週刊READING LIFE vol.238

育児は謎解きの連続である《週刊READING LIFE Vol.238「この言葉って、そういう意味だったんだ!」》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/11/6/公開
記事:小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
「おねーさんつけて」
息子が起きてきて寝室から出てくるなり指示してきた。
「おねーさんね。どうぞ」
彼の推しである“水卜アナ”が映るzipにチャンネルを合わせる。
「れーぱんたべたい」
「いいよ。お皿持っといで」
夫がそう言うと、お気に入りの“はらぺこあおむし”の朝食皿を食器棚から取り出し自分の席へと座った。
「はいどうぞ」
といって私は“たまごパン”を息子に差し出した。
「ありがと」
そう言って嬉しそうにもしゃもしゃと食べ始める。
なぜ“れーぱん”なのかはわからないが、彼にとっての“れーぱん”とは“たまごパン”のことなのだ。
言語を取得中の子供との生活はまさに謎解きの連続である。
 
 
3年前私は母になった。
赤子は泣くことでしか欲求を主張することが出来ず、寝たきりで自分では何もすることが出来ない。
「赤ちゃんは泣くのが仕事だからね」
なんて言葉に殺意を覚えたこと数知れず。
思い返せば
「あー」
「ばー」
しか言語を発することが出来ず、欲求を訴えるとなると大号泣する生まれたてのヒトとの生活は孤独でしかなかった。
お腹がすいたのか、おむつが気持ち悪いのか、はたまた熱いのか寒いのか。
泣き声だけで判断するのは本当に難しかった。
まさに謎解きの毎日だ。
“ちょっとでも言葉を話してくれたら”
“大人と会話したい”
スーパーやレジで店員さんとちょっとした会話をするだけでも感動したのを覚えている。
成長していくにつれ
「ママ」
とたどたどしくも呼ばれた時はとても嬉しかったが、
「アンパンマン」
の方がしっかりと主張されていたことはなかなかショックであった。
 
1歳を過ぎたあたりからさらに自分で欲求を主張できるようになり、走り回り自分の意志で行動することが増えてきた。
「でんしゃみる」
「なっとうたべる」
「トイレいく」
「さめ、みたい」
などなど、徐々にヒトに近づいていった。
だがまだまだ言葉を理解するのは難しい。
そして謎解きゲームはさらに進化を遂げた。
 
あれは1年前。
「ちゃかちゃかちゃん」
「え?」
息子が私のところにやってきて尋ねた。
「ちゃかちゃかちゃん、どこ?」
「ちゃかちゃかちゃん?」
「ちゃかちゃかちゃん……」
「これじゃないの?」
息子がいつも手放さないウーパールーパーのぬいぐるみを手渡した。
「これうぱちゃん」
「これはうぱちゃんね。ちゃかちゃかちゃんって何?」
「……ちゃかちゃかちゃん」
そう言って泣き出した息子。
いったいこの正体は何者なんだろうか。
増えつつあるぬいぐるみコレクションを見せていく。
だがどれも違うようで、どんどん機嫌が悪くなり大号泣してしまう。
「そういえば、ウオちゃんは?」
「あれ。そういえば……」
物心ついた時からタオル地のウーパールーパーのぬいぐるみこと“ウパちゃん”は息子のお気に入りだ。どこに行くのも一緒。どんな時も一緒。
息子にとってはスヌーピーに出てくるライナスの毛布のような存在である。
そして、ウパちゃんほどではないが同じ位置付けにいるオオサンショウウオのぬいぐるみがある。私と夫は“ウオちゃん”と呼んでいたが、それが息子にとっての“ちゃかちゃかちゃん”なのかもしれない。
だがこのちゃかちゃかちゃん。
どうも姿が見えない。
「無いね」
「寝室は?」
「布団の中埋もれてない?」
家中を探し回るがどこにもない。
「おかしいなぁ……」
「姿を見たような気もするんやけど」
「昨日どうしてたっけ」
「写真見てみるか」
前日天気が良かったこともあり、農業公園に出かけていた。
お出かけのお供に“ウパちゃん”と“ちゃかちゃかちゃん”を携えていったのは間違いないだろう。
写真を開けると両手に抱えて映る息子の写真があった。
「ちゃかちゃかちゃん!」
と息子は言った。
やはり。
“ちゃかちゃかちゃん”の正体はオオサンショウウオだった。
なぜ“ちゃかちゃかちゃん”なのかはわからない。
だがはっきりしていることはどこかへ旅に出てしまったということ。
少なくとも、この農業公園に行ったときには確実に存在していた。
「落としちゃったかな?」
「うーん、落としたとしてもどこやろ」
「SAにもよったし、モールにも帰り寄ったもんね」
「ちゃかちゃかちゃん、落とすのこれで2回目やな」
「そうやね」
1度近所のスーパーで落としてしまったことがある。
気付けばいなくなっていたのだ。
慌ててサービスカウンターに駆け込み
「ぬいぐるみの落とし物届いてませんか?」
と尋ねる。
ぬいぐるみの落とし物はやはり多いのか
「ぬいぐるみですか……。たくさんありまして……。特徴とかあります?」
「オオサンショウウオです」
「あ! あれね!」
特徴が強烈なので1発でわかったようだ。
もし見つかって保護されていれば前回のようにすぐ帰ってくるかもしれない。
思いつく場所に片っ端から電話をかけていった。
そして、農業公園で届けられていることがわかったのだった。
「あ! オオサンショウウオ! 届いてますよ!」
と電話の向こうの相手もやはり強烈だったからかすぐピンと来たようだ。
“ちゃかちゃかちゃん”はこうして無事、宅配で我が家に帰ってきた。
箱を開けると、
「ちゃかちゃかちゃん!」
と喜ぶ息子。
“ちゃかちゃかちゃん”はかけがえのない友人のことだったのだ。
すんなりとわかることもあれば、なかなかわからないこともある。
 
つい最近の出来事だ。
「かちゃまぜして」
「ん?」
夕食の時に息子が突然言った。
「かちゃまぜ?」
「かちゃまぜして!」
またもや?マークが頭に浮かぶ。
私も夫も使ったことは無い言葉だ。
反応が悪い私を見て、
『もうええわ』
と悟ったのかもくもくと食事を再開した。
「かちゃまぜってなんやろね」
「まぁ、保育園から覚えてきたんやろうけど」
「そうやろうね」
保育園ではいろいろ学んでくる。
順番。
お約束。
友達との遊び。
最近は自分より小さい子との関わり。
そして何よりも言葉だと思う。
「にしてもかちゃまぜってなんやろ」
「かちゃかちゃまぜまぜ?」
「まさか」
翌日に答え合わせをすることになった。
「かちゃまぜして」
ヨーグルトを目の前にしてもう何もしないよと怠惰な王族のようにだらんとする息子。
もし“かちゃまぜ”が“かちゃかちゃまぜまぜ”なのだとしたら、これが正解だろう。
ヨーグルトが入っている器とスプーンを手に取り、口の前に持って行くと突然背筋を伸ばし大口を開けてヨーグルトを迎え入れた。
『かちゃまぜって食わせてって意味やったんか……』
妙に納得した。
息子が言いだしたんだろうか?
それとも保育園の先生が使っているんだろうか。
どんな風に使われているのか現場を押さえることができた。
 
“保育参観のお知らせ”
保育園の連絡アプリに通知が入る。
息子が入園した時は新型コロナウイルス真っ盛り。
入園式に保護者は参加できなかったし、年に1度の発表会や遠足なども軒並み中止となった。玄関で引き渡すだけの関りで、1日はどんな風に過ごしているのかあまり想像がつかなかった。
ようやく落ち着き、今年からお迎えの時に中に入ることが許可されるようになった。
子供たちの元気な様子を見てくださいという園の意向だ。
また数年ぶりに発表会も再開されると決まった矢先の案内だった。
参観の思い出と言えば、いつもよりもおしゃれな服装でやってくる母。
親に良い所を見せようとそわそわする生徒たち。
いつも馬鹿ばかりやっている男子が、なぜか真面目に授業を受けたりしているのがなんだか面白い。
そんなことを思い出していた。
はたして3歳児の参観は一体どうなってしまうのか。
 
迎えた当日。
何日かあるうちの1日に参加することになったが、当日は我が家だけ。
息子は完全に家での甘えん坊モードだった。
ぞうのマークが貼られた自分の椅子ではなく、座席は私の膝の上。
「そうちゃん、パパとママ来てるからおうちモードですね」
「ハハハ」
もはや笑うしかない。
「普段はちゃんとお椅子に座って朝の会に参加してますよ」
「そうでしたか」
「むしろ今日は周りのお友達のほうがいつもより張り切ってます」
と担任の先生と笑い合う。
園での様子を見学し、迎えた給食の時間。
ごはんに鮭のちゃんちゃん焼き、野菜の和え物。
大人から見ても美味しそうな昼食だった。
給食の歌をみんなで歌い、給食の時間が始まった。
みんな嬉しそうに食べていたが野菜は苦手なのか嫌がっていた子も多かった。
勿論、うちの息子もだ。
そんな時だった。
「せんせ。かちゃまぜして」
息子と同じテーブルに座っていた女の子が言った。
「かちゃまぜしてくれたら、おやさいがんばる」
「えらいね! じゃあかちゃまぜしよう」
先生はそう言って、スプーンで野菜をすくい女の子の口に持って行く。
「あーん」
といって大きな口を開けて、野菜を食べていた。
「ななちゃん。おやさいがんばったね」
するとその横にすわっていた男の子も
「せんせ。かちゃまぜ」
と食べさせてくれと主張していた。
「じゃ、けんくんは次ね。順番。」
「はーい」
かちゃまぜはやはり“食べさせて”とことだった。
よく聞いてみるとあちこちから
「かちゃまぜ」
が聞こえてくる。
食べさせてくれと単に甘えているのかもしれない。
ただそこには苦手なものにもチャレンジするから、食べさせて。
そんな意味もあることを知った。
 
育児は謎解きの連続。
この言葉には何の意味があるんだろうか。
この子が言いたいことは何だろうか。
毎日そればかりだ。
だが成長していくにつれその謎解きは徐々に減っていくんだろう。
「うるせぇくそばばぁ」
なんて生意気なことを言われることもあるだろう。
かちゃまぜしてなんて頼まれることも無くなる。
かちゃまぜやちゃかちゃかちゃんと言っていた頃が懐かしいと思う日がいつかはやってくる。
子育てを終えた先輩たちからは
「ほんまあっという間やから、大事にしてあげて」
とよく言われる。
慣れない頃はこの日々はいつまで続くんだろうかと途方もない気持ちだった。
アドバイスは余計なお世話ですと思うことも多かった。
ただ思い返すと3年しか経過していない今でさえ、あっという間だと感じる。
解放された時、寂しいと感じるのか、楽しかったと感じるのか。
今は想像がつかない。
ただ嫌々やるよりも楽しんでしまったほうがいいに決まっている。
そんな日がやってくるまで、今日も私は育児謎解きゲームを楽しむこととしよう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

大阪生まれ大阪育ち。
2022年4月人生を変えるライティングゼミ受講。
2022年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
病院で臨床検査技師として働く傍ら、CBLコーチングスクールでコーチングを学び、コーチとして独立。日々クライアントに寄り添っている。
CBLコーチングスクール認定コーチ。
スノーボードとB‘zをこよなく愛する一児の母でもある。

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2023-11-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.238

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