あなたがやってるのは「仕事」?《週刊READING LIFE Vol.62 もしも「仕事」が消えたなら》
記事:星永俊太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「なんでうちで働きたいの? 例えば、給料がでなかったとしても、やりたい?」
「……」
面接官からの、思っても見なかった質問で一瞬返事に詰まった。木田と名乗った面接官は、無精髭で、Tシャツにジーンズというラフな格好の男性だ。30代くらいだろうか。
「うち、お金を稼ぐために働きたいって人、募集してないんだよね」
「……やります。給料でなかったとしても働きたいです」
「いや、もちろん給料はちゃんと出すんだけどね」
僕の返事に、木田さんは苦笑いしながら言った。
「でも、例えば3か月、6か月って給料がでないとして、それでもやりたいって思える?」
「……」
言葉が出なかった。例えば、の話で単なる思考実験なのはわかってる。でも、半年給料がでないとして、他の仕事をしたり、貯金を切り崩してでもやりたいって思えるだろうか?
最初は、修行期間と思ってお金のことを気にせずに働けってことか? いや、違うな。お金のためじゃなく、純粋な自分の楽しみとして働くことができるか? って問いかけなんだろうか?
「この後、時間ある?」
「え? あ、はい。あります」
考えに集中していたため、木田さんからの突然の質問に少し驚いた。
「ちょっと、うちのチーム覗いていく?」
「ぜひ! お願いします!」
なんと、今日は面接だけだと思ったのに、ベンチャー企業のソフト開発チームの現場を実際に見せてもらえるなんて!
「さあ、ここだよ」
連れてこられた先は、オフィスというよりはマンションの一室だった。今働いている会社の、古い建物のだだっ広いフロアに机を並べた職場とは大違いだ。
ちょっと緊張してきた。どんなすごい人達が働いてるんだろう? バリバリのコンピュータオタクみたいな人たちが、ひと言も言葉を発せずに、カタカタとキーボードを打つ音だけが響くような職場なんだろうか?
部屋に入り、木田さんが声を掛けた。
「よお、見学者を連れてきたぞ。山内くんだ。みんなはいつもどおり仕事を続けてくれ」
「山内です。よろしくお願いします」
部屋の中に居た8名ほどの男女が、作業の手を止め、口々にあいさつしてくれた。
部屋の中は、大きめの会議机が2つに、壁際に一人利用の机がいくつか置いてあり、ヘッドフォンをして集中してプログラミングをしていると思われる人、ホワイトボードの周りに集まって議論している人、動画で打ち合わせをしている人が居た。
「どう? なんか気がつくことない?」
木田さんに聞かれて、改めて働いている人たちを見渡した。今の職場に居る人たちと、ここに居る人たちでは明らかに何かが違う……。でも、なんだろう? 言葉にできない。
あっ、顔つき、かな?
プログラミングをしている人は眉間に皺を寄せて難しい顔をしているし、ホワイトボードの周りでは議論が白熱して真剣な顔で言い合いをしているので、別にみんなが笑顔だ、という訳ではない。ただ、『生き生きとした顔をしている』のだ。充実した顔、とでも言えばいいだろうか。
今働いている職場では、『無表情な顔』をしている人が多い。
「顔つき、ですか?」
「そう。よく気づいたね」
木田さんが優しい笑顔で褒めてくれた。
「今働いている職場では『無表情な顔』をしている人が多い気がします。でも、ここの方々は『表情』が生き生きとしているように見えます」
「俺も、前職は大企業だったから、わかるんだけど、あの人達は『仕事』をしに来てるんだよね」
どういうことだろう? みんな『仕事』しに来てるよね?
「うちの会社の定義では、お金のために働くのが『仕事』かな。もちろん悪いことじゃないよ。生活するため、生きるため、夢を叶えるためにはお金が必要だ。だからお金のために働くことも、必要だ」
なるほど。そういう意味では、僕も『仕事』をしているんだ。
「ただ、『仕事』の場合、会社からやれって言われたことをするから、『自分がやりたくないこと』もやらないといけないよね? そもそも『自分がやりたいこと』がわからないから、言われたことをそのままやってるって人も居るよね?」
僕も、「なんでこんなことしなくちゃいけないんだ?」「ああ、面倒くさい、でも、やれって言われてるしな」と思いながら『仕事』をしている……そもそもやりたいことってなんだろうな? 今日は面接用に一応やりたいことを考えてきたけど、本当にそれがやりたいか? って言われたら怪しいところだ。
「だから、だんだん無表情になっていくんだ」
今働いている職場の人々の無表情な顔、そして、仕事中にディスプレイに映る自分の無表情な顔を思い出した。そうだった。今の会社に入社して3年目。どんどん周りの人のように無表情、無感動になっていく自分が怖くなって転職活動を始めたんだったっけ。
「ここに居る奴らの顔を見てご覧? 表情がいいだろ。みんな、世界を変えてやろうと思ってここに集まってるんだ。やらされてる奴なんかいないぜ?」
ホワイトボードの周りで熱く議論している姿が眩しく映る。今働いている職場での会議風景を思い出した。発表する人が淡々と説明し、簡単な質問があるだけだ。
時々、突っ込んだ質問をする人が居ても、暖簾に腕押しだ。
「具体的にどうする予定?」
「がんばります」
「……まあ、わかりました」
相手の回答を受けて、さらに「なんだよ、その回答。がんばりますじゃ、わからないだろ。精神論じゃなくて具体的な方針を聞いてるんだよ!」なんて言い返す人はいない。本当に、世界を変えるために正しい、と思うことがあるのならば真剣な議論に発展するはずだ。
「……それで、山内くん」
木田さんの声に、我に返った。
「君が、今の職場でやっているのは『仕事』かい? それとも『世界を変えてやろう』と自分から動いてるのかい?」
「残念ながら『仕事』です……」
少し沈黙が訪れた。そこで、さっきからずっと聞いてみたかったことを口にしてみた。
「それで、さっきの面接、僕はどうだったのでしょうか……?」
木田さんは、あごに手をやり少し考えてから言った。
「今の君をうちに迎え入れることはできない」
やっぱり、そうか……。
「じゃあ、なぜ、僕をここに連れてきて下さったんですか?」
「俺も大企業に居たから、君の状況も気持ちもよくわかるんだ。だから、ちょっとおせっかいをしたくなって……さ。君は、まだ今の職場でやれることがあるんじゃないかな? 考え方が変わるだけで、見える世界は変わってくるものだからさ」
確かに、仕事は上司に言われたことをやるものだと思いこんでいた。自分のやりたいことに向かって取り組むものだなんて、考えたこともなかった。そう思うと、まだまだ今の職場でもできることは一杯ありそうだ。
まずは会議のやり方から提案してみようか……いや、あの仕事、実は俺やりたいと思ってたんだよな。立候補してみようかな……? アイディアが次々と浮かんできた。
そんな俺を見て、木田さんが手を差し出した。
「今の職場でもう少し頑張ってみて、それでも、うちで一緒に世界を変えたいって思うなら、またおいで。その時は歓迎するよ」
「はい。もう少しがんばってみます! こちらで世界を変えたくなったらまた来ます! その時は『お金』要らないですから」
僕は、木田さんの力強く温かい手を握り返し、にやっと笑いながら言った。
「いや、だから給料はちゃんと払うってば」
苦笑いする木田さんと、チームのメンバーに挨拶をして部屋を出た。
部屋を出ると目の前に、目の前に広がる雲ひとつない青空が広がっていた。青空に向かって伸びをして、独り言を呟いた。
「さて、まずはどこから変えてやろうかな」
◽︎星永俊太郎(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)ソフト開発のお仕事をする会社員
2018年10月から天狼院ライティング・ゼミの受講を経て、
現在ライターズ倶楽部に在籍中
心理学と創作に興味があります。
「勇気、不安、喜び」溢れた物語を書いていきます。
日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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