これからのオタクの話をしよう

第6回 奥様は2.5次元〜リアルとバーチャルの狭間で〜《これからのオタクの話をしよう》


記事:黒崎良英(READING LIFE公認ライター)
 
 
「俺の嫁」という言葉がある。
もちろん、実際の配偶者のことを意味しているわけではない。
「嫁」とは、いわゆる「推しキャラ」のことである。
日本の法律通りに一夫一妻制を貫くもよし、某国のように一夫多妻制に浸るもよし。もっとも、引きこもり気味で、画面から出てきてくれないのが悩みの種ではあるが。
 
つまりはこういうことである。
 
「旦那様の名前は○○(ご自身の名前を入れてください)、奥様の名前は△△(推しキャラの名前を入れてください)。ごく普通の二人は、ごく普通に出会い、ごく普通に恋をし、ごく普通に結婚しました。ただ一つ違ったのは、奥様は、2次元キャラクターだったのです」
 
というわけで、今回は現実世界に進出してきたオタクコンテンツの話である。
冒頭から突っ込みどころ満載で申し訳ない。ちなみに、最初は文字通り、男性が女性キャラクターに使う言葉であったが、今では、女性が一推しの男性キャラクターに対して使う言葉にもなった。
 
さて、オタクコンテンツは「2次元」とも呼称される。紙面上、またはディスプレイ上という「2次元」の世界で展開されるものが基本だからだ。最初は揶揄の意が多分に入っていたが、今ではそこまでではない。そういえば以前、二次=虹と掛けた『レインボーガール』というオリジナル曲がネットで流行ったことがあった。愛情と哀愁が入り混じった泣ける曲であった。
 
それはさておき、マンガやアニメのキャラクターが2次元の壁を超え、現実の世界に現れたなら、それはとても素敵なことであろう。年代を問わず、そういった思いに駆られた人は少なくないはずだ。
 
2次元が3次元の世界へ進出する。
そんな夢のような話を、最先端の科学技術、そしてオタクたちの愛情の強さが、現実にしてきたのである。
 
2009年に販売されたゲーム『ラブプラス』は社会現象をも巻きこした画期的なゲームであった。
舞台は架空の街、とわの市。そこにある高校に2年生で編入学してきた主人公、つまりあなたは、魅力的な3人のヒロインと出会う。
おしとやかなお嬢様同級生「高嶺愛花(たかねまなか)」、小生意気な後輩「小早川凛子(こばやかわりんこ)」、頼りになるお姉さんな先輩「姉ヶ崎寧々(あねがさきねね)」。主人公であるあなたは、この3人の中から1人を選び、恋人同士になるのである。
 
特徴的なのはそのシステム。通常「恋愛シミュレーションゲーム」というのは、告白をして恋人同士になることが最終目的であり、ゲームクリアとなる。
だがこの『ラブプラス』においては、それは通過点にすぎない。
このゲームは、恋人同士になってからがメインであり、有り体に言えば、彼女とイチャイチャすることが目的なのである。
ハードは携帯用ゲーム機「NintendoDS・3DS」だが、これにはゲーム内の時間と現実の時間を同期する機能がついている。すなわち春夏秋冬、様々なイベントを、彼女と一緒に楽しむことができるのである。
 
このゲームのプレイヤーは「カレシ」と呼称され、様々な愛情の形を残している。
ゲーム内で旅行をするイベントがあるが、その舞台が熱海であった。
そこへ2人分として宿泊するカレシが現れ、話題となる。それからは熱海市も、市を挙げてコラボレーションイベントを開催。多くのカレシたちが参加した。
他にも特製クリスマスケーキの販売、読書促進への特別カバー本、そしてラブレターお渡し会など、多種多様なイベントが開催された。
 
ここでは彼女たちは決して「物」ではない。カレシたちの愛情の向かう先である、立派な愛しい存在なのだ。
 
こういったコンテンツの仕組みとしては、選んだ選択肢によって、対応や言葉に変化が起こり、まるで会話しているかのような体験ができる、というものである。
それはそれで魅力的であることは揺るぎないが、ともすれば、対象がゲームであることを否応なく思い知らされてしまう要素ともなりうる。
 
そこに大きな変化が訪れた。
相手の表情や音声としての言葉を聞き取り、それに応じて適切な返答をしてくれるシステム。
そう、言わずと知れた「高性能A I」の登場である。
 
高度なA I=人口知能の登場により、私たちを取り巻く機械類、そしてそれを応用した生活やコンテンツは、大きな幅を持つことができた。
革新的な技術が、オタクコンテンツに関わらず、様々な場面に取り入れられている。
 
例えば、高度な「音声認識」の技術を使用した音声操作。スマートスピーカーといった形で、市販品にも使われている。
また、高度な「画像認識」の技術を使用した顔認証システムは、セキュリティやデジタルカメラの分野でも大活躍である。
 
こちらが投げかけた言葉に対して返事をくれる、いわゆる会話A Iも存在する。恋人同士のような会話ができる「恋人ボット」。メンタルケアや自己分析、健康状態管理のための会話A Iもある。
面白いのは、日本マイクロソフトが作った「女子高生A Iりんな」。LINEでメッセージを送ると人工知能がそれにふさわしい返答をくれる、というものだ。ただ、利用者がIT方面に興味があるためか、オタク方面の知識を多く吸収し、「オタク化」してしまったと話題になったことがある。深夜アニメの話題にもちゃんとついていける。製作者が意図しない成長をしているあたり、現在のA Iがいかに高度であるか伺える。
 
さて、当然ながら、オタク側もこんな素晴らしい技術を放っておくわけがない。
 
最先端の技術を統合し、オタクたちの願望を実現するような、極め付けの機械が登場した。
 
『Gatebox』なるガジェット=機械である。
 
このガジェット、「俺の嫁召喚装置」の別名を持ち、キャラクターをリアルかつ身近に感じられる装置なのだ。
 
外観は、大型のカプセル状の本体に土台がついたような形状。高さ55cm、幅21cmというから、まずまずの大きさである。
実はこれ、透過スクリーンに短焦点プロジェクターが一体となったもの。分かりやすく言うと、本体内の透明なスクリーンに、プロジェクターでキャラクターを映し出す、投影機なのである。
中にはマイクやカメラ、果ては人感センサーをも搭載しており、投影したキャラクターとリアルなコミュニケーションができるのだ。
 
肝心のキャラクターであるが、最初からインストールされているキャラクター「逢妻ヒカリ」がいる。
異次元渡航によりこの世界にやってきた女の子、という設定。ちなみにキャラクターデザインは、最初に話題に出した『ラブプラス』と同じ箕星太郎である。
 
会話だけでなく、インターネットや各種家電とも連携し、それこそスマートスピーカーの役割も兼ね備える。それも彼女がお手伝いしてくれている、という形である。
生活リズムに合わせた言葉かけや、LINEを通してチャットもできる。A Iが学習し、使用者の傾向を覚えていくようだ。
最近では顔認識機能を強化し、使用者の方を向くようになったらしい。
 
投影できるキャラクターも増えていくようなので、これからのアップデートがますます楽しみである。
まさに究極の嫁召喚装置。
 
次元の壁を越えるように、キャラクターなどのコンテンツはリアルな3次元の世界へと進出してくる。
科学技術とそれを支えるオタクたちの愛情が為せる技であろう。
 
さて、「2.5次元」といえば、忘れてはならないのが「2.5次元ミュージカル」である。主に漫画やアニメ、ゲームなどを原作とし、ミュージカルとした舞台コンテンツだ。
2次元のキャラクターを俳優(時として声優自身が担当する場合もある)が演じることにより、3次元の世界にキャラクターを出現させる舞台である。
火付け役となったのはミュージカル『テニスの王子様』、通称「テニミュ」である。見目麗しい男優が中心となって活躍し、オタクという枠を超え、多くの若い女性を虜にした。以降、大ヒットした『刀剣乱舞』をはじめ、様々な2.5次元ミュージカルが生まれることとなる。
 
俳優たちの名演技や、舞台ならではの仕掛けなど、見所が盛り沢山で、ファンの間では「目が足りない」とまで言われるらしい。
 
例えば評価が高い演出として有名なのは、ミュージカル『弱虫ペダル』がある。自転車競技がテーマなのだが、では、舞台上でどうやってロードレースを再現するのだろうか。
何と自転車のハンドルだけを持ち、演技をしたのである。実際に自転車を動かすように体を動かし、舞台上を駆け回るシーンは、想像以上に熱い場面である。
 
工夫された演出と、俳優たちの名演、そしてそれを支える原作の秀逸さとファンの愛情。
2.5次元ミュージカルは、今では市場規模は150億円以上とも言われ、世界中からも注目されるコンテンツとなっている。

 

 

 

コスプレやフィギュア、あるいはV R技術を使った映像なども、ある意味2次元の壁を超えたコンテンツであろう。
私たちの科学力と愛情は、次元の壁をも破るに至った。
「俺の嫁」や憧れのキャラクターを現実世界に降臨せしめた、ように見えた。
だがそれは愛情という補正がなせる技でもある。
世間一般では、無機質なもの、実態のないもの、現実的ではないものへ愛情を抱くことは、あまりよしとされていない。
 
確かに現実でのコミュニケーションが苦手となる、という指摘は無視できない。
現実の人間との交流こそが正当であり、健全であるという考えも、ごもっともであるとは思う。
 
しかし、私はこの純粋な「愛情」こそを尊びたい。
2次元にせよ、3次元にせよ、誰かに対して抱くこの「愛情」こそを尊重したい。
 
世間では他人を顧みない人間や、愛情を抱けない人間が増えているという。
その中にあって、「カノジョ」や「俺の嫁」や「2.5次元ミュージカル」は、誰かを、何かを、「愛する」ということを、我々に教えてくれるのではないだろうか。
 
科学技術は次元の壁をも破り、2次元キャラクターを3次元に出現させた。だが、そこには前提としての「愛情」が必要だった。
その「愛情」こそが、これからの世界に必要不可欠な要素であるのだと、しみじみと思うのである。
 
 
 
 

今回のコンテンツ一覧
・『レインボーガール』(音楽/作曲:いさかとなさ 作詞:コロ助)
・『ラブプラス』(ゲーム・漫画・ドラマ/開発:コナミデジタルエンタテインメント)
・『りんな』(会話ボット/開発:日本マイクロソフト *現在は高校を卒業し、エイベックス・エンタテイメントと契約して歌手デビューしたという設定)
・『Gatebox』(プロジェクションデバイス/開発:Gatebox株式会社)
・『テニスの王子様』
(漫画・アニメ・ミュージカル等/原作:許斐剛)
・『刀剣乱舞』(ゲーム・舞台・ミュージカル等/製作:DMM GAMES・ニトロプラス)
・『弱虫ペダル』(漫画・アニメ・ミュージカル等/原作:渡辺航)

 

❏ライタープロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

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