週刊READING LIFE vol.253

高校時代に一番印象に残った授業はなんですか?〜創造の愉しみに触れた思い出の授業〜《週刊READING LIFE Vol.253 カラフル》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/3/11/公開
記事:Kana(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「すごくダイナミックですね、意外と激しい感情の持ち主なのかな?」
冊子をめくりながら、先生はそう言った。
実はそれを作ったのは、私なのだ。
 
綺麗な布で包まれている、その冊子。
開くと、色とりどりの絵の具が視界に溢れ出す。
古い校舎の木の香りと画材のツンとした香りが深く混ざり合って区別できない、独特の「美術室の香り」が鼻先にふと蘇る。
私が高校生の時、美術の授業の抽象画の課題で制作したものだ。
 
 
美術の授業は、高校時代の中でも強く印象に残っている。
進学校の普通科だったのもあり、芸術系の科目に与えられたコマ数は少なく、美術、音楽、書道から選ぶという仕組みだった。
そうして美術を選んだ生徒に課される課題は、切り絵や紙で作る立体作品など、それなりの細かな作業性と創造性を要求するものが多かった。
 
美術の担当教師である高木先生は、目力が強いダンディなナイスミドルの男性。
芸術科目だからもっとゆるくやっても良さそうなものなのに、制作のコツや評価基準を非常に理路整然と説明してくれた。
「美術の先生ぽくないな」というのが、高木先生の印象であった。
ぼんやりして無気力で緩いという、私の美術教師に持つイメージと真逆だったから。
 
中学校の美術教師は、適当にデッサンや自画像を描く課題を生徒に与えて、自分は教卓でのんびり読書をしていた。
「どうせ美術の授業なんて真面目に受ける生徒いないでしょ。授業中に暴れないで、課題を提出しさえすればいいよ」と思っていそうな感じ。
 
そして、デッサンは私にとって大きな苦痛であった。
描いても描いても、目の前の対象とは程遠い。
対象という絶対的な正解がすぐそこにあるから、上手い下手が顕著にわかってしまう。
美術の授業は、絵が上手いか下手かを露わにする場所、としか思っていなかった。
 
一方で高木先生は、こういった「ただ漫然と、対象を描く」ことをほとんどさせなかった。
例えば、教科書に載っている絵画の模写でも、「複数のモチーフを組み合わせて独創的な絵を描く」ように指示された。
こうなると、絵の上手い下手ではなく、デザインや組み合わせのセンスがものを言う。
 
出来上がった絵を見せ合うと、みんな選んだモチーフは異なっていたし、それらの配置も全然違っていた。
何かをメインに持ってきて、パッと目を引くようなメリハリをつける子。
似た形状のモチーフを繰り返し配置して、うまく模様のようにしている子。
 
「あ、面白い」
私の中で、一気に美術の授業に対する感度が上がるのを感じた。
 
 
高校2年生の秋、新しい美術の課題として課されたのは抽象画だった。
「うわ、苦手。」と思った。
中学の時も抽象画を描く課題があったが、何を描いていいかわからず戸惑った。
それっぽく図形を重ねてみたりしても、何が表現したいのか自分自身でも全然わからない。なんとか課題を提出したものの、中学生の私に抽象画の良さはさっぱりわからなかった。
 
抽象画と聞いてひるんだ私たちに、高木先生はいろいろな表現方法を教えてくれた。
定規を使って絵の具を擦りつけると、筆には出せない独特の力強さと華やかさが出た。
筆や歯ブラシにたっぷり絵の具をつけて、紙に向かって思いきり弾くと、飛沫のような躍動感が出た。
ティッシュに絵の具をつけて、ポンポンと紙を叩くと優しくふんわり色づいたし、ストローで絵の具を吹き流すと面白い動きが出た。
さらに絵の具の上に、ボールペンも使ってぐるぐる巻く線を描いたり、点線をランダムに重ねたりすると、そこには摩訶不思議な世界が広がっていた。
 
何か表現しなきゃと思わなくても、ただひたすら、自由な方法で紙に画材をのせて行けばいい。
先生の手元を見ているうちに、「私にもできそう、やってみたい」と自然に思えるようになった。
 
ツルツルしたケント紙を糸で綴って作った冊子を開く。
真っ白なページに、色とりどりのアクリルガッシュを思うままのせていく。
あるページには、定規で紫いろの絵の具を大胆に擦った。
別のページには、空色、コバルトブルー、群青色など、あらゆる青を滲ませてみた。
はたまた別のページには、心電図みたいなギザギザをボールペンでたくさん描いてみた。
 
隣を見ると、いつもはかったるそうに美術の授業を受けている同級生が、セーラー服を守るために体操着を重ねて、絵の具を楽しそうに跳ね飛ばしている。
そこには、「こうしなきゃ」が一切なかった。
8枚のページはみるみるうちに埋まった。
 
「自分の作品に題名をつけてください」と、高木先生は言った。
「題名か……」と、改めて自分の絵を見てみる。
定規で絵の具を丸く擦り付けた絵は、力強い火の玉に見えた。
黒を背景にたくさんの絵の具を吹き流した絵は、暗闇に光が跳ね散らかるようだった。
「宇宙みたいだな」
そう思って、タイトルは超新星を意味するSuper Novaにした。
 
こうして無事に、抽象画の課題を提出した。
高木先生は、集まったみんなの課題をパラパラめくりながら、こう言った。
「みんなの課題をみるの、本当に楽しいんだよね。意外性があって。
やんちゃな男の子がすごく繊細な優しい作品を作っていたりするし……」
 
そうして私の作品をパラパラとめくり、
「すごくダイナミックですね、意外と激しい感情の持ち主なのかな?」と言った。
そう。私自身、こんなに力づよい作品を作るとは予想だにしていなかった。
ただ夢中で手を動かしただけだった。
意図せず紙の上であらわになった、自分の中に密かに息づく強い情熱と初めて対峙した。
普段自分が意識している部分なんて氷山の一角で、私自身気づいていない無意識の世界に創造性が眠っているのかもしれない。
そう思うとなんだかワクワクした。
 
解決しない部活の仲間のいざこざ、治らないニキビに、上がらないテストの点数、わからない好きな人の気持ち……
いろんなことに心を悩ませる青春の日々だったが、抽象画の課題を描いたあとは、妙に心がスッキリしてしていた。
「普段自分が頭の中に抱えて悩んでいることなんて、自分の心のごくごく一部でしかない。」という思いが、心を軽くした。
このスッキリ感に病みつきになった私は、今でもたまにモヤモヤが心にたまると無心に紙に絵の具をのせてみる時がある。
 
 
スッキリ感以外にも、抽象画を気に入っている理由として「見る人によって解釈が異なる」ということがある。
例えば私の冊子の中に、グレーの絵の具の上に、紺と紫のボールペンで描いた幾何学模様を重ねた絵がある。
これを見て、なんだか寂しい感じがするという人もいるし、都会のビル群みたいという人もいた。
また、別のページに七色のランダムなドットを重ねた画がある。
これに対しては、暖かくて陽気という人もいれば、公園の遊具みたいという人もいた。
同じ絵でも、感情で感じ取る人もいれば、具体的な形状でイメージを持つ人もいる。
この多様性が面白いのだ。
 
さらに、私のこの嗜好は絵だけにとどまらない、と感じている。
文学の好みで言えば、具体的に描写して伏線が散りばめられているようなミステリー小説よりも、抽象度が高く解釈が難しいようなふんわりした心象を描く小説が好きだ。
一番好きなのは、よしもとばななさんの「アムリタ」という小説で、よく読み返している。
不思議なことに、読み返すたびに心に残る箇所が変わる。
これは、と思うセリフに貼った付箋は、気づけば本のあちこちに移ろっていた。
 
少し気難しくなっているとき、将来が不安な気持ちになっているとき、毎日が充実しているとき。
自分の「モード」によって感受性は刻一刻と変わる。
だから、同じ芸術に触れたとしてもその時々で感じ取り方が変わるのだろう。
見えないはずの受け手の心を反映して、気づきを与えるような芸術はまるで魔法の鏡だ。
 
そうして社会人になり、ライティングを始めて自分の文章を書くようになった。
「心や情景を多彩に描写して、読む人に感じとる余地を残したい。」
気づけば、こういうスタンスで文章を書くようになっていた。
今まで好んできた芸術の中に息づいている「魔法の鏡」の要素を、無意識に大切にしている自分がそこにいた。
 
「人は、環境や周りとの相互作用によって刻一刻と変化する」
「真実は、受け取る人の数ほどある」
私は自分の考えの中でも価値観にかなり近い、奥深くでそう思っている。
芸術の受け手だけではなく創り手になったことで、大切にしている価値観に気づくことができた。
 
創造することの愉しみを初めて感じ、大切な気づきを得る発端になったのは、紛れもなくあの高校の頃の抽象画の授業である。
今でも、自分に自信がなくなったときや不安なときに、高校の時に作った冊子を開いては見返している。
ページをめくると溢れ出す創造性は、私の宝物だ。
富も名誉も何にもない空っぽの私だけど、これだけ持っていれば人生は怖くない。
 
真っ白な未来に私の心は、いったい何を描いていくのだろうか?
それはこれからのお楽しみだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
Kana(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

愛知県生まれ。滋賀県在住。 2023年6月開講のライティングゼミ、同年10月開講のライターズ倶楽部に参加。 食べることと、読書が大好き。 料理をするときは、レシピの配合を条件検討してアレンジするのが好きな理系女子。 好きな作家は、江國香織、よしもとばなな、川上弘美、川上未映子。

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2024-03-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.253

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