ふな寿司をめぐる冒険

ミッション3:「ふな寿司は、冒険である!」ニューカマーふな寿司を調査せよ《ふな寿司をめぐる冒険》


記事:すずき のりこ(READING LIFE公認ライター)
 
 
「ビジネスとして、オリジナリティを出したふな寿司を漬ける人が現れて欲しいなぁ」
 
前回のミッション2で取材させて頂いた、川西さんはそうおっしゃっていましたが、いらっしゃったんです! 講習会でふな寿司の作り方を習い、自分の味を求め、そしてビジネスとてふな寿司を販売している方が……!
 
なので、早速お話を聞きに伺いました。やってきたのは、ここです。
 

 
滋賀県彦根市。
彦根市といえば、彦根城。あの、ひこにゃんがいるお城です。全国のご当地ゆるキャラの火付け役となったと言っても過言ではない、ひこにゃん。今もその可愛いキャラクターは健在です。彦根城の1番の見ごろ、春! 1100本もの桜がお城を彩り、夜間特別運航の屋形船も出ていますよ。その他の季節も、季節ごとに色々な顔をみせてくれるので、一年中楽しめます。彦根城のすぐ近くの夢京橋キャッスルロードではお店屋さんが並び、彦根名物やお食事も楽しめますし、彦根城博物館ではより歴史への理解も深められますよ。
 

 
そんな彦根市にある、ハッピー太郎醸造所さん。今回は、ここで、ハッピー太郎醸造所店主である、池島幸太郎さんにお話を聞きました。池島さんは、ふな寿司は「冒険」であるといいます。その意味とは……? 色々と伺ってきましたよ!
 
池島さん、まず、ふな寿司を作り始めたきっかけから教えてください。

目次
二つの客層をつなぐ、ふな寿司
お米にこだわる理由
麹はふな寿司に入れるな!? 味噌に入れよう
たどり着いた、ニューカマーふな寿司
新しい冒険の鍵は、日本酒

 

二つの客層をつなぐ、ふな寿司



 
池島:僕は「麹(こうじ)」を作ることが本業の、麹屋なんです。でも、麹って味噌を仕込む冬の期間しか需要がなくて。他にも何かしようかなと考えた時に、思いついたのがふな寿司なんです。僕は「ハッピー太郎醸造所」を立ち上げる前は、酒蔵に12年ほど勤めていたのですが、麹のお客さまとお酒のお客さまは、客層が全然違うんですよ。麹のお客さまは、健康志向の方が多くて、お酒のお客さまは、どちらかというと快楽を求めるというか(笑)でも、僕としてはどちらも分かるんです。お酒を作っている時も自然と調和した味であれば間違ってないなと思っていたし、体に無理のない、自然と調和できる美味しさっていうのを、ずっと求めていたので。二つのお客さまのどちらにも喜んでもらえるものを、考えた時に浮かんだのが「ふな寿司」だったんです。
 
――― なるほど。麹のお客様には発酵食品として、お酒のお客さまにはアテとして、喜ばれそうですね。
 
池島:そうですね。僕も最初は「ふな寿司講習会」に参加して、魚をゴシゴシ洗って漬けました(笑)講習会で漬けたら、誰でも失敗なく漬けられるし、素晴らしいと思うんです。でも、自分で売るなら、何か変えたいなぁと。変えたくなっちゃったんですよね。そこから冒険が始まったわけです。いや、ほんと、ふな寿司って冒険だと思うんです。壁を乗り越えたり、落とし穴にはまったり……。
 
――― おぉ。ふな寿司をめぐる冒険だったんですね。詳しく聞かせてください!
 

お米にこだわる理由



 
池島:最初に思ったのは「お米」ですね。酒蔵で修行している時に思ったのは「お米のポテンシャル以上のものは出来ない」ということなんです。発酵はお米で決まる、と。お米の種類によって味も変わるんです。
 
――― そうなんですか! 面白いですね!
 
池島:そんな時に出会ったのが、池内さんなんです。池内さんは県内で30年以上自然農法米を栽培されている方で。このお米を食べて、僕は感動したんです。玄米でも全く苦味がなくて……!!
 
――― 素晴らしい出会いがあったんですね。ふな寿司作りが大きく前進しそうです。
 
池島:そう上手くすすめばよいのですが(笑)僕はずっと「何でお米を蒸さないのだろう?」って疑問でした。普通のお米って「炊く」じゃないですか。でもお酒を作る時って「蒸す」んです。蒸したお米でお酒が出来るっていうことを、古の人たちはとても神秘的なものだと捉えていました。神棚には蒸したお米をお供えしますし、ふな寿司のルーツである東南アジアのラオスでは「蒸したお米で魚を漬けることもある」と文献にも記されていたり。つまり、元々ふな寿司のご飯は、蒸していたのではないかという仮説が浮かんだんです。
 
――― なるほど。それでやってみたんですね?
 
池島:はい。蒸し器もあるし、やってみました。「これは革命だ! 素晴らしいふな寿司が出来る!」と確信して、一樽漬け込んだんですね。そしたらね、開けてみてびっくりですよ。カチコチやったんです。お米はパラパラ、フナはそのまま。つまり、全く発酵しないままやったんです。えー、何でや!! と。
 
――― まさかの展開ですね。しかも一樽漬け込んでいるということは……。
 
池島:えぇ、発酵していないふな寿司が、一樽出来上がりました。少しだけ漬けて試してみたらいいのですが、「こうだ!」と思うと突っ走ってしまうんですよね。どうして発酵しなかったのか、色々考えてみたのですが、水分量が足りなかったのかなと。ある程度のスピード感を持って発酵させようとすると、塩分濃度と水分量の調整って非常に大事なんです。ある程度の水がないと、酵素のやり取りが出来ない。ふな寿司の作り方にも色々あると思うのですが、僕はビニール袋で密封する漬け方を採用しています。水を足す方法だと、水分量がちょうどいいのかもしれないのですが、今のところ僕はそのやり方ではしないつもりなので、蒸す方法はちょっと出来ないな、となりました。
 
――― ふな寿司の漬け方って色々ありますが、ビニール袋で密封するやり方と、水を張って密封状態を作るやり方が多いですよね。ビニール袋で密封するやり方にこだわる理由ってあるんですか?
 
池島:いや、家族に反対されそうだなと。水を足す方法は、家中にふな寿司の匂いが漂うんですよね。それは家族の許可がおりないだろうな、と。
 
――― なるほど(笑) 池島さんのふな寿司って、麹が入っていますよね。これには理由があるんですか?
 

ふな寿司に麹は入れるな!? 味噌に入れよう



 
池島:「麹屋なんだから、ふな寿司にも麹が入っているんやろ?」って何回もお客さんに聞かれるんですよ。その度に「いや、入ってないですよ」って言うのが面倒やし、ちょっと入れておこうかな、と。
 
――― え! 意外な理由ですね(笑)
 
池島:あと、麹を入れると「菌の多様性」が出来るっていうのもあります。ふな寿司に麹を入れて失敗したこともあるんです。麹を、ご飯の全面にぶわーーっと滅茶苦茶入れたんです。そしたら、これも発酵しなかったんです。かなりしょっぱい甘酒になりました。フナの甘酒漬けみたいな。
 
――― それって食べてみたんですか?
 
池島:フナがそのまま残っているので、食べられませんよね(笑)結局、水で洗ってもう一回ご飯に漬けて翌年、ふな寿司になりました。フナの中に染み付いた酵素は取れなかったので、甘いふな寿司になって、これはこれでめちゃくちゃ美味しかったです。でも、2年かかるのでね。まぁ、教訓としては、実験はちょっとずつやりましょうってことですね。
 
――― なるほど。麹は難しいんですね。
 
池島:塩分や糖分が、発酵に関わる菌の増殖スピードに影響を与えているんです。でも、麹を入れると乳酸菌が増える前に糖分が出てしまうのでしょうね。ご飯自体は美味しくなるのだけれど、フナの骨を柔らかくするところまで酸味が出ない、という状況に陥りやすい。だから、ふな寿司には麹は入れないほうがいいって書いておいて。「麹屋が言っています。麹は味噌に使いましょう」って。
 
――― えー! 書いておきますけど(笑)でも、麹を入れると飯がすごくなめらかになりますよね。ご飯の粒々が残っていない飯を見るのは、私は初めてです。
 
池島:この飯はすごく評判はいいんだよね。「飯だけ下さい」って言われることも多くて。
 
――― 飯の部分は捨てることが多いじゃないですか。それを「美味しい」って言われるのは珍しいと思います。麹のお陰ですね。池島さんのふな寿司は、メスは白米と麹、オスは玄米と玄米麹で漬けているんですよね。
 

たどり着いた、ニューカマーふな寿司



 
池島:はい。他にも玄米の水分量を減らして濃厚なふな寿司を作ろうとして、失敗したり色々ありました(笑)そんな試行錯誤の冒険の末、オスの方はすっぱさと香りのよさと、食べた時の衝撃が走る感じなど、いい具合に漬けられていると思っています。メスの方は、麹の具合など、まだ少し、定まっていないところもあるのですが。玄米をふな寿司に使うとね、全く違う香りになるんです。
 
――― 香りも変わるんですね! 驚きです。
 
池島:はい。理由としては、乳酸菌の代謝が変わり、香気成分が増えるとからだと考えられます。それは、焼酎もろみの研究でも言及されています。
 
――― なるほど! 玄米のふなずしも珍しいですよね。玄米麹もあまり聞いたことがないのですが、あまり作られていないものなのでしょうか?
 
池島:あんまり作っている人は、いないんじゃないかなぁ。ほら、麹屋だから、玄米にも玄米麹を入れないといけないかな? と思って。
 
――― あ、なるほど(笑)そういう理由で玄米麹が入っているんですね。
 
池島:正直、玄米麹は入れなくてもよいと思います。入れなくても成功したから。あ、あとね、いい具合に完成してきたんだけど、あと重石のかけ方がなぁ、まだちょっとわかんないんだよね。色々流儀があると思うんだけれど、重石を軽くするって勇気がいるよね。重石って頑張るってことだから、軽くしたら楽をするってことでいい結果を生まなかったらどうしようって。
 
――― ということは、これから、重しのかけ方の冒険の始まりですか?
 
池島:いやー、もう失敗はしたくないよね(笑)色々な人に話を聞いて統計をとって、考えます。
 
――― そうですか。池島さんは、失敗が全く怖くないチャレンジャーだと思っておりました(笑)ふな寿司を食べたお客さんの反応はどうですか?
 
池島:僕のふな寿司って、麹のお客様で発酵食品をよく買ってくださるお客様には好評なんですが、元々ふな寿司が好きっていう方には「面白いけど、ちょっとな……」って言われることが多いんです。
 
――― なるほど。ニューカマーふな寿司、ですね。もしかして、お客さんは女性が多いですか?
 
池島:お客さんの9割は女性かな。そうそう、今度は、ふな寿司をもって新たな冒険に出ようと思っているんですよ。
 
――― 新たな冒険ですか!? 詳しく聞かせてください。
 
池島:はい。それは、日本酒です。
 

新たな冒険の鍵は日本酒



 
――― 日本酒、ですか? どういうことでしょう???
 
池島:ふな寿司には、滋賀のお酒が合うといわれています。もちろんそれは、大前提です。でも僕は、県外にもふな寿司に合うお酒はあると思うんです。この「合う」ってどういうことだと思いますか?
 
――― 私あまりお酒は飲めないのですが……「合う」というのは、納豆にご飯みたいな、お互いの邪魔をせず、お互いがよくおさまるというか、そういう感じでしょうか?
 
池島:えぇ、そういう「合う」もありますし、大抵はそういう「合う」です。お造りと白ご飯とかね。でも、口の中で化学反応が起こることもあるんです。1+1=2じゃなくて5になって、新しい世界が出てくることが。ふな寿司を食べて、お酒を飲んだ時に、口の中で化学変化が起こるようなお酒を、僕は「合う」と思っています。
 
――― 化学変化ですか!? ふな寿司と日本酒が口の中に入ると、想像を超える世界が待っているのですね。
 
池島:えぇ、そうです。それでね、今回、県外の日本酒とふな寿司を食べるイベント「発酵バーvol.1」というのを開催したんです。僕が信頼を寄せている大阪の酒屋さんがあるのですが、彼に僕のふな寿司を送って食べてもらって、合うお酒をセレクトしてもらいました。彼は、神の舌を持っていますし、日本一やと僕は思っています。味の記憶力や、頭の引き出しなど、素晴らしいんです。おかげさまで当日は、予想を超えるお客様にお越しいただきました。
 
――― 大盛況だったんですね! 「合う」という世界をぜひ感じてみたいですね。
 
池島:「県外のお酒がふな寿司に合う」となれば、僕はふな寿司だけを持って、日本中を旅できるなって思っています。「このお酒とふな寿司が合うんですよ」って言ったら「え! ふな寿司が合うの!?」って反応があると思うんですよね。今までふな寿司を食べたことのないお客様に、食べて頂く機会を作れるんじゃないかなと。新しいお客さんを獲得していくのは、新しい麹屋・ふな寿司屋をしている自分の役目でもあると思っているんです。
 
――― 確かに、ふな寿司を食べたことのないお客様でも、「合うなら食べてみようかな」と、なりそうですよね。ふな寿司を知らなかった層にも、これをきっかけにふな寿司がどんどん広がりそうですね!
 
池島:えぇ、新たな冒険の始まりです! あとね、お酒を作る蔵元さんの方でも、ふな寿司の発酵と考え方が共通する人っていると思うんです。地域でお酒を作る意味を考えた時に、発酵を取り入れたりする蔵元さんも増えてきているので、ニュータイプのふな寿司と、何かクロスする部分や共感する所もあれば、ふな寿司にも興味をもってもらえると思うんです。
 
――― なるほど。ふな寿司と、蔵元さんの間に化学反応が起こったら、どんな世界が広がるのか、とても楽しみです! 「発酵バー」は第2回、3回と続く予定ですか?
 
池島:えぇ、もちろん続きますよ!!
 
――― それは楽しみです。引き続き、冒険がどうなるのか、楽しみにしております! 池島さん、今日は面白いお話を聞かせていただき、ありがとうございます! やっぱりふな寿司って面白いですね!!
 

 

今回学んだこと


・ 発酵は、お米のポテンシャル以上のものは生まれない。
・ ふな寿司は、冒険である。
・ 発酵には水分量が必要
・ ふな寿司に麹を入れるのは難しい。麹はふな寿司ではなく、味噌に入れよう!?
・ 実験する時は、少しずつしましょう
・ 重石のかけ方にも流儀が!?
・ 「合う」とは、口の中で化学反応が起こること
・ 県外のお酒×ニューカマーふな寿司=新しい世界の広がり
・ 新しいお客さんを獲得するのも、新しい麹屋・ふな寿司屋の役目である
 

今回お話を聞いた方
池島幸太郎さん。 滋賀県大津市育ち。ハッピー太郎醸造所店主。酒蔵修行12年。日本海酒造(島根)、冨田酒造(滋賀)、岡村本家(滋賀)の3つの蔵に勤める。岡村本家では自分のオリジナルレシピによる「金亀桜」をリリース。ウィーンにも輸出される。
島根時代には有機農業法人「やさか共同農場」で農業や味噌加工に従事し、中山間地と農産加工の可能性を知る。また、大阪の日本酒専門店「山中酒の店」で食と酒の楽しさの最前線を経験。農家から加工、消費者の点が現実は断絶していることに気付き、全てがつながる豊かさを想う。それらの経験を活かし、岡村本家時代には、飲食店などに生産者の顔の見える味噌やふな寿司を提供してきた。
「顔の見える発酵食品で、つながりを取り戻そう」というテーマで、2017年1月に、ハッピー太郎を創業。2017年10月2日、屋号をハッピー太郎醸造所と変更し、工房をオープン。

❏ライタープロフィール
すずき のりこ
1984年生まれ。2010年に結婚を機に滋賀へ移住。仕事を通してまちづくりや、市民活動に熱い人に出会い、地域や滋賀の良さに目覚める。
滋賀県のよさについて熱く話しすぎて「……観光大使?」と友達にドン引きされた経験アリ。
好きな食べ物は、ふな寿司と近江牛と彦根梨。

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2019-05-13 | Posted in ふな寿司をめぐる冒険

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