週刊READING LIFE Vol.28

就職してからの20年を後悔している私が、AI時代の新社会人に伝えたいこと《週刊READING LIFE Vol.28「新社会人に送る、これだけは!」》


記事:相澤綾子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

初めて新人の指導係になったのは、採用されて6年目の時だった。新人が他の係に配属されて接することはあっても、同じ係で仕事をしたのは初めてだった。彼女が担当する仕事は、私が前の年にやっていたもので、それを教えながら、かつ、職場のルール的なことも指導するというのが、私の役割だった。ちょっとブラックな職場で、療休や新人の退職者が出ていたこともあったから、上司からは「つぶさないようにね」と言われていた。
彼女は明るく、素直な子で、あまり苦労することはなかった。学生時代にもパソコンに十分に触れている世代で、その辺りも問題なかった。ただ、職場独自のシステムを使っていたので、それを教えるのに少しだけ苦労した。システムを導入した時のマニュアルはすごく丁寧に作られていたけれど、ものすごく分厚くて、一つの操作を図入りで1ページ使うような代物だった。だから、私は自分で仕事を覚えながら作った簡単なマニュアルを使っていた。とにかく忙しい職場だったので、少しでも時短できるように、工夫したこともマニュアルに書き込んでおいてあった。彼女にそれを渡した上で、実際に動かして覚えてもらった。
システムを起動してログインするところから、一緒に画面を見ながら、彼女に操作させる。最初は指示をしながら、2回目、3回目は、「次はどうするの?」と声掛けしつつ、自分で思い出しながらやってもらうようにした。1件の登録をするのに、いくつもの手順を踏まなければいけないから、そう簡単なことではなかった。それでも、数回一緒にやると、その後はスムーズに自分でできるようになった。両方のマニュアルを渡してあるから、もうそんなに苦労しないだろう、自分の仕事に専念できるだろう、と考えた。
でも、そうはいかなかった。
自作のマニュアルは、主なことは書いていたけれど、仕事の合間に作ったこともあり、あらゆることをカバーできていたわけではなかった。だから、例外が出てくると、彼女は私に質問してきた。彼女の席は私の向かいだったから、私はその度に反対側に移動して、画面を見ながら教える。そんなことを何度か繰り返したのだけれど、同じ質問をされることが出てきた。上司の「つぶさないように」という言葉もあったし、システム会社の作った分厚いマニュアルを見て、なんて酷なことは言えない。もし自分の仕事優先で、そうさせていたら、彼女の仕事も溜まってしまい、最終的に私が手伝わなければいけないことになるのは避けたかった。私も年度替わりで新しい慣れない仕事をしていた。私は彼女に言った。
「それ、前も教えたような気がするのだけれど」
1年間色んな操作を繰り返した私の頭の中では、例外もいくつかに分類されているので、どれを教えて、どれを教えていないか、ほぼ把握していた。
「そうでしたっけ? すみません、もう一度教えてもらえますか?」
彼女は少し申し訳なさそうな顔をしつつ、私が移動するのを待っていた。横に立つと、彼女は右手をマウスに乗せ、操作を教わる準備をしているけれど、それだけだ。私はきつい言い方にならないように気を付けつつ、声をかける。
「メモを取ってくれる?」
はっとしたように返事をして、私の作ったマニュアルの関連ページを開き、ペンを出した。そんなやりとりは一度だけではなかった。

 
 
 

彼女にはこんな風に何度か「メモを取って」なんて言った。そのうちに、彼女は最初からペンを準備するようになった。
けれども、実は私自身は、新人の時、メモを取っていなかった。もちろん打合せの時などはノートを開き、内容をメモしていた。ただ、ちょっと上司から指示をもらった時、先輩に質問して何かを軽く教わった時などは、メモを取っていなかった。今の職場のようにシステム操作が複雑だったりするわけではなかったこともあった。だから、どうにか仕事をこなすことができていて、必要性を感じていなかった。
その後も、自分が後輩に「メモを取るように」と言っていた頃も、そしてその後でさえ、メモを取ることは習慣にしていなかった。メモを取るか取らないかは、覚えていられそうかどうかで判断していた。取り返しのつかないような大きな失敗はなく、どうにかやって来られた。でも今思うと、本当にもったいないことをしていたと思う。
私ができるだけメモを取るようにしたのは、「後輩にメモを取って」と言ってから4年後、子どもが産んでからだった。子どもを育て始めると、自分のことだけでなくて、子どものスケジュールなども管理しなければいけなくなる。2人目、3人目が産まれ、仕事復帰した後は、もう何もかもメモをしなければ、パニックになりそうだった。これは忘れるはずはない、と思うようなことまでも、何から何までメモを取るようにした。
メモを取るようになると、思わぬことが起きた。メモを見れば大丈夫、と思えるから、何かを忘れないようにしなければ、と不安になることが無くなったのだった。これは私の中では大きな発見だった。当たり前のことかもしれないけれど、メモを取らずにいると、時々、アレやコレやを忘れないようにしなければ、と意識してしまうことになる。以前なら、夜中に突然目が覚めて、明日職場に行ったらアレを確認しなければ、と考えることもあった。でも、メモを取るようになってからは、たいてい、朝までぐっすり眠れるようになった。子育てと仕事と家事でぐったりしているということもあったかもしれないけれど。
メモを書いていると、今度はもっと色んなことを吸収したいと思うようになった。スマホでネットを見ていて気になったこともどんどんメモを取るようにした。SNSで友人が気になることを書いていたら、それもメモした。本を読む量まで増えた。絶えず本を持ち歩き、ちょこっとした隙間時間に本を読む。もちろんメモ帳と筆記用具もそばに置いておく。気になることが出てきたら、すぐにメモを取った。

 
 
 

そんな中で出会ったのが、前田裕二さんの「メモの魔力」だった。SNSで2人の友人が薦めていた。どちらも色んな事にガンガン取り組んでいて、尊敬している方たちだった。これはもう読むしかない。早速図書館で予約し、届くのを待った。魔力なんてタイトルらしく、薄茶色の皮表紙をイメージしたものに白抜きで羽ペンの絵が描かれたおしゃれな装丁だった。
前田氏は、8歳で両親を亡くし、つらい思いもしたけれど、お兄さんや学校の先生、親戚たちの愛情に恵まれて、20代で会社を立ち上げるというすごい経歴の持ち主だ。でもその彼の今を作り出しているのは、全てメモのおかげだという。
彼のメモの取り方は半端ない。例えば、一つの映画や演劇を見たら、多い時で100個近く、少なくとも数10個のメモを書くという。1,800円で映画を見て、100個近いことに気付けたら、その1,800円はものすごい価値になる。
映画だけではない。街を歩いていて看板や広告を見かけると、そのデザインについても考えるという。日常のあらゆる場面で、色んな事をキャッチしようとしているのだ。
彼のメモは、忘れないように取るというものではない。もちろん事実を書くことで、自分が覚えておかなくてもいいようにメモを取るということもある。でもその覚えるための部分の脳を使って、新しいことを考えるのだ。
メモを取るようになってから、新たな知識を得たいという欲求が湧くようになって、隙間時間でも本を読むようになったから、メモの効果は少しだけ理解していた。覚えるために脳を使わずに考えるために使う、ということも、すんなりと受け入れられた。
前田さんも書いていたのだけれど、これからどんどんAIに仕事を奪われていく時代になる。うちの会社でもそろそろAIを導入しようという準備が始まってきている。まずはどういう業務で使えるかという洗い出しに着手するらしく、説明会が開かれたりした。いよいよそういう時代が始まるのだろう。私が自作のマニュアルを作り、新人に教えたシステムの操作の仕事も、当然のことながら、AIに任せた方がいい。私もただマニュアル通りにやっていたわけではなく、時短しようと工夫したけれど、それでもAIにかなうわけはない。これからAIにやってもらうことになるのだ。
となると、私たち人間がやるべきことは、AIにできないような分野のことを考えることだ。新しいことを生み出すことだ。

 
 
 

自分はろくにメモを取っていない私が、「メモを取って」と声をかけていた新人の彼女は、その3年後、業務の効率化を図って会社の最優秀賞を取った。実はその業務は、私が彼女を指導しながら担当していた仕事だった。チームでの受賞だったけれど、彼女が説明していたから、発案して改善の中心となっていたのは、間違いなく彼女だった。
私も、受賞後の発表のプレゼンを聞いた。堂々と説明をする様子はすっかり頼もしくて、新人の頃とは全然違った。私も1年間携わった業務だったけれど、私はその1年間、何の疑問も持たずにやってきてしまった。だからこそ、彼女が疑問を持ち、どうにかできないかと考えて、そして周りの協力も得ながら実現させたことは、本当にすごいことだと分かっていた。
前田氏の「メモの魔力」を読む途中で、ふとそのことを思い起こした。そして、ひょっとして私に言われて、そのままメモを取り続ける習慣ができて、さらにそれを発展させていたんだろうか、なんて、ちょっと都合のいい想像をしてしまう。それと同時に、自分なんてメモを取ることが身についていなかったくせに、自分のためだけに「メモを取って」と彼女に声をかけていたことを恥ずかしく思う。
多分、いや、間違いなく、私はメモを真面目に取って来なかったことで、色んな大事なものを指の間から落としてきてしまったのではないか。仕事をし始めてから20年、いや、文字を書けるようになってから36年、ずいぶんともったいないことをしてきてしまった。とても残念だ。でも、だからといって、過去のことを振り返っていても仕方がない。大切なのは、これからどうするかだ。
最優秀賞を取った彼女がやったことは、AIにはできないことで、人間だからこそできることだ。そう考えると、改めて彼女はすごいことをしたんだなあと思う。これからそういうことをどんどんできるようにならないと、自分のすべきことがなくなってしまう。
だから私も、今日から全力でメモを取るようにしたい。就職してからの20年を後悔している。その埋め合わせもしてやるくらいの気持ちを込めて、必死になってメモを取りたい。私はいつでも「メモの魔力」を読めるように手元に置きたいと考えて、購入ボタンをクリックした。AIに仕事を奪われるんじゃないかという不安なんか実はあまりなくて、「メモの魔力」のおかげでワクワクさえしている。もっと色んなことを真剣に見て、取り組んで、自分が今何をすべきなのかについて、とことん考えてみたい。まずはこの「メモの魔力」についてメモを書こう。
これからの新社会人はあと数年で、AIと一緒に仕事をするのが当たり前になるだろう。でも、それを怖がることはないと思う。「メモの魔力」があれば、きっと生き抜いていける。これからたくさんのものを、目を凝らして見て、取り込んで、新しい価値を生み出していってもらいたい。
 
 
 
 

前田裕二著「メモの魔力」

 
 

❏ライタープロフィール
相澤綾子(Ayako Aizawa)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1976年千葉県市原市生まれ。地方公務員。3児の母。
2017年8月に受講を開始した天狼院ライティングゼミをきっかけにライターを目指す。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2019-04-15 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.28

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