週刊READING LIFE vol.257

痛みに耐えて、よく頑張った!《週刊READING LIFE Vol.257 忘れない》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/4/9/公開
記事:青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズX)
 
 
「えっ! 一度に4本も注射打つの!」と、私は声を上げてしまった。生後2ヶ月を迎えた娘が、受けるべき予防接種の内容を、妻から教えてもらった時に。赤ちゃんが、この頃に摂取するワクチンは、経口で1種類、注射で4種類もあった。
 
「You Tubeで、生後2ヶ月の赤ちゃんが、4本もの注射を打たれる動画を見たら、涙が出てきたの……」と妻が言う。この時、私は娘の予防接種への同席を決めた。そして、それは一生忘れることのできない出来事となった。
 
予防接種当日、われわれ夫婦の心情を示すかのような大雨だった。小児科クリニックへ向かう、私たち夫婦の足取りは、重たかった。できることなら、この日の注射を、無期延期にしてもらいたかった。
 
予約時間通り14時にクリニックへ到着した。入り口の扉を開けると、医療機関特有の消毒薬の臭いが、私たち三人を出迎えた。「さっさと注射を打ってもらい、さっさと帰ろう」と思ったが、そうスムーズに事は運ばなかった。
 
受付で名前を告げると、一枚の問診票と、ワクチンと同じ数だけの同意書を渡された。計6枚の書類を、妻が受け取り、一枚一枚、目を通し始めた。彼女が一つひとつの質問を確認し、必要な箇所にチェックを入れ、署名を書いてくれた。
 
その間、私は娘を抱っこしながら待合室の椅子に腰を掛けていた。自分の記憶に残っている、最も古い注射のエピソードを思い出しながら。
 
それは、4歳の時だった。体調を崩し、保育園を休んで、病院へ行った。てっきり、飲み薬をもらって診察が終わると思ったら、注射を打つことになった。注射が嫌で「ギャーギャー」と泣き叫んだ。母親と看護師に、両手両足を押さえつけられて、注射を打たれた。
 
当時の私は、注射というものは、思ったほど痛くないことを知っていた。むしろ、押さえつけられている手と足の方が痛かった。注射を打つ前に泣き叫んでおけば、母が優しくしてくれる。打った後、痛みに耐えたフリをし、イイ子にしていれば、病院の売店で、ご褒美としてオモチャを買ってもらえる。そんなことを考える打算的な幼稚園児だった。
 
昔話を思い出していると、妻が全ての書類に記入し、私と娘の隣に座った。時計の針は14時10分を指していた。「そろそろ、診察室に呼ばれるはずだ!」と思っていたが、なかなか呼ばれない。診察室の中に1名、診察室の前にもう1名の患者さんがいた。
 
「14時に予約したのだから、書類に記入し終えたら、すぐに診察室へ案内してくれればいいのに!」と、待たされ続けた私は、だんだんイライラしてきた。私の職業は製薬会社の営業、MRである。仕事柄、医師が面談時刻に遅れて、待たされることなど、日常茶飯事だ。
しかし、この日は違った。10分待たされただけで、怒りが沸点まで達しそうになる。娘に4本の注射が襲いかかる、という恐怖が私の心を乱しているのだろうか。
 
そのような怖い顔をしている私の前に、一人の男の子が現れた。診察室の前で待っていた1歳くらいの患者さんだ。診察室の前から、廊下を歩いて、受付近くの待合室まで戻ってきた。愛想の良い子で、私たちに笑顔を見せ、手を振っている。
 
すぐにお母さんが来て、診察室の前まで連れ戻す。そのやり取りが、2度、3度繰り返される。私は、無邪気な男の子の姿を見ているうちに、いつの間にかイライラが消えていた。
 
この男の子が診察室の中に呼ばれ、同時に私たち三人は診察室の前まで移動した。暫くして、男の子の泣き出す声が聞こえた。「やっぱり注射って、痛いのかな……」と言い、私は妻と目を合わせた。
 
あんなに明るくて元気だった男の子が、注射を打たれて、泣き叫んでいる。娘はもっと大きな声で、泣くのではないだろうか。そのような不安が私と妻を襲ってくる。泣いていた男の子は、お母さんに抱きかかえられながら、診察室から出てきた。そこに、あの無邪気な笑顔は、存在しなかった。
 
時計の針は14時30分を指している。いよいよ娘の順番がやってきた。小児科医が自己紹介をしながら、娘の身体に聴診器を当てる。聴診や触診が一通り終わると、次は予防接種だ。最初のワクチンは口から飲ませるタイプのものだった。娘はミルクを飲むかのように、このワクチンを美味しそうに飲み干した。
 
さあ、ここから4本の注射が始まる。と思いきや「注射は腕に打ちますか? それともお尻に打ちますか?」という質問を、ドクターが投げかけてくる。「そんなのどちらでもいいから、早く注射を打ってくれ!」と言いそうになるのをグッとこらえた。そして「腕にしてください」と深く考えず、私は答えた。
 
妻に抱っこされた娘は、左腕を医師に差し出す。娘の視線の先には、心配そうな顔をしている私がいる。先生は慣れた手つきで、1本目の注射を娘に打った。
 
「注射針って、あんなに長くて、あんなに深いところまで突き刺すんだ!」と、私は注射を打たれている娘のことを、じっくり観察した。娘は表情を変えない。泣く様子もない。
 
「我慢強い子ですね。でも、2本目は泣き出しますよ」と医師は意地悪そうに言った。2本目のワクチンには、痛みを感じる成分が多く入っている、とのこと。
 
2本目を打たれている途中に、娘は「ギャーッ!」と泣き出した。やはり先生の説明通り、痛い成分が身体の中に入ったのだろう。このまま泣き続けて、手足をバタバタすると、3本目、4本目は打てないかもしれない。そんな心配をしていると、娘はすぐに泣き止んだ。
 
「この子は、痛みに強い子ですよ!」と、医師は嬉しそうに言った。そして、娘の右腕に3本目、4本目と続けてワクチンを打った。4本目にも、痛みを感じる成分が多く入っていた。しかし、娘は今回も「ギャーッ!」と1回大きな声を出しただけで、すぐに泣き止んだ。そして、診察室を出る頃には、スヤスヤと寝息を立てていた。
 
「娘が騒ぎ出したらどうしよう……」という夫婦の心配事は杞憂に終わった。受付で新しく発行してもらった診察券を受け取り、三人で帰宅の途に着いた。その足取りは、行きとは異なり、非常に軽かった。では、娘が泣き叫ばなかったことは、本当に良い事だったのだろうか?
 
私は、良い事とは思えなかった。むしろ、大きな泣き声を出して、泣いてくれた方が良かったのでは、と思うようになった。
 
赤ちゃんは親の心情を敏感に察する、と言われている。抱っこされている時に、親の心臓の鼓動から、親の機嫌を読み取ることができるそうだ。例えば「早くミルクを飲んでくれないかな……」と親が焦っていると、その焦りが赤ちゃんにも伝染し、ミルクを上手に飲めなくなる。
 
また、眼もだんだん見えるようになり、親の顔の表情から、親の機嫌を読み取ることができるようになってくる、とも言われている。確かに、私たちが笑っている時、娘の機嫌も凄く良くなり、私たちに笑顔を振り撒いてくれる。
 
この赤ちゃんの特性を、今回の娘に当てはめてみる。「注射を打たれて、大きな声で泣かれたら、親である私たちが困る……」という、私と妻の不安を、娘は察したのではないだろうか。抱っこしている妻の心音を聞き、不安そうな顔をしている私の表情を見て、娘は私たちに気を遣った。そのため、診療所では、泣きたくても、泣けなかったのだ。実際、帰宅後の娘は、医院に居る時とは別人のように、大きな声で泣き続けていた。
 
それ程までに、娘に我慢をさせてしまったのだ。私と妻に「泣きたかったら、思いっきり泣いて良いよ!」という度量があれば、娘は予防接種の途中で、大きな声を出して、泣いていたであろう。私は、娘に無言のプレッシャーを、かけてしまったことを、反省している。
 
私は、育児以外でも、このような無言の圧力を、よくかけていたことに気づいた。特に職場で。「自由闊達に意見を交換しましょう!」と場を設けたにもかかわらず、「余計な事を言うなよ!」と怖い顔をしてしまい、後輩たちを委縮させていた。
 
赤ちゃん以上に大人は、顔色を敏感に伺うことができる。そのため、後輩たちは、私に怒られない程度の、自由闊達から程遠い意見を出してくる。そして、何の成果も出ないまま、ミーティングを終えていた。私が主催する会議は、その繰り返しだった。
 
私たちは「空気を読め!」と育てられてきた。そのため、赤ちゃんの時以上に、その場の雰囲気を読み取る力が身についた。一方で、「自分が、どのような空気を出しているのか?」を、確認しないまま、大人になってしまった。
 
私は、診療所では娘に「泣くなよ!」、職場では後輩に「余計な事を言うなよ!」という空気を出していた。そのことを、痛みに耐えて、泣かずに頑張った娘に、教えてもらった。
 
私の短所に気づかせてくれた、予防接種での娘の振る舞い。私は、一生この日を忘れない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青山 一樹(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

三重県生まれ東京都在住
大学を卒業して20年以上、医療業界に従事する
2023年4月人生を変えるライティングゼミ受講
2023年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
タロット占いで「最も向いている職業は作家」と鑑定され、その気になる
47歳で第一子の父親になり、男性育児記を広めるべく、ライティングスキルを磨き中

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2024-04-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.257

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