葬儀から始まる天界革命記《週刊READING LIFE Vol.342「夢物語」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/02/05 公開
記事:秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
小さな悲鳴と共に、どたどたと廊下を走る音で目が覚めた。
間もなく、勢いよく開かれた扉から半泣きの次男が突入してくる。私は、ゆっくりと半身を起こしながら、ちょいちょいと彼をこちらへ招き寄せた。小学校3年生になった今、以前に比べれば落ち着いたものの、彼にはたまにこういうことがある。
「……こわい、夢みた」
ガチガチ震えながら、その小さな声がベッドの上に落ちる。
よしよしと背中をさすりながら、私はぼんやりと最近の出来事を思い出す。彼が悪夢を見てしまう原因は、分かることもあれば、さっぱり分からないこともある。ただ、今回はハッキリと思い当たる出来事があった。
「死ぬの、こわい……」
あぁ、やっぱり。
そっと手を握ると、子どものくせにひんやりとした。わざと力強く手を引いて言う。
「よし! 下で温かいもの飲もうか!」
こういう時、暗いところはよろしくない。寒いところもよろしくない。こわばって硬くなっている次男を無理やり引っ張って立たせた。開けっぱなしになっていた寝室からそっと抜け出して、パパを起こさないよう、ゆっくりと扉を閉める。
景気良く、通り道の電気をバチバチとつけていくと、最後に、花瓶に入った大きすぎるユリの花々と目が合った。自然と次男の手を引く右手に力がこもる。嫌でも嗅覚を刺激するこのユリたちは、今日、祖母の葬儀から一緒にやってきたのだった。
間違いなく、これが今回の悪夢の原因である。
次男の中に封印されていた、死への漠然とした恐怖が、今日の葬儀でまた溢れ出してしまったのだと思う。
始まりは5歳の頃。
いろいろと物事がわかるようになってきて、ふと「死」というものに不安を感じたようだった。自分では考えても答えの出ないその問いを、「死んだらどうなるの」とよく私に聞くようになった。
これには当時、本当に困った。
かつて私も母に同じ質問をしたことがあるのであるけれど、なんと母は「死んだら『無』になるのよ」としれっと答え、子ども心に「なんて最悪の答えなんだ!」と恐怖がさらに刻み込まれた思い出がある。怖がっている子になんて事言うんだ、母さんよ……。
言ってしまった後で、硬直する私の姿に、さすがの母も気がついたようで、
「あぁ、でもね! 自分が死んだ後にお父さんやお母さんが迎えに来てくれると思ったら、怖くなくなったよ!」
などと付け加えた。無になるって言ったのに?
言葉のインパクトが強すぎて、当然私は、その物語を信じられなかった。けれども、それを真っ向から否定してしまうのも、やっぱり怖い気がして黙っていた。
なので、私はその失敗をするわけにはいかない。
とはいえ、「死んだらどうなるの」なんて、わかるわけがない。
「ママもわかんないなー。死ぬのは、怖いよね。長生きしたいね」
だからその時は正直に伝えたのだけど、全く答えにならなかった。うーん、とどんどん俯いていく次男。これは、困った。うーん、と一緒に俯き始めていた時、
「え? 死んだ後が怖いのー?」
カラッと明るい長男の声が響き渡る。弟とは逆に、物事を深く考えないタイプの兄はこう続ける。
「なんか、楽しそうじゃない? だって、天国では天使がお尻プリンプリンしてるんでしょう?」
……はい? この状況でそれ言えるのあなた。陽気が過ぎませんか?! 自分にはない解決策に衝撃を受けていたら、じわじわと次男の体が震えだす。
「おしりぷりんぷりーん!」
「そう! ぷりんぷりーん!」
2人でゲラゲラと笑い出し、母と息子の辛気臭い空気は吹っ飛ばされた。兄のおバカ発言にこれほど感謝した1日はなかった。
しかし、現在、あれから3年ほどが経った。
次男はあのぷりんぷりん長男の年齢になったわけだけれど、もうこの夢物語は通用しないだろう。日頃は褒めている思慮深さも、こういう時には厄介だ。まぁ、ぷりんぷりんが2体になっても、困るけれど。
ケトルがお湯を沸かすのを待ちながら、ぼんやりと考える。
どうすれば、この彼の不安を和らげてあげられるのだろうか。ソファの上で小さく体操座りをしている姿は、あの5歳の日と変わらないような気がした。
温かいお茶の入ったマグカップをもって、彼の横に座る。
冷たい指先にじんわりと熱が広がっていく。
「ママも死ぬのは怖いんだけど……」
この先を続けようかどうか、少し迷う。
「ママの、ママが言ってたんだけど」
コップにむかってふーふー息を吹きかけながら、「うん」と次男が先を促す。
「死んだ後にね、パパやママが迎えに来てくれると思ったら、怖くなくなったんだって」
口に出しながら、少し罪悪感が湧く。だって自分はやっぱり納得できないと思っている。でも、私がいま持っている言葉はこれしかない。目の端に映るユリが、再び存在感を主張してくる。
私の言葉を聞いた次男は、両手で抱えたカップを睨みつけた。
「なんで、人は死ぬんだ!」
なるほど、恐怖から今度は怒りに変わったのか。見えないものに震えるよりは、ちょっとはマシかもしれない。
「ホントだよね! なんでだ、なんでだ!」
その夜は、一緒になって怒って、ベッドへ戻っていった。
それからは、次男の悪夢も少し落ち着いたようだった。
祖母の遺影を見たり、線香が香ったりすると、なんとも言えない表情を一瞬見せるのだけれど、それでも夜中に寝室へ突入してくることは無くなった。その代わり、私に時々質問をする。
「ママは、おばあちゃんがいなくなって悲しかった?」
「ママのパパとママはもういないでしょ? その時くらい悲しかった?」
真剣に聞いてくるので、私も正直に答える。
「ママのパパやママは、まだ若かったり、突然だったりしたから、すごく悲しかったけど、おばあちゃんは、96歳だったからね。お疲れ様の気持ちだったかな」
次男は、しばらくの間、じっと私の顔を見つめて、
「でも、悲しいは悲しいよね!」
「うん、そうだね。悲しいは悲しいよ」
「だよね!」
ふむふむと頷いていた次男は、しばらくしてお風呂へと去っていった。
一体何だったのか。何か聞きたい答えがあったのだろうか。そっと脱衣所の扉に耳をくっつけてみたが、中から聞こえるのは、いつもどおりのご機嫌な、アニソンの熱唱であった。たぶん、ドラゴンボール。そのままメドレーが始まりそうだったので、そっと耳を離した。これは、長くなりそうだ。
長い長いリサイタルを終えて、ガチャリと扉が開いた。
なぜか、パンツ一丁の姿で次男が仁王立ちしている。
「ママ、僕、決めたよ!」
体から湯気が立ちそうな力強さである。え、何、何事か。お風呂で何を決めたと言うのだろうか。
「あのさ、僕が死んだらさ」
いやいや、縁起でもない。次の言葉を息を飲んで待つ。
「天界で成り上がって、1番偉くなるわ。それで、この世から死をなくす!」
……はい?
「つきましては、ママが先に行くと思うから、あちらでの地盤づくりをお願いしたい」
じばん……。え、私死後に何させられるの?
言い放った次男は、これまでにない鼻息の荒さで目をギラギラとさせている。この前まで「死ぬのが怖い」と泣いていた人とは思えない。これはまた、斜め上の解決方法を提示してきたではないか。
彼は彼なりに解決策を考えた結果、どうしたって変えられない自然の摂理は受け入れることにした。けれど、それで諦めたりはしなかったようだ。今がダメなら、死後の世界を変えてやろうというのか。ファンタジーすぎる。その解決策は、なかったな。若干のオタク要素が気になるが、そこは一旦、目をつむろう。
込み上げてくる笑いと、わけのわからない感動で体が震えてくる。面白そうじゃん、そんな死後の世界。そういうことならば、微力ながら、母も協力してやろう。
「ママ、頼んだよ!」
パンイチの男に肩を叩かれる。
……いや、ちょっと待てよ。
「よく考えたら、私より先に、もうあっちにいる人たちいるよね? ママの前に、じぃじとかばぁばに言ってよ!」
当然である。
「そうか!」と次男がドタドタと走っていった先から、チーン! と、景気のいいお鈴の音が聞こえてきた。広大な天界世界、勝負はもう始まっている。活動開始だ。
死ぬことは怖い。
いつまで経ってもこの気持ちは無くならないし、ないことが良いとは思わない。ただ、この後の世界で具体的な仕事があるというのは、悪くない。「迎えにくる」と母が言った優しい救いより、この次男の容赦のない現実の方が、私の性に合っている気がした。いいじゃないか、あっちの世界で成り上がってやろうじゃない。
次男が決めたこの壮大な夢物語は、私の心にストンと落ち着いた。
ここから先、この作戦が彼の恐怖をどのくらい抑え込んでくれるかはわからない。この夢物語の賞味期限は短いだろう。思春期になったら、何言ってんのと、白けた目で見るのかもしれない。でも、私はこの物語が好きだ。
この馬鹿馬鹿しくて、途方も無い物語は、祖父母も両親も見送ってしまった私に生まれたうっすらとした不安をほんの少し忘れさせてくれる。自分が「死」の最前線に立ってしまった緊張感を、未来へのやる気に転換してくれた。
「よし、頑張ろう!」
パンイチの男と、しっかりと未来への握手を交わした。
それでだね。ずっと言おうと思っていたんだけれども。
「いい加減に、早くパジャマ着てくれ!」
❏ライタープロフィール
秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1984年愛知県生まれ。会社勤めの2児の母。小3の次男より「天界での地盤づくり」という密命を受け、まずは現世でしぶとく書き続けることを決意。日常の笑いと涙を大切に拾い上げながら、文章修行に励んでいる。
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