人類はパンドラの箱を開けてしまったのか? 強大な「原子力」の仕組み《宇宙一わかりやすい科学の教科書》
記事:増田 明(READING LIFE公認ライター)
人類は昔から、様々な自然の力をうまく利用して暮らしてきました。例えば、水の力を使って水車を回して仕事をさせたり、火の力で蒸気機関を動かしたり、電気を作り、その力で機械を動かしたり。
20世紀中頃、人類はそれまでとは根本的に種類が違う、とてつもなく強大な力を手にしました。それが「原子力」です。この力はあまりに強大で、下手すると人類そのものを滅ぼしかねないほどの力でした。
なぜ原子力は、それまで人類が使ってきた力と比べて、桁違いに強力なのでしょうか。なぜ長い歴史の中で、つい最近まで発見されることがなかったのでしょうか。それは、原子力の仕組みを知ることでわかってきます。
隠された強大な力「核力」
さて、この世のあらゆる物質は、原子という小さな粒からできています。その原子は、内部に図のような構造があります。
中心に原子核という塊があって、その周りを電子が回っています。その原子核は、陽子と中性子という小さな粒からできています。
原子にはたくさんの種類があります。上の図はヘリウム原子ですが、例えばベリリウムという原子は下の図のような構造になっています。
ベリリウムの原子核は陽子4つと中性子5つでできています。原子の種類が変わると、陽子と中性子の数が変わってくるのです。現在この世界には、103種類の原子があると言われています。それらは全て、陽子と中性子と電子からできていて、それぞれの数が違うだけです。この数の違いで、様々な物質ができているのです。
さて、陽子はプラスの電気を持っているのですが、プラスの電気を持つもの同士は、近づくと電磁気力によって反発しあいます。しかも距離が近くなればなるほど、その反発力は強くなります。なので普通に考えると、陽子同士をくっつけることは不可能なはずです。しかし原子核では陽子同士がくっついています。
これは、陽子や中性子が近づいた時に働く「核力」というとても強い力によるものです。この「核力」が、電磁気の反発力をねじ伏せて、陽子同士をくっつけて原子核を固定しています。
この核力は、電磁気力の100倍以上の強さを持っています。桁違いの強さです。この力のおかげで原子核が存在できていて、様々な物質が存在できるのです。
核力は、とても狭い範囲にしか働きません。そのため、普段は原子の奥深く、原子核の中に閉じ込められていて、外に出てくることはありません。だから日常的にその力を意識することはないのです。そのため、人類は長い間、この核力を使うどころか、その存在にすら気がつかなかったのです。
しかし20世紀中頃になって、ついに人類は、隠されたその強大な力に気づくことになるのです。
強大な「核力」を取り出す方法
原子の中心に原子核がある、ということは、1911年にラザフォードという物理学者が発見しました。その後、原子核の性質を調べる研究が盛んに行われました。
原子核の性質を調べると言っても、原子核はとても小さく目で直接見ることはできません。そのため、見るのではなく、原子核にいろいろな物をぶつけて、その反応を見るという方法がとられました。最初は、原子核に別の原子核をぶつけて調べてしましたが、なかなかうまくいきませんでした。なぜなら、原子核はプラスの電気を持っているからです。原子核同士をぶつけようとしても、プラス同士なので電磁気力で反発してしまい、まともにぶつけることが難しかったのです。
ところが1932年、ベリリウムという物質に、高速のヘリウム原子核をぶつけると、中性子が単独で飛び出てくるという現象が発見されました。中性子は電気を持っていません。電気を持っていないということは、原子核に近づけても、電磁気力で反発しないということです。
そのため、中性子なら原子核に楽にぶつけることができます。科学者達は、この便利な中性子を原子核にぶつけて、原子核の性質を調べていきました。
1938年、原子核の実験中に予想外の現象が起こりました。ウランという鉱物に、中性子を当てると、ウランの原子核が2つに分裂し、同時に強いエネルギーが発生する、という現象です。
「ウラン」という言葉に聞き覚えがある方は多いと思います。ウランとは現在、核兵器や原子力発電の燃料として使われている物質です。
ウランが2つに分裂するこの現象は、今では「核分裂」と呼ばれています。核分裂でなぜ強いエネルギーが発生するのでしょうか?
ウランの原子核は、陽子92個、中性子143個で作られています。かなり陽子、中性子の数が多く、大きな原子核です。あまりにも大きくいため、この原子核は不安定なのです。核力によってこれら多くの陽子、中性子がくっついていますが、これだけ多いと電磁気力による反発力が強くなっていて、原子核を塊として保っておくのがたいへんな状態になっているのです。ウランの原子核は、
「自分は大きすぎて塊としてまとまっているのが大変だ。できれば早く2つに分裂して小さくなりたい」
と常に思っているわけです。
これは、分裂する方向の力と、くっつける方向の力が、ものすごい強さでせめぎ合い、均衡している状態です。ちょうど図のように、縮んで跳ね返りそうになっているバネを、外から強引に押さえつけているようなイメージです。
ただ、何も刺激を与えなければ、勝手に分裂してしまうことはありません。
しかし実験のように、中性子を原子核にぶつけると、力の均衡がやぶれ、バネが弾け、原子核が2つに分裂します。ちょうど強力な力で抑え込んでいたバネが、一気にバチン! と弾けるようなものです。このとき開放されたバネの力が、エネルギーとして放出されます。これが核分裂のエネルギーです。
さらに、原子核が分裂した時に、原子核に含まれていた中性子の一部が飛び散ります。この時、近くに別のウランがあると、飛び散った中性子がまたそのウランの原子核に衝突し、同じように核分裂を起こします。そしてその核分裂でエネルギーが放出され、また中性子が飛び散り、別のウランにぶつかり……という具合に、連鎖的に核分裂が起きます。
ウランを高密度に圧縮しておいて、そこに中性子をぶつけて1回核分裂を起こしてやると、自動的に次々と核分裂が起き、強いエネルギーが連鎖的に放出されます。これが原子爆弾や原子力発電で膨大なエネルギーが出る仕組みです。
原子爆弾の場合は、この連鎖反応が一気に起きて大爆発を起こします。原子力発電では、この連鎖反応がゆっくりと起きるように制御し、ゆっくりとエネルギーを取り出しています。原子爆弾と原子力発電の違いは、この核分裂の連鎖反応のスピードの違いなのです。
こうして人類は、原子核の奥深くに閉じ込められ、長い間、誰も存在に気づいていなかった「核力」を、外に取り出すことに成功したのです。
この力はあまりにも強大でした。みなさんもご存知の通り、この力はまず原子爆弾として利用され、多くの犠牲者を出しました。今でも、人類を滅ぼすことができるほどの量の核兵器が、世界には存在しています。
兵器利用ではなくとも、人類はしばしばこの強大な力のコントロールに失敗し、事故を起こしています。
例えば1946年、アメリカのロスアラモス研究所で、ある実験中に核分裂がコントロールできなくなり、実験をしていた研究者が死亡する事故が起きました。著名なノーベル賞学者のリチャード・ファインマンは、この実験を知り
「まるでドラゴンの尻尾をくすぐるような実験だ」
と言い、その恐ろしさを表現したそうです。
人類は今後、この「ドラゴンの尻尾をくすぐるような」原子力の技術をコントロールしていくことができるのでしょうか? それとも本当はこの技術を手に入れるべきではなかったのでしょうか? 人類は開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのでしょうか?
その是非について、ここでこれ以上語るのはやめておきましょう。どちらにしろ、人類は原子力について、今まで以上に正しく理解し、正しい選択ができるようになることが、必要になってくるのではないでしょうか。
【参考文献】
「理工系のための原子力の疑問62」関本博 ソフトバンククリエイティブ株式会社
❏ライタープロフィール
増田 明(READING LIFE公認ライター)
神奈川県横浜市出身。上智大学理工学部物理学科卒業。同大学院物理学専攻修士課程修了。同大学院電気電子工学専攻修士課程修了。
大手オフィス機器メーカでプリンタやプロジェクタの研究開発に従事。父は数学者、母は理科教師という理系一家に生まれる。子供の頃から科学好きで、絵本代わりに図鑑を読んで育つ。
学生時代の塾講師アルバイトや、大学院時代の学生指導の経験から、難しい話をわかりやすく説明するスキルを身につける。そのスキルと豊富な科学知識を活かし、難しい科学ネタを誰にでもわかりやすく紹介する記事を得意とする。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
http://tenro-in.com/zemi/62637