パワフルシニアに学ぶ、人生100年時代の生き方

インディアンネームを持つ81歳の現役ジュエリー作家〜彫金がくれた第二の人生のチャンス〜《WEB READING LIFE「パワフルシニアに学ぶ、人生100年時代の生き方」第2話》


2022/08/08/公開
記事:田盛稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
福岡県在住のインディアンジュエリー作家であるTammyさんこと猪口民枝(いのぐち たみえ)さんは、底抜けにパワフルで好奇心が旺盛な方である。
第1話で紹介したように、アメリカ旅行をきっかけにインディアンジュエリーに目覚め、35歳にして彫金を習い始めるとメキメキと頭角を現した。自分が身につけるものを「買いたい」ではなく、「作りたい」というそのエネルギーが彫金技術を向上させたのだろう。
実は彫金というのは、一朝一夕に身につくものではない。
写真でもわかるように作業台には納まりきらないほどの種類と数の道具が工房にはある。パーツによって使う道具が異なるからである。それゆえに小指サイズのジュエリーを一つ作るのにも、ベテランのジュエリー作家でさえ最低5~6時間はかかる。
 

(民枝さん愛用の彫金用道具が自宅工房にはたくさんある。)

 
当時、すでに結婚していた民枝さんにはお子さんもいた。家事と育児をきっちりこなしながら、趣味の彫金を楽しんでいたという。
このまま、家庭的にも経済的にも不自由のない生活が続くと思っていた。
ところが民枝さんが50歳の時、ご主人が病気でこの世を去ってしまう。
享年58歳。あまりにも早い別離である。
さぞかし悲しみに暮れ、家から出ることもできない状況が続いたのだろうと思いきや、
「それがね、主人が亡くなった半年後には、もうアメリカにいたのよ」
とさらりとおっしゃるではないか。
なぜ、そんなに早く気持ちを切り替えることができたのだろう。民枝さんに伺うと、
「最後まで完璧に妻をやりとげて、私の仕事は終わったと思ったから」だという。
妻を完璧にやりとげた、と今の時代にそう断言できる人にお目にかかる機会は少ない。
また当時はお子さんが社会人になり、手を離れていたこともいいタイミングだったという。
「猪突猛進の性格丸出しで、今しかない! という思いが爆発したのよ」
そう言いながら明るく笑う民枝さんからは、人生の荒波を乗り越えた芯の強さが感じられる。
 
アメリカに行くきっかけとなったのはテレビ番組だった。
ある日、ドキュメンタリー番組で、インディアンの酋長を撮影した日本人写真家の特集が放送されていた。インディアンジュエリーに興味があっただけに放送中に「アルバカーキ」という地名が出てきた時、民枝さんはピンときた。
「よし、ここに行けばインディアンに会える!」
とりあえずアルバカーキに行けば、なんとかなると思ったのである。
地名だけで渡米を決めてからの民枝さんの行動は早かった。すぐにロサンゼルス在住の友人に連絡して「アルバカーキって、どんなところ?」と聞くと、友人は「アメリカでは州が違うと、外国と一緒でわからない」という返事だった。
そこで頓挫するかと思いきや、その友人が旅行会社にいる知り合いを紹介してくれたことで、あれよあれよと話が進んだ。
「いったい、アルバカーキに何しに行くのか」と訊ねる旅行会社の知り合いに、民枝さんはインディアンにジュエリーの作り方を習いに行きたいのだと語り、飛行機のチケットとホテルを1週間分だけおさえてもらった。
 
悲しい出来事から半年後、単身渡米した民枝さんは、ロサンゼルスの友人宅で2日過ごして、アルバカーキのあるニューメキシコ州へと向かった。
まず、驚いたのは飛行機とその風景だった。
定員30人の小さな飛行機が飛ぶ高度は、下の道路がはっきり見えるくらい。果てしなく広がる荒野とレッドマウンテンが交互に見え、くるくると景色が変わる様子は、まるで飛行機の中で冬と夏を体験するような感じだったという。
ロスから2時間後にアルバカーキに到着すると、カウンター以外には人も車もいないという状況だった。そこで車を呼んでもらい、ホテルへ向かう。旅行会社が予約してくれたホテルの外見はごく普通だったが、入ってみると……、内装がすべてインディアン一色ではないか!!
 

(ホテル・NATIVO LODGEのグランドロビー)

 
グランドロビーの光景に圧倒され、部屋の中もインディアンの写真やジュエリーが飾られ、その場にいるだけでテンションが爆上がりしたそうだ。
早速、街を歩いてみるが何にもない。インディアンはおろか、まず人がいないのである。
しかし、そこで落ち込むような民枝さんではなかった。
ホテルで生活できるのは1週間。時間が許す限りインディアンに近づけるつてを探すんだ! その思いが移動の疲れを吹き飛ばした。
到着初日と2日目までタクシーを貸し切り、思い当たる場所をくまなく回った。
また並行して、日本人がいないかを調べようと電話帳を片っ端からめくって探しまくった。
日本人の名前は母音に「a・i・u・e・o」のどれかが付くから見分けやすい。しかし、電話帳をめくってみるとファーストネームが日本人っぽくても、ミドルネームやラストネームが明らかに違う。おそらく日系ではあるが果たして何世なのかはわからない。
やはり、この広大な土地で日本人に出会うことはできないかのかもしれない、と思った。
 
3日目にスーパーで不動産屋のパンフレットを見つけると、今度は家探しを始めた。
「3ヶ月だけ住みたいから、部屋を探してほしい」と不動産屋に頼むと、紹介されたのは団地のような一区画がすべてアパートだった。ただし日本で言うアパートとは違う。
一戸建てがいくつもあり、1階から2階に4人が住めるようなイメージだという。スーパーも近くて、家賃は光熱費と家具付きで月5万円だった。
「よし、ここにしよう!」
不動産屋も驚くほどの即決で渡米5日目にして入居した。その行動力たるや50代とは思えないほどだ。
ちなみに民枝さんは観光ビザで渡米しているため、最長でも3ケ月しかいられない。
入居先にはプールやテニスコート、クラブハウスなどいろんな部屋があり、住人が集まってはゲームなどで楽しんでいた。そこでまた民枝さんのアンテナがピピッと動く。
手芸をやっているグループを見つけると、積極的に話しかけていった。もともと英語が堪能だったことが幸いした。
日本人であり、手先が器用だから、ぜひ仲間に入れてほしいことをアピールした。
初めは「一体誰だ?」と不思議に思っていた住人たちも、民枝さんが底抜けに明るい人だとわかると、あっという間に受け入れてくれた。
人として見習いたいところが随所にあるのが、まさに民枝さんの魅力である。
「実は英語はなんとか生活できるレベルで、女学校で習ったように話しても通じなかったの。でもそれは現地に行ってみて、改めて学んだことだったわね」
見ず知らずの土地で、心細いとか考えることはなかったという。好奇心のほうが勝っていたからである。
次に民枝さんはレンタカーを借りると、インディアンの居留地や、材料を取り扱っている店を探してとにかく車を走らせたという。ニューメキシコ州を彷徨うかのごとく、インディアンジュエリーを教えてくれる人がいないかを聞いて走り回った。何百キロ走ったか覚えていないほどの距離だった。
しかし、返ってくるのは「インディアンジュエリーは伝承的なものだから、教えてくれる人はいないだろう」という答えばかり。
それでも、民枝さんの行動力と探求心はとどまることがなかった。
材料店に行かない日は、ほぼ毎日のように「インディアンカルチャーセンター」に通った。インディアンの歴史や文化を学べるこの施設を訪ねては、友達を作りまくったのである。
ここでは、毎週末になると種族ごとのイベントが開催され、バングルなどを作る様子や、オーダーメイドで1時間程度で作品を作る様子を間近で見ることができた。
すべてはインディアンとのつながりを作るため。目まぐるしい日々が約1ヶ月続いた。
 
そんなある日、別の材料屋さんの店員に「作っているところを一度見せてほしい」と聞くと、見学していいと言うではないか! 男性の店員さんだった。しかも、親もジュエリーを作っているから、自宅に来てもいいと言う。カルチャーセンターとはまた違った、間近で見る制作光景に胸が高鳴った。
感激した民枝さんが今後もぜひ自宅に見学に行きたいと言うと、自分がいる時ならいつでも来てくれていいと快諾してくれたのである。
民枝さんは、ついに第二の人生のチャンスをつかんだ。
その人こそ、のちに民枝さんと深い縁を持つことになる、ナバホ族でありインディアンネームをもらうことになる、イザニさんの息子だったのである。
 
 
《第3話へつづく》
 
 

□ライターズプロフィール
田盛 稚佳子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

長崎県生まれ。福岡県在住。
西南学院大学文学部卒。
地域で活躍する人々の姿に魅力を感じ、人生にスポットライトを当てることで、その方の輝く秘訣を探すべく事務職の傍ら執筆する日々を送る。

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