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週刊READING LIFE vol.23

過去と未来の間を整える、小学校の一室で《週刊READING LIFE「10 MINUTES FICTIONS〜10分でサクッと読める短編小説集〜」》


記事:井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「じゃあ、この本、やってみましょうか」
ひと通り部屋の中を案内した後、その女性はわたしの隣に座って、1冊の本を手渡した。頭には毛玉なのか、編まれたものなのかわからない、いろんな色が混ざり込んだニット帽をかぶっている。胸からひざ下までは濃い茶色のエプロンを身につけ、ニット帽と同じ色合いをしたカーディガンを着ているその女性は、わたしがここを初めて訪れた日、イチから作業を教えてくれた人だ。

 

本には書店の茶色いカバーがかかっている。
「まずはカバーをはずして。カバーは捨てちゃっていいから」
言われたとおりに、ゴミ箱へ捨てる。
「じゃあ中を開いて。新書は残すけど、時代に合ってないテーマのものはチェックしないでこっちのボックスに入れていいから」
言われたとおりに、なにをテーマにした本なのかを見る。
「これは……Windows95の使い方のようですね。ちょっとこれは、ダメそうな気がします。どうですか?」
「どれどれ?  あーこれはダメだね。役目を終えてるね。ね、95っていつ?  林さん」
わたしのななめ向かいで作業をしている大ベテラン、林さんがのぞき込む。
「あーダメだぁこりゃあ。古いなぁ」
75歳くらいに見えたため、パソコンを使いこなしているタイプには見えなかったが、「過去の本」であるという共通認識を得たので、「お役目終了」とマジックで書かれたボックスへ入れた。

 

地下鉄の駅から徒歩で20分。
到着してみると、駅からななめにまっすぐ来れば到着できるこの建物は、住宅街の中に突如として現れる。わたしが通っていたその建物とは違い、たまたま空いていたスペースに、たまたまピッタリ大きさが合ったように、四角くハマっているようだった。
かがやき小学校。
目的地はこの小学校の、一室だった。
新しいからそういう部屋があるのか、教室が余っているからそうしているのかわからないが、この小学校には「図書整理室」という部屋がある。
ここには大量の本が存在する。
だれかが読まなくなった本、学校で不要になった本、中古買取のお店で引き取られなかった本。
それらが、ここに送られてくる。
部屋の本棚はもちろん、本棚から溢れたものは、床にダンボール詰めで置かれていた。

 

「図書整理室」
ここは、いろんなところから集まってくる本をきれいにし、次に行く先を決め、届けるという役目を担っている。
きれいになった本は、主に別の学校の図書室や、震災などで本を失った子どもたちに届けられる。どの本を選ぶかはベテランの方やこの団体の偉い人たちの役目だが、若手も入ってみんなで決めることもあるという。その中でも作業のスタート地点、「本をきれいにする」という作業が、わたしがこの日参加した活動だ。毎週土曜日の10時から14時にボランティアたちが集まって作業をしている。

Windows95の本を終え、次は新書だった。
「新書は基本的に捨てないの。だれかに必要なことがあることが多いし、駅の地下で販売するときに結構売れるのよ」
すべてではないが、新書はイベントなどで販売し、売れた収益で送料だったり運搬費に充てたりするようだ。
さまざまな新書が机の上に並ぶ。
「あ、この先生。わたし好きなのよ」
「えー! そうなの? さっきあったわよ、その先生の本」
ここにいる人たちはみんな本好きで、ひいきにしている先生やジャンルがあるようだった。

 

「あ、ライン引いちゃってますね」
蛍光ペンなどで文字に重ねてラインを引いていたり、文字の横にラインを引いているものは、その時点でアウトだった。次の人に届けられない。残念ながら、お役目終了ボックス行きだ。
次の本を手に取る。
「あれ、これも同じだ」
お役目終了ボックス行き。
「え、これも?」
同じ色で同じように、文字に重ねてラインが引いてあった。
「これ、全部、同じ人からの送り本ですかね?」
「あら、そうね~。私のほうにもあるわ。学校の先生かしらね」
それらの本は教育法や、人の心理についての本だった。
「はー、たしかに。そうですね。面白いですね。読んでいる本で職業が見えてくるんですね」
「そうなのよぉ。それがまた、楽しみなのっ」
ほんとうに楽しそうな笑顔を見て、ひとつひとつの本を開くのが楽しくなった。
内容は読んでしまうと時間がかかるが、タイトルを見て、中身を見ると、この人がどういう職業なのか、なにを知りたい人なのかが見えてくる。
新品のようにきれいな本もあれば、読んではいるものの線などは引かれてないもの、お風呂で読んだのか、途中途中ヨレている本などを経て、表紙の裏側に名前が書いてある本が出てきた。
名前は、えんぴつで書いてあった。
しっかりとした丁寧な字、達筆だ。
本の文章にも、えんぴつを使って、文字の横に沿ってまっすぐ、ラインが引いてある。
「これは、次にだれかが読むという可能性を残してないなぁ」
送ってくるのなら、こういう痕跡がないものを送るものなんじゃないのか?
わたしじゃなくても、そういう疑問が出てくるだろう。
それくらい、何冊も、同じように名前が書いてあり、ラインが引いてあった。
が、次の人に届けるためには前の人の痕跡を消さなければならない。
「この本、なんで残しておかなかったんだろう」
思わず、口にしていた。
ここまで愛着があって、読み込んだ本を、自分の学びの軌跡がある本を、手放してしまう理由。
考えたところで、本人がその場にいるわけではないので答えを得ることはできないが、考えざるを得ない。
4ページに1箇所くらいのペースで、ラインが引いてあったり、「来週の会議で話す!」など、当時の生きているメモが書いてある。
えんぴつで、濃く。
濃く書かれた文字を消すのには、力がいる。
紙が破れないようにするのは、知らない土地でラジオのチューニングを合わせるように、細かい力の調整が必要だ。
「手放したのは、本人じゃないかもしれないわね」
「え……?」
「たとえば、自分じゃなくて、子どもが親の本を整理することだってあるのよ。介護施設に入ることになって、いる本いらない本を判断できるうちに整理して、ここにたどり着いたのかもしれない。あと、もしかしたら、持ち主がなくなってしまって、それを整理した人が送ってきたものかもしれない。……まぁ、想像でしかないけどね」
年の功だろうか、ゴミの日に捨てそびれたときのように、「そんなこともあるわよ」と話す。
「そうですか……」
ふと、自分の親の本棚を思い出す。
そういえば、本屋のカバーがかかった本、たくさんあったなぁ。
本棚に押し込めて、それ以来取り出されていない、化石のような本。
もう読まないんじゃない?  なんて言ったこともあるけれど、「この本は、短大時代に読んでいた本だから」とか、1冊1冊に思い出があるのかもしれない。
この本たちも、もしかしたら、手放したくなかったのかもしれない。
手の届くところに、ずっと置いておきたかったのかもしれない。
けれど、それは許されず、大量に手放すことになった。
まるで、自分の生きてきた時代を、次の世代に譲るように。
「だれかの役に立てるかもしれないんだから」
そう説得されて、なんとか気持ちを未来に向けて、仕方なく。

 

「さて、今日はここまでにしましょうか」
わたしに付きっきりで教えてくれた、佐藤さんの声がけで、この日の作業を終えることになった。
整え終わった本たちを、新書や児童書などジャンルに分けて、段ボールに詰める。
「はい、新書はこっちね!  新書は売れるのよ~!  児童書はたぶん被災地かしら。リクエスト、来てるからね。子どもたちが喜んでくれていると思うと、やりがいはあるわよ」
「そうですね。次の人たちにしっかり届くと思うと、きれいにして届けてあげようって思えますね!」
ここに届く本たちの背景はさまざまだが、「次の人が喜んでくれる」と考えると、背景はやっぱりきれいに消しておくべきだと思った。背景を知ることができるのは、わたしたちまででいい。

 

「ありがとうございました!」
最初から最後まで、ていねいに教えてくれた佐藤さんにお礼を言う。
「いいえ、もしよかったらまた来てね。ここは毎週土曜日に活動しているけれど、毎週来ないといけないということはないし、月に1回来なければいけないとかいう決まりはないから。来たいときに来てみてね。実際私も、無理に毎週来てるわけじゃないのよ(笑)。あ、でも、林さんは毎週よねぇ?」
「そうだなぁ。ヒマだからね、後期高齢者は(笑)」
そう言って、2人はやわらかい表情で笑っていた。
荷物部屋は暖房がついていないというのに、あったかい気持ちになる。
またこうやって、人となにかをできる日がくるなんて。

 

 

 

あの日。
目の前が真っ暗になったあの日。
もうダメだと思いながら、なんとか心を閉じ込めて、会社に向かう道を人の半分のスピードで通っていたあの日々。
ノルマを達成できない日々が続き、上司に毎日怒鳴られていたあの場所から、わたしは逃げた。退職届を出したその翌日から、会社に行くのをやめた。

 

逃げてからというもの、毎日本を読んだ。
本を読まないと、嫌なことを思い出す。
過去を忘れたくて、未来に向かいたくて。
これからどうしたらいいのか、答えを見つけたくて。
またどこかで働くのは避けられないとして、もしそこでも怒鳴られるようなことがあったら。
同期からも後輩からも、冷めた目で見られたら。
わたしは、まただれかと、なにかを成し遂げる人間に、なれるのだろうか。そう毎日思っていた。

 

朝起きて本を読み、洗濯や掃除をして、午後からまた本を読む。そして眠る前にも本を読む。本を読むことは歯磨きと同じように、生活の一部になっていた。
「本は、答えは与えてくれないけれど、ヒントは与えてくれる」
そんなことをなにかの本で読んでから、千切れてバラバラになったネックレスを元に戻すように、ひとつずつ、ひとつずつ、ヒントのカケラを拾い集めてきた。
そうしているうちに、「本に関わること」に興味を持った。
読んでいるだけじゃなくて、なにか。
けれど、すぐに仕事をする気にはならなかった。
そんなことを検索していたとき、SNSでこのボランティア団体を見つけた。
本の過去を消し、未来の、必要としている人に届ける。
そんな活動に、自分を重ねていたのかもしれない。

 

 

 

「よかったら、好きな本借りてって!  ここで活動する人の特権なの。期間も返してもらえるなら無制限。何冊だって借りてっていいのよ~。私も今、小説を数冊借りてるの」
「へぇ!  素敵な特権ですね!  じゃあ……」
図書整理室の棚を見渡す。

 

「本との出合いも、人との出会いも同じよ。偶然のように見えて、そのとき自分に必要な場所に足が向くでしょう?  それに、私とあなたが出会ったのも、なにかの縁だもの」
佐藤さんには、わたしの考えが見えるのか。
今わたしが、必要としている言葉をくれる。
たしかに。本屋に行くと、ふしぎと自分が今、必要としている場所へ足が向く。
導かれているように。そこの本を読むことが決まっていたかのように、そのとき読むべき本に出合える。
「そうですね。ほんとうに。わたしも、恥ずかしながら最近になって本を読むようになったんです。実は今、無職で……」
無職、という言葉に慣れてきた頃だとは思っていたが、初対面の人に言うのは、気が引けた。わたしの過去を知っているわけではない。どういうふうに働いてきて、どうしてやめることになったのかを知らない相手に言ったところでマイナスなイメージを持たれるだけだ。わたしも働くことが楽しい頃は、働いていない人に対するイメージは悪かった。
けれど彼女は、やっぱりそんなわたしの気持ちを理解しているかのように、すぐに言葉を返してくれた。
「でも、だからこそ、こうしてあなたと私が出会えたんじゃない?  それに、わたしたちはボランティアだけど、社員として働いている人もいるの。学校とのやりとりだったり、実際に本をその場所まで運んだり。イベントを企画して運営したり、活動を広めるためのフリーペーパーを作っていたりもするのよ。ここから、なにかが始まることだって十分にあるわよ!」
「へぇ〜。いろんな活動してるんですね!」
「興味があれば、なんにでもチャレンジできるわよ!  まだ、若いんだから!」
「あはは。ありがとうございます」
もうそんなに若くないんだけどな……と思ったが、自分の倍以上の年齢の女性にはなかなか言えない。
「毎週は難しいかもしれないけど、また来たいです」
校門を出るところまで佐藤さんと一緒に歩いて、そう伝えた。
「そう!  それは嬉しいわ!  くれぐれも、無理はしないでね。楽しくなくなったら続ける意味はないのだから」
「はい。ありがとうございます」

 

「よかったわ、今日あなたに出会えて」
駅へ向かって歩き始めようと「では」と足を踏み出したとき、佐藤さんが言った。
「私もあなたとまったく同じ名前なのよ。ひらがなで、同じく書くの」
一歩出した足を戻して、彼女に向き直す。
「え!  わたし、漢字で同じ名前の人は出会ったことありますけど、ひらがなで同じ人は、35年生きてきて初めてです。ほんとうに、『お』でも『を』でもなく、『ほ』なんですか?」
「言ったでしょ。こうして私たちが出会ったのも、なにかの縁だって」
そう言ってわたしと同じ名前の彼女は微笑んだ。
ここなら、続けられる気がする。
ここからなら、始められる気がする。
本とこの図書整理室、そして、同じ名前の女性に、出会えたこの場所なら。

 
 

❏ライタープロフィール
井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

北海道生まれ、札幌市在住。大学卒業後、求人広告媒体社にて13年勤務。次は、人を応援する仕事に就く。
2018年6月開講の「ライティング・ゼミ」を受講し、文章で人の心を動かすことに憧れる。12月より天狼院ライターズ倶楽部に所属中。エネルギー源は妹と暮らすうさぎさん、バスケットボール、お笑い&落語、スタバのホワイトモカ。

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2019-03-11 | Posted in 週刊READING LIFE vol.23

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