週刊READING LIFE vol.247

あの日の夜空が、私の育児スタイルを激変させた《週刊READING LIFE Vol.247 あの日の夜空》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/1/29/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズX)
 
 
40歳を過ぎて「自分は老眼ではないか……」と、思っている人は多いだろう。私も、そのうちの一人である。私の場合、44歳から「老眼かもしれない」と疑いはじめた。そして、47歳を迎えた今では、「間違いなく老眼だ」と認識している。なぜなら、モノの見えやすい距離が、30センチ以上になってしまったからだ。
 
私は日常生活を送るうえで、30センチ以内でモノを見る機会は、ほとんどない。10代や20代のころから、本やパソコンの画面を見る時は、30センチ以上離していた。仕事でも、目を至近距離まで近づけるような細かい作業が発生することはなかった。そのため、老眼で生活に不便さを感じることはなかった。老眼にも関わらず、暇つぶしにiPhoneやiPadを見て、何時間も経過していることなど、日常茶飯事だった。しかし、そんな生活が一変する出来事が起こった。
 
2024年1月9日、私の人生において最も輝かしい日となった。この日、私たち夫婦は、待望の第一子を授かった。私にとって、娘の誕生は、新しい人生の始まりとともに、老眼による不便さを、痛感させる出来事になった。それは、妻と娘が退院し、私の育児が本格的にスタートした2日目、1月16日に起きた。
 
新生児は、まだ視力が弱く、30センチ以内のモノしか見えない。さらに、新生児が泣く原因の一つとして、目で見えないモノが多すぎて、怖がってしまう。と言われている。そのため、新生児を安心させる方法として、30センチ以内に親の顔を近づけることが勧められる。
 
私は娘を泣き止ませようと、娘の眼から30センチ以内に自分の顔を近づけた。しばらくすると、娘は泣き止んだ。しかし、私の眼では娘の顔が、ぼやけて見えてしまう。老眼のため、可愛い我が子の顔をハッキリ見ることができないのだ。彼女の小さな表情の一つ一つを見逃してしまう。親としての役割を充分に果たせない自分に、最初のもどかしさを感じていた。
 
続いて、娘へ飲ませるミルクを作ろうとした。その時は、私にとって、まだ2回目のミルク作りであった。1回目は妻の指示通りにミルクを作った。今回は妻を頼りにせず、一人で作るために、ミルク缶に書かれている説明書きを読もうとした。しかし、缶に印字されている小さな文字が、老眼の影響でぼやけて見えた。
 
オムツを交換でも、同じようなことが起きた。オムツの履かせ方を確認するため、パッケージに記載された文字を読もうとした。この時も、印字されている文字が小さく、読むのに苦労した。自分の老眼が、育児に悪影響を与えるとは、思いもしなかった。しかも、1日のうちに3回も老眼を自覚することが、今まであっただろうか。娘の育児をしながら、自分自身の老眼問題にも取り組む必要があると、私は考えた。
 
その日の夜、私はiPadで眼精疲労対策の動画を見ながら、自分で目の周りをマッサージした。動画の通りにマッサージすると、確かに目の疲れが取れる気がした。しかし、目に悪影響を与える機器を見ながらマッサージを行っている。そのため、効果が半減しているのでは、と私は考えた。
 
目元のマッサージ後、私はベランダから夜空を見上げた。近視や老眼の進行を抑えるには、月や星といった遠くのモノを見ることが、効果的と言われているからだ。月を眺めることや、星座を探すことで、目の疲れや緊張が緩和される。その結果、近視や老眼が改善する事例を、眼科医がいくつも報告していた。
 
上京18年目にして、私は初めて東京の夜空をゆっくりと眺めた。しかし、月は見えるものの、星は見えなかった。よく目を凝らすと、ベランダの右端に1つ、そして左端に1つと、計2つの星が見えるだけで、星座を探すことはできなかった。
 
「東京の夜空って、星が見えないと言われているけど、本当だったのか……」と私は、悲しさを覚えながら、三日月が照らす夜空を、しばらく見上げていた。その悲しさには、星が見えないことだけでなかった。娘が退院し、自宅に来てからの2日間の私の育児が、上手くいかないことも含まれていた。
 
「冬の夜空。三重県の実家の辺りであれば、満点の星空なのに……」と感傷的になった私の目に、流れ星が映った。いや、流れ星ではなかった。離着陸で羽田空港を使用する飛行機のライトだった。東京の自宅から羽田空港まで直線距離で10キロほどである。その距離であれば、離陸や着陸する際の飛行機のランプを、目視することができる。
 
一機が着陸すると、別の一機が離陸する。昼だけでなく夜も、離着陸の繰り返しである。空港のない三重県では、決して見ることのできない光景が、目の前で繰り広げられている。特に、離陸した飛行機を見えなくなるまで、両目で夜空の中を追いかけ続けた。まるで、初めて飛行機を目の当たりにした子どものように。そして、寒さと眠気を感じた私は、布団に入った。育児の疲れもあったせいか、いつも以上に深い眠りについた。
 
翌朝、私は6時に目覚めた。この日最初の育児は、ミルク作りであった。私は、恐る恐るミルク缶の文字を見た。「昨日に比べると、文字が見えている!」と、私は心の中でガッツポーズした。昨日より高いテンションでミルクを作り、娘に与えることができた。
 
後の育児はオムツ交換である。オムツのパッケージの文字も、昨日より見えていた。私は自分の視力の回復が嬉しく、朝から飛び跳ねそうになった。
 
育児3日目ともなれば、説明書きを読まなくても、ミルクを作ることができるし、オムツも交換することができる。しかし、老眼と闘っている私にとって、小さな文字や至近距離のモノが見えることは、育児と同じく大切なことだった。私の顔から30センチ以内に、娘の顔を近づけても、昨日よりハッキリと見えた。
 
たった一晩、眼精疲労マッサージと夜空の飛行機を見ただけで、私の老眼は改善傾向を示した。しかし、老眼は日々、進行する。年齢を重ねれば重ねるほど、進行のスピードは速くなるだろう。マッサージと夜空を眺めるだけでは、いずれ老眼の進行を食い止めることができなくなる。その前に、日常生活において、可能な限り目の健康改善に努めることにした。
 
まず、私はデジタルデバイスの使用時間を意識的に減らすことにした。特に、暇つぶしに見てしまうiPhoneやiPadを。これらを見る時間があるならば、娘の成長を目に留めることにした。「新生児の時期が一番かわいい。でも、あっという間に大きくなってしまう」と先輩ママ、先輩パパたちは口を揃えて言う。
 
娘が一番かわいい時期に、娘を見ずにiPhoneやiPadばかり見ていては、父親としての務めを果たしていない。そう考えた私は、育児3日目以降は、積極的にミルク作り、オムツ交換、娘の抱っこを引き受け、デジタルデバイスを見る時間を減らした。
 
ミルクを与える時と、抱っこの時は、娘の顔を私のほうに近づける。二人の顔の距離は30センチ以内になる。至近距離のモノを見ることも、老眼進行を抑制するトレーニングに繋がる。育児が、私の老眼を回復させる。私は、娘がこの世に産まれてきたことに、再び感謝した。
 
老眼の進行を、さらに遅らせる方法として、3カ月間の育児休業中に、生活習慣を見直すことにした。少しずつ育休生活のリズムが掴めており、バランスの取れた食事、充分な睡眠、定期的な運動の3つを意識的に取り入れることとした。
 
妻の指示をもらいながら、私が食材を買いに行っている。今までであれば、手間を掛けずに食事の準備をしたいがために、揚げ物中心のお惣菜を買って、テーブルに並べていた。しかし、これからは、私の老眼の進行抑制に加え、妻と妻の母乳で育つ娘のことまで考えなければならない。スーパーへ行き、肉・魚・野菜・果物をバランスよく買い、それらをキッチンで調理し、食べるという生活に変わった。
 
食生活を数日間だけ変えただけで、私の老眼が急に改善するとは思えない。しかし、健康な食生活ができているか否かのバロメーターはある。それは、母乳である。母乳が出る量と、それを娘が飲む量である。母乳は食生活の影響を、直ぐに受けると言われている。食生活が良ければ、良質な母乳が出来上がり、赤ちゃんもそれを喜んで飲む。今のところ、母乳の質も量も問題なく、娘は1日に何回も喜んで妻の母乳を飲んでいる。私は妻と同じ食事をとっている。食生活の変化が、私の眼に対しても、良い影響を与えているに違いない。
 
育児をしながら、充分な睡眠を取る。これは非常に難しいことだ。育児で一番大変なことは、自分たちの睡眠時間が削られる。と、先輩ママ、先輩パパたちは口を揃えて言う。新生児は、昼夜問わず、2~3時間おきに、母乳やミルクを与え、オムツを交換しないといけない。睡眠不足では、眼の疲労が充分に回復しないため、老眼が進行しやすくなる。育児を始めて1週間程度の私たち夫婦も、睡眠時間の確保については試行錯誤中であるが、現在、ある方法が功を奏している。
 
それは、母乳ではなく、ミルクを戦略的に与えることだ。ミルクは母乳よりも飲みやすくて、腹持ちがいい。すなわち、母乳より多めに飲むことができ、お腹が空くまで時間がかかる。このミルクの性質を利用して、午後9時ころに一日の最後の母乳を与える。その後、妻には睡眠を取ってもらう。次は、私が午後11時から午前0時の間にミルクを与えて就寝する。
 
娘が泣き出すのが、午前2時くらいである。ここでは、5時間ほどしっかり寝ている妻に起きてもらい、母乳やミルクを与えてもらう。午後4時に泣き出した時も、同じく妻に対応してもらう。そして、午前6時に泣き出した時は、6時間ほど寝た私がミルクを与える。このミルクを戦略的に与える方法により、現在、夫婦ともに夜間5~6時間の纏まった睡眠が取れている。これは、充分な睡眠時間といえるのではないだろうか。
 
運動によって血流を改善することで、老眼の進行を抑制することができる。私は、毎日30~60分間の運動を取り入れた。このくらいの運動量であれば、運動による疲れを翌日に持ち越すことなく、毎日続けることができる。何より、ミルクを与える、オムツを交換するといった育児に支障が出ない長さの運動である。
 
育児2日目、あの日の夜空が、私の生活スタイルをここまで改善させるとは、思いもしなかった。食事・睡眠・運動が、私の老眼にどのような影響を与えるのか。その結果が出るのは、まだ先のことかもしれない。もしかして、それよりも娘の成長のほうが早く、育児が終わった後に実感するのかもしれない。
 
しかし、私は娘の成長の瞬間を、自分の眼にハッキリと焼き付けたい。そのために、眼への健康習慣を取り入れながら、老眼に抗い続けるのである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中

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2024-01-24 | Posted in 週刊READING LIFE vol.247

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