これからのオタクの話をしよう

第10回 中に誰もいませんよ〜オタクコンテンツの罪過〜《これからのオタクの話をしよう》


記事:黒崎良英(READING LIFE公認ライター)
 
 
さて、このコーナーも残すところあと一話となった。
様々な観点から多くのオタクコンテンツを紹介してきたが、楽しんでいただけただろうか?
今まで知らなかった素敵なコンテンツ群に、読者諸兄が出会えたならば、そしてそこから新たな視点が生まれたならば、私としても幸いこの上ない。
 
だが最終回を目前として、私はあることに焦点を当てなければならない。
 
それは、オタクコンテンツの罪についてである。いや、正確にいうと、罪と見なされている事柄についてである。
 
何もわざわざ印象を悪くするような事柄を、あげつらう必要もないのではないか。そう思われる方も多いと思われる。
 
だが、これも最初に言ったはずだ。
「オタクと仲良くなっていただきたい」と。
 
仲良くしてほしい相手に、自分の良い面だけを提示するのは、どこか不誠実であると感じてしまう。
自らの長所だけを提示して交渉することは、効果的ではあるが誠実さに欠けるように思えるのである。
 
というわけで、今回はオタクコンテンツのネガティブな部分の話である。この中で紹介しているコンテンツの中には、18禁ではないにしても、ショッキングな映像や内容を含めているものが多い。それらに触れる際には、個々人の責任でお願いしたい。
 
いわゆる「マンガやアニメやゲームが青少年に悪影響を与える」として取り沙汰されたコンテンツの代表としては、『ひぐらしのなく頃に』が挙げられるのではないだろうか。
 
原作は「サウンドノベル」という、プレイヤーが選択肢を選びながら、物語が進んでいくゲームである。監督・脚本の竜騎士07がコミックマーケットにて発表した、同人ゲームだ。
 
昔ながらの閉鎖的な村落「雛見沢村」で起こる、連続怪死及び失踪事件を描いたミステリーで、同人作品としては破格の売り上げを誇ったという。以降、マンガやアニメ、実写映画など、様々なメディアミックスが展開されている。
 
これが2000年代に起こった、未成年による傷害事件に絡んで、前述の不本意な評価を受けることになった。
こういったアニメやゲームが青少年を犯罪に走らせる云々、といった批判である。世間のオタクに対する視線はさらに厳しさを増した。
 
確かに『ひぐらしのなく頃に』は残虐性を強調した殺傷表現や、暴力的・猟奇的な描写が多い。
しかしもちろん、今では事件と本作品とは関係性のないことが証明されているし、作者竜騎士07も、「短絡的な行動をしないために、他者を信頼し悩みを打ち明けることの大切さがくりかえし説いた」(制作日記より)作品だと言っている。
 
だが“世間”というものに敏感な幾つかの放送局は、当時放映されていたアニメ『ひぐらしのなく頃に解』と、後述する『School Days』を自主規制として放送中止した。
 
これ以降、「青少年への悪影響」を叫ぶ側と、不当に差別されるコンテンツ(と自分たち)を擁護するオタク、という構造が、たびたびワイドショーやネット上に上るようになってきた。
 
この他にも、残虐性や猟奇性を強調するアニメやゲームが、上記のように取り沙汰されないまでも、オタクコンテンツの中にはいくつか存在する。
 
『BLOOD-C』は「少女が日本刀で怪物を倒す」がテーマのホラーアクション『BLOOD THE LAST VAMPIRE』のシリーズ作品であるアニメだ。ジャンルとしては“バイオレンスアクション”である。
 
主人公、小夜が、穏やかな日常を送りながらも、人知れず「古きもの」という怪物と戦うストーリーだ。
終盤の大どんでん返しもさることながら、グロテスクな表現、特に最後の大虐殺シーンは、視聴者を驚嘆せしめた。
 
私なんぞは、これが見られれば大抵のアニメは見られるだろうという、変な自信を持ってしまったくらいである。
 
それはさておき、前述の批判もあり、また時代とともに映像表現の厳格化も進み、最近では残虐性に突出した映像は、それほど流れなくなってきた。
 
往々にしてそういった場面では、テレビ放送では黒く塗り潰されていたり、謎の光と呼ばれる白い光線で遮られたりしている。
DVDなどのソフトとして販売されると、そこがはっきり見られる、という場合が多い。性的描写にしても大体同じである。
 
そのような不意を突かれたのが、野崎まど原作の『バビロン』である。
わざわざ「この作品には残虐な表現が含まれています」という趣旨の断り書きを、冒頭に持ってきてからの放送である。
それはそれは凄惨なシーンが描かれるわけだが、最近の作品にしては珍しいと言えるだろう。年末に放映されたこともあり、新年に向かう視聴者を、恐怖のどん底に落とした。
 
見ていて不快になる作品やシーンは、「胸糞悪い」という意味の「ムナクソ」だとか「鬱シーン」だとか言われる。
 
アニメ史に燦然と輝く鬱シーンとして上がるのが、『ラーゼフォン』の1場面であろう。
意図せず守りたい人をフルボッコにしたシーンは、吐き気と怖気と涙なしには見られない……はずだ。
 
「悪とは何か、正義とは何か」とは、人類史の中で絶え間なく問われてきた難問であろうが、その問を提示、あるいは答えを出そうとする作品は、必然的に猟奇的な作品、描写になってしまう。
 
『PSYCHO-PASS(サイコパス)』は、「人々の精神が数値化され、管理される」近未来で、犯罪者を追う刑事たちの物語だ。ちなみに総監督は『踊る大捜査線』の監督として知られる本広克行。
シュビラ・システムという機構によって支配されている近未来の日本。犯罪係数という犯罪を起こしそうな人間をシステムが判断し、特殊銃「ドミネーター」を使って裁きを与える。
その被弾表現もグロテスクではあるが、設定そのものに脅威を抱く。即ち、犯罪係数が高ければ犯罪者であり、低ければそうでない。
それは“正しい”のだろうか? 現にストーリー中には、数値の上がらない犯罪者、“免罪体質”と言われる人間も出てくる。
全てではないにせよ、数値やスペックというものに踊らされる我が身を省みてしまう。そういった“おぞましさ”を備えている作品でもあると思うのだ。
 
『魔法少女まどかマギカ』は、過酷な運命に抗う少女たちの物語だ。
「魔法少女」というと、ファンシーでキラキラな展開を予想すると思う。確かに最初の数話ではそのような描写になっている。
が、事態は一転し、中心人物である少女たちは非業の最期を遂げていく。
脚本家、虚淵玄の名を広く世に広めた作品でもある。これ以降、「脚本:虚淵玄」はバッドエンド、または主役級の人物が途中で退場するフラグとなったという。
 
少女たちの最期、そして痛々しいほどに何度も結末を変えようとする勇気に、見るもの全てが涙したことだろう。
 
これらの作品について、「青少年の健全な育成」という観点から、もっと配慮を、という声も聞かれる。実際“映像”というものは、理屈を越えた破壊力を持っている。
対して、深夜放送という時間帯が既に配慮であり、それを見られる環境にあるのは保護者の責任だ、という反論もある。
いや、昨今ではネットもあって簡単に見られる云々。いや、それは保護者が監督義務を怠っている云々。
 
こういった議論(とも言えないような応酬)は、もはや、テンプレートとなってしまった。
 
改めて思い出してほしい。
私たちは、未来のオタクの話をしなければならない。
未来を築く、建設的な話をしなければならない。
 
ならば、そこに上記のような二項対立は不要である。
 
そこに必要なものは何か?
私は、結局のところ“許し”だと思うのである。
 
何を許すのか?
それは、人間の善と悪の側面である。
 
エンターテイメントやオタクコンテンツを楽しむことができる我々は、その代償として、清濁合わせて飲み込む度量が必要とされる。
 
なぜなら、善と悪を合わせもつのが人間だからである。
 
人は時として、その一方に傾いてしまう時もある。環境だったり接する人間だったり、理由は様々であろう。
ただそれが、「人間の全て」であるとは思いたくはない。思わない方が良い。
 
今、人間の悪意に晒されている人も、それが全てと思わず、人間への希望を捨てないでほしい。
逆に、人間の善意に恵まれた人は、そのことに感謝し、そこに甘えているだけにはならない方が良い。
私自身もその口だが、そこに甘えてしまい、全てが善だと思うと、思わぬしっぺ返しを食らうこともある。
 
この両側面こそ、人間が人間である証かもしれない。
 
いや申し訳ない。やや説教くさくなってしまった。キモいオタクの戯言と聞き流していただきたい。
 
だがそれでも、かようなバイオレンス作品は作り続けられることだろう。
人の怖いもの見たさを充足させるためではない。
人のあらゆる側面を描がかんとするためだ。
 
私たちは人の悪意や狂気に、時として絶望してしまう。
それを救うのが想像力であろう。全てが悪ではない、絶望的ではない、人には善の側面がある。
それを想像できる力が必要だ。
 
そしてオタクコンテンツはその想像力の結晶である。そこには、製作者たちの希望が詰まっている。
表立ってわかるものではないかもしれない。
しかし、私たちが人の清濁を飲み込み、善悪両面を許容できた時、かのコンテンツ群はさらなる輝きを放つことであろう。

 

 

 

2005年に発売されたゲーム『School Days』は、テレビアニメ70話以上の膨大な長さのフルアニメーションが話題になった。
だが、話題をかっさらっていったのはその内容だ。
 
かわいらしいイラストからほのぼのとした恋愛シュミレーションゲームを想像させ、実際主人公とヒロイン2人を中心とした三角関係が描かれる。
だがゲームの進行次第では惨憺たる結末が待っており、2007年にテレビアニメ化された際は、まさかの陰惨なエンディングが採用された。
 
冒頭でも言ったように、最終回を放送中止にしたテレビ局もあったのだが、それについて憤慨したオタクたちも、実際に放映された回を見た結果、放送中止は妥当な判断だったと口を揃える有様であった。
 
しかも、最終回が放送中止された代わりに、豪華客船が海原を進む環境映像が流れるという事態になる。そこから出たのが「Nice boat.」という名言。実際の最終回が本当にボートのオチであったためか、カオスな状態や猟奇的なシーンを指すようになった言葉である。
 
そしてヒロイン、桂言葉が、主人公の子どもを宿したと主張するもう一人のヒロイン、西園寺世界を殺害後に放ったセリフが、
 
「中に誰もいませんよ」
 
である。
第9回で説明した、「中の人などいない」と同じように使われる場合が多い。
 
ただ、この作品は『あのアニメにプロの実況と解説を付けてみた』というMAD作品を生み出し、これも話題となった。同アニメにサッカーゲームの実況と解説を組み合わせた動画である。
 
いかなる悲劇も、狂気も、オタク(正確に言えば職人)の手にかかれば笑いへと転換される。
 
災いも、笑いも、全て紙一重のこの世界のように。
 
 
 
 

今回のコンテンツ一覧
・『ひぐらしのなく頃に』
(ゲーム・アニメ・映画等/原作:07th Expansion 監督・脚本:竜騎士07)
・『BLOOD-C』(アニメ・映画・漫画等/原作:Production I.G・CLAMP)
・『BLOOD THE LAST VAMPIRE』(アニメ・映画・ゲーム等/原作:Production I.G)
・『バビロン』(小説・アニメ/原作:野崎まど)
・『ラーゼフォン』(アニメ・映画・漫画等:原作:BONES)
・『PSYCHO-PASS』(アニメ・漫画・映画/総監督:本広克行 制作:Production I.G)
・『魔法少女まどかマギカ』(アニメ・映画・ゲーム等/監督:新房昭之 脚本:虚淵玄)
・『School Days』(ゲーム・アニメ/原作:オーバーフロー *R-18)

 

❏ライタープロフィール
黒崎良英(READING LIFE編集部公認ライター)

山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。

□ライターズプロフィール [名前](READING LIFE編集部ライターズ倶楽部) [プロフィール]

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