転職活動で妥協するかしないか迷ったら《週刊 READING LIFE vol.22「妥協論」》
記事:井上かほる(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)
「ではこちらの8項目の中から、3つ、優先したい項目を選んでください」
目の前に座る、若くてかわいい女性が、私にA4の紙を渡してくる。
その紙にはこう書いてある。
「仕事内容」「給与」「時間」「休日」「労働環境」「職場の雰囲気」「待遇面」「やりがい」。
昨年、転職活動をはじめるにあたり、人材紹介会社に登録しに行ったときのことだった。
「そうですよねぇ、どれでもってワケにはいかないですもんねぇ」
「はい。ご経験上、ご存知かとは思いますが……」
ひと回りも下の、新卒2年目の女性に、「希望を絞って、妥協してほしい」と言われるのはなかなか酷だなぁと思う。けれど私は、求人広告の営業をしていて、人材紹介の仕事も理解している。だから、「ご存知かとは思いますが」と言われたのだった。毎日、「いい人材」を求めている採用担当者と、あーでもないこーでもないとやりとりしていた。
人材探しと家探しは似ている。
すべての希望が叶うことはなく、どこかは妥協しなければならない。
私が今住んでいる家は1年半前に引っ越してきたが、間取りも広さもデザインも気に入っているけど、追い炊きがなくて冬はお風呂に入るのに銀色のシートをかぶって入ったり、都市ガスじゃないから冬のガス代がハンパない。「この2つがクリアになっていれば、完璧なんだけどね」と、家を褒めてくれる人に漏らしている。
人材探しに関してもそうだ。
13年間、求人広告の営業をしていて、イヤというほど妥協の場面は見てきた。
たとえば、「誰でもいい」という募集を頼んでくる採用担当者は、ほんとうはこういう人がいいという人物像があるのにも関わらず、仕事が忙しくて考えるヒマがなかったり、以前募集したときに全然人が来なくて諦めていたり、いい人だと思って採用したら出勤初日に来なかったということがあったりと、あっという間に人を採用することに対して「妥協がふつう」の状態になっている。
反対に、妥協しなさすぎ、という場面もある。
「20代の女子で見た目がよくて、気配りができて、大学卒業していて、テキパキ動けて、指示にはきちんと従って、やめずに長く働いてくれて、実務経験は1年とかでいいけど資格は持っていて、札幌出身の人」
すべてではないが、これに近い募集広告の依頼を受けたことがある。
妥協しなさすぎ、ではあるが、私はできれば妥協せずに募集してもらいたいと思っている。
なぜか。
きっとそれぞれに、イメージする人物像はしっかりとある。けれどそれが、ただのイメージ像のままだからなのではないかと思うからだ。
ほしい人物像が、リアル、ではなく理想。
好きなタイプは白馬に乗った王子様です、というようなものである。
じゃあ、それはどういう人なのかと話を聞いていくと、白馬に乗っているワケでもなければ、王子様でもない。おそらく、女性にやさしくて、外を歩くときには道路側を歩いてくれて、デートプランをしっかり考えてくれていて、髪の毛がサラサラで、清潔感があって、というふうなことだと思う。
ならば。
人材探しも同じではないかと思うのだ。
妥協せず、理想すぎず。
そのポイントを探して、イメージ像をリアルな人間にして、募集広告に記していくのが私の仕事だと思っていた。
こういうとき、私はとにかく質問する。
・どういう仕事ですか?
・なぜ若い人が、それに見た目がいい人がほしいんですか? 見た目がいいってなんですか?
・気配りってたとえば仕事においてはどういう状態のことですか?
・大卒である理由ってなんですか?
・やめずに長くって、この条件だと1人暮らしは難しいですよね? 今は実家でも若いのであればそのうち1人暮らしとかしたいと思いますよ?
・札幌出身である理由ってなんですか?
他にもいろいろ聞いていく。かなりの数の質問をする。終わったことには口がカラッカラになるほどに。だけど、決まった募集内容をひとつずつ理由づけをしていってもらったり、背景を教えてもらっていくと、「あれ? なんでこの条件必要なんだっけ?」とか、「あ! 今3年目のあの子みたいな子がほしい!」とか、最初に提示してきた条件とは違うものが見えてくる。「今いるあの子みたいな子がほしい!」というのが引き出せれば、こっちのものである。「じゃあその人に取材させてください!」と言って、実際に話を聞いてからリアルな人へ向けての広告づくりをすることができるからだ。
妥協したように見えるかもしれない。
最初の条件よりもゆるくなっているように見えるから。
けれど、不思議と、「ゆるくなったじゃん」とか「妥協した感じになっちゃったね」ということにはならないし、1度も言われたことはない。
決めつけた条件が理想だったかもしれない。それが、現実に近づいただけ。
私の家探しも、私の考えていた予算では、追い炊き機能や都市ガスにすることはできなかった。それは理想だったからだ。
ある人が、仕事を探す上でのスタンスについて、「いい仕事を見つけるというよりは、納得して働くことができるようになったらいいなと思う」と話していた。
私は最近、転職活動を終えた。
活動をはじめた最初の頃は、「給与は20万以上は必須。休みは必要。あ、土日祝休みがいいし、残業もあんまりしたくない。正社員じゃないとダメだし、事務所が汚いとかは無理。あんまり人が多くてもなぁ。とは言っても少なすぎてもめんどくさそう。広報やりたいけど、札幌にはないから東京行けって言われたし。うーん」と唸っていた。
けれど、「納得して働くことができるようになったらいいか」と思い始めたら、最初に思っていたことがすべて理想だったことに気づいた。理想通りになるためには、それ相応の人間でないといけない。経験があったりスキルがあったり、年齢が若かったり。王子様とつきあうためには、お姫様にならないといけないのだ。
納得して働くことができるようになること。
妥協は納得することでクリアになるんじゃないかと思った。
私の場合、最後に残ったのは「仲間と呼べるような人たちと、だれかを応援する仕事をしたい」だった。なんてあやふやだろう。
けれど不思議と納得感があった。ほんとうにほしい場所は、そういう場所だった。そんな話をシンプルに話したら、会社を紹介してくれる人が現れた。軽く構えていた場所にパシッとボールがおさまるような、ストンと重力のままにボールが手元に落ちてくるような、そんな感じで就職が決まった。
偶然にも、最初に思い描いていた条件ぴったりだった。
給与は20万以上で休みは年間120日。残業は遅くて18:30までで事務所は街中でキレイ。人数も7~8人と部署としてはちょうどいい。そして仕事内容は、未来に向かって頑張りたいという若者たちが集まる、専門学校の広報だった。最初は契約社員だけど正社員を前提としている。
妥協するかしないかは自由だ。
だけど、どちらもイヤになったなら、自分が納得できるかどうかで考えてみてはどうだろうか。
思わぬ偶然に、出合えるかもしれない。
❏ライタープロフィール
井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
北海道生まれ、札幌市在住。大学卒業後、求人広告媒体社にて13年勤務。次は、人を応援する仕事に就く。
2018年6月開講の「ライティング・ゼミ」を受講し、文章で人の心を動かすことに憧れる。12月より天狼院ライターズ倶楽部に所属中。エネルギー源は妹と暮らすうさぎさん、バスケットボール、お笑い&落語、スタバのホワイトモカ。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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