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週刊READING LIFE vol.25

書く理由なんて、ない。《週刊READING LIFE Vol.25「私が書く理由」》


記事:松下広美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「コスプレみたいですね」

会社帰りに天狼院書店に寄ったときのこと。
久しぶりに会った川代さんに、そう言われた。
コスプレと言われた私の服装は、白シャツにジャケット。ごく普通のサラリーマンといった格好だった。
普通に見れば、会社帰りなのだから当たり前の格好だ。けれど言われた私は、「あ、そういうことだったんだ」と、妙に納得した。それは解けなかったなぞなぞの答えを教えてもらったときのような感覚だった。

 

社会人になって、17年が経とうとしている。
その17年間、私が身にまとっていたのは、白衣という戦闘服だった。
白衣は色だけ見れば白いけれど、ホワイトカラーと呼ばれる人たちとは程遠いところで仕事をしていた。あくまで白衣は作業服のような立ち位置だった。会社では白衣を着る生活だったけれど、全身着替えていたので通勤は適当な服だった。車通勤だったということもあり、冬はジーパンにヒートテックでパーカーを羽織る。夏はヒートテックがTシャツに変わる程度。適当というよりは、いいかげんな服装だったかもしれない。

 

それが、名古屋から東京へという急な異動で、ジャケットを着るような生活に変わった。

 

2着しか持っていないスーツは、ここ数年で大きくなった体にしっくりこなかった。いや、もともと着る機会がほとんどなかったスーツだから、着るときはいつも違和感があった。
とりあえず……と、今のサイズで買い足したジャケットも、いまいち馴染まない。

 

本当は、白衣を着る戦士ではなく、キャリアウーマンに憧れていた。
いつか白衣を脱ぎ捨てて、スーツを着こなしてヒールを鳴らしながら、オフィス街を颯爽と歩いてみたいと思っていた。

 

異動で憧れに近づいた……はずだった。
でも、現実になると違っていた。

 

初日に、パンプスを履いて会社に行ったけれど、すぐに足が痛くなり断念した。許されるかどうかは別として、次の日からはスニーカーで過ごしている。
毎日の通勤も、だ。名古屋での車通勤は、渋滞でイライラすることはあっても、車というひとりの空間で過ごせる。東京の通勤電車はそうはいかない。覚悟はしていたが、想像とは違う。電車の中では思わぬ方向に押され、電車を降りても人の波に乗れないと、うまく動けない。改札でも止まらないように抜けられるか、ドキドキしながら通過をする。
そもそも、通勤先へは都心とは逆方向の電車に乗っていく。
丸の内のようなオフィス街を颯爽と歩くなんて、ほど遠い。

 

憧れとのギャップは数えれば数えるほど、きりがない。
このギャップは埋めることができるのだろうか……。

 

「そのうち慣れますよ」
コスプレだと言われた後の、フォローのような言葉に
「そうだね」
と、返すしかなかった。

 

「あー今週も書けなかった」
「書くネタがない!」

 

2年ほど前から「書く」ことの勉強を始めた。
何回「書けない」とつぶやいたことだろう。
毎週やってくる提出日に、いつもネタに困っている日々。
書ける人をうらやましく思い、嫉妬さえ覚えていた。

 

事あるごとに「書く理由」を探していた。
その度にいろいろ理由は見つかった。

 

書けないから、書く。
「それなり」で終わりたくないから、書く。
サルみたいに反省ばかりしたくないから、書く。
日常のキラキラしたものを切り取りたいから、書く。

 

書けないことを反省して、それでも書く。
なぜだろうと考えた。
書けるようになった姿と、書けない現実の姿とを比べて、情けなく思ったことも少なくない。

 

それでも書いてきた理由は……。

 

「あなたが書く理由は、なんですか?」
今、私が問われたら、こう答える。
「書く理由なんて、ないです」
と。

 

書く理由を探し続けているうちに、書くことは私の一部として馴染んでいる。
思ったことや考えていることを、話すことよりも書くことの方がしっくりくる。雨が降っているときでも、この情景をどう書けば伝えられるか考えている。満員電車に乗っているときでも、目の前の人を見て勝手に物語を作り上げる。
いつのまにか書くことは私自身よりも、私に寄り添っていた。

 

だから書くための理由なんて、もう探す必要がないんだ。

 

白衣だって、初めて着たときには動きにくくて仕方がなかったのに、いつの間にか私の一部になっていた。
書くことだって、書き続けるうちに書く理由を探すこともなくなった。
ジャケットを着ることだって、満員電車で通勤することだって、そのうちに私のものになるはずだ。

 

コスプレだなんて、もう言わせない。

 
 

❏ライタープロフィール
松下広美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1979年、名古屋生まれ。名古屋で長年過ごしていたが、異動を機に上京。
会社員として働く傍ら、天狼院書店のライティング・ゼミを受講したことをきっかけにライターを目指す。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2019-03-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.25

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