「出してからおいで」の先には《出してからおいで大賞》
記事:濱田 綾(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
出してほしいもの。
出してほしくないもの。
大まかに二つに分かれるけれど。
あれを出されると、いつも頭を抱えてしまう。
「ピピ、ピピッ」
ああ、やっぱり。
同じこと2回やっても変わらないよね。
ふぅーと、つい息が漏れてしまう。
手元の数字は、37.5を示している。
いわゆるボーダーライン。
保育園に行けるかどうかの、体温の瀬戸際ラインだ。
澄んだ瞳が、きょとんとした表情を見せる。
「保育園行ける?」
うーんと考えてしまう。
何となく、咳も鼻水も怪しいとは思っていたけれど。
昨日も小児科で薬をもらってきたばかりだし。
その他の症状はないしな……。
ご飯も食べれているし、夜も眠れている。
かなり微妙なライン。
当日にいきなり仕事を休むのは厳しい……。
そんなことが、ぐるぐると頭の中を回る。
よくないことだと分かっていても、ついやってしまう。
「ピッ」
自分の中では音が鳴ったように思えて、さっと脇から取り出す。
37.4℃。
ギリギリOKということにしよう。
自分で自分を納得させて、罪悪感を背負いながらも職場に向かう。
ああ、またやってしまったな。
罪悪感がないわけではない。
本当は、具合の悪い時くらい家でゆっくり休ませてあげたい。
具合の悪い時くらい、一緒にいたい。
素直にそう思う。
でも、気持ちそのままに行動することは、そんなに簡単じゃない。
「少し風邪気味で。もしかしたら保育園から連絡があるかもしれません」
上司に状況を報告する。
電話の呼び出し音に敏感になりながらも、普段よりもさらに鬼気迫った様子で、仕事に取り掛かる。
少しでも早く帰れるように。
たぶん、熱が上がってくるのはお昼寝が終わった頃だろう。
それまでに何とか目途をつけて、段取りをしないと。
経験則からくる、完全に確信犯だ。
微熱で休みをとったとしても、次の日に元気になっていることは、あまり期待できない。
つまり、連続で休んでしまう確率が増える。
しかも、電話口での急な休み希望ほど、胸が痛むものはない。
言い出すという、恐怖心にも似たような感情と。
現場の空気感が、手に取るようにわかるからこそ。
だからこそ、直接出向いてから、休み調整を依頼したい。
そんな、言い訳がましい考えが出てくる。
休みたい。でも、そんなには休めない。
両方が、正直な気持ちだ。
本当は一人が休んだところで、会社の中は大きく変わらないことも分かっている。
変わるのは、会社の中の忙しさじゃない。
自分の中の後ろめたさと申し訳なさ。
自分の中の働いている意味みたいなものが揺らぐ。
自分の問題なんだけれど。
私って母親としてどうなのかな。
そんなことを思いながらも。
社会人としての自分と、母親としての自分にグラグラしながら、綱渡りの日々は続く。
「保育園から電話です」
やっぱり来た。そうだよね。ごめん。
そうして、少し早めに仕事を切り上げてお迎えに向かう。
「すいません」
言っても仕方ない事だけど、「すいません」が何度も口から出てくる。
迎えを待っていた息子の頬は、少し熱い。
目が少しうるんでいる。
手足が少し冷たい。
きっと、これからもっと熱が上がってくるんだろう。
もやもやとした胸の苦しさを感じながら、口から出そうになるため息を飲み込む。
「ごめんね。帰ろうね。先生のところ、行こう」
小さな手を握り、向かう。
昨日も一昨日も。ここには、連日通っている。
今回も、早めに来ていたのにな。
小児科で、診察を待ちながら思う。
色んなリスクマネジメントをしたからと言って、そんな思うようにはいかない。
そりゃ、そうだよね。
仕事じゃないし。
だって人間だもん。
相田みつをさんの詩が、ふっと頭に浮かぶ。
いやいや、今はそんなことに浸っている場合じゃない。
はっと我に返る。
そんな脳内妄想をしながら、重たい足取りで何とか自宅に戻る。
「喉赤いんだって。抗生剤が出たよ」
「明日は調整したから大丈夫。明後日は休み取れそう?」
寝ている頬の熱い息子を横目に、家族会議が始まる。
「一日は大丈夫だけど、二日は厳しいな……」
核家族の私たちだけでは、すぐに限界がきてしまう。
二日で何とか治るだろうか。
週末までまだ日にちがある。
ああ、なぜこれが週の前半なのかと。
どうにもならないことを悔やんでしまう。
それでも、どちらが休むのか。どちらも休めない。
そんなケンカにも似たような家族会議をすることは、年月とともに少なくなった。
ケンカをしても何も始まらない。
互いが、精一杯やっている。
ギリギリの日々を乗り越えていくうちに、いつの間にかそんな風に思えるようになった。
核家族チームの、まるで、たった一人の戦友のようだ。
「長引きそうだから、やっぱりあそこ。予約しておこうか」
最後の頼み綱。病後児保育の話が出る。
病後児保育は回復に向かってはいるものの、まだ普通保育園には行けない子供を預かってもらえる、少人数の保育園だ。
風邪だったり、お腹の症状だったり、骨折だったり。
色んな症状の子供たちがいる。
保育士さんだけでなく、看護師さんもいる。
本当に手厚く見てくれて、何かあれば病院の受診もしてくれる。
預かってもらえる時間が短かったり、費用がかかるなどを差し引いても。
私たちにとっては、かなりの助っ人。恩人なのだ。
子供が具合が悪い時くらいは、家で休ませてあげたほうがいい。
一緒にいてあげたほうがいい。
具合が悪い時に預けられるなんて、かわいそう。
具合が悪い子供が来ている保育園なんて、逆に具合が悪くなりそう。
色んな意見があると思う。
だけど我が家にとっては、この保育園がなかったら、綱渡りの日々さえ送れないくらい。
本当に、病後児保育さまさまだ。
確かに具合が悪い時ほど、一緒に過ごしてあげたい。
そうは思う。
そして休むという選択をできれば、それはベストだと思う。
でも、何かしらの事情で休めないこともある。
そんな時に選んだ答えは、ベストではなくとも、きっと間違いじゃない。
悩んで、心苦しさを持ちながら選んだ答えは、きっと責められるものじゃない。
何より、愛情を持ってくれているのは、家族だけではないと思うから。
「まだ咳は出ていますが、よく眠れるようになってきましたよ」
「お母さんは、お仕事頑張ってるんだって言っていましたよ」
「お母さんは、眠れていますか?」
そんな何気ない一言にずいぶんと励まされてきた。
お迎えの時の笑顔に、疲れが癒された。
「元気だして、早くおいで。待っているからね」
「色んな思いを抱えて働いた日々は、必ず何かにつながる。子供は見ていますよ」
もともとの保育園からのメッセージにも、ずいぶんと力をもらった。
何気ない一言を受け止め切れない時もあれば、何気ない一言で頑張れるときもある。
励ましが涙となり、どうしようもない心苦しさを洗い流してくれたこともある。
そうやって、何度も何とか乗り切って、普段の生活に戻る。
そんなことを思いながらも、また忘れて。
忘れた頃にまた、あのボーダーラインはやってくる。
そんな日々の繰り返し。
グラグラ全力綱渡り中だ。
いつか、この日々を懐かしむことができるだろうか。
後悔として残らずに、やるだけやったから、よしとする。
そう思えるようになるだろうか。
そんなこともあったねと笑える日が来るだろうか。
咳も熱も、鼻水も。
悔しさもやるせなさも涙も。
体力も気力も根性も。
隠せないクマも顔色の悪さも、白髪も。
アイデアも知恵も、経験則も。
決断も答えも。
嬉しさも楽しさも、切なさも。
母っぷりも、女っぷりも。
色んなものを出し切って。
持てるもの、出せるもの。
全力を出し切ったら、きっと。
いつか、笑い話に出来るような日が来るのかもしれない。
「全部、出してからおいで」
未来の自分が、そう言っているような気がした。
例え、どんなものだったとしても。
出せるものがあるということは、まだ余裕もあって、歩んでいる途中なんだろう。
いつか過ぎ去っていく、限りある時。
そう思うと、この全力綱渡りの日々も悪くないのかもしれない。
❏ライタープロフィール
濱田 綾福井県生まれ。国立工業高等専門学校 電子制御工学科卒業。在学中に看護師を志すも、ひょんなご縁から、卒業後は女性自衛官となる。イメージ通り、顔も体も泥まみれの青春時代。それでも看護師の道が諦めきれず、何とか入試をクリアして、看護学生に。国家試験も何とかパスして、銃を注射に持ち代え白衣の戦士となる。総合病院に10年勤務。主に呼吸器・消化器内科、訪問看護に従事。プライベートでは、男子3兄弟の母で日々格闘中。
今年度より池袋にほど近い、内科クリニックで勤務している。クリニック開業前から携わり、看護師業務の枠を超えて、様々な仕事に取り組む。そんな中で、ブログやホームページの文章を書く、言葉で想いを伝えるということの難しさを実感する。上司の勧めから「ライティング・ゼミ」を知り、2018年6月に平日コースを受講。「文章は人を表す」は、ゼミを受ける中で一番強く感じたこと。上っ面だけではない、想いを載せた文章を綴りたい。そんな歩み方していきたいと思い、9月より「ライターズ倶楽部」に参加中。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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