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 クリスマス、チキンの詰め物何にしよう?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

木藤奈音(ライティング・ゼミ 11月コース)

 


趣味の友人3人でクリスマスパーティを開くことになった。私がメイン料理を会場に持ち込み、オーブンで調理する。もう一人の友人はケーキを作る。会場を提供する友人は副菜やサラダを作る。


友人宅には何度かお邪魔したことがあるが、台所のデザイン家電や個性的な食器が印象的であった。12月に入りツリーを出したという。センスが良い友人のことだ、会場のデコレーションもステキなものになるだろう。


ゴージャスなメイン料理を準備しよう。チキンかローストビーフが定番だろう。せっかくなので丸鶏を買って、テーブルで切り分けるローストチキンに挑戦してみよう。こんな機会でもないと中々作ることはない。あめ色に焼けたチキンにナイフを入れると、脂が抜けた皮がパリッと割れて、肉汁が皿に落ちる。湯気とおいしそうなにおいが肉の間から立ち上る。想像するだけでお腹がすいてくる。


生成AIに聞いたところ、丸鶏の中に詰め物(フィリング)を入れるレシピがあるようだ。ちょっとしたサプライズになり、面白いと思った。さっそく質問したら、数秒で次の4つが返ってきた。


・バターライスを詰めたチキン。肉汁とバターが絡み合い、濃厚なうまみを楽しむ王道中の王道


・パンとハーブと野菜を詰めたチキン。ハーブの香りが特徴的で、欧米では定番


・栗とキノコを詰めたチキン。栗とキノコのうまみが膨らんだ贅沢な一品


・クスクスとドライフルーツとナッツを詰めたチキン。肉とナッツの食感を楽しむエキゾチックな一品


王道のコメと肉もよいし、本場の定番も作ってみたい。友人がキノコモチーフ好きなので、栗とキノコも捨てがたい。クスクスは他の3品よりも食感が軽く、女性3人にはちょうど良いのではないか。要するに全部作りたいし、全部食べたいのである。しかし人間の胃袋は一つしかない。一日は24時間しかなく、ローストチキンを作るのは数時間かかるのだ。一つに絞らなければならない。どんな軸で決めるべきか、悩ましい。最近の彼女の体調からすると、脂っこいものは避けるべきか……。考えるうちに時間が溶ける。


今年のスケジュールは凪いでいる。例年、年内に案件の区切りをつけたい取引先の影響で、12月は繁忙を極めていた。昨年もプロジェクトの合間を縫って、週末近所のレストランで食事をしただけ。ほかは記憶がない。入念に準備するクリスマスなど、私の辞書には存在しなかったのである。


さっさと買い物リスト作って終わらせろ、もう一人の私がとがめる。タイパ的には、クリスマスチキンの詰め物で悩む時間など何も生み出さない。年賀状、荷物の整理、大掃除など師走のタスクには事欠かないのだ。その時間があれば片付く用事もあるだろう。仕事をすれば残業代もつくだろう。非生産的な妄想タイムを終わらせ、次のタスクに取りかかるべきである。いや、そもそもタイパを重視するなら、ローストチキンを作るなどもってのほかで、評判の店でテイクアウトすればよいのだ。素人仕事よりもよほど味がよく、見栄えもよいだろう。


だが、そんな物理的なメリットはどうでもよい。


みんなが喜ぶローストチキンを考え、あちこち材料を集め、無心にお腹にフィリングを詰め込む。そして、チキンは友人宅のオーブンに入り、おしゃべりの脇でこんがりと火が入る。そろそろ焼けるころだよねと言った端から、時間を告げるベルが鳴る。完成したローストチキンを全員で幸せそうに見つめ、ゆっくりとナイフを差し込む。お腹の中から思いがけずフィリングが登場すると、きっと盛り上がるだろう。お皿に取り分け、みんなで乾杯。そこでふと気づいた。


想像の中、風景の向こう側に気の置けない友人たちがいる。


「みんなで」楽しく過ごす準備だから、こんなに幸せなのだ。私は、もう一度大切な友人たちの顔を思い浮かべた。


特に、ケーキ当番の彼女は、最近大きな病気に罹り、現在も通院しながら治療中である。体調のこともあり、大好きな趣味も最近は手つかずとのことだ。彼女には華やかな気持ちになってほしい。チキンの詰め物で、少しだけ彼女のテンションが上がるのではないだろうか。料理上手の彼女のことだから、中身の調理法も話題になるだろう。私はあまり料理をしないので、教えを乞うことがたくさんあるだろう。レシピを調べる中で出会った他のフィリングも伝えよう。話題が話題を呼び、食卓がにぎやかになり、きっと思い出に残るクリスマスになるだろう。


買ってる場合じゃない。私がレシピを選んで、私が仕込むことが話のタネになるのだ。だからしっかり悩んで決めよう。その場で語れるように。


妙な雑念が消えた。最終的に、『栗とキノコを詰めたチキン』をつくることにした。決めきるまでの数時間は、まるで日向にいるようにあたたかい気分だった。


久しぶりに心を働かせた気がする。それは、部屋の隅に転がったガラクタを拾い上げて磨くような経験だった。ほこりの下から、輝く金色の肌が現れる。


チキンの詰め物で悩む時間はとても贅沢だ。物理的には何も生み出さない。何も変わらない。けれどもパーティ当日までの楽しみができた。これを糧に明日からまたがんばれるだろう。


そろそろ寝る時間である。「栗をさがすこと」とメモに残し、スマホをおいた。

 

≪終わり≫

 

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