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週刊READING LIFE Vol.33

私はボルダリングで空に近づく《週刊READING LIFE Vol.33「今こそはじめたいスポーツの話」》


記事:藤原華緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

まだまだそのスポーツが広く認知される少し前だったと思う。
何かとミーハーで新しいもの好きな私は、そのスポーツをどうしても一度やってみたかった。
カラフルな石(に見立てたもの)をつかんだり、足に引っ掛けたり軽やかにその人口岩の頂点を目指すスポーツ、「ボルダリング」だ。
 
会社の近くにボルダリングジムができたことをきっかけに、会社のイベントとして、みんなでボルダリングをすることになった。以前から挑戦してみたいと思っていた私は、初心者ではあるけれど教えてくれるトレーナーもいるということで、参加することにした。
 
ボルダリングはテレビや雑誌で少しずつ取り上げられていくようになっていたので、どうやって登っていくかは何となく知っていたし、映像や写真で見るボルダリングの選手たちはあの壁を器用にすいすいと登っていく。
 
自分としては完全に登れるイメージが出来がっていた。
 
当日。
 
インストラクターの方の説明を聞いて、一通りのルールとマナーを覚える。
 
ボルダリングには、難易度別のルートがあり、それぞれの石にはそのルートを示すテープ(ふせんのようなもの)が貼ってある。登るにはこの決められた色のテープ(中には数字やアルファベットが書かれていたりする)をたどっていく。もちろん、難易度が低いルートであれば、つかみやすい(または足で引っ掛けやすい)石がルートに設定されているし、難易度が高ければ、とんでもない場所の石をつかんだり、足を引っかけたりしなければゴールできないようになっている。
 
最初に自分が設定したルートのスタート(S)とゴール(G)の印を確認する。
自分がどこからスタートしてどこをゴールとして目指すかをきちんと認識するためだ。
 
初心者の私はもちろん一番難易度の低いコースからチャレンジしてみる。
スタートの石に手と足をかけてみる。
 
「……」
 
目の前には壁しかない。
この時点で、自分の体の重さと筋肉のなさに気が付いてしまった。
 
「う、動けない……」
 
次の石に手をかけようとしても落ちそうで動けない。
それでもなんとか、普段全く使わないような部分の体の筋肉を使って、もう一つ先の石に手を出してみる。次の石に足をかけてみる。そうやって、一つひとつたどっていく。
 
登っていく間ずっと、嫌というほど自分の体の重さがわかってしまう。
これがある意味このスポーツの怖さだ。
そして、いくつかの石をつかんで数歩登っただけなのに、後ろを振り返ると恐ろしく高く感じるのだ。
 
一番難易度の低いルートでもこのあり様で、自分の頭の中にあった動きのイメージと自分の動きがあまりにかけ離れていて、がく然としてしまう。
 
それでも、何とか低難易度のルートをクリアしてみんなから拍手をもらった。
 
「よくできました」
 
そんな風に言われているようで、とても嬉しかった。
自分に〇(マル)をつけてもらったようで、なんとも言えない達成感が味わうことができた。

 

 

 

と、ここまでが私の5年ほど前のボルダリング初体験のお話。

その後、会社が引っ越してしまって、ボルダリングジムからはすっかり遠ざかってしまっていた。
 
そして、2019年。
東京オリンピックの正式種目でもあるボルダリングは、少しずつ認知を上げていって、都内にもたくさんのボルダリングジムや施設ができた。
 
「もう一度ちゃんとボルダリングをやってみたい!」
 
近所に屋外のボルダリング施設ができたので、天気のいい日にやれたら楽しいだろうな、とずっと思っていたので、先日思い切っていってみることにした。受付のお姉さんに話しかけて、少しだけルールのおさらいをして、やっぱり一番難易度の低いルートにトライしてみる。すいすいと登る子供たちをうらやましく横目で見ながら登ってみるのだけれど、自分の体はあの時以上に重く感じる。
 
……やっぱりなかなか登れない。
足が思うように動かなくて、次の石をさぐることも難しい。
 
それでもなんとかあきらめたくない、と思うのは、あの時自分に〇(マル)をつけられたからだ。
 
ボルダリングは、ただ自分と向き合う競技だ。ライバルは壁でも石でもない。まぎれもなく自分自身だ。
体は全身の筋肉を使うから、自分がいかに普段、筋肉を使っていないかがわかるし、次につかむ石にどうやってたどり着くのか、どういうルートで行くのが自分に最も負担をかけないのか、そういうことを考える一瞬の判断力も問われる。見ている以上に体と頭脳を使うスポーツだ。
そして、他人と自分を比較せずに、自分の中での達成感を味わえる。一つのレベルをクリアできたら、次のレベルに行けばいい。ライバルが自分自身である限り、誰かと自分を比べる必要はない。
 
今回5年ぶりにやってみて、あの時以上に登れなくなっていたし、まだまだ初心者の域を抜けられないし、もしかしてこの先もずっと初心者かもしれない。でも、なぜかまたチャレンジしてみたいと思わせる、そんな不思議な魅力のあるスポーツなのだ。
 
だから、私はまた登りに行こうと思う。
 
屋外のボルダリング施設でできるだけ空に近づけたら、違う景色と空気が私を包んでくれるかもしれないから。

 
 
 

❏ライタープロフィール
藤原華緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1974年生まれ。2018年より天狼院書店のライティング・ゼミを受講。20代の頃に雑誌ライターを経験しながらも自分の能力に限界を感じ挫折。現在は外資系企業にて会社員をしながら、もう一度「プロの物書き」になるべくチャレンジ中。
 


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2019-05-20 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.33

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