出してからおいで

ちゃんと見てくれてる人は居るよ《出してからおいで大賞》


記事:しゅん(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

**この記事はフィクションです**

 
 

「高山! これはどういうことなんだ! 説明してみろ!」
「あの……えっと……」
「そんなんじゃ、全然わからん! なんとか言え!」
 
「ですから……これは……」
「もういい! じゃあ、川口、お前代わりに説明しろ!」

 

 

 

 

今日の会議も最悪だったなぁ……
 
「お疲れ様」
 
にっこり微笑んで、香織さんが会議室を出ていった。
 
「あっ、おつかれさまです」
 
今日も格好悪いところを香織さんに見られちゃったなぁ。恥ずかしさでちゃんと目が見られない。
 
「よ、おつかれ。高山ちゃん」
 
後ろから背中をバシっと叩きながら、川口先輩が話しかけてきた。
 
「さっきは先輩にまで迷惑掛けて、すいませんでした」
「それはいいけど、さっきの部長の質問、お前も説明できるはずだろ? 昨日の晩、しゃべってたじゃん」
「部長にあの勢いで迫られると、頭の中が真っ白になっちゃって……」
「あんなん、なんでもいいから適当にしゃべればいいんだよ」
「そりゃあ、川口先輩は、口から先に生まれてきたような人ですから、いいですよ」
 
川口先輩の口のうまさだけは尊敬できる。ついさっき人に聞いたことでも、100年前から自分は知ってたみたいにしゃべることができる。だから付き合いの浅い人からの評判は抜群だ。ただ、実行力が伴ってないから、付き合いが深くなると「あの人、口だけだから」って尊敬されなくなっちゃう可哀想な先輩だ。
 
ああ、俺にも川口先輩のような口の達者さが少しでもあったらなぁ。

 

 

 

 

定時の合図と共に、職場を出た。
 
「おつかれ〜」
「お疲れ様です」
 
川口先輩が後ろから来て追い抜いていった。いつもは飲みに行こうってしつこく誘ってくるのに、今日は言ってこない。珍しいな。
 
「ふぅ」
 
また、明日の会議でも部長に怒られるのか、と思わずため息がでた。ふと、目を上げると見慣れないお店が目の前にあった。
 
「あれ? こんなとこに駄菓子屋あったっけ?」
 
子供の頃は良かったよな。毎日学校行って、バカみたいなことして、笑って、遊んでたな。駄菓子屋にも良く行ってたな。懐かしくなって、ちょっと覗いてみることにした。
 
うまい棒、チロルチョコ、この辺りは今でもコンビニで見かけるもんな。大したものだ。紐についたイチゴ味の飴。コーラ味のラムネ、パンチコーラって言うんだ。ああ、懐かしいな。水に溶かして飲んだな。コーラ味というよりは、薄く味のついた少し甘いだけの水だった気がするな。
 
そんな中に、見慣れないお菓子があった。箱に入った錠剤みたいだ。箱には、
 
『クチスベール 〜お口滑らか〜』
 
と書いてある。「息リフレッシュ、お口爽やか」ってのは聞いたことあるけど。中身は錠剤みたいだ。ラムネかな? しかし、今の俺にぴったりのネーミングだな。食べたらスムーズに喋ることができるようになるのかな? そんなわけないか。 でも、まぁ気休めに買ってみるか。

 

 

 

 

翌日、もうすぐ会議の時間だ。いつも机の上に置いてあるフリスクを振ってみた。しまった。切らしてたんだった。予備買ってなかったっけ? カバンの中を探してみる。フリスクがないと会議中寝ちゃって、部長に怒られるんだよな。予備はなかったが、昨日買った「クチスベール」が出てきた。まぁ、似たようなもんだろ。一粒口に放り込んで、会議に向かった。

 

 

 

 

「高山! これはどういうことなんだ! 説明してみろ!」
 
ああ、まただ……えっと……
 
「はい、このページでは、本件のそもそもの目的は何か? という観点で考え直してみました。すると、これまでの我々のA案では効果が低いことがわかりましたので、代わりとなるB案を提案させて頂いております」
 
あれ? なんか俺しゃべってるぞ。

 

 

 

 

「お疲れ様! 今日の高山君、すごかったね。部長の勢いに全然押されてなかったね!」
 
ちょっと興奮気味に香織さんが話しかけてくれた。ああ、うれしいな。
 
「本当ですか、香織さんにそんなん言われたら嬉しくて今晩寝れませんよ。ですから、今晩食事に付き合ってもらえませんか?」
 
えっ? 何言ってるの? 俺。
 
ほら、香織先輩も目を見開いてビックリしてるじゃん。これまで憧れてても声もかけられなかった香織さんに、よりにもよってこんな風に声書けるなんて最悪だ。
 
「いいよ」
 
ほら、断られた。えっ!? いいの?
 
「じゃあ、定時後、会社の外で待ってますね」
「ふふ、楽しみにしてるわ」
 
おい。約束してるよ、俺。ぼーぜんとしてたら、後ろから背中をバシッと叩かれた。
 
「どうしたんだよ、今日は! いつもの口下手な高山ちゃんはどこ言っちゃったんだよ! すげーな! お前。」
「ありがとうございます! でも口下手な高山ちゃんは余計なお世話です。そんな風に一言多いからいつも彼女に振られるんですよ」
「なっ…… お前! なんで俺が昨日ひろみに振られたの知ってんだよ……ちくしょーーひろみーー」
 
川口先輩が泣き出してしまった。しまった言い過ぎた。
 
「先輩。すいません。僕が言い過ぎました。彼女に振られるなんていつものことじゃないですか。もう慣れっこでしょ? いい大人が会社の廊下で泣かないでくださいよ。気持ち悪いですよ」
「お前……全然謝ってないし、慰めてねーぞ。 本当に悪いと思ってるなら、今晩やけ酒に付き合え!」
「いえ、今日はちょっと先約がありますので失礼します」
 
面倒くさいので、その場を後にした。後ろから先輩の「薄情もの〜」という声が聞こえていた。
 
でも、なんだこれ。頭の中がまとまる前に口が勝手に動いてるぞ。まさか「クチスベール」のおかげなのか? あんな駄菓子屋に売ってるお菓子で、そんな効果が? でも、部長の問いかけにスムーズに答えられたのも、香織さんをあんな風に誘うことができたのも、いつもの俺じゃありえない。このお菓子のおかげだとしか思えない。

 

 

 

 

「おまたせ。待った?」
「いえ、全然。僕も今来たところです」
 
さっきの会議の後、トイレの個室に籠もって、必死に探したレストランにやってきた。
 
「へぇ、こういうとこ、良く来るの?」
 
来たことあるわけがない。
 
「まぁ、たまにですよ」
「そうなんだ。ちょっと意外」
 
メニューを見て注文した後、いつもなら女性と二人っきりだと何を話そうか不安になるのに、今日は考える前に口が勝手に動いていて楽しい。憧れの香織さんとこんな風に食事に来てるなんて夢見たいだ。
 
「それで、川口先輩にそんなだからいつも彼女に振られるんですよって言ったんですよ。そしたら会社の廊下で泣き出しちゃって。いい歳なのにおかしいですよね?」
「そうね」
 
気のせいか、香織さんは心ここにあらずのように見える。どうしよう。もっとしゃべらなきゃ。
 
「そういえば、注文した料理来るの遅いですね。こんなに客を待たせるなんて、この店はどういう教育をしてるんですかね。そういえば、さっき注文を取りに来た店員、やる気なさそうに見えましたもんね。やる気がなさそうといえば、会社の……」
 
「ねえ」
 
話を打ち切るように、香織さんが話しかけてきた。
 
「なんか、今日の高山くん、いつもと雰囲気違うけど、もしかして酔っ払ってる?」
 
やばい。なんか気づかれたのかな? それとも退屈してるのかな? もっとしゃべらなきゃ。まずはうまいこと返事をしなきゃ。
 
「あの、えっと……」
 
あれ? さっきまでみたいに口が勝手に動かない。やばい。クチスベールの効果が切れた! 慌ててカバンの中を探した。あれ? 見つからない。焦る。やっと見つかった「クチスベール」を一粒出して口に入れた。
 
「ねえ。今、何を口に入れたの?」
 
見つかった!
 
「いえ、なんでも。普通のフリスクですよ」
「見せて」
「いや、本当に普通のフリスクですから」
「いいから、み・せ・て」
 
香織さんの真剣な顔と口調に逆らえなくなり、素直にカバンから出した「クチスベール」を渡した。最悪だ! 香織さんの顔がまともに見れない。
 
「なるほどね。今日の高山くんの違和感は、これのせいだったんだ」
「すいません……」
「一つだけ聞いてもいい?」
 
少し間を開けて、香織さんは言った。
 
「今日、私を誘ってくれたのはこの薬のせい?」
 
薬のせいなんかじゃない!
 
「はい。薬の勢いのおかげです」
 
おい! 何言ってんだ!
 
「でも、薬の勢いがあったから、憧れの香織さんに声を掛けるができたんです。これがなければ俺は香織さんに声を掛けることもできず、遠くから見ているだけだったと思います。実際この2年間、そうでしたから」
 
おい! 頼むよ。余計なことまで言わないでくれよ!
 
「……」
 
あああ、香織さん、固い顔のままじゃないか。終わった……。これならこれまでみたいに、遠くから見てるだけの方がマシだった。
 
ふぅ、っと軽く息を吐きながら、笑顔になった香織さんは言った。
 
「じゃあ、声掛けてくれたことは、この薬に感謝しなきゃね」
 
えっ?
 
「でも、高山くん、自分の魅力を全然わかってないんだ」
 
なにが?
 
「高山くんは、口数は少なくても、言うべきことはちゃんと言うし、人の悪口は言わない。そして、その笑顔と柔らかい雰囲気で、その場に居てくれるだけで、みんなが和むんだよ」
「そんなこと、初めて言われました」
 
「会議でも、みんなが好き勝手なこと言って全然議論が進まない時に、すっと前にでてホワイトボードに要点をまとめて『今、議論すべきことは、これですよね? この話に集中しませんか?』って言ったことあるじゃない? その時、私もイライラしたけど何もできなかったから『この人すごい』って思ったんだ」
「そんなの誰でもできますよ……」
「でも、実際にしたのは高山くんだけだった」
 
コップの水を一口こくんと飲んでから、香織さんは続けた。
 
「あとね、私が仕事に失敗して、部長に怒られて落ち込んでたときがあったじゃない? 他の人は『ああすべきだった』『こうしたら良かったのに』って話ばかりしてくるのに、高山くんだけは『そうなんですね』ってただただ私の話を聞いてくれて、最後に優しく微笑みながら『大変でしたね』って言ってくれたんだよね。その時、この人はなんていい人なんだろうって思ったんだ」
 
香織さんの目に薄っすらと涙が浮かんでいる。気がついたら、私の目の端からも涙がつつっと流れ落ちてた。そんな風に、見てくれてる人が居たんだ。知らなかった。
 
「だから、今日誘ってくれてうれしかった」
 
テーブルの上に置いた私の手に、香織さんがそっと手を重ねてきた。温かくってやわらかい手だ。
 
「高山くんは今のままでいいんだよ。会議で部長にうまく説明できなくたっていいじゃん。あんな勢いで詰問されたら誰だって言葉に詰まっちゃうよ。だからね。次からは、この薬はお口からもカバンからも、出してからおいで。もういらないでしょ? これからもよろしくね」
 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
しゅん(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

ソフト開発のお仕事をする会社員
2018年10月から天狼院ライティング・ゼミの受講を経て、
現在ライターズ倶楽部に在籍中
心理学と創作に興味があります。
日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/86808

 


2019-08-12 | Posted in 出してからおいで

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