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 今日も私は変わるわよ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:まるこめ(ライティング・ゼミ 11月コース)


実は、娘たちに黙っていることがある。


ある時は会社員。
ある時は、夫にとっての良き妻。
またある時は、育児に奮闘する母。

然して、その実態は……

最近なんだか疲れやすい! 働くお母ちゃん! キューティーハニー!

とは言っても、本家のように胸もなければ光りはしない。小さくありたいお尻だって、2人の娘を産んだからなのか、存在感に満ちている。害をなす敵はいないけれど、いつくるかわからないぎっくり腰と、お昼寝から起きてくる次女に怯えながら、家族の平和を守るため、今日も目の前の洗濯物の山にウンザリしながら、晩御飯の献立に頭を悩ませている。
ひとりでこれらをこなすのは、正直しんどい。ひとりで抱えられるほど、私は菩薩のような心は持ち合わせていない。だけど、それでもやらなきゃならんのが母ちゃんのサガである。

そんな私は家族を思う愛の力で、キューティーハニーのようになりたい役割に変身している。そうこうしていると、9歳の長女が帰ってくる頃なので、私は急いで「母親モード」に変身をした。

「ただいまぁ……」

おやおや、声に元気がない。これは……このままじゃいかん!
まずは、何が起きたかを聞く必要がある。娘がランドセルを置いているすぐ横で私は「カウンセラーモード」にすぐさま変身をする。

「今日は、珍しく元気がないねぇ。何か嫌なことでもあった?」

「うん……サトウさんがねぇ、帰りにおってさ」
どんより曇り顔の娘の口からは、今日の出来事が雨粒のようにぽつり、ぽつりと溢れ始めた。サトウさんの話は、この頃ちょくちょく耳にしていた。顔を合わせれば中指を立ててきたり、100回死ねと言ってきたり……大人からすれば小さなことでも、子供の彼女からしてみれば、中指が心を抉るし、100回突き落とされた気持ちでいてもおかしくないのだ。

「そんなヤツ、1発殴り返してこい!」

昭和生まれの私は、思わずそんなことを口走りそうになる。
が、時は令和なのでそういうわけにもいかない。握りしめた拳をグッと引っ込めながら

「じゃあ、101回生き返る! って言い返しておいで」

と、これまで苦し紛れの返し文句を伝える他なかった。
けれども、今日はいつもとちがっていた。

「帰りに、後ろに、おったんよね」

「で、またなんかされたんかい?」

「いや、されてはいないんだけどね……なんか言われるかもって、もやもやした」

そうか……今日は「何もされなかった」んだ。
だけど、日頃されていると「今日もまたされちゃうんじゃないかな」って不安になるの、すごくよくわかる。「カウンセラーモード」のままだと、気持ちに寄り添うことはできる。できるけれど、自分の気持ちの在り方を変えることしか提案できない。

「他人は変わらないので……」

「起きてないことに対して不安になるというのは……」

大人であっても、こんなふうに言われて「はい、そうですか」なんてすぐに言えない。小学生なら納得できないに決まっている。こんな時、母としての自分の無力さを痛感する。だけど、私には「イタコモード」という切り札が残っている。私は、娘が他所を向いている間に瞬時に変身をした。

「とにかく……誰でもいいから! なんか小学生に伝わるいい感じのこと言える人!」
と小声でブツブツ呟いていると、その人はすぐに助けに来てくれた。


「やぁーだぁ! あなた、今日はまだ何もされてないんじゃなーい!」


突然オネエ口調で私を見る娘の顔は、明らかに引いていた。
娘の笑顔が取り戻せるのなら、このくらい……へっちゃらだ。

「いいこと? 起きてないことに悩むなんてダメよー! そんなのはね、幻なのよ。はい、一緒にいくわよ、まーぼーろーしー!」

私が「イタコ」で降ろしたのは、美のカリスマI K K Oだった。

「ははっ……」

ドン引きはしているものの、娘のへの字口の端が少し緩んできた。
いいぞ! その調子だ……

「いいわね、起きてないことを考えるのは幻なの。だけど、もやもやはするじゃない?」

「うん、する……」

「そんな時はそのもやもやを、こうするの。背負い投げー!」

「イタコモード」だったからできた。I K K Oを降ろせたからできたんだ。私個人だったら、娘にドン引きされながら、きっとここまでできなかったと思う。

「さ、あなたも一緒にやるわよ。まぼろしー! からの、背負い投げー!」

「まぼろしーからのせおいなげー」

「そんなテキトーじゃダメよ! はい、手の動きもしっかり入れて!」

「まぼろしー! からの、背負い投げー!!」

空手の稽古みたいに、二人一緒に「せいっ、せいっ」と掛け声をかけるように何度も「まぼろし、背負い投げ」と呪文のようにやっていると、次第に娘の曇った顔から笑顔が見えてきた。

「はは、なんかもやもやしてたの本当にまぼろしみたいになったよ」

「あら、よかったわー! またもやもやしたら、いつでもやるのよー」

その一言を最後に、I K K Oは私からフッと離れた。

「ママ、マジでやばいね」

「……ひとまず、元気になってくれてよかったよ」

 

 

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