祭り(READING LIFE)

高円寺フェスは、大人の○○だった。《READING LIFE不定期連載「祭り」》


記事:中野 篤史(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

あれ、なんで踊っているんだっけ? 私はいつのまにか盆踊りの群衆の中で踊っていた。しかも、汗だくで。神社の境内はダンスホールと化している。境内に隣接する建物の外壁には非常階があり、そこにDJブースがセットアップされていた。DJは次々に民謡のレコードを繋いでいく。ビジュアル的にはクラブ風だが、サウンド的にはお座敷風だった。しかし、民謡がこんなに踊れる曲だったなんて。

 

そこは、高円寺駅から徒歩15分ほどの場所にある八幡神社だった。昨年の夏、妻と二人で盆踊り大会へ出かけた。決して踊るつもりでいたわけではない。しかし、思わぬ盛り上がりをみせているダンスフロア、いや盆踊り会場に触発され、二人で汗だくになって踊ってしまったのだった。

 

それから、一昨年は4月に中学生の娘をつれて、やはり高円寺の「びっくり大道芸」に行った。中央線を界に駅の北側と南側の様々な街角で、大道芸が披露される。それを見にやってくる来場者が、なんと20万。浅草寺のある台東区の人口が20万人なので、2日間で台東区の人たち全員がJR中央線沿線の一つの駅にやってきてしまう計算だ。町中は相当なお祭り騒ぎとなる。しかし、これで驚いてはいけない。さらに輪をかけてすごいのが、毎年8月に開催される高円寺の阿波踊り大会。その名も「東京阿波踊り」だ。なんと2日間で100万人が来場する。人口100万人の都市というと、東日本では宮城県仙台市、西日本では広島県広島市がそれぞれ100万人前後の規模になる。東京でいうと世田谷区の人口が約92万人。そんな多くのの人たちが2日間で一気に高円寺へ押し寄せてくるのだ、町はパニック状態になる。

 

そんな一年中祭りをやっているイメージがある高円寺で、10月27日、28日に町名を冠した「高円寺フェス」が開催された。今年で12回目を迎えた高円寺フェス。昨年は10万人の来場者数があった。東京阿波踊りには遠く及ばないが、それでも町フェスに10万人がやってくるというのは、凄いことに変わりはない。というわけで、高円寺フェスがどんなフェスなのかこの目で確かめて見ることにした。

 

高円寺駅に降り立った私は、駅前で配布されている高円寺フェスの公式ガイドブックを手に入れた。これがないと始まらないのだ。ガイドブックには、10箇所以上あるイベント会場の地図と、同時多発的に行われるパフォーマンスのタイムテーブルが載っている。各会場ではプロレス、ストリートライブ、パフォーマンス、ゆるキャラ大会など様々なイベントが行われる予定だ。ガイドを眺めていた私の目は、「MY FIRST KOKESHI」の文字をとらえた。なぜ、高円寺でこけしイベントなのか? 気になった私は、会場となっている区民集会所をめざした。道すがら美味しそな焼き鳥やらスナックやらが売られていたが、無視して歩き続けた。

 

会場となっている区民集会所の会議室には、女性の姿が目立っていた。こけしが女性に人気なのだろうか? 私には売れない土産品のイメージしかない。残念ながら私には、こけしの「こ」の字の魅力もわからないのだった。ここでは大小様々なこけしが陳列され、売られている。さらに、こけしピンバッジやこけしブローチなど、こけし系アクセサリーも売られていた。それから、こけしボーロやこけしマシュマロなど、こけし系スーツまでも売っている。12畳ほどの広さの部屋の中は、こけし関連グッズで埋め尽くされていた。お店の人に聞いてみると「こけし女子」略して「こけ女」なる方々がいるそうだ。初めて聞く呼び名だが、実は第三次ブームを迎えこけしーブームが加速しているという。そして、ここ高円寺や近隣の中央線沿線の駅にある雑貨屋やカフェなどで、こけしを扱う店舗が増えているのだという。なるほど、女性客が多いわけも納得がいった。

 

そんなコケ女達の憩いの場を去ろうと廊下に出た私の目に、あるポスターが飛び込んできた。そこには「土偶マイム」というタイトルと、茶色い全身タイツ姿の中肉の男性の写真。それは、土偶を形態模写して立っている写真だった。土偶マイムとは一体? これから何が起こるのだろう? 腕時計を見るとちょうど開演時間になるところだった。

 

早速、靴を脱いで畳の部屋へ上がってみる。土偶マイムと書かれた看板の後ろに40代半ばくらいの、色黒の男性が立っていた。短く綺麗に刈り込まれた髪の毛に黒縁のメガネ。濃紺のスーツに白いワイシャツ。そしてピンクとグレーのストライプがはいったネクタイ。どう見てもサラリーマンといった出で立ちで、パフォーマーには見えなかった。私は彼の目の前に陣取り、畳に腰を下ろした。周りには家族づれやカップル、合わせて15人ほどが座っていた。

 

「それでは、これから始めます」と男が言いい、丁寧にスーツの上着を脱いだ。そしてネクタイをとりワイシャツに手をかけると、いきなり両手でバッとシャツの前を開いた。男らしくワイシャツを脱ぎ去ると、その下には茶色い全身タイツをきていた。彼は、丁寧にスーツのパンツを脱ぎ、全身タイツ姿になった。

 

パフォーマーの彼は、名を白鳥兄弟といった。そして「ボーン」というお寺の鐘の音とともに、パンントマイムが始まった。何かが始まりそうな気がした。彼の右側には、三脚に土偶の写真が紙芝居のように設置されていた。そして、彼は土偶の写真をめくった。音楽プレーヤーからは、女性の声で写真の土偶についての説明が流れた。彼は無言で土偶を真似する。シュールな感じに、会場からはクスっというわらいが漏れた。その後も、ひたすら土偶の形態模写がつづいた。ちょいちょい、小ネタを挟んでくれたが、結局”何か”は始まることなく終わってしまった。それでも彼から土偶愛のようなものが十分伝わってきた。おそらく、彼は土偶マニアに違いない。きっと土偶マニアだ。私は土偶マイムに飽きてしまったが、一生懸命に続けた彼に興味が湧いてきた。

 

「なん年くらいこれやってるんですか?」パフォーマンスが終わったあと。白鳥兄弟さんに話しかけた。
「9年やってます」
「そんなにやってるんですか?」まさか、これで食っているプロなのか? という疑問が脳裏をよぎった。
「別に仕事を持っていますが」と察したように彼は付け加えた。そうだよね。
「どんな経緯で、これを始めたんですか?」
「もともと考古学とパントマイムをやっていたんですよ。それで……」と彼は答えてくれた。考古学か、これまた専門的で奥が深そうな学問だ。まだまだ、聞きたいことはあったが、忙しそうだったし、それほど会話が弾まなかったので彼を後にして私は部屋を出た。そして、腹が減った私は、次なるイベント会場の杉並第四小学校を目指すことにした。

 

小学校の門を入ると、すでに行列ができていた。「カレーなる戦いin杉並」。校門に掲げられた看板にそう書かれている。遂にきた。決してこれを目的にきたわけではないが、カレー好きの私にとっては、こぶしに力が入るイベントだ。

 

早速、受付で1,000円を支払う。それで、4種類のカレーが食べられるようになっている。受付で手渡されたプラスチック製の皿の中央には、ライスが盛られていた。ライスを囲んで、4種のカレーが盛り付けられるよう、皿には4等分のしきりがついている。そしてカレーチケットが4枚渡され、自分が食べたいカレー店の前に並びカレーのルーを盛ってもらうのだ。また、カレーチケットは1枚200円で追加でき、好きなだけカレーを堪能できる。しかし問題は出店数が合計で17店あることだ。とても全部は回りきれない。

 

私は17店の中から、4店を選んだ。カレーショップ 豆クジラのチキンカレー、ペルシャ料理 ジャーメジャムのチキンとトマトのカレー、焙煎DISCO茶蔵のチキンマッサンカレー、上荻一丁目酒場の本格スパイスカレーだ。

 

豆クジラのチキンカレーは、さすがカレーショップというだけのことはあり、スパイス使いが素晴らしい。南インド料理にヒントを得たというバターを使わないシャープ味わいと辛さが特徴。スッキリした食材の自然な甘みにスパイスの深みが加わり、豆クジラワールドを展開している。

 

焙煎DISCO茶蔵のチキンマッサンカレーは、会場で一番長い行列ができていた。ココナツミルクベースで、ややタイカレーに近いかと思いきや、程よい酸味と控えめの甘さで、ぐいぐいいけてしまう味だ。

 

ジャーメジャムのトマトと豆のカレーは、イラン人オーナーがつくるこだわりの一品で、トマトベースのカレーに数種類の豆がブレンドされている。その味は、郷愁イランカレーとでもいうか、一口くちに含むと乾燥した広大な大地のイメージが降ってきた。イランへいったことはないが、なんとなくイランの大地を思いおこさせる味に仕上がっていた。

 

上荻一丁目酒場のスパイスカレーは、トマトベースでチキンが線維状になるまで煮込まれていた。水分は少なめで、硬さはキーマカレーに近い。立ち飲み屋のカレーにしておくのはもったいないくらい、ハイレベルなカレーに仕上がっていた。

 

あなどるなかれ、高円寺フェスでは、なかなかハイレベルなカレーバトルが繰り広げられていたのだった。

 

さて、腹も満たされたし次は線路を挟んで駅の南側へいってみることにした。すると高円寺中央公園で、なにやら人だかりができている。なんだろう? 2重3重の人だかりでよく見えないためか、みなさん写真を撮ろうとスマホを持った両手を上に掲げ、パシャパシャとシャッターを切っている。そうだったのか! まさに今、ゆるキャラ勢揃いの記念撮影がおこなわれている真っ最中だった。20体以上が並んで人垣の方を向いていた。高円寺公式キャラはサイケ・デリーといった。インドとサイケデリックをかけた顔立ちをしている。大丈夫か? 自治体の公式キャラとしては、際どい感があるが、そこは高円寺。懐の深さが感じられる。隣の中野からはサブカル営業施士ブローノバ、またはるばる徳島県からはとっくりんがやってきていた。「ゆるキャラ」ブームの火付け役である、みうらじゅんさんのイベントも翌日にあるという。しかし、ブームにのれていない私には、ゆるキャラの魅力があまりわからないのであった。

 

高円寺駅前の広場に戻ると、そこでもステージの前に人だかりが出来ていた。これから誰かのLIVEが始まるところだった。でも、どうせ私が知っているような有名人ではないだろうと、たかをくくる。案の定、登場したのは「サロメの唇」という、女性ボーカルと男性ギターの、私の知らないバンドだった。紹介では、ここ高円寺出身のバンドということだ。まあいい。せっかくだから聞いていこう。と思ったのが間違いだった。彼らのLIVEを聞いた私は、結局アルバムを買ってしまうことになる。昭和歌謡風ロックとでもいうのか。古くて新しいというか、新しくて古いというか。30代の若い彼らが作詞・作曲するそのセンスにコロリとなってしまった。とくに「へぱらぺら節」は、会場も大盛り上がりで、私もはしゃいでしまった。

 

LIVEが終わった。どうやら次はここでプロレスが始まるらしい。プロレスも観たい。私は高円寺フェスを、好きになり始めているようだ。なんだろうこの昔どこかで経験している感じ。人それぞれ、自分がやりたいこと、得意なことをコンテンツにしてイベントを作っている手作り感。だけど、真剣になりすぎず、いい具合でゆるさが残こるこの感じ。会場のあちこちで、同時多発的にいろいろなことが進行しているこの状況。食べたり、飲んだり、歌ったり、作ったり、聞いたり、話したり。そうか、学園祭だ! 高円寺フェスは大人の学園祭だったんだ。

 

気づくと、プロレスラー達がリングの外に集結していた。これから、戦いが始まる。でも、きっとカウントではなく笑いをとりにくるに違いない。だって高円寺フェスなのだから。

 

 

❏ライタープロフィール
中野 篤史
’99に日本体育大学を卒業後、当時千駄ヶ谷にあった世界中の旅人が集まるゲストハウスにて20代を過ごす。またバックパッカーとして、国内やアジアを中心に欧米諸国を漫遊。どいうわけか、現在は上場IT企業に勤め、子供2人を持つ40代の父親になっている。最近は、暇さえあればスパイスカレーを食べ歩く日々をつづけていて、天狼院書店でライターズ倶楽部に所属しながら、食と旅行を中心に記事を執筆中。

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2018-11-20 | Posted in 祭り(READING LIFE)

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