り続けまして、一番ピークの時には2,000~3,000tは生息していたと言われていたのですが、このごろだいぶ減ってきて、約700tの推定生息量になってきたんです。
――― おぉ! だいぶ減りましたね。琵琶湖の魚の量を増やすために色々な取り組みをされてきたんですね。
太田:えぇ、そうです。でもね、やっぱり外来魚の影響が大きかったって言うのが、最近分かってきたんですね。この近くに曽根沼っていう小さな沼があるんですが、そこの外来魚(オオクチバス)を駆除したんです。「ほぼいない」っていうぐらいまでね。そしたら、何が起こったかっていうと、放流も何もしていないのに、在来魚が増えてきて。なので、琵琶湖の方も頑張って、外来魚を減らして行きたいなと思っています。
――― 外来魚の影響って大きかったんですね。なるほど。
太田:その他に、稚魚の放流もしました。これはね「田んぼ」を使うことで効果が上がったんです。
琵琶湖だからこそ出来る取り組み
――― 田んぼですか? 琵琶湖ではなくて?
太田:えぇ。最初は2~12センチ程度の稚魚にまで育てて、琵琶湖に放流していたんです。でも、生まれたてのニゴロブナを田んぼに入れると、稲の生長と共に大きくなっていくんです。中干しという作業の時に水田の水を抜くので、2センチくらいに育った稚魚が、琵琶湖につながった水路から放流されるんです。餌もやらないのに勝手に大きくなってね。朝早くから餌をあげて一生懸命稚魚にまで育てて放流していた時は、500万匹程度が限界だったのに、田んぼを利用するようになって、1000万匹を超える量を放流できるようになりました。元々、ニゴロブナは田んぼに上ってきて産卵する性質があったので、分かっていたことだったんですが、やってみて、ちょっと悔しかったですよね(笑)
――― そうですよね。それまで手間と時間をかけて育てていたのに……(笑)
太田:えぇ(笑)でも、これで2㎝稚魚の放流数が飛躍的に伸びました。この取り組みって、淡水である琵琶湖だから出来ることなんです。タイやヒラメでは、海水なので出来ませんし、フナを大量に放流する県も他にありません。画期的な取り組みだと考えております。
――― おぉ。琵琶湖だから出来る、画期的な取り組みなんですね。取り組みの結果、どうなったのでしょうか?
太田:色々な取り組みが功を奏し、漁獲量が少しですが上がってきたんです。でも、獲れるようになったら、売れなくなってしまって。
漁獲量は増えても、うまくいかないのは……
――― 獲れるようになったのに、売れない? どうしてでしょうか?
太田:僕達としては「魚が獲れるようにさえなれば、漁師さんが潤って、フナ自体も安くなって、みんながふな寿司を漬けられるようになる!」という風に、思っていたんです。
魚さえ獲れる様になればって。でも、漁獲量が減少していく中で、ふな寿司の需要が少なくなってしまったんですね。漁師さんは、獲れたフナはふな寿司屋さんに売るんですけど、ふな寿司屋さんも自分のところの樽がいっぱいになると、取引が終了してしまう。だから、獲れたけれど、漁師さんが潤うわけでもなく、魚が安く買えるようになるわけでもなくて。昔は、滋賀県民と言えば誰でもふな寿司をつけていて、琵琶湖から離れた、伊吹や甲賀の方でもふな寿司を漬けていたみたいなんです。それは、ふな寿司を漬ける職業の人がいて、シーズンが来ると漬けにやって来たそうです。でも、今はそんなことなくて。
――― ふな寿司を漬けることや、食べることが減ってしまって、フナの売り先がなくなってしまったということなんですね。一度食べなくなってしまうと、「食べる」という文化自体が消滅してしまうんですね。だから、琵琶湖の魚は食べ続けなくてはならない。うーん、深いですね。
太田:そうなんです。だから、フナを売るには「ふな寿司を漬ける」「ふな寿司を食べる」っていう文化を取り戻すことが必要だなと思って、ふな寿司講習会を始めるようになったんです。
――― なるほど! ふな寿司講習会が開催された経緯が、とてもよく分かりました。では、漬け方はどうやって選ばれたのでしょうか? ふな寿司の漬け方には、地域性もありますし、人によってもやり方が違うと思うのですが。
失敗は、ふな寿司沼への入り口!?
太田:元々、職員は個人的にふな寿司を漬けていたんです。色々な人に漬け方の話を聞いて、その中で、採用したやり方は「空漬け」と言って、水を張らないやり方なんです。塩きりしたフナを、洗って、干して、プラスチックの桶にビニール袋を敷いて、その中に、ご飯とフナを交互に漬け込んでいくんです。昔は、木の桶を使っていたので、密封状態を作るために上に水を張っていたみたいなんですが、水を毎日変えないといけないとか、くさい匂いがするとかで、敬遠されるので、空漬けにしてみようかと。どうも、この空漬けという漬け方は漁師さんから始まったみたいですね。「俺のやり方が採用されている」と言っている人を、僕は少なくても2人は知っています(笑)
――― 色々な人に話を聞いて、取り入れた漬け方ということなんですね。「誰でも失敗なく作れるふな寿司」はこの辺りに秘密があるのでしょうか……?
太田:いや、失敗もしますよ(笑)大体ね、1年目は成功するんです。で、2年目は失敗します。
――― えっ! 決まっているんですか?
太田:えぇ。大体決まっていますね。ふな寿司の神様が、1年目から失敗したら作らなくなるので、一回目は成功させてくれるんですよ。そして2年目に失敗して「くそー」と思って、3年目から悔しさをバネに自分で工夫するようになる。こうして、ふな寿司沼にはまっていくわけです。そういうものなんです(笑)
――― みなさん、このパターンなんですか(笑)?
太田:大体ね。「ふな寿司のジンクス」としてよく言われます。二年目によくある失敗に、セメダインみたいな匂いがするっていうのがあって。吟醸酒の匂いの一つが、エステル臭っていうんですけど、その度が過ぎると、セメダインみたいな匂いになっちゃうんです。アルコール発酵のような発酵になってしまうのかな。詳しくは何でなのかは、わからないんですけどね。フナを洗う手水を生酒にしたり、フナをよく洗いすぎて塩を落としすぎたり、発酵の温度が低い場合に、セメダインみたいになりがちな気はしているんだけど。ふな寿司の品評会をやっているところもあるんですが、そういうところに行くと、色々あって、食べられないふな寿司もありますよ。でも、漬けた本人は、自分のものが一番美味しいって言うんですけどね。「吟醸酒の香りがする!」とか言ってね(笑)
――― 自分が漬けたものが一番美味しいんですよね。愛着もありますしね。
太田:でも、最近はみんな漬けるのが上手になってきて、面白味がなくなっている気がしますね。もうちょっと激しいのもあっていいかなって思うんだけど、みんな美味しく漬けていますね。
――― 激しいの……(笑)水産試験場では、今はふな寿司講習会はされていないんですか?
太田:えぇ、現在は開催していません。各地の漁師さんから「ふな寿司の講習会をしたい」という話があったので、漁師さんの邪魔をしてはいけないということで、水産試験場での講習会は終わりにしたんです。僕も、沖島での最初の講習会に行ったのですが、まぁ、大変でしたよ。
講習会のふな寿司の漬け方に、ルールがある理由
――― 大変というのは(笑)?
太田:講習会をしていると、講師があちこちからやって来るわけですよ(笑)講習会に参加していない漁師の人たちも、みんな自分で漬けているから、色々指導するんですよ。フナの干し方にも、あーだこーだと言ったり、フナをご飯と一緒に漬ける時にも「上を向けろ」とか「横を向けろ」とか言うので、お客さんが困ってしまって(笑)みんなそれぞれの漬け方があっていいし、どれも正解なんだけれどね。それでみんな決まって言うのが「俺の漬けた奴が一番美味い」って(笑)だから、初年度はお客さんが困っちゃってね。講習会としては、一つ決まったやり方があったほうがいいっていう風になったんです。
――― なるほど。講習会のやり方が決まっているのには、そういう理由があったんですね。
太田:沖島ではね、最初3万円ぐらいしたんですよ。船会社と提携して、船をチャーターして、島へ来て、島のお弁当を食べてふな寿司を漬けるっていうプランでね。フナ代が高いんですけどね。「お客さん来ないんじゃないかなー」って思っていたら、募集を始めるや否や、船会社のファックスが壊れてね。
――― えー! 申し込みが殺到しすぎて、ファックスが壊れたんですか!!
太田:そう(笑)ファックスが壊れている間に応募した人がいたら、可哀想やったなぁと。最初の年は一回だけ開催だったんですけど、それからは、年に何回か開催していますね。去年で10周年でした。
――― 10年も続いているんですね! 「漁獲量を増やす取り組み」「ふな寿司を食べる・漬けるという文化を取り戻す取り組み」により、「ふな寿司を漬ける」という文化が再び根付きそうですね! ぜひ、沢山の人に、ふな寿司沼にはまっていただけたらと思います!! 最後になりますが、「琵琶湖の魚を食べ続けるために」他にも何かしていることがあれば、教えてください。
獲り続け、食べ続け、食べる文化を絶やさない為に
太田:湖魚自体があまり食べてもらえないんですよね。手にも入りにくいし。なので、もっと食べてもらえるように、水産試験場や水産課としても取り組んでいきたいと思っています。例えば、給食で湖魚を出してもらったりしています。旬の時期の魚を食べてもらおうとね。あとは、「琵琶湖八珍」として、湖魚全体をPRしたり、観光と絡めて湖魚を置いてもらえないかなと思ったりしています。漁獲量は、昔に比べたら獲れるようにはなっていないのですが、漁師も減ってきているので「誰が獲るのか」という問題も出てきています。なので、新しい漁師さんを育てる事業もしています。
――― なるほど。琵琶湖の魚の漁獲量が昔のように戻り、獲り続ける、食べ続けるというサイクルが当たり前に続くようになるとよいですね!
「誰でも失敗なく作れる講習会ふな寿司」の秘密はあるのかな? もしかして計算し尽くしたやり方なんだろうか? と思っていたのですが、色々な人が漬け続けてきたふな寿司の漬け方を聞き、自ら漬けながら工夫を積み重ねているという一面が見られ、なんだかホッとしました(笑)
太田さん、ありがとうございました。やっぱりふな寿司って面白いですね!
今回学んだこと
・ 水産試験場では、ふな寿司の研究はしていない
・ 水産試験場の一般公開でふな寿司講習会を開催
・ 一時は100tまで落ち込んだフナの漁獲量が、様々な取り組みにより、少し増えてきた。
・ 田んぼを使った稚魚の放流は、琵琶湖だからこそ出来る画期的な取り組み
・ 「食べる」という文化がなくなると、魚が獲れても上手く行かず……。
・ 講習会のふな寿司は、色々な人に漬け方を聞き「空漬け」という方法を採用
・ 誰でも失敗なく作れる……とは限らないけれど、一年目は成功、二年目は失敗……そうしてふな寿司沼にはまっていく。
・ 各地でふな寿司講習会が開催されるようになり、ファックスが壊れるほどの人気ぶりに。
・ 講習会で漬け方のルールがあるのは、お客さんが困らないように。
・ 琵琶湖の魚を獲り続け、食べ続けるために、これからも取り組みを続ける。
今回、お話を聞いた方
太田滋規さん
大阪府出身の昭和42年生まれ。平成2年滋賀県庁入庁。水産試験場では、主にホンモロコとニゴロブナの増殖の研究や、それらが生まれてすぐに食べるツボワムシというプランクトンの培養に成功する。趣味は料理(包丁が好き)と自然栽培による家庭菜園。滋賀県採用試験を受けに滋賀県に来たとき、初めてふなずしを食べ衝撃を受ける。「こんな物が美味しいという滋賀県で暮らすことができるか?」とまだ採用試験に受かる前から不安になっていた。ただ、安いふなずし食べてまずかっただけ。今ではふな寿司品評会で、2位と3位の受賞暦を持つ。
❏ライタープロフィール
すずき のりこ
1984年生まれ。2010年に結婚を機に滋賀へ移住。仕事を通してまちづくりや、市民活動に熱い人に出会い、地域や滋賀の良さに目覚める。
滋賀県のよさについて熱く話しすぎて「……観光大使?」と友達にドン引きされた経験アリ。
好きな食べ物は、鮒ずしと近江牛と彦根梨。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
http://tenro-in.com/zemi/82065