週刊READING LIFE vol.251

アイツの相棒が、私のポケットに居た! 何故だ!?《週刊READING LIFE Vol.251 夜ふかしの相棒》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/2/26/公開
記事:山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
 
 
夜が更けた時だけに限定は出来ないが、スマホは今や、相棒を通り越した同士と言っていい存在だ。
スマホが無い生活等、想像出来ない程だ。何しろ、生活全般で使っているのだから。
 
それでも、スマホの使用頻度は、夜の方が高い気がする。
よく、テレビの健康番組で、
 
『夜寝る前30分は、スマホを手にすることを避けましょう』
 
等と、呼び掛けている。
何でも、安眠の為に夜間のスマホは避けた方が良いそうだ。
 
こう、教えられるのは、夜間の使用頻度(スマホの)が、昼間に比べて高い証拠でもある。
 
かくいう私も、いい歳をして寝る直前迄、スマホを手にしてしまう。正確には、ほぼ連日、スマホを手に寝落ちしている。
何故、ベッド迄スマホを持ち込んでしまうのか。
これは、スマホの使用が楽しいからに他ならない。また、タイパを考える上でも、眠りに落ちる直前まで、検索したりSNSをチェックしたり、観ようと思っていた動画を視聴したくなるものだ。
その方が、無駄な時間を使わずに済むからだ。
 
もし、相棒であるスマホを手に出来なかったら、どれだけ不安に為ることだろう。
例えば、スマホを忘れて出掛けて仕舞った場合等、連絡や決済に支障を来たす。決定的な瞬間でも、写真に残すことが出来なくなる。
それより何より、不安で不安で、押し潰されそうに為って仕舞うことだろう。
 
 
先日のこと、大事な相棒であるスマホを、他人に持ち帰られた物が居た。
私ではない。私の中・高時代からの友人Kだ。
中学・高校を、一貫校の男子校で過ごした私には、その時代から半世紀に亘って付き合いがある友人が数多く居る。
Kもその一人だ。
 
Kは、大手自動車会社でエンジン設計をしていたエンジニアだ。
既に退職し、悠々自適の生活を送っている。最近では、趣味の写真を生き甲斐にしている様だ。
Kのカメラの腕前は、C社のサポートを受ける程だ。いわば、職業にはしていないものの、腕前だけはプロ級のハイアマチュアといったところだ。
そんな、進路も趣味も別々な私達だが、いつまでも話が尽きないのは、同級生の良いところだ。
 
最近Kは、自分の写真(鉄道や花が多くの対象物)に対する私の感想が気に入ったらしく、やたらと喜んでくれたりする。
 
ギャラリーで開かれたKの鉄道写真展覧会で、私が何気に発した、
 
「お前(K)の写真って、写っている列車に“行き(往路)”と“帰り(復路)”が有るよなぁ」
 
と、言った感想が大層気に入ったそうだ。
私は特段恰好付けて述べた訳では無い。ただ、人一倍観ている映画の場面を、何となく重ねただけなのだが。
 
 
今月の始め、私はKを含めた友人達に呼び出された。場所は、東京の板橋区に在る大山商店街を、一角入った所で営業している個人経営の居酒屋だ。
 
私は生来の下戸なのだが、よく吞み会に呼び出される。
理由は簡単だ。
私が来れば、どんなに呑んで酔い潰れ様とも、無事に会計を済ませてくれるし、時には自宅まで送って貰えるからだ。
 
私はというと、こうした損な役回りと為る呑み会に、むしろ喜んで参加している。
何故なら、一滴も呑めない代わりに、居酒屋の肴(さかな)、特に魚介類に目が無いからだ。
自分一人で、呑み屋に行くことは、天地が引っ繰り返っても有り得ないことだ。なので、旨い肴に有り付けるのは、こうして呑み会に誘われた時に限られるからだ。
私はそのことを自覚していて、
 
『誘って貰えるだけ有難いものだ』
 
と、達観の域で見ている感じだ。
その代わりと言っては何だが、徐々に酔いが回ってくる連中を、注意して見ている。
 
男という生物は何故か、同級生と呑み始めると決まって学生時代に戻るものだ。
吞み助共のピッチも、だんだんと学生時代に近付いたりする。還暦を過ぎた今でも。
毎回の呑み会や同級会に於いて、一人素面(しらふ)で居る私にはよく解るのだが、人間誰でも歳を喰うとアルコールに弱くなる。問題なのは、酔っている当人達に、その自覚が無いことだ。
気分だけ学生時代に戻った還暦は、全盛期の半分手前で完全に出来上がる。しかし、自覚のない還暦呑み助は、学生時代と同じ様にに呑み続ける。
その結果として、素面な私の目の前で酔い潰れる。その手前で踏みとどまった者も、次の日には二日酔いで苦しむことに為る。
 
私は一人、その様子を記憶に残しながら、
 
『こいつ等も、弱く為ったものだなぁ』
 
と、妙な関心をしたりするのだ。
 
 
午後6時に始まったその日の呑み会は、普段より話が弾み、気が付くと時計の針は午後11時に近付いていた。
 
「オイ、俺は明日、朝から仕事なんだ。悪いけど、今日は送っていけない。だからそろそろ、御開きにしようや」
 
と、私は友人達に声を掛けた。
気分は学生でも、身体が付いてこなく為った還暦達は、意外と素直に聞き入れた。
各自帰り支度を始めたので、私は会計を済ませた。
皆から割り前を受け取ると、私も身支度をして寒い外に出た。
 
友人達は駅方面へ、私は車を停め置いた場所へ。
分岐点に来ると、私は、
 
「じゃ、またな。今日は、誘ってくれて有難う。送って行けないから、気を付けて帰れよ」
 
と、手を振った。
 
そこ迄は順調だった。そこ迄は楽しかった。
 
 
私は、小一時間で自宅駐車場に車を戻した。
後ろの座席に置いていた、上着とコートに袖を通した。
何となく、いつもより上着が重い気がしていた。
 
自宅に入り、手を洗っている時に、上着の内ポケットから、聞き慣れないスマホの着信音が鳴った。
私は慌てて手を拭くと、内ポケットに突っ込んだ。引き出してみると、私のiPhoneとほぼ同じ大きさのスマホだった。
そのスマホは、私の物ではない。ある訳無い。何故なら私は常々、運転中はスマホをケーブルに繋ぎ、充電しているからだ。
その日も、車のエンジンを切りケーブルを外した自分のスマホを、コートのポケットに入れていたのだ。
 
上着のポケットに入っていたスマホを手に、私は暫く、どうしたものかと考え込んだ。正確には、どうしていいか解らずオロオロしていた。
だいたい、このスマホが誰の物かすら解らなかった。
 
しかし、このスマホが誰の物かは直ぐに解った。Kの物だ。
何故なら、待ち受け画面が、KがLINEのアイコンに使っている愛犬だったからだ。
 
所有者が解かり、ホッとしたいところだったが、私は自責の念に駆られた。
唯一まともで居なければ為らない下戸の私が、有り得ない凡ミスを犯したからだ。それに、
 
『自宅迄、Kを送り届けていたなら、こんなことに為らなかったのに』
 
とも思ってみた。
 
けれど、何を思ってみたところで、事態は改善されなかった。
Kの相棒は今、私の手元に在るのだ。
私は次に、どうやってKにこの相棒を返そうか考えた。
自宅を知っていたので、届ければ済むところだが、既に日付が変わった深夜だ。
就寝中の奥様を起こしでもしたら、迷惑千万な話だ。
 
その前に、相棒のスマホの行方が解らず、Kは相当心配なことだろう。
何とか連絡だけでもして安心させてやりたいが、その術(すべ)が私にはなかった。何しろ、最近の連絡(Kとの)は、主にLINEだったからだ。スマホの電話番号は、私のiPhoneに登録されていたが、自宅の固定電話は知らなかった。
 
私は、蜘蛛の糸を引き寄せる思いで、一緒だった別の友人にラインを入れてみた。
 
『誤って、Kのスマホを持ち帰ってしまった。連絡したいので、固定電話の番号を知らないか?』
 
酔っ払った者が、LINEに気が付く訳が無かった。いつまで経っても、既読に為らなかった。
もう一人の友人にも、同じLINEをしてみた。
今度は直ぐに、既読が付いた。しかし、次の瞬間、
 
『わかんなーい』
 
と、ふざけたスタンプが返ってきた。
私は途方に暮れた。
 
 
そんな私の手元に在るKの相棒が、何度か着信した。
Kの奥様からだ。他人のスマホを覗くのは、失礼とは知りつつ私は、画面に表示されるラインのサブジェクトに鼓動を高めていた。
何しろその文面が、
 
『まだ帰らないの』
 
が、
 
『いつ帰るの』
 
に、変わった。
間違いなく、奥様は怒っている。正確には心配している。
無理も無いことだ。酔っていると思われる還暦過ぎた夫が、12時過ぎても帰ってこないのだから。
 
私は、ドキドキしながらもどうすることも出来なかった。
Kのスマホはアンドロイドで、指紋認証しないと開かないからだ。
私は、何も出来ずにKの相棒を手にソワソワしていた。
何もしないよりはマシだと思い、自宅のPCからKにFacebookメッセンジャーで連絡を試みた。LINEは、PCで見ることは無いだろうと考えたからだ。
しかしその前に、Kはまだ、自宅に戻っていないのだ。
 
その後奥様からのLINEは、
 
『まだなの!』
 
に、変わり、遂には、
 
『一度電話しなさい!』
 
と、変化した。
これはヤバい。完全にヤバい。
私は自分に置き換えて、ハラハラし始めた。
 
それにもう一つ、Kのスマホに表示される電池残量が半分を切った。
私には、アンドロイドであるKの相棒を充電することが出来なかったのだ。
 
 
万策尽きた私は、翌日の用意を始めた。
自分の相棒(iPhone)に、翌日の行き先を入力し始めた。
本当にスマホは便利だと思っていた。
 
突然、Kのスマホが鳴り始めた。これ迄とは違う着信音だ。
待ち受けを見ると、Kの奥様のスマホからの着信(電話)だった。
暫く止まらなかったので、着信ボタンを押してみた。LINEには返信出来なかったが、電話は取ることが出来た。
私は恐る恐る、
 
「もしもし」
 
と、話した。
Kは、無言だった。
私は気付き、
 
「あっ、俺、山田。山田」
 
続けて、
 
「ごめん、ごめん。間違って、俺が持ち帰っちまった」
 
と、言った。Kは、安心した声で、
 
「良かった。良かった。安心した」
 
と、安堵した様だった。
私は、翌日仕事が済んだらすぐに届ける旨を告げた。電池が切れる恐れがあることも、付け加えた。
自分の相棒が安全だったと知り、Kは急に酔いが戻ったような声で、
 
「あ、大丈夫だ。ゆっくりで構わない。じゃ、お休み」
 
と、電話を切った。
私は、夜の相棒無しに今晩を過ごすことに為ったKを案じ、本当に申し訳ないと思った。
 
 
翌日の昼過ぎ、私は無事にKの相棒を当人に返却した。
 
Kの表情は、見覚えのある学生時代の様だった。
 
 
今回の教訓。
 
下戸は呑み助以上に注意を払い、素面に徹すること。
 
そして、間違っても他人の相棒を持ち帰らないこと。
 
 
そうしないと、他人の奥様を怒らせることの為るので。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion

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2024-02-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.251

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