週刊READING LIFE vol.22

妥協は人に決心を促すスイッチになる《週刊 READING LIFE vol.22「妥協論」》


記事:加藤 智康(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
 
 

震える右手を思わず左手で押さえていた。
慎重に文章を読み進みながら確認していく。抜け漏れがないかを確認して、次に進んだ。しばらく審査が終わるのを待つ。もしかしたら、審査が通らない可能性もあるからだ。やけに長く感じた時間は、10秒に満たないかもしれない。待っている時間はやけに長いく感じる。
 
しばらくして、「審査通過」との知らせを確認して、安堵した。数時間にわたる妥協とこだわりとの戦いが終わったからだ。画面には映っていた。
 
「ご注文ありがとうございます」の文字が。
 
数時間のことである。
 
「あなた! 正月早々何を見ているの? 」
 
妻のいらいらした声で我に返った。
ついつい、夢中になってパソコンをいじっていることに気がついた。正月と言えば安売りだ。セールである。この時期はわたしも力が入る。いかに割引率が高いお店を探すかに命をかけていると言っても過言ではない。1月1日が待ち遠しくて、つい早起きしてネットサーフィンをしていた。今年は狙った商品があったからだ。
 
ずばりパソコンである。
 
よく正月セールというが、本当に安いのかは終わってみないとわからない。狙った商品がセール後にさらに安くなることもあるし、在庫がなくなってしまうこともある。逆に高くなってしまう場合もある。しかし、妥協したくない。安くない買い物なので、同じ商品であれば一番安いときに買いたいと思う。正月しかないと思って、片っ端からインターネットで見ていった。
 
検索ワードは練りに練った、「photoshop快適」だ。
 
心の声からにじみ出た検索ワードである。
夢中になってディスプレイを見ていたわたしを不審に思ったのだろう。妻は怪訝な目でこちらを見ていた。その視線に耐えられなくて、つい説明じみた台詞が口をついて出た。
 
「7年も使っているパソコンの調子が悪くてね、仕事でも使うから少し見てみようと思って」
 
本当と嘘が混じっていた。少し見ているだけじゃなくて、買う気満々だったからだ。
 
今使っているのは、7年前に買って組み立てたパソコンだ。時代遅れも甚だしいが、自分で組み立てたこともありとても愛着がある。多少処理が遅くなっても、がまんしていた。時間がかかることには妥協していた。
 
しかし、仕事でPhotoshopやillustratorを使い始めてから気が変わった。最初は動くからいいやと思っていたが、なにせ遅い。特にPhotoshopが起動するまで2分ぐらい時間がかかった。それに、時間がかかっても動くことが問題だった。2~3分経っても動き出しさえすれば、その後はそんなに動作も遅くない。そもそも起動が遅いものと思って付き合えば、問題が無いと思っていた。
 
起動時間に妥協はしていたが、正月のセールが近づいてきたら、買うのは今の時期しか無いと思った。我慢ができなくなっていた。
 
買い換える目的はPhotoshopの起動と動作を快適にすることだ。妥協はしない。なぜなら仕事で使うし、速く仕事を終わらせたいからだ。最初に要求されたスペックにあうパソコンを探すときは予算も何も関係なく探した。最初は夢を見て良い時間だろう。いくらぐらいが妥当なのかもわからないので、まずは探してみる。驚くほどの高いスペックで、Adobe推奨パソコンに行き着いた。
 
「うわー、こんなに高いのか? 」
「パパ! まさかこれ買うの? うそー」
 
20万を超える値段に思わず大きな声を出したら、家族が寄ってきてしまった。
妻は存在感を無視できないような状態で、引き続きそばで腕組みをして仁王立ちしていた。
まさか、こんなに早く値段までばれてしまうとは。自分のうかつな発言を反省した。
 
家族には、7年も使っているパソコンが調子悪いということをアピールして、新しいパソコンを買うことはしかたがないことだという説明を貫き通すしかない。そうしないと、立場的にもつらい日々が待っている。
 
毎日、「あなたは欲しいものを買って、家族はみんな我慢しないといけないのね」と言われたくない。
 
いったん20万を超えるとわかると、そこから妥協が始まる。いや妥協するしかない。最高のシステム構成から何を妥協して安くしていくのか。ここからが面白いところだ。自分の最終目標に対して、何を妥協するのかは重要だ。自然と自分との対話が始まる。
 
今回は、「Photoshop快適」から検索したが、20万を超えるパソコンは3秒で起動するという。「1,2,3」と思わず数えた。そんなに速くなくても良いと思った。目標は5秒から10秒と見積もった。時間は妥協したい。今が数分待っているので、少なくとも10秒や20秒ぐらいなら妥協できると思ったからだ。少しスペックを落とすと、15万円ぐらいのパソコンが該当してきた。ただ、ゲーム用パソコンである。adobe推奨パソコンにこだわるかどうかだが、構成を調べていくとゲーム用でもそんなに変わらないことがわかった。本来はadobe推奨パソコンにすればいいのだが、値段が思ったより高くて、予算を見るとこだわりを捨てるしかなかった。つまり妥協である。
 
そして、Photoshopはメモリが重要だというので、8ギガのところを16ギガにした。ここにはこだわった。今のパソコンが4ギガなので8ギガで十分だと思ったのだが、こだわりは時に欲をだす。多いに越したことはないと思ってしまった。CPUにもこだわってi7-8700CPUにした。やっぱりメモリとCPUは現時点で最高に近い状態にこだわった。ここには、やるだけやったという気持ちを込めたかったのだ。
 
メモリは時代が変わっても、容量は重要視されるが、動作スピードが焦点になったことはあまりない。細かく種類はわかれているが、容量さえ確保しておけば10年ぐらい使えるだろう。
 
その他は最低レベルまで落とした。SSDは一番容量が少ないものにした。起動が速ければよく、容量は必要ないと判断した。パソコンを冷やすファンや電源も一番安いものにした。中間がなく、こだわるところは一番高いものに、妥協するものは一番安いものにしたのだった。
 
構成が決まると汗が額をつたって落ちた。支払方法は正月キャンペーンの金利手数料セ゛ロを利用しての分割払だ。審査もあるし、ドキドキする。
もし、審査が通らなければ、折角数時間かけて選んだパソコンも買うことができない。
手に汗を握り、手が震えるのも当然だ。
 
「まじめに買うの? 」
 
と冷たい妻の言葉を聞きながら、わたしはクレジットカードをにぎりしめて答えた。
 
「調子悪いから」
 
わたしは、妥協とこだわりの中で選び抜かれてできたパソコンを注文した。
 
妥協の裏にはこだわりがある。その前提には目的が存在している。目的を達成するために妥協も必要であろう。妥協自体の言葉にいい印象はないのだが、こだわりと表裏一体だと思えばどうだろうか。止まっていてもしかたがない。パソコンを購入してPhotoshopを快適に使い始めるためには、妥協は必要なのだ。妥協があったからこそ、購入に踏み切れたのだ。
妥協はわたしのパソコン購入をクリックさせるスイッチになった。
 
新しいパソコンが届いたらもっとバリバリと仕事ができると思うと、わくわくする。
選び抜いたからこその爽快感と、後ろめたさが全くなく、高額なパソコンを心待ちにする自分がいる。

 
 

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

http://tenro-in.com/zemi/70172


2019-03-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.22

関連記事