週刊READING LIFE Vol.38

ダウン症のリクが教えてくれた、幸せな社会との関わり方《週刊READING LIFE Vol.38「社会と個人」》


記事:相澤綾子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

リクは小学校4年生。まだおしゃべりはこれから。私たちの言うことは少しわかるような気もする。リクちゃん、と声をかけると振り向いた時期もあった。でも今はあまり振り向かない。何かしようと声かけをしても、スルーされることがある。それは、やりたくないのかもしれないし、興味がないのかもしれないし、わざと無視をしているのかもしれない。でも自分が好きなことの時はすぐに反応するから、きっと分かっていることもあるのだと思う。
まだトイレも練習中。学校では時々トイレに誘うと、ちゃんとできる時があるらしい。でも家ではまだ数回しか成功したことはない。だからオムツを買っている。身体が小さいから今はまだドラッグストアで一番大きいサイズを買っているけれど、そのうち通販で買うことになるのかな。
好きなことは絵本と音のおもちゃで遊ぶことと手遊び。絵本は自分の好きなのを選んできて、休みの日に、朝寝坊していると、持ってきて私や夫に手渡してくる。どうしても眠くて起きられないと、諦めてくれることもあるけれど、どうしても読んでほしいときは何度も頑張る。
最近一番嬉しかったことは、玄関で靴を脱げるようになったことだ。学校ではしばらく前からやっていたようだけれど、家でも自分で脱ぐようになった。脱いだ靴をそろえたりはしない。その場に脱ぎ捨てるか、ぽーんと放り投げるかのどちらかだ。
それから、新しい手遊びを楽しんでくれるようになったことも嬉しかった。同じ手遊びだけやっていても良くないかなと思って、アルプス一万尺をやるようにした。リクが手を動かすわけじゃない。両の手のひらを胸の前あたりで私の方に向けさせ、ただ私が一方的に手を動かすのだ。最初はすぐに手のひらを下ろしてしまったけれど、徐々に理解して、毎日やっていたら1週間くらいで、手のひらを胸の前にキープするようになった。私がわざと手を動かさないでいると、私の手をとって、アルプス一万尺の最初の動き、2回手を叩くように動かす。
「わかったよ、アルプス一万尺をやりたいんだね」
というと、リクはにっこりと笑う。私も笑う。
困っていることといえば、睡眠時間がずれてしまうことだ。夜ご飯を食べると早々に寝入ってしまう。風呂に入れそびれてしまうこともあるくらいだ。そして、朝早く起きる。4時くらいに起きるのなら仕方がないなと思う。でも時によっては、私がちょっと夜更かしして12時過ぎに寝ようとすると、起きだしてくることもあるのだ。そういう時は、少し遊ぶと満足して寝ることもあるし、絶対に寝ない、という強い意志を見せることもある。そういうときは、ママは寝るからね、と声をかけて、一人で遊んでいてもらう。しばらくすると布団の中に入ってくることもある。
 
これからリクが大きくなったらどんな風になるんだろうと不安になることもある。療育の先生の中でも厳しい人は「お母さんが頑張らなきゃ」という。私もリクがまだ小さい頃は療育を頑張った。リクは身体を動かすことが好きだったから、運動の療育はすごく良かった。動くコツを覚えると、自分でも練習していたくらいだった。
一方で、指を使って遊ぶようなことはあまり興味を示さなかった。それどころか、自分の殻に閉じこもる感じで、私が何かを一緒にやろうと声かけしても、反応がなく、暗い穴の中に向かっているような気分になった。だから私は彼が大好きな公園へのお散歩と食事づくりだけを頑張った。
私がもっと頑張っていれば、今もっといろんなことができるようになっていたのかもしれないとも思う。
でも、私は何かを覚えさせよう、やらせようとするたびに、それができないリクを否定的に見てしまうような気がしていた。ダメな親かもしれないけれど、療育に行くたびに、先生のやらせようとしていることができないリクを見て、いつもぐったりと疲れていた。帰り道4歳になるリクを乗せたベビーカーを押しながら心も体も重かった。
 
少しずついろんなことを諦めざるを得なかった。
でも一方で、リクのすごいところに気付けるようにもなってきた。
リクは人との出会いに恵まれている。保育所の先生もとてもいい方たちばかりで恵まれていたし、小学校に入ってからも、いつもリクのことを考えてくれる担任の先生だった。特に2年生の時の男の先生は、リクのことをかわいがってくれた。残念ながらリクが3年生になるときに他の学校に行ってしまった。3年生になってから、運動会の時に見に来てくれた。その時、ほんの2か月離れていただけなのに、「大きくなった、3年生らしくなった」とすごく嬉しそうにリクに話しかけてくれた。先生は少し涙ぐんでさえいて、目じりを指でぬぐっていた。
今の担任の先生にもすごく大切にされている。特別支援学校の教師という仕事だから当然のことなのかもしれないけれど、面談の時には、リクのことを本当に理解してくれているのが分かる。すごくありがたい。親の私以上に、まだ自分の意思を表現することができないリクの気持ちや考えていることを、汲み取ってくれている。
こんな風にリクが人との出会いに恵まれているのは、最初のうちは、リクが人の運に強いからなのだろうと考えていた。
でもひょっとして、それは違うのではないか、と思うようになった。
リクの中にある何かが、周りにいる人をそんな風にするのではないか。そう考えるようになった。リクはまだみんなに助けてもらわないと生きていけない。今よりは成長するだろうけれど、それでも、いろんなことを自分ですることはできず、人にたくさん助けてもらわなければいけないだろう。
その代わり、どう気持ちよく助けてもらうか、ということを、彼は自然と身に着けているのだ。
例えば、小学校4年生だけれど、疲れてしまって自分で歩けなくなると、私におんぶをせがむことがある。体重はまだ20キロちょっとだけれど、それでも身体は大きく、あまりおんぶしたくはない。でも仕方なく背中を向けることがある。そうすると、リクは自分から落ちないように私の腰の周りに両足を巻き付け、大きく動いて私に負担をかけたりするようなことがないように、じっとしているのだ。本当は歩いて欲しいけれど、これも生きる術の一種だなと思うと、少し笑ってしまう。
リクが気分が良くて、エレベーターの中などでもぴょんぴょんはねたり、大きな声を出したりするときもあるけれど、私が注意しているのを冷たい目で見られたことは一度もない。リクと同じかそれより小さいくらいの子どもの「この人は何だろう?」という驚きと興味と軽蔑の混じった視線を感じることはあるけれど、大人はたいてい優しいまなざしで見守ってくれる。リクが障がい児だから嫌な思いをすることもあるかなと想像していたけれど、今のところそんなにつらい思いをしたことはない。もっとも、リクの扱いに困っている時は周りの視線を気にしている余裕もないけれど……。
生きる力というのは、自分ひとりで生きていける力のことだけを指すわけではない。でもリクが私のところにやってくるまで、自立できないといけないと思い込んでいた。
けれど、自立というのは、何をどこまでできて自立といえるのか、よくわからないということに気づかされた。例えば、先の見通しができて、経営感覚のすぐれた社長であっても、気に入らないことがあるとすぐに機嫌が悪くなるから、周囲がすごく気を遣わなければいけない人はどうだろうか。彼はその力でたくさんの人の生活を支えていることができているとしても、社員がいるから、大きな仕事ができているともいえるし、さらに、社員がびくびくしながら彼に従わなければいけないのなら、その分帳消しになっている気もする。
そもそも、今の社会の中で、人は一人で生きていくことはできない。
家の中でもたくさんの便利なものたちに囲まれている。何をするにも、誰かの働きで作られたものやサービスを使うことになる。常に誰かに支えられて生きている。
 
以前、東海大学文化社会学部広報メディア学科の河井孝仁の教授の話を伺う機会があった。先生は、どんな人でもまちのために貢献することができるという話をしてくれた。そして、障がい者でも笑顔で街に貢献することができる、とも話してくれた。私はすぐに、確かにリクは笑顔で周りを動かしているなと思った。
その話が嬉しくて、私は貴重なお話を聞かせていただいたお礼とともに、その感想を伝えた。すると、「重い障害を持っていても、そこにいて、ちょっとした働きかけに、時に笑ったように見えるだけで、周りの人たちは幸せになれると思っています。人は人に生かされているんだと思います」という返事が来た。
リクが私のところに来てくれたおかげで、気付けたことがたくさんあった。もちろん普通におしゃべりができて、普通に学校に行ける子だったら、その方が悩むこともなく、毎日を過ごすことができただろうなと想像してしまう。でも悩むことがないと同時に、深く考えることもできて、いろいろ気付けなかったことがあるのだろうなと思うとぞっとしてしまう。リクのおかげで気付けたことは私にとってはとても大事なことで、今となっては、何も気付かずにそのまま人生を終えてしまっていたらと思うとぞっとする。
河井先生のお話だって、リクがいたからこそ、心に残ったのだと思う。
 
私は小さい頃から、学校の勉強も習っていたピアノも必死に頑張ってきた。努力すればそれなりに報われた。いろんなことを自分でできるようにならなければと思い込んでいた。誰かに何かをしてもらうことは、落ち着かないことだった。誰かに何かを指摘されたり、助けてもらうことは、悔しいことのように感じていたこともあった。でももう、今はそんな風には思わない。一人で何かをしようとしても、できることは限られている。みんなでやるから色んなことができる。
子育て中で、仕事が思うようにできないことを悔しく思うこともある。もし残業できればもっと丁寧にできたのに、と考えることもある。自分がやりたかったことを他の人にお願いせざるを得ないこともある。昔の私だったら、屈辱的に感じて、耐えられなかっただろう。でもそうするしかない。だとしたらこのことを申し訳ないと思うのではなくて、気持ちよく感謝したい。別に誰かに何かをしてもらったからというだけじゃなく、できるだけいつも笑顔でいたい。プラスの感情はいつも出していたい。そして、あまりそういうチャンスはないけれど、何か自分ができることが見つかった時には、進んでやりたい。そんな風に思えるようになってから、楽しく過ごせる日が増えてきた気がする。
私はこんな風に、ダウン症のリクに、幸せな社会との関わり方を教えてもらった。だからリクにはとても感謝している。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
相澤綾子(Ayako Aizawa)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1976年 千葉県市原市生まれ。地方公務員。3児の母。
2017年8月に受講を開始した天狼院ライティングゼミをきっかけにライターを目指す。

http://tenro-in.com/zemi/86808



2019-06-24 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.38

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