週刊READING LIFE vol.258

美しい仕事をする努力は高校球児の中にあった《週刊READING LIFE Vol.258 美しい仕事》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2024/4/22/公開
記事:尾崎コスモス「(READINGLIFE編集部ライティングX)
 
 
効率よく、手際良く仕事をする。
本来、費用対効果を考えたときには、効果的に利益を生み出す仕事の仕方が求められることが多いように思う。
実際に、私のキャリアの大半は、寿司屋で職人として修行をした日々だったのだが、その仕事というものも、やはり効率が重要視されていた。
一人前に仕事ができない人間には、仕事の改善点なども提案することも許されない。
「仕事もできないくせに、文句だけは一丁前に言ってくる」
仕事ができない人間に対して、世間の目や会社の対応は冷たい。
仕事ができないだけで、“提案”ではなく、“文句”と言われるのだ。
このように、“一人前に仕事ができる人”というのは、“会社に利益を生んでいる人”と言い換えることができる。
会社に利益を生む人というのは、段取りを組むことが本当にうまい。
「段取り八分」とは良く言ったもので、段取りさえしっかりしていれば、イレギュラーにも対応できる。トラブルシューティングというのだろうか、あらゆる局面にも対応できるのだ。
このように、段取りよく、効率よく仕事ができる人を私は尊敬する。
段取りや効率が良い仕事というのは、「仕事が早い」と言えると思う。
料理を作る時には、段取りよく進めなくては、美味しい料理はできない。
例えば、カレーを作る際には、鍋で牛肉を炒めてから、野菜を加えて、水を注ぎ、加熱して煮込んでからカレールウを入れる。
その時に、炒め終わってから、野菜を切っていては、せっかく炒めた牛肉が美味しく無くなる。牛肉を炒め終わった時には、野菜はカットして準備万端にしておきたいものである。
効率を求めると、結果的に仕事が早くなる。だからこそ、仕事ができる料理人というのは、手早く美味しい料理ができるのだ。効率的に、手早くないと、美味しくないのだ。
「料理は、いかなる仕事よりも頭を使う」と表現されることもうなずける。
料理人も寿司職人も同じように、このような事例も多く存在する。そのため私も、効率化というものを追求した時期があったことは確かである。
しかし私は一方で、ほとんど努力なしに、他人から評価されていた仕事があった。
それが、“盛り付け”である。
私が『美しい仕事』に興味を持ったのは、職人としてのキャリアが中盤に差し掛かった頃だった。
それまでは、効率重視だった私は、丁寧に仕事をするということには、それほど比重を置いていなかった。
そんな時に、「盛り付けにセンスがある」と言われたことだけで、私の仕事に対する考え方は一変するのだ。
面白いもので、どんなものでも褒められると「もっと褒められたい」と思うようになる。仕事なら、「この仕事を追求したい」と考えるようになるものだ。
それからは、美術館に行ったり、博物館に行くようになった。
“感性”というものを磨いていこうと考えたのだ。
それまで、足を踏み入れたことが一度もなかった世界である。
ただ「もっと感性を身につけたい」と考えるようになったのだ。
これも、「もっと、褒められたい」と考えた結果だった。
映画、小説などはそれまでも親しんでいたが、「読んだ感想」や「観た感想」を記録するようになった。これら一つ一つの努力こそが、自分の能力を伸ばす。
そうして感性を磨くことによって、今まで気づけなかった細やかな部分にまで配慮できるようになった。
例えば、盛り付けたときの左右のバランスや、どのように高く盛り付けるとカッコよく見えるのかといった、頭の中では答えが見つかりにくいものの答えが、思い描けるようになり、その後の多くの盛り付けに生かされた。
新しい視点は、新しい仕事観を身につけるキッカケになる。
「目で食わせる」という職人の思想を勉強するきっかけとなり、「人は、口で食べる前に、目で食べているものなのだ」ということを学ぶことができた。
これによって、“目で見えるもの”について、考えることが増え、工夫を凝らすようになる。目で見えるものの中には、店構えや店員の身だしなみ、店の清潔感や店の周囲の道路の掃除に至るまで、さまざまなことに目を向けるようになった。
当然のことながら、このような点を今まで見ていなかったわけではないが、視点というものが明らかに変わり、「美しい仕事」という視点からの見方が変わった瞬間でもあった。
同じものでも、見方が変わると、まったく違うものになる。
それを学んだのは、やはり“盛り付けを褒められた”ことから、「もっと褒められるにはどうしたらいいのか」という思考に行きついたことによる「美しい仕事」という視点だったのだ。
こうして新しい視点を手に入れた私は、あらゆる仕事という仕事を見直してみた。
「私にとっての仕事とは何なのか」
という疑問を持つところから始めてみたのだ。
私にとっての仕事というのは、寿司屋、飲食店である以上、万人に喜んでもらう事が重要なポイントである。
そんな時に重要視されているのは、いったいどんな事だろうか。
いつも来て下さるお客様の中には、
「この店の味が好き」
「美味しいから来ている」
「安いから来ている」
等という人はごく一部だった。
このお店に、定期定期に足げく通ってくださる方の多くは、
「このお店で働いている人が好き」
と言ってくださる方が多くいらっしゃることに気が付いたのだ。
仕事として働いているだけなのに、私たちの働いている姿を見に来て下さっている人が多く来てくださっていることに、とても感謝した。
それと同時に、それらのお客様に私たちがどのように映っているのかということが、とても重要なカギを握っているように感じられたのだ。
効率を求めて、とにかく手際よくこなしている仕事に対峙している私たちは、お客様には美しく映ったのかもしれないと思ったのだ。
いや、効率を求めたからではない。
おそらく、一生懸命に働く姿というものは、美しいと感じていただけたのではないだろうかと思うのだ。
そう考えると、私の考えている「美しい仕事」というものと、お客様が受け取られている「美しい仕事」というものに、ズレを感じてしまう。
私は、いつもの仕事の中から、「美的感覚」としての美しさを感じた。それはまるで、美術館や映画を観たときとかなり近い。
握り寿司を握った時、左手にネタを乗せてから、右手でシャリを持つ。
その際に、右手に持ったシャリが、一発で決まらなかったときに、量を調整するために、シャリを少し桶の中にもどす時がある。
その様子は、なんだかシャリを捨てるような仕草に見えて、とても醜い作業のように映る。
私は、この仕草が嫌いだった。
何よりも、美しくないのだ。
握りを握るときには、左手でネタを持ち、右手でシャリを持ったら、出来るだけ少ない手数で握る。
寿司職人には、女性が向かないと言われる所以であるが、手のぬくもりというものが、寿司には邪魔になる。
少ない手数で握るのは、ネタに手の温度が、できるだけ移らないようにするためだ。
そして、少ない手数で握った寿司は、美しい。
このように、美しい仕事というものを追求することは、結果的に仕事の腕前を上げていくことにもつながる。
それは、先ほどもお伝えしたように、効率よく仕事をすることによって、手際よく仕事をすることにつながり、結果的に職人としての能力も上がっていくことと同じだ。
つまり、私の追求してきた「美しい仕事」というものは、『職人としての能力向上』と比例して上がっていくものだったのだ。
しかし、お客様が感じている「美しさ」というものは、そうした能力とは全く違うものだ。
どちらかというと、そうした能力などというものは、二の次といった雰囲気さえ漂っている。
お客様が見ているのは、私たちが必死に戦っている姿、例えるならば、高校球児による甲子園大会のようなものだ。必死に戦っている姿を見ては、「私も明日から頑張ろう」というような、勇気づけられるものに近い。
「このお店で働く人が好き」という言葉の裏には、「いつも頑張っているね。私たちはいつも見ているよ」というメッセージが込められているようにも感じることができる。
そう考えたとき、私の中の「美しい仕事」と、お客様の中の「美しい仕事」というものが、リンクした。
一致しているのは、「必死に働いている」という事なのではないだろうか。
高校球児は、人々を感動させようとして、野球をやっているわけではなく、ただ、必死に、甲子園という大舞台で、“優勝”という二文字を目指して戦っているに過ぎない。
その中には、一切の打算や、下心などは存在せず、全国の高校の頂点という一点を見つめて、誰も観ていないところでも、毎日必死に練習してきた。
努力が報われることは、ないかもしれない。
努力したからといっても、時の運によって、勝つことはできないかもしれない。しかし、それでも、必死に戦って、勝っても負けても泣いて、涙を流す姿を見るから、感動をするのだ。
私たちは、毎日、お客様に喜んでもらうために、日々を費やし、創意工夫をして少しでも美味しいと思えるものを提供している。
美味しいものを提供することで、お客様が笑顔になってくれさえすれば、私たちは幸せに感じ、「今日もお客様は良い笑顔で帰られた」と、笑顔で過ごされた時間を喜び合った。
このことが、「美しい仕事」そのものなのではないかと思えてきた。
高校野球を見終わった後は、清々しい気持ちと、明日への活力がみなぎってくる。
そんなお店になっているという事なのだ。
あくる日の夕方、いつものようにお店を開店した。
いつものお客様が、いつも頼まれるものを注文して、笑顔でお酒を飲まれている。
私の中で、最高のおもてなしをするのだが、それが通じているのかは不明だ。自分が、おもてなしをしたからと言って、それによってお客様が喜んでいる事にはならない。
それは、悲観的なものではなく、私の中では清々しいものだ。
「ここの玉子焼きは、甘すぎだよね」
「じゃあ、違うのを頼めばいいじゃない」
そんな、お客様同士の会話が聞こえてくる。
それでしたら、すこし甘さを抑えましょうか、と聞いてみるが、そこまで気を遣うことはないと軽くあしらわれる。
それならなんで、そんなことを言うのだろうかと疑問に思う。
元々、そこまで気になるのなら、甘さを抑えるように注文すれば、ご要望には応えるし、そこまで気にならないのなら、わざわざ口に出して言う事もない。
こうしたことは、時々ある。
特定のお客様じゃない。
不特定多数のお客様に、感じることだ。
こちらが気を配って、配慮したことを言っても、「いや、いいや」と断ってくる。配慮して、気を遣うと拒否されて、まったく配慮していないことに対して褒められたりする。
こちらが思った通りの、期待通りの答えをくれないのがお客様だ。
そこまで考えていないことに対して、「気に入った」なんて言ってくれるのだ。
サービスなんて、答えの無いものだ。
どれほどの気持ちをもって接しても、それと同様の気持ちを感じることはほとんどない。友人とか、家族とかと同じなのだ。
「美しい仕事」だと思って、お客様のことを思ってやっても、実際には、お客様はそこまで気が付かない。
気づかないだけならまだしも、良かれと思ってやったことで、クレームにもなったりする。
報われない仕事なのだ。
すると突然、
「美しいよね~」
という声が聞こえてきた。
玉子焼きが甘すぎるんだよと、文句を言っていたお客様だ。
このお客様は、いつもは一人で来ているのに、今日は珍しく二人だった。友達だろうか、同じくらいの年代の人と、男性二人できていた。
今日は二人だから、いつもは口に出さない文句を、口に出して言っていたのだと思っていた。
「この玉子焼き、いつも頼むの?」
とお連れの男性が聞いた。
「そうなんだよ! 美しいだろ~。こんなきれいな玉子焼きを出す店は、日本でここだけだよ。俺が保証する!」
なんてことだ。そう思った。
私が追及した「美しい仕事」が通じていた。
一生懸命働いている姿が好きだから来ていると言っていたのに、私が毎日試行錯誤して、必死に磨いてきた玉子焼きの完成度を褒めてくれたのだ。
こちらがどれだけ努力しても、
「お店なんだから美味しくて当たり前」
「お店なんだから一生懸命やって当たり前」
「お店なんだからきれいで当たり前」
そんな風に受け止められていたと思っていた。
「美しい仕事」というものは、通じるものなんだ。
20年も寿司屋をやっていて、そのとき初めて気が付いた。
 
 
 
 

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2024-04-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.258

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