週刊READING LIFE vol.263

童貞野郎の告白ゲームは本番では役立たず《週刊READING LIFE Vol.263 ちょっと淫らな話》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライティングX」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2024/5/27/公開
記事:尾崎コスモス(READINGLIFE編集部ライティングX)
 
 
「『ちょっと淫らな話』だって」
「何が?」
「え? ライターズ倶楽部の今週のテーマだよ」
「淫らって何よ?」
「淫ら、淫ら、み、だ、ら……『性に関して、乱れてしまりがない様子』だって」
「そうだろうね。だけど、それがテーマなの?」
「そう。……。何を書いたらいいんだろうね。担当の平野さんは何を求めているんだろう……」
先日の夫婦の会話である。
夫婦の会話に『淫ら』などという単語が登場したことも初めてだった。
『淫ら』をスマホで調べても、卑猥な映像や、Amazonでエッチな雑誌が現れるだけだった。
何を書いたらいいのか全くわからなかったが、私が過ごした10代最後の出来事が浮かんだ。決して、文字にできないような、卑猥なできごとではないことだけは、明言しておこうと思う。しかし、私にとって、最も卑猥な時代だったことは、これまた明言しておかなくてはならない。
 
 
高校を卒業してから、私は何かに取り憑かれた。
なにしろ、高校3年間でできた彼女は1人。しかも、付き合って4日目に振られた。仲の良かった同じクラスの友人に取られたためである。
勘違いしてはならないのは、私の高校は男子校である。いやいや、相手は男ではない。女である。勘違いはそこではない。
違う高校に通う女子と付き合ったのに、同じ高校の同級生に取られるという失態を犯したのだ。何が失態だったかといえば、まだ彼女とは付き合っていなかった時点で、その同級生に彼女を紹介してしまったことだ。
なんたる不覚。
「俺も最初見た時から好きだった」
などというバカな言い分を聞いたのは、彼女を取られた翌日だった。
腹いせにパンチをお見舞いしたのだが、余計に虚しくなった。
心に穴が空くということを、身をもって学んだのだった。
こんな思い出したくもない出来事だけで、高校生活の『恋バナ』は終わりである。
寂しすぎる!!!
「こんなことがあっても良いのか! 俺の高校生活を返せ!」
と言ってみたところで何も変わらないことを悟った私は、高校卒業後に覚醒した。
結論から言えば、1年半で30人に告白するという暴挙を犯したのだ。
未だかつて、この記録を破るエピソードを聞いたことはない。
もっと鬼畜だったのは、その目的である。
高校3年間で、1人に対し4日間という、『僕らの7日間戦争』よりも短い日数しか恋愛というものができなかった私は、キスはおろか、手さえ握ったこともない。簡単に4日で取られた私は、普通の人間ではないのかもしれないという恐怖があった。
「恐怖に打ち勝つには、自分の不安を拭い去る必要がある」
そう確信した私は、不安を払拭するための画策を練った。
「告白だ。高校の時の彼女も、告白は公衆電話からだった。告白というものは、お互いの顔を見てできないようでは、恋など始まろうはずもない。どんな相手にも告白できるようになるぞ!」そう決意したのだ! 
ここから、私の『愛の告白チャレンジ作戦』が始まったのだ。
 
忘れもしない、最初の相手は、毎日通学途中でバスが一緒になる女子だった。
年齢も名前もわからない。
携帯どころか、ポケベルもない時代。親しくもないのに素性を知ることは不可能に近い。案の定、段階的に親しくなることもできずに、告白した。
「好きです。付き合ってください」
「ごめんなさい」
瞬殺である。付き合ってくださいの、「い」と、ごめんなさいの「ご」は同時だったのではないかというくらいの、瞬殺だった。
それから、懲りもせずに、ちょっとでも「いいな」と思った女子には告白の大安売りを行なってみた。
「数打ちゃ当たる」なんて、誰か言い始めたのだろうか。まったく当たらないではないか。嘘をつきやがって。などと思ったことは1度や2度ではない。
10人ほど告白しただろうか。時間にして3ヶ月ほどだったと思う。振られた翌日には、違う女子に告白するという、狂った人間になっていた。どこかの連続殺人犯と同じ異名である『鬼畜』と呼ばれてもおかしくない。
鬼畜は、10人目に振られた所で、気がついた。
「このままでは、永遠に振られ続けるだけではなかろうか」
では、どうしたら良いのだと考えてみた。しかし、浮かばない。鬼畜の頭では限界だ。
「こういう時は、バイブルだ!」
テレビでは、トレンディドラマが流行り、流行のファッションやセンスという言葉が踊っている。これを取り入れるしかないと思った。
当時のファッション、カルチャー、車に至るまで、流行りを全て詰め込んだ雑誌を読み漁り、情報を隅から隅まで読み漁っていった。
見た目に気を遣い、モテる要素ならなんでも自分にインストールした。
「これでモテモテ間違いなしだ! こんなにトレンディ要素を備えた男になってしまった。モテすぎてどうしようもないかもしれない」
こう考えて臨んだ第11戦目。
「好きだ! 付き合ってくれ!」
「ごめんなさい」
又しても瞬殺。「れ」と「ご」が同時だった。なんでだ!
そんなはずはないと、違う相手ともう一戦交えてみた。しかしやはり撃沈。太平洋戦争において約2時間で沈没した戦艦大和よりも早く沈んだ。
告白が成功したら、ファーストデートはどこに行こうかなどと、おめでたいことを考えていた自分が可哀想だ。私は、めでたくも、憎めない可愛い奴なのに。なぜ、こんなに可愛い奴の良さが分からないのだ。
ひょっとしたら、相手が悪いのか。俺に人を見る目がないのか。
もう、無理なのではないか。どんなことをしても、告白が成功することなど、ないのではないか。所詮、恋愛経験がない童貞野郎にすぎない。こんな童貞野郎は、日の目を見ることなんてないんじゃないか。
散々自分を責めてみた後で、2度目の覚醒が訪れる。
 
プロ野球界では、野村克也監督率いるヤクルトスワローズが黄金期を迎えていた。野村監督の代名詞である『ID野球』は私の中で憧れであった。
データを駆使して、配球を読み、頭を使ってプレーする。当時は異色の存在であり、それでいて結果を出しているため、憧れる野球少年は多かった。
「これだ!」
そう直感した童貞野郎は、データを取ることに目覚める。
目標に定められた被害者である女子の、学校や生活スタイル、習い事や通学路まで事細かく調べていく。完全にストーカーである。
現代ではストーカーは気持ち悪い存在であるが、当時でも気持ち悪い。しかし、データを集めるためには、足を使うしかないのだ。ストーカーなどという言葉がなかった当時は、童貞野郎の頭には『敏腕刑事』のイメージ画像が広がっていた。
調べるのは、あくまでも、『告白する場所とタイミング』のための情報である。
学校からバイト先までの道のりや、わずかな情報を元にして自宅の場所を特定して待ち伏せするなどの、いわば、『気持ち悪いストーカー』である。今考えても鬼畜である。
しかし考えてみてほしい。情報を取る方法がないのだ。
作戦を立てるためには、どのような方法をもってしても、相手のことを知る必要がある。真面目に情報を整理して、データを取り、時間と場所を決めて、狙い撃ちしたのだ。真剣に打ち込んだ。
童貞野郎から脱出しなくてはいけないと考えて、完全にストーカー野郎になっていた。
しかし、ここからが真骨頂だった。
このデータを元に、雑誌に書いてあったことを、実践する。
『必然を偶然に見せることで、女の子は「運命だ」と感じる!』
女子は偶然の出会いに弱い。これは使える! 間違い無い!
データを元に、女子の行動パターンを割り出して、その場所を通る時間を特定して、偶然を装って出会うところから演出した。
時にはハンカチを落とし、女子に拾わせた。
時には時間を聞くことで、世間話に持っていった。
これが上手くいった。
成功率が確実に上がってきた。
何度も会うことで、女子が「運命」を感じたかどうかは不明だが、突然なんの前触れもなく告白するよりも、数段レベルが上がっていた。
「よし、これは無双するやもしれぬ」
とストーカー野郎は調子に乗って、勘違いを犯しはじめる。
重大なことに気がついた。
成功率が上がっているが、告白が成功すればするほど情熱が冷めている。
「なぜだ、どういうことだ。あれほど燃えていたのに」
しかし、気がついた。
「そこまで好きではない相手を選択しているのではなかろうか」
確率云々を考えているうちに、好き嫌いではなく、確率の高い相手を選んでいくようになる。すると、成功率が上がってくる。
しかし、元々成功率の高そうな相手を選択しているゲス野郎のため、そこまで好きでもないのに、成功率だけで告白している相手からOKをもらっても、好きになるわけもないのだ。心からゲス野郎である。
その上、成功率が上がってくると、簡単な相手では面白く無くなってくる。
「ギリギリ上手くいくかどうかくらいのレベルを狙ってみよう」
刺激を求める行動は、もはやゲーム感覚。ますますゲス野郎となる。
やがて、『告白するだけのゲーム』となっていく。
恋愛を知らないことで、自信を無くしていた。告白する勇気が持ちたいと頑張っていた童貞野郎が懐かしくなっていく。
ゲス野郎は『告白ゲーム』を楽しんでいく。
いやいや、面白かった。こんなにも面白いゲームはない。
『ときめきメモリアル』なんて恋愛シュミレーションゲームがあった。恋愛下手な私は、釘付けになって遊んだが、それのリアル版なのだ。面白くないはずがない。
ゲームによって、純粋な恋愛を味わうことを知った無垢な少年は、『告白してもしなくても、手は出さない』という掟を作った。女子の身体を傷つけてはいけない。
「ここまで考える俺は、なんて純粋に恋愛を楽しんでいるのだ! やはり俺のスキルはどんどん上がっている!」
アホな童貞ゲス野郎に、3度目の覚醒が訪れた。もはや『セル』のように進化する。
 
「今回の相手は、バイト先の女子だ」
バイト先の女子である以上、下手なことはできない。
今まで、バイト先や関係者に知り合いがいる場合などは避けてきた。
なぜなら、本気ではなかったからだ。『ゲーム』だったから、ちょっと間違った対応をしても、自分の生活に支障はない。心からゲスだったのだ。
しかし、今回はバイト先だ。なぜか。
本気で好きになった。
見た目がタイプで、まるでオードリー・ヘプバーンである。今回は手に届く相手ではなく、誰の目にも美人だった。完全に好みのタイプだった。
ショートカットで、丸顔で、顔立ちは質素で清楚な感じがした。
背が高くて、細めのスラッとしたスタイルだ。
いやいや、こんな事では表せない。とにかく雰囲気が素敵な人だった。
「やばい、今回は本気でやばい」
語彙力を失わせるほどの、相手に会ったのは、中学の初恋以来である。
バイト先は『健康ランド』と呼ばれる風呂屋である。
宿泊することのできる風呂屋で、私はその食堂でバイトしていた。
彼女はフロント係である。私とは持ち場が違う。そのため、フロントに用事がある時には率先して行った。そして3台あるレジの内、他の人のレジが空いていても、彼女のレジに並んだ。
それまで、ゲス野郎となってまで培ってきたストーカースキルを、発揮することなく時間だけが過ぎていく。
本気で好きになると、それまでいろんな人に告白してきたことが嘘のように無力になった。なんてことだ。今まで、30人以上に告白してきたのに、そんなに簡単に話しかけることすらできない。
しかし、甲羅のように固い決意をもって、デートに誘うことを決めた。
「よし! 今夜だ! 今夜、バイト終わりに外に出てきた所で誘おう」
今日、彼女はバイトのはず。
「……! 出てきた!」
待ち伏せしていたところから、一歩踏み出した所で足が止まる。
「やばい! 他のバイトの人と一緒だ!」
女子が3人くらい出てきた。その中に彼女がいることは確認。
「駅まで送ってあげるよ〜」
なんてこった。バイトの仲間が車で駅まで送ると言っている。
「余計なことをしやがって」
私の言葉とは裏腹に、彼女は頭を垂れ、丁寧にお礼を言っているのが見える。
なんて礼儀正しいのだ。だから好きなんよ。
バカなことを言っている場合ではない。このままでは駅まで行ってしまう。駅までは約1キロ。よし、バイクで追いかけよう!
原付に乗って、車を追いかける。
相手は車だ。
早い。
ダメだ! 離される! そう思った瞬間、縁石に乗り上げて、もんどり打って転がった。
「やばい、早く立て!」
すぐに立ち上がる。ハンドルが有り得ない方向に曲がっている。
「いけ! がんばれ!」バイクにエールを送る。
ハンドルが曲がっているためグニャグニャとなって直進できない。
必死に体勢を立て直しながら車を追う。
何が何だか分からないうちに駅に着いていた。
バイクを放り出して、地下鉄の階段を降りる。足がもつれて転がり落ちた。
足がもつれながら走る後ろでは、バイクの倒れた音がする。
彼女は……。
……!!! 改札を降りている!
電車が来たら行ってしまう!
「見送りです!!」
そう駅員に伝えるや否や、改札をくぐる。
階段を駆け降りると、彼女はそこにいた。目の前で足を止める。
「……。」
美しい彼女の顔に見惚れること数秒。
彼女が見つめてくる中、「何かを話さなくてはいけない」という思いだけが頭をよぎる。……あれ? なんだっけ?
次の電車の到着を知らせるアナウンスが響く。
言葉が出てこない。あれほど『告白ゲーム』で鍛えたのに。
そんなに好きでもない人には、簡単に告白できたのに。しかも、今は告白するわけではない。遊びに誘うだけだ。
がんばれ! 自分!
「こ、こ、こ、今度、え、映画に行きませんか」
声が震える。
精一杯だった。
限界だった。
これ以上は無理だ。
行けるか。ダメか。
ああ、だめだ。
こんな言い方はだめなパターンだ。
邪念で胸がいっぱいになって、逃げだしたい気持ちが溢れてきたその時だった。
「はい」
え? 今、“はい”って言ったか?
顔を上げると、彼女は笑顔だった。
「じゃあ、またね」
そう言って彼女は電車に乗り込んだ。
知らない間に、電車は到着していた。
“またね”って言った。
胸にジーンとしたものが込み上げる。
真っ暗なトンネルをくぐった先にある、地平線に広がる花畑に出たような気持だった。
「ひゃっほーい! やったー☆!! やったぜー! ☆¥@★!!!」
歓喜の声が上がっていた。
ハンドルが曲がって、まっすぐ走らなくなったバイクに乗って、踊り狂いながら夜の街を自宅に向かって走った。
 
『告白ゲーム』なんて役に立たなかった。
本当に好きになった時には、胸がこんなに苦しいものなのだ。
「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」なんて、心から好きになった相手との恋愛に当てはめてはいけないものだった。
好きになった相手とは、その時の素直な気持ちを行動や言葉にすることが一番大切だと学んだのだ。
オードリー・ヘプバーンとの恋愛は、私に人を好きになることのすばらしさを教えてくれた。
好きな相手との恋愛は、ゲームなんかじゃない。
その瞬間、瞬間が、ぶっつけ本番なのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
尾崎 コスモス(おざき こすもす)(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

名古屋市生まれ。2025年 2月ライティング・ゼミに参加。4月からライターズ倶楽部にて書き、伝える楽しさを学ぶ。ライターズ倶楽部は1期目。
日本手帳マネジメント協会<認定>コーチ。
リアル・オンライン読書会50回以上、読書ノートセミナー、登壇延べ10回以上開催。
自身の人生になぞらえて、多くの本に出会い内省することで自分を知ることができると著書『読書を通して自分の内面を知る』を電子書籍にて出版。
10代より寿司屋を始め、25年の飲食店経験を経て、寿司屋と双璧を成した夢であったライターの道に踏み出した。
サービス業に長年携わってきた経験を元に、書くことのサービスを追求して伝えていきたい。

 
 

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2024-05-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.263

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