環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅

【環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅】第12回:「得意」と「得意」を掛け合わせて世の中にないものをつくる――人の笑顔をつくる「食べられる器」の物語(株式会社丸繁製菓)


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/1/8/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
きっかけは、ご当地グルメを提供する屋外イベントの片隅に積まれた大量のプラスチックゴミだった。焼きそばやうどんなどが入っていたプラスチック容器だ。華やかなイベントの裏側で見た光景。株式会社丸繁製菓で代表取締役専務を務める榊原勝彦さんは「アイスクリーム用モナカを製造する自社の技術を使って、あの大量のゴミを減らせないか」と思った。それから試行錯誤を重ね、約2年をかけて「食べられる器」を開発した。
 
しかし、初めて地元のお祭りで「食べられる器」に焼きそばを入れて提供したとき、器はほとんど捨てられてしまったという。食べられる器があること自体、誰も知らなかったからだ。
 
今まで世の中になかった新しいものの価値を伝えていくのは、簡単ではない。「食べられる器」は、「プラスチックゴミを削減し、環境にやさしい」という価値はあるが、それだけでは売れない。もっと消費者が直接メリットを感じられるものでなければ……。
 
着想から十数年経った現在は、大手企業とのコラボも生まれ、「食べられる器」は新たな広がりを見せている。「こんなものをつくれませんか」と声がかかり、「皿」「箸」「スプーン」「カップ」と、商品のラインナップも増えている。
 
「食べられる器」は、どのようにして「応援される商品」になっていったのか。その道のりを取材した。
 

榊原 勝彦さん
株式会社丸繁製菓 代表取締役専務

 
 

価格決定権がないことへの疑問が食べられる器を開発する原動力に


 
あまり知られていませんが、アイスクリーム用モナカの生産は、愛知県碧南市と隣の西尾市で全国の6割強を占めています。皆さんがよく知っているアイスモナカの皮も、だいたいこの地域で作られています。この地域は海に面しており、昔から海運の基地として利用されていた衣浦港には、北海道からばれいしょでん粉や小麦粉のでん粉が運ばれてきていました。また、同じ碧南市内には、大手コーンスターチメーカーの事業所があります。モナカの原料である小麦粉やコーンスターチを手に入れやすい環境にあったことから、この地域でアイスクリーム用モナカの生産が盛んになりました。
 
私の家は祖父がアイスクリーム用モナカの製造を始めたのですが、昭和58年に三男だった父が独立して当社を設立しました。私は子どもの頃から両親が働くのを見ていましたが、ピークである夏場は毎日21、22時頃まで仕事をしていました。それなのに、生活には余裕がありませんでした。「5000円の月謝が払えない」という理由で、学習塾をやめさせられたこともあります。「こんなに働いているのに、なぜお金がないのだろう」と不思議に思っていました。
 
私は学校を卒業後、自動車関連企業に3年ほど勤めてから当社に入社しました。当社で仕事をするようになって、それまで勤めていた会社との違いを最も感じたのは、「自分たちに価格決定権がない」ということでした。「自分たちが作っているものに、自分で値決めできないなんて、おかしな話だな」と疑問を持ちました。
 
「アイスクリームのモナカは脇役。もう少しステイタスを上げて主役に近づけるにはどうしたらいいだろうか」と思い、時間に余裕ができる冬場には、モナカに味をつける試作などをしていました。でも、取引先である大手製菓メーカーが私たちの提案を採用してくれることはありませんでした。
 
今から15年ほど前、小麦粉の価格が高騰したときのことです。私たちが使っている原料が値上がりしているのに、取引先からは値下げ要請がきていました。「こんな状況はおかしい。何か新しいことをやりたい」という思いが、日増しに強くなっていきました。
 
ちょうどその頃は、B-1グランプリの人気が高まり、各地で食のイベントが盛んに行われていた時期でした。私も勉強と遊びがてら家族と会場に出かけましたが、そこで目にしたのは大量に積み上げられた使い捨て容器のゴミの山でした。
 
そこでふと、「僕たちの作っているモナカに食品を乗せて、モナカまで食べてしまえば、このゴミはなくなる」と思いました。モナカを食器として使うためには、耐水性の改善など課題はあります。しかし、その課題をクリアした商品を作って提案していけば、 自分たちで値段を決めることができ、市場を開拓していけます。
 
「可食容器産業をつくりたい」
 
そう決意したのが今から14年前、2009年の頃でした。
 
 

「環境にやさしい」だけでは売れない



 
ちょうどこの頃、碧南市で「地元発祥の白醤油を使った焼きそば」をB級グルメとして発信していこうというグループが立ち上がり、私もメンバーに入れてもらいました。そのグループの話し合いの中で出たのは「エコでクリーンなイメージをPRしたい」という話でした。
 
碧南市には「油ヶ淵(あぶらがふち)」という湖がありますが、以前は日本一汚い湖と言われていました。そうしたイメージを払拭し、ゴミの削減にも積極的に取り組んでいきたいという思いを持つメンバーから、「イベントで出るゴミを減らすために、モナカでお皿を作れないか?」という話を頂いたのです。
 
これはまたとないチャンスです。食器として使えるモナカの試作は、ある程度進んでいましたが、課題は強度と耐水性の改善でした。強度を上げると堅くなり、食べにくくなってしまいます。試行錯誤を繰り返していたとき、地元で多く作られている「えびせんべい」の作り方を教えて頂きました。このことが、課題を解決するヒントになりました。えびせんべいで使われているばれいしょでん粉と生のエビをモナカの原料に加え、モナカを焼く金型に工夫をすることで、強度と耐水性を改善することができたのです。できあがった器の堅さは、草加せんべいと同じくらいです。
 
こうして作ったえびせんべい味の容器は、2011年に誕生した「碧南焼きそば」のオフィシャル容器となりました。
 
この「食べれる器 e-tray」を展示会などに出展すると、ありがたいことにメディアに取り上げて頂くことが増え、地元メディア、全国メディアへと広がりました。CNNから取材が来たこともあります。
 
しかし、課題はプラスチックとの価格差でした。大量生産できるプラスチック容器と違い、モナカは手作りに近いので、10倍近くの価格差があります。そうなると、評価はして頂けるが採用には至りません。個人のお客様でも同様です。「これを使うことで、プラスチックゴミを減らせます」と言っても、まったく響かないということに気づきました。今まで「もらえるのが当たり前」だった容器にお金を使って頂くには、「それを買うことで、自分にどんなメリットがあるのか」をお客様に感じて頂くことが必要です。
 
ではそのメリットとは何か。食べ物ですから、「おいしい」のは当たり前。そこに「栄養」という要素を加えたら面白いのではないかと思いました。それまでは、「強度や耐水性」といった、「器」としての機能を追求してきましたが、「これを食べることで、こんないいことがありますよ」という、「食品」としての価値を追求していくことが必要だと考えました。
 
しかし、当社はメーカーなので栄養学は得意ではありません。そこで、地域の経営者の勉強会でご一緒していた株式会社勤労食様とタッグを組むことにしました。株式会社勤労食様は、企業や学校の給食業務を運営している会社で、管理栄養士が多くいらっしゃいます。「得意」と「得意」をくっつけて新しいものをつくろうという話になり、栄養を加えた「食べられるスプーン」の開発を提案しました。当社にとっては「このスプーンを食べると栄養も摂れる」というのが付加価値になり、勤労食様にとっては「食べられるスプーンを通じて食育の活動に生かせる」というのがメリットになりました。
 
 

「食べられるお箸(畳味)」の誕生



 
器やスプーンのほかに、「食べられるお箸(畳味)」もつくっていますが、これは熊本県いぐさ・畳表活性化連絡協議会様からの依頼で共同開発したものです。
 
熊本県八代市はいぐさの生産量日本一ですが、いぐさ農家は減り続けています。畳の需要が減ったうえに、安価な海外産に押されているからです。このままだと、日本のいぐさはなくなってしまうという危機感から、「国産いぐさは食べられるくらい安全・安心というキーワードでキャンペーンをやりたい」とのご依頼でした。
 
もともと「食べられるお箸(畳味)」は期間限定のPRキャンペーンでつくったものでしたが、人気ユーチューバーの動画配信がきっかけで問い合わせが増えたため、生産体制を整え、一般販売することになりました。
 
熊本県八代市で1軒だけ食用いぐさを栽培しているイナダ有限会社様は、無農薬にこだわり、手間をかけていぐさを栽培されています。いぐさは、レタスの約60倍の食物繊維を含む(※)など、栄養価が高いだけでなく、リラックス効果も期待できます。食用いぐさの粉末は、麺やアイスクリームなどにも使われ、商品化されているそうです。
 
食用いぐさの栄養価の高さに着目し、前述した「食べられるスプーンPACOON(パクーン)」にも、食用いぐさを使用した「畳味」を加えています。
 
※:森田洋ほか (2002) 「イグサの機能性と食品産業への新展開」
 
 

お客様と「共創」する商品の魅力



 
「食べれる器 e-tray」は、もともと屋外イベントでの使用を想定していましたが、お客様から思ってもみなかった使い方を教えて頂いています。
 
たとえば、子どもの学校のお弁当用に「e-tray」を2つ使い、片方にご飯やおかずを入れ、もう片方を蓋として使ったところ、子どもがものすごく喜んだというお手紙を写真付きで頂きました。全部食べられるので、お弁当箱も洗う必要がありません。
 
また、当社のECサイトからご購入頂いたお客様は、台風で避難所に行った際、家に届いたばかりの「e-tray」を持って行ったそうです。「e-tray」はでん粉質の食品で腹持ちがよいので、避難所で配布される食事だけでは足りなかった食べ盛りの子どもたちが喜んだというお声を頂きました。
 
そのほか、登山系ユーチューバーが登山で使っているのを見て、「山小屋で使って頂いたら、ゴミや水の問題を解決できるのではないか」「登山用に高カロリーのものを作ってみようか」などとアイディアが湧いてきました。
 
箸を食べて周りを驚かせているユーチューバーの動画を見ると、パーティグッズとしての「楽しさ」もあるのだと気づかされます。
 
お客様から「こんな使い方もありますよ」「こんなシーンで使いたい」という声を頂くたび、お客様にマーケットを教えて頂いていると感じています。
 
 

「得意」と「得意」を掛け合わせて人の笑顔を創るものづくりを



 
アイスクリーム用モナカなど、業務用製品を製造していたときと違い、最終ユーザーの顔が見えるようになり、直接反応を頂けるようになったのは、作り手としては楽しいし幸せなことです。それと同時に、自分たちで値決めをしてお客様と距離が近くなるというのは、責任も増えることを意味しています。でも、そうしないと中小企業は生き残れないと感じています。20年前、自分で値決めできるようになりたいと思ってから、一歩ずつですが前に進んできているかなと思います。
 
これから「可食容器」のマーケットが広がってくると、ライバルも出てきます。切磋琢磨して進化していきたいですね。そして、「どうしてもこれじゃなければだめ」と選ばれるような域にまで、商品の付加価値を高めていきたいです。
 
そのために大事なのは、商品の付加価値を上げるのに必要な要素は何かを考え、それを得意としている所とコラボすることです。当社も、容器の開発当初は「えびせんべい」とのコラボ、「栄養」という付加価値は食堂運営の会社とコラボするなど、互いの「得意」と「得意」を掛け合わせてきました。コラボにより、お互いのマーケットを利用できるし、お互いの知見で新しいものを作れる、そういうのが面白いですね。そのためにはやはり、外に出て色々な人と会い、話をすることが欠かせません。
 
当社には「笑顔創造」という経営理念があります。人の幸せは時代によって変わっていきますが、その時代に合ったものを考え、これからも食を通じて人の笑顔を創るものづくりを続けていければと思います。
 
 

株式会社 丸繁製菓
所 在 地:碧南市雨池町2-25-3
HP: http://marushige-icecone.com/
オンラインストア: https://marushige-seika.shop-pro.jp/

写真提供:株式会社丸繁製菓

 
 
文:深谷百合子  写真:松下広美

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県生まれ。三重県鈴鹿市在住。環境省認定環境カウンセラー、エネルギー管理士、公害防止管理者などの国家資格を保有。
国内及び海外電機メーカーの工場で省エネルギーや環境保全業務に20年以上携わった他、勤務する工場のバックヤードや環境施設の「案内人」として、多くの見学者やマスメディアに工場の環境対策を紹介した。
「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、工場の裏側や、ものづくりにかける想いを届け、私たちが普段目にしたり、手にする製品が生まれるまでの努力を伝えていきたいと考えている。

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