ちょいダサ中国人マッサージ店”の魔力
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:村井ゆきこ(ライティング・ゼミ 11月コース)
12月6日。今日は私の誕生日だ。
ふだんからエステにもマッサージにも通っているのに、誕生日だけは急に「特別なサロンに行きたい病」が出る。ただこの数年、その“特別な選択”で何度も撃沈してきた。
物欲があまりないからなのか、必要なものはすぐ買うからなのか、プレゼントをねだることはほとんどない。ただ結婚後の誕生日には、少しスペシャルなマッサージかエステに行くのが毎年のお決まりだ。
子どもたちが小さかった頃は、この時間が本当に嬉しかった。心からの自由時間なんて存在しなかったからだ。夫はしっかりしているが、それでも心の片隅……いや、大半は子どものことで占めてしまう。
赤ちゃん期なんて、お手洗いでぼーっと数分過ごすだけでも“贅沢”だったのを今でも覚えている。そんな時期の“おひとり様時間”は、まるで天国だった。
新婚の頃から続く恒例行事は、マッサージだけではない。私が癒されに行っている間、夫がバースデーディナーを作ってくれる。子どもが幼稚園児になってからは、息子たちも戦力になった。
今年も同じように、私の外出中に準備が進んでいた。小6の次男は受験勉強の合間にデザート作り。夫のメニューは、昨年はキンパや参鶏湯の韓国料理。今年はステーキ、カプレーゼ、キッシュと、洋食にするという。
私も、どこに行くかは前日から決めていた。もちろん、誕生日くらいはおしゃれなサロンを選ぶという手もある。
こだわりのインテリア、ふわっと香るアロマ、丁寧な接客──気分はたしかに上がる……はずだ。
でも、今年の私が向かったのは、駅前の“ちょいダサ中国人マッサージ店”だった。ここは、何度か通っている慣れたお店だ。正直なところ、インテリアは微妙にダサい。なぜその柄の仕切りカーテン? なぜそのスリッパ?ツッコミどころは山ほどあるけれど、なぜか落ち着く。不思議なほど。
誕生日くらいはおしゃれサロンに行こう、と毎年思う。実際に行った年もあるが、満足度はどうも低い。理由はシンプルで、素の自分でいられないからだと感じている。私は、ボディマッサージに関しては、日本人セラピストだと妙に緊張するところがある。どうしても“気遣いスイッチ”が入ってしまう。長女気質あるある、なのかもしれない。
そしてもうひとつ理由がある。かつて住宅デザインの仕事をしていたこともあり、素敵な空間に入ると、癒される前に“観察モード”が始まってしまうのだ。
動線、ベッドリネンの質感、トイレのインテリア、スタッフの私物の置かれ方。
「レセプションは素敵なのに、トイレだけ妙に安っぽい」
「この棚の上、生活感が出すぎてる……」
そんな細部が次々目に入り、集中が削がれてしまう。
この中国人サロンでは、それが起きない。
いい意味で、期待値が低いからだ。
アロマではなく、足湯に入れる漢方のほんのりスパイシーな香り。その素朴さが心地いい。
ホットタオルを脚に置かれた時に「アツイ?」と聞かれ、「かなり熱いです」と答えると、「ゴメンネェ」とタオルをパタパタあおぎ、最後は私の脚で“バンッ”と冷ましてくる。この絶妙なゆるさ。毎回ちょっと笑ってしまう。
さらに、日本語が堪能な店員さんたちはよく話しかけてくれる。
「ヒサシブリダネー、ゲンキダッタ?」
「ココイタイ? アタマトカ、メトカ、ツカレテルネェ」
施術者は私より年上の方が多いが、敬語じゃなくてもいい空気がある。むしろ使わないほうが、あの店では会話が弾む気さえする。
ここにいると、私の中の“長女スイッチ”が全部オフになる。
誕生日にここを選んだ理由は、たぶんそこにある。
実は、私が「おしゃれサロンじゃなくていい。」と悟った決定的な出来事がある。
夫の海外赴任でアメリカに住んでいた年、誕生日だからと “とってもおしゃれで少し高額な” アロマサロンを予約した時のことだ。
受付で現れたのは、腕に音符のタトゥを入れたアメリカ人の男性セラピスト。
「今日の担当です」と言われた瞬間、固まった。
アロママッサージということは、ほぼ全裸になる。女性に替えてほしい、と言えばよかったのだが、引き返せない空気のまま「プロだから大丈夫」と自分に言い聞かせ、そのまま受けた。
結果、一度もリラックスできなかった。
私の問題なのだが、空間は完璧だったのに心はまったくほぐれなかったのだ。
この日、私ははっきり悟った。
私の場合、「特別でおしゃれ」より、私は“気を遣わずいられる場所”のほうが、ずっと癒される。
だからこそ、今年の私は自然と、例のちょいダサ中国サロンに向かったのだと思う。
施術中、カーテン越しに店員さん同士の会話が聞こえる。内容はわからないが、その雑多な空気がなぜか心地いい。
「あ、タイのローカルマッサージ店もこんな感じだったな」
「インドではフットマッサージは男性が多かったな」
そんな海外のゆるいお店を思い出しながら、呼吸がふっとゆるんで、まぶたがとろんと重くなっていった。
帰宅後は、家族に囲まれていつものように過ごす誕生日。
この日は、何かに合格した日でも、何かがうまくいった日でもなく、ただその日の主役が生まれたことに「おめでとう」の日だ。本人も、両親や家族、関わってくれた人たちに「ありがとう」を伝える日。
今日は、家族にも友達にも、お世話になっているすべての人に感謝しながら、一日を終えようとしている。
≪終わり≫
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