週刊READING LIFE vol.247

バングラデシュの星空の下、誓った約束《週刊READING LIFE Vol.247 あの日の夜空》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/1/29/公開
記事:松本萌( READING LIFE編集部ライティングX)
 
 
笑わずに聞いて欲しい。
大学生のときの将来の夢は「国際連合の職員になる」だった。
当時のTOEIC最高点は610点で言語の特徴や特質を学ぶ言語学を専攻していた。国際舞台で活躍するには明らかに英語力は低いし、果たして言語学がどのような分野で国際貢献できるのか不明だ。それでも私は「国際連合で働いてみたい」と思っていた。今思えば「世界に貢献したい。世界情勢をどうにかしたい」という使命感ではなく、海外に住むことや海外で働くことに魅力を感じていたが故の夢だったのだろう。
 
私が初めて海外に行ったのは高校二年生の夏だ。
通っていた高校がオーストラリアの高校と提携し、希望者は夏休みを利用して二週間オーストラリアに語学研修に行くことができた。親の勧めもあり参加した私は「海外」にはまった。オーストラリアで知り合った人たちは、つたない英語ながら必死にコミュニケーションを取ろうとする私のことを受け入れてくれた。日本とは違う街並みや自然の中にいることで世界には色々な国や文化があることを知った。「もっと知りたい。世界にはどんな国や文化があって、そこにはどんな人たちが住んでいるのだろう」と思うようになった。
 
大学生になり長期休みのたびに海外の大学で語学研修を受けたり、ホームステイをしながら現地の人と一緒に過ごす中で「海外で働いてみたい」と思うようになり、いつしか「国際連合で働く」ことが私の夢になった。
 
「国際連合」が頭の中でちらつき始めると同時に「発展途上国に行ってみたい。いや、行かなきゃだめだ」と思うようになった。どのタイミングでどこの国に行くのがいいだろうと考え始めた頃、大学の掲示板でNGO団体のポスターに出会った。ポスターには「バングラデシュへのスタディーツアー参加者募集中! バングラデシュで寺子屋見学をしませんか」と書かれていた。
ピンときた。「これだ! 私が求めているものはこのスタディーツアーだ!」
 
参加するには費用が掛かるため、親に援助を頼むことにした。両親は遊びに対しては厳しいが学びへの投資には寛大なため「いいよ」と言ってくれるだろうと楽観視していたのだが、今回は違った。
いつも何も言わない父親が眉間に皺を寄せながら「なんでバングラデシュに行きたいんだ?」と聞いてきた。両親の世代からするとバングラデシュは「世界最貧国」のイメージが強く、20歳になったばかりの女子大生が「行きたい」と言う国とは到底思えなかったようだ。
困ったことになった。父を攻略しなければバングラデシュには行けない。様々なことを今までの海外経験で学んだこと、以前から発展途上国に興味をもっていたこと、発展途上国とはどんな国なのか体感したいこと、現地に行かなければ本当の意味で「知る」ことはできないと思っていることを必死に父に訴えた。
私の話を聞いた父は「分かった。行ってこい」と許してくれた。
 
スタディーツアーは一週間バングラデシュに滞在し、日本のNGOとバングラデシュのNGOが共同運営している寺子屋を見学したり現地の人たちとコミュニケーションしながら過ごすというものだった。
二つのNGOが生まれたきっかけは、バングラデシュの女医マラカール氏と日本人の牧師船戸氏との出会いだった。衛生環境のよくないバングラデシュではちょっとしたことで子供が死に至ることがある。マラカール氏は診察を通じて日々の生活で大切なことを母親達にアドバイスしていたのだが、母親達は覚えることができず何度も同じことを指導しなければいけなかった。なぜ母親達は覚えられないのだろうと考えた結果、識字率の低さが関係していることに気がついた。
バングラデシュは日本と同じく中学校までが義務教育と定められているが、家庭の事情等で小学生の間に学校をドロップアウトする生徒が多く、中学校を卒業できる子供達は一握りだった。十分に教育を受けられないまま大人になるため識字率は低く、男性に比べ女性は更に低かった。
覚えられないのであればメモすればいいのだが文字が書けないためメモを取ることができず、どれだけマラカール氏が一生懸命伝えても活かされない。どうしたものかと思い悩む中、バングラデシュを訪れた船戸氏と出会い、思いを伝えたところ意気投合し「バングラデシュの子供達の学びの場を作ろう」となった。
学校をドロップアウトせざるをえない子供達のための学びの場として寺子屋を運営すること、そして教師は女性をメインにして女性の社会進出を促すことを目的に、二つのNGOは生まれた。

 

 

 

バングラデシュの空気に触れたときの体感を今でも鮮明に覚えている。
長時間のフライトを経てやっと首都ダッカの空港に到着し、迎えに来てくれたNGO団体の車に向かうため空港を出た瞬間、頭と肩に圧迫感を感じた。何かがのしかかってくるような錯覚を覚えた。
私が訪れた3月は乾期まっただ中だった。どんなにカンカン照りが続いても湿気のある日本では経験することのできない乾燥しきった空気が、あたかも重量を伴っているかのように私に押し寄せてきた。
これだ。私が求めているのはこの感覚だ。
現地でなければ体感できない体の反応にゾクゾクした。これから始まるバングラデシュでの一週間への期待に胸が膨らんだ。
 
空港から車で2時間程かかるNGOの事務所兼宿に着く頃には周囲は真っ暗になっていた。そして初日にして早速バングラデシュの洗練を受けることになった。
頑丈な門扉をくぐると中庭があり、軒下にあるテーブルを囲んで職員の方が準備してくれたベンガルティー(チャイ)をウェルカムドリンクとしていただいたのだが、困ったことにランプの光のみで真っ暗だった。電球はあるがどれも光を放っていない。聞くとバングラデシュの電力事情はひっ迫していて、夜は首都部に電力が集中するため他のエリアは停電になってしまうらしい。持ち物に懐中電灯が必須と書いてあったのはこういうことか。「毎夜暗闇は困るな」と思いつつ口にしたベンガルティーは程よい温かさで、ほんのり感じる砂糖の甘さに長旅で疲れ切った体がほぐれていくのを感じた。
 
翌朝は大音量でスピーカーから流される呪文みたいな声にビックリして飛び起きた。時計を見ると朝の5時だ。音の正体は近くにあるモスクから流れてくるコーランだった。バングラデシュは国教をイスラム教と定めていて、人口の9割ほどの人がイスラム教を信仰する国だ。改めて異国の地に来たことを感じた。
 
バングラデシュの環境に慣れていない私達が体調を崩してはいけないと、現地NGOの料理人が衛生面に注意をしながら腕によりをかけて料理を振る舞ってくれた。香辛料をふんだんに使ったカレーはチキン、シーフード、豆、野菜とレパートリー豊かだった。郷に入れば郷に従えの通り、スプーンやフォークを使わず手づかみで食べた。帰国する頃にはターメリックカラーのネイルをしているかのような色に爪が染まっていた。
 
午前中寺子屋見学をし、一度事務所に戻ってカレーで腹ごしらえをしたあと別の寺子屋を訪問したり、街中を散策したりした。街中のいたるところでリキシャ(人力車)がごった返していて、車は常にクラクションを鳴らし続けなければ通れないほどだった。
 
泊まりで北部のネトロコナにある寺子屋を訪れたこともあった。都市部のレンガ造りの校舎とは違い、草木で作られた掘っ立て小屋には机も椅子もなく、子供達は地べたに座って先生の授業を聞いていた。薄暗い小屋の中で子供達は食い入るような眼差しで黒板を見、教師の言葉を一言も聞き漏らさないように耳を傾けていた。無駄口をたたかず小さな体全部を使って授業に没頭する姿を見て、講義を上の空で聞いたり居眠りをする自分を恥じた。
 
毎夜1時間程暗闇の中、懐中電灯を灯しながらシェア会をした。
授業中必死に黒板を見ながらノートに書き留める少年の眼差し、「この問題分かる人?」と先生が質問すると生徒全員が「自分に答えさせてくれ」と言わんばかりに積極的に手を上げる授業風景、カメラを向けるとパッと花が咲いたような笑顔を見せてくれた子供達の姿を思い出しながら、毎夜自分の気づきをシェアした。
ある日のシェア会では車で移動中に出会った少女の話を皆でした。車でごった返す道路を縫うように歩きながら花を売っている少女が私たちの乗る車の横に来たとき、一輪の赤い花を車の中にポンッと投げ入れ笑顔で去って行くという出来事があった。平日の日中、本来であれば学校に行く年齢でありながら花を売って家計を助けている少女が私たちに何も求めず花をくれた行為に、皆が考えさせられた。
 
帰国前夜、何とはなしに眠りに就くのが惜しく星空の下皆で話した。
当たり前のように大学に通いバイトだサークルだと勉強以外のことに熱中する日本人の私たち。かたや小学校すら通えずに働くバングラデシュの子供たち。同じ時代に生まれたのに国が違うだけでなぜこんなにも差が生まれるのか。バングラデシュの子供たちのためにできることは何だろうか。大切な気づきを与えてくれたNGOに対し今後どんな貢献ができるだろうか。話は尽きなかった。
 
一週間共に過ごしたメンバーの一人が言った。「日本に帰ってから私たちどうする?」
皆で出した答えは「自分たちの置かれた環境に感謝しながら一生懸命生きる」だった。
私たちはいくらでも学べる環境にいる。それならばトコトン学びたいことを学び大学生活を謳歌しよう。労働を免除されている身分なのだから遊ぶときは思いっきり遊ぼう。「もう十分やりきった!」と言えるくらいやりたいことに没頭しよう。そして常に恵まれた環境にいられることに感謝の気持ちを持とう。
 
空を見上げると満点の星空だった。星たちがこれからの私たちの人生を応援してくれているように感じた。
 
最終日バングラデシュのNGO代表が優しい笑みを浮かべながら語った言葉が忘れられない。
「私たちはもう会うことはないかもしれない。でも忘れないでほしい。バングラデシュで出会った友人たちのことを。遠く離れていてもあなたたちが気に掛けてくれるだけで嬉しい」
 
長旅を経て帰宅した私に母がうどんを作ってくれた。一週間カレー漬けだった胃に出汁が優しく染みた。久しぶりの味にほっとするのを感じながら、母に言おうと決めていた言葉を伝えた。
「今まで育ててくれてありがとう」
言った途端涙がボロボロ流れ出て止まらなくなった。
「あなたがバングラデシュに行ってるとき、お父さん言ってたのよ。『萌はバングラデシュで大切なことを学んでくるはずだよ』って。お父さんの言うとおりだったね」母が優しい声で父の言葉を教えてくれた。

 

 

 

バングラデシュに行ったのはもう20年以上も前の話になる。かなりの年月が経ちバングラデシュで過ごした記憶は薄れてきている。それでもふとしたときに「置かれた環境に感謝しながら一生懸命生きる」と胸に刻んだあの日の夜のことを思い出す。そのたびに「一生懸命生きてる?」と自分に問いかけるようにしている。
あの濃密な一週間に出会ったバングラデシュの全ての友人たちに恥じぬ生き方をしようと心に決めている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
松本萌(READING LIFE編集部ライティングX)

兵庫県生まれ。千葉県在住。
2023年6月より天狼院書店のライティング講座を絶賛受講中。
「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。平日は会社勤めをし、休日は高校の頃から続けている弓道で息抜きをする日々。

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2024-01-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.247

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