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週刊READING LIFE vol.25

ひぃひぃ言いながら、それでも私は書く。《週刊READING LIFE Vol.25「私が書く理由」》


記事:飯田峰空(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「だらだらしないで、もっと簡潔に話しなさい!」
子供の頃、親や先生に何度も言われた言葉だ。私は、人の前で話すことが苦手だ。頭の中で考えがまとまるまでに時間がかかるし、考えながら話すと、「あの」「えっと」と余計な言葉が入る。話したいことはあるのに、他の人の言葉の切れ目を待つうちに、話題が進んでしまってタイミングを逃すこともよくある。その上、声が通りづらく滑舌が悪い。いいところが一つもない。だから「話す」ことは嫌いだ。
 
その反動なのか、興味や熱意は「書く」ことへ集中した。書くことだったら、考えを最大限に伝えられる言葉、順番をじっくり選べるし、声がネックになって伝わらないということがない。そこに光を見出した私は、自作の物語や詩や新聞など、ありとあらゆる物を書く子供になった。次第に、大人に褒められたり、作文コンクールで入選したり、文章が決め手になって進路が決まったり、書くことでの小さな成功体験が少しずつ積み上がっていった。そこに、書道を習っていたから字が綺麗という特技も加わって、「文字を書くことも、文章を書くことも好きで得意」というアイデンティティを持って大きくなった。
 
そして社会人になり、書道家として仕事ができるようになった。好きなことを仕事にできたのだからありがたい、と私は思っている。でも、仕事として書道を求められるようになった途端、プレッシャーに襲われるようにもなった。自分がOKだと思って提出した書が、期待に応えられていなかったら、的外れだったら、がっかりされたらどうしようと思い悩んだ。そして、震えや吐き気を伴いながら、その思いをかき消し打ち砕くように必死に筆を持って書いていた。そうやって不安と高揚を繰り返して、なんとか自分のできることを広げていった。
 
その一方で、文章を書くことは意識的に何もしなかった。それは、子供の時の成功体験を壊したくなかったからだ。
自信を喪失した時やテンションが落ちた時、私はたびたび、その成功体験を記憶の底から引っ張り出し、そっと覗いて、満足してまた蓋を閉じるということをやっていた。文章を書くのが得意だったという記憶は、甘く、都合よく私の心をとろけさせる。その成功体験が壊れてなくならないように、私は何も行動を起こさず、誰にも言わず、そっと心の中にしまっていた。
 
こうして過ごすことに慣れた頃、ある知らせが耳に届いた。

 
 
 

友人が、作家デビューして本を出版した、と。

 
 
 

最初に聞いた時、驚きはしたが、まさかとは思わなかった。
「あの子なら、やるだろうな……」
それが素直な感想だった。
彼女は、小学生の頃、家族ぐるみで仲良くしていた子だ。彼女もまた、書くことに情熱と自信を持って生きていて、よくオリジナルの物語を一緒に作ってぬいぐるみを動かして遊んだりしていた。
 
本を探しにさっそく書店に向かうと、そこには紛れもない、彼女がいた。本の帯に映る彼女が、こっちだよ、と私を呼び、目があうと動悸が走った。その一冊を手に取り、一直線にレジへと向かう。この動揺を誰かに見られているんじゃないかと意味不明なことを考えながら、必死に平静を装っていた。
 
彼女が書いた文章には、一緒に遊んでいた頃の片鱗が感じられた。独特な語り口も考え方も、彼女らしいなと思えるものだった。でも、そこに書かれていた大部分のエピソードは、私の知らないところで人知れず努力と格闘をした彼女の姿だった。
その時、痛切に感じた。彼女は、作家としてこの本を出版するに至るまで、どれだけ失敗や恥ずかしさ、悔しさ、自信喪失を味わってきただろうか。それでも、諦めずに放棄せずにずっと挑戦をし、マイナスを超えて糧にしてこの本が出来上がっているんだ、と。
もちろん、人生なんて人それぞれで、彼女の生き方がそこまで羨ましいとは思わない。私にだって今まで情熱をかけてやってきたことや、生きてきた毎日がある。
でも、同じ年で、かつては同じように遊んでいた二人。「書く」ことについて、私と彼女はどうだっただろう。
私との圧倒的な違いは、行動したこと、それによって得た成功と失敗の量だ。それを感じずにはいられなかった。でも、それをすぐに真正面から受け止める勇気が私にはなかった。だから、それ以来彼女の本や活動は見ないようにしようと決めた。彼女と距離をとれば、私の甘い成功体験も守られる。
私には私の生き方がある、そう思っていた。
 
最初は、彼女の名前を見つけると、テレビやネットを閉じて見ないようにすることで平穏を保っていった。
 
だけど、私の避けたい気持ちに反比例するかのように、彼女はどんどん活躍していった。彼女の姿や文章を目にするたびに、私の心は波立っていった。神出鬼没に現れて、身構えられない状態で、後ろから刺されるように核心を突かれることが何度も続いた。
 

こんなことを思うのはお門違いなのはわかっている。でも、もう限界だった。苦しかった。今まで行動してこなかったことが後悔として残り、その後悔の念に中途半端に火が焚べられてしまっている。不完全燃焼で生まれた一酸化炭素みたいな思いは、目には見えないけれど確実に私を苦しめていた。でも私は、自分が何をしたらいいのかはわからなかった。

 
 

そんな時に、Facebookである記事を見かけたのだ。
『天狼院書店ライティング・ゼミ 受講者募集』の記事を。

 
 

記事を読んだ時、目の前に「書く」という船があるように見えた。私は陸にいて、あと5分後には船が出港してしまう。この船を見送ることもできる。乗ってどうなるかわからない、行き先もわからないけれど、乗ることもできる。
 
「さぁどうする?」
そう言われている気がした。
 
 

結局、私は船に乗った。
乗船早々、あんなに大切にしていた子供の頃の成功体験が、木っ端微塵に吹っ飛んだ。少しの文章を書くだけでもひぃひぃ言いながら書くし、考えていることがちっとも表現できず、自分の力のなさを日々痛感している。でも、あの甘い記憶を手放してしまったことは、どこか爽快で、身軽になったのを感じた。
 
そして、この船にはいろんな人が乗っていることがわかった。そのものズバリ、文章力や表現力に長けていて、新しい世界を創作する人もいる。自分の経験してきたこと、持っている知識を伝えるために、書く技術を磨く人がいる。書くことを学んで、成長したり新しいステージに進みたい人もいる。書くことそのものが、心の拠り所になっている人もいる。目的も行き先もバラバラな人たちが、みんな揃って「悩みながら」書いていた。それは、目的地を目指してスタートをきった人も、すでに作家やライターとして花開いている人もみんな一緒だった。
 
私はこの半年間、『ライティング・ゼミ』『ライターズ倶楽部』で文章を書いてきた。成長しているとはまだ言えないが、書くことを始めて変わったことがある。
まず、視点が変わった。この文章は何文字で書かれているかとか、全体の構成や表現を気にするアンテナを持ったり、面白い視点を求めて今まで関わりのなかった専門分野の記事も読むようになった。
 
そして、意識が変わった。
私はこれまで、子供の頃の成功体験を壊れないように大切にしすぎて、身動きがとれずにいた。
でも本当は、ただ怖かったのだ。本気で挑戦して失敗したら、「ダメだった」という烙印を押されたら、二度と「書く」世界には入ることはできないと思っていた。だから、うまくいくかもしれない理由を自分の心に少しでも残した状態で、「タイミングを待っている」という立ち位置にいたかったのだ。
でもそんな自己防衛は『ライティング・ゼミ』では無用だった。どんどん書いて、不合格がつき、小さなダメがいくつも生まれていくけれど、それは終了の合図ではなかった。辛口のコメントにはもちろん落ち込むけれど、でも振り返って分析して、気付いた先には、また次があった。
それをただひたすら繰り返していくうちに、失敗することが怖くなくなった。
そして、なんでもかんでも自分はダメだと思わなくなった。今までの私は、作家になった彼女に比べて、トライ&エラーが人生全体で足りないことに劣等感をいただいていた。でも、書いて失敗し、また書いて、うまく書けない……を繰り返すうちに、私が書道で今までやってきたことと同じだ、と思えた。全てにおいて足りない、劣っていると肥大させてバツ印をつけるのではなくて、「書く」分野に関してはまだこれからだ、と客観的事実だけを見られるようになれたのは救いだった。
 
あと、少しだけ話すことが楽しくなった自分がいた。書くときと同じように、言葉を練りすぎないで素直に短く話すと、会話の輪の中に入っていける! 会話の基本なのかもしれないけれど、気づいた時は驚きだった。こんな意外な副産物にも恵まれて、最近はいろんな人と話すことがちょっとだけ楽しみになっている。
 
あの時、船に乗って「書くこと」を始めたら自分の中に変化が起こった。その変化がまた書く燃料になって、船を動かし、進んだ先でまた違う風景を見せてくれて、そこでまた何かを感じるのだろう。それを繰り返した先がどこにつながっているかを、私は今、知りたくてたまらない。
だから私は書く。今日も明日もひぃひぃ言いながら。

 
 

❏ライタープロフィール
飯田峰空(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
神奈川県生まれ、東京都在住。
大学卒業後、出版社・スポーツメーカーに勤務。その後、26年続けている書道で独立。書道家として、商品ロゴ、広告・テレビの番組タイトルなどを手がけている。文字に命とストーリーを吹き込んで届けるのがテーマ。魅力的な文章を書きたくて、天狼院書店ライティング・ゼミに参加。2020年東京オリンピックに、書道家・作家として関わるのが目標。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2019-03-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.25

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