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週刊READING LIFE Vol.40

大切なのは、技術なんかじゃない。《 週刊READING LIFE Vol.40「本当のコミュニケーション能力とは?」》


記事:平野謙治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「お前、自分がコミュニケーション上手いと思っているだろ?」

 

営業帰りの車内。
上司から投げかけられた意地悪な質問は、僕の脈拍を一気に速めた。

 

「え?」

 

この人は、急に何を言っているんだ?
これから先の展開が読めなくて、言葉につまる。

 

車を走らせながら、恐る恐る助手席に目をやる。
上司は、やたらと強い目力で、こちらをじっと見ていた。

 

もはや走行音は耳に入らず、自分の鼓動の音だけがはっきりと聞こえる気がした。
車内に、逃げ場はなかった。

 

昔から、会話をするのが得意だった。少なくとも、自分ではそう思っていた。
小さい頃から、「おしゃべりが上手」と親に言われた。通信簿にもそう書いてあった。

 

人並み以上に、言葉に興味のある子供だったと思う。
本やテレビを通じて、様々な新しい表現に触れる。その度に、すぐ真似をして会話の中で使ってみた。
クラスメートが知らない言葉を知っているということが、幼い優越感を満たしていたように、振り返ってみて思う。

 

事実、大人たちは「言葉をよく知っている」僕を、評価した。
クラスでレクリエーションをするときの司会なんて、毎回のように務めたし、その度に褒められた。
小学生の頃からそうやってコミュニケーションに自信をつけて、ますます会話好きになっていった。

 

中学、高校、大学と、様々な人たちに分け隔てなく話しかけてきた。
そうするのが、正解だと思っていたから。努めて、たくさん話すようにしてきたと思う。
初対面同士や、まだ打ち解けていないメンバーでの食事や飲み会は、積極的に会話を回した。それこそまるで、バラエティのMCになったかのように。
あまり話せてない人がいれば優先的にパスを出した。場の盛り上げに貢献してきたつもりだ。

 

結果として、友達はたくさんできた。「頭の回転が速くて、話すのが上手いね」とか、「コミュ力(コミュニケーション能力の略)あるよね」とか、褒められることも多かった。
「人と人をつなぐ役割」とか、「会話を盛り上げる役割」を期待されて、頼られることも少なくなかった。
褒められたり、感謝されたり、頼られたりするのが、僕は嬉しくて仕方なかった。
成功体験を重ねるたびにますます調子に乗っていた。自分のコミュニケーション力の高さを疑う余地なんて、どこにもない。そう、信じていた。

 

そうして僕は、社会人になった。
面接の際に「向いているよ」と言われた言葉を信じ、着いた仕事は広告会社の営業マン。
ありがたいことに大きな期待をかけてもらい、入社してすぐに神奈川県を担当させてもらうことになった。

 

客先を回るようになってからも、特に問題は無いように思えた。取引先に行って、ずっと年上のお客様と話しても、緊張で言葉がつまるようなことはなかった。
まだ結果はあまり出ていなかったけれど、それは営業の技術が足りないからだと思っていた。商品や、業界の知識が、足りないからだと思っていた。
その辺りは、今後時間をかけて磨いていけばいい。
コミュニケーションの点では、全く問題ない。視界良好。そう思っていた。

 

この日は、拠点長に同行してもらって新規の営業先に来ていた。
上司がいてもいなくても、とくに変わらない。初めて会う人でも、人見知りや緊張もない。
僕はいつも通り、滞りなくお客様と会話をした。場はそれなりに盛り上がったし、提案を前向きに進めてくれる雰囲気もあった。
それなりに上手くできた。そう思っていた。

 

充実感を持って、客先を後にした。
今日は褒めてもらえるんじゃないかな。そんな風に、思っていた。

 

その矢先。シリアスなトーンで、予想もしてなかった言葉を拠点長から投げつけられた。

 

「お前、自分がコミュニケーション上手いと思っているだろ?」

 

なんだ? なぜこの人は、そんなことを聞いてくるんだ?
言い方からも、伝わってくる。これは、ネガティブな意味で言っている。

 

「え?」

 

そうだよ。確かに、そう思ってるよ。
事実今日だって、初対面のお客様なのに気まずくなることなく会話したじゃないか。
自分のことをコミュニケーションが上手いと思って、何が悪い。

 

正直、そんな風に思っていた。
だからといって素直にYESと答えるのも、嫌だった。理由はわからないけど、批判されそうな気がしたからだ。

 

車内に、沈黙が流れる。
その気まずさに耐えかねて、僕は口を開いた。

 

「……なんでそんなこと、聞くんですか?」

 

質問を、質問で返す。
僕の言い方には、ハッキリと「不服」のニュアンスが含まれていたと思う。

 

「お前がそう思っているだろうなという、確信があるからだ」

 

時間をたっぷり使った僕とは対照的だった。すぐに飛んできたその言葉はまさに、かわすことができない真っ直ぐな矢。
助手席から二つの目が、じっと強くこちらを見ている。
ここは、高速道路の真ん中。車内に逃げ場はない。「蛇ににらまれた蛙」とは、まさにこのことだ……

 

「確かに、そう思ってるかもしれません……」

 

言わされるかのように、口を開く。
何でこんな、悪いことをしたかのような気持ちにならないといけないのか。内心、憤りを感じていた。

 

「だろ? それは見てればわかるよ。
だけどな……」

 

拠点長が、言葉を続ける。

 

「俺はお前の客先での会話が、良いとは全く思わない」

 

ハンドルを握る手に、力がこもる。
どうして、そんな風に言われるのか。その理由がわからない。
だけど口を開くと、いろんな感情が溢れてしまいそうで、聞き返すこともままならなかった。
運転に集中するフリをして、必死に感情を落ち着かせようとしていた。

 

再びの沈黙。走行音だけが、その隙間を埋めていた。

 

しばらくして、だんまりを続ける僕を見かねて拠点長が口を開いた。

 

「自分の客先でのコミュニケーションを、もう一度見直してみてくれ」

 

頭の中がぐちゃぐちゃになっていた僕は、「はい」と返事をするのが精一杯だった。
今日の自分の、何が悪かったのか。そればかりが頭を支配した。
答えはなかなかに、見つかりそうもない。頭を悩ませるのと、運転するのとで、脳の容量が完全に奪われていた。
それ以降会社に戻るまで、会話はほとんどなかった。

 

後日。
僕は感情的になっていたことを反省した。
確かに、自分のコミュニケーションにどこか満足してしまっていた。せっかく見直す機会をもらったのだから、考えないと。

 

今までと違う自分になるためには、今までと違うことを試さなければ。
そう思った僕は、今まで触れてこなかった社内の本棚に目を向けた。そこからコミュニケーションや、営業テクニックに関する本を借りて、移動時間などに読み漁った。

 

そして当然、読んで満足していては意味がない。書いてあった方法論は、何でもやってみることにした。
社内でやるプレゼン練習の時間も増やした。そして客先では、実践あるのみ。
本から学んだことを取り入れて、社内で練習して、そして客先で実際に話す。このサイクルを、何度も何度も続けた。

 

そうして時間は過ぎていき、あの拠点長と同行した日から、三ヶ月が経とうとしていた頃。
その日の営業を終えた僕は、愕然としていた。

 

それは、あまりの手応えのなさに、だ。
何で? あれだけいろいろな方法を、素直に試したのに。
三ヶ月前のあの日から、ちっとも進んでる感じがしない……

 

事実、得られていないのは手応えだけじゃない。成果も、まったくと言っていいほど出ていなかった。
結果が出ないことを、愚直に続けるだけの強さは持っていない。心の限界が近いのは、明らかだった。
しかし成果の代わりに、気づいたことがあった。

 

自分の至らないところが、何であるか。三ヶ月を通して、見えてきたものが確かにあった。
だけどそれがわかったからと言って、どうしたらその壁を打開できるのか、僕にはもうわからなかった。

 

完全に行き詰まった僕は、拠点長の元へと向かった。
「相談がある」と伝え、会議室で二人で話す時間を作ってもらった。

 

「あれから、自分なりに考えてみたんです……」

 

早速、僕は本題に入った。

 

「いろんな方法を練習して、試して。だけどなかなか上手くいかなくて……」

 

この三ヶ月を思い出しながら、言葉を口にする。

 

「気づいたんです。
お客さんと、少しも心の距離が縮まっていないことに」

 

そう。僕の感じていた問題点は、これだ。
心の距離が、まったくと言っていいほど縮まっていない。
誰と会っても、どんな会話をしようと関係なく、縮まっている気がしなかった。

 

「会話はそこそこ盛り上がるし、気まずくなるようなことはないんですけど……」

 

お客様と会って、いろんな方法を試す。相手に合わせて、会話の内容も毎回変えていた。
本で読んで新しく覚えた内容も、社内でしっかりと練習していたから、できなくて焦るようなことはなかった。
滞りなく会話は進んだし、お客様からの印象も決して悪くなかったと思う。盛り上がりも、それなりにあった。

 

「だけどやっぱり、打ち解けてる感じがしないんです……」

 

縮まらないこの距離は、何なのだろう。
わかり合えた気がしないのは、なぜなのだろう。
この時僕は既に、自分のコミュニケーション力への自信を完全に失ってしまっていた。

 

拠点長は、ゆっくりと口を開いた。

 

「そうか。あの時車内で、俺が言ったこと覚えてるか?」

 

「え? お前の会話が良いとは思えないって、言ってましたよね……」

 

そうだ。確かに、そう言われた。
あの時は受け入れられなかったけど、今なら納得できる言葉だ。

 

「いや、微妙に違うな。
お前の『客先での』会話が良いとは思えないって、俺は言ったんだ」

 

客先での?
拠点長が何を言おうとしているのか、僕にはわからなかった。

 

「お前のコミュニケーションを全否定するつもりはない。
ただ、客先で見た会話は良くないと思ったんだ」

 

相槌を打ちながら、次の言葉をじっと待つ。

 

「お客さん以外なら、心の距離を縮めることができた経験だってあるだろ?」

 

そりゃもちろん、ある。
学生時代の友達や、先輩、後輩……何人もの顔が浮かんだ。

 

「その時と、客先での会話。何が違うか、わかるか?」

 

え? 何が違うか?

 

「立場……ですか?」

 

確信を持てないまま、答える。

 

「確かに、立場も今までとは違う。
だけど俺が言いたいのは、そこじゃない」

 

拠点長の言葉は、力強さを増していた。

 

「相手と本当に仲良くなりたいと思っているかどうか。
その点で、違うと俺は思う」

 

本当に仲良くなりたいと思っているかどうか?
そんなこと、考えたこともなかった。

 

「学生で、同じコミュニティにいれば、仲良くなりたい、友達になりたいと思うのは自然だ。
そうすれば、自然と相手に興味を持つ。自分が理解されたいのと同じように、相手のことを理解したいって思うだろ?」

 

確かにそうだ。
クラス替えの後などは、不安で仕方ない。だからこそ、早く周りの人と仲良くなりたいと強く思う。結果会話も弾み、なんだかんだ仲の良い友達がすぐにできる。

 

「だけど営業で会うのは、まったく立場の違う、知らない会社の人だろ?
しかも大体がおじさんで、歳も離れてる。広告の提案もしなきゃとか、自分の仕事のこととかいろいろ考えてると……」

 

僕に足りなかったもの。話は、確信に迫っていた。

 

「相手と仲良くなりたいって気持ちを持つのは、意外と難しい。
そしてそれは、会話にも表れるし、相手にも案外伝わるんだ」

 

拠点長の話したすべてが、今までまったく持っていなかった視点だった。

 

「自分に足りないのは、技術だってずっと思ってました……」

 

自分の間違いに気付かされた僕は、俯きながら言った。

 

「いや、違うんだ。技術は後からでもいい。本当に大事なのは、心根なんだ。
本当の意味で、相手を理解しようすること。その気持ちさえあれば、時間がかかっても諦めることなく相手を理解することができるはずだ」

 

本当の意味で、相手を理解しようとすること。
それができたなら心の距離も……

 

やってみるしかない。
道が拓けたような、そんな気がした。

 

 

 

 

それ以来僕は、営業の手法にはこだわらなくなった。
相手を真に理解しようとすること。それだけを心がけた。

 

立場や年齢の離れた相手に対して、仲良くなりたいと心から思うのは、正直難しかった。
常にできていたかと言われると、そうじゃないと思う。

 

だけどあれから半年が経って、神奈川の担当を外れることになったある日。
お客様に担当が変わることを伝えると、こんなことを言ってもらえた。

 

「平野くんだから契約したのに。担当外れるだなんて、残念だよ」

 

僕はその言葉が、本当に嬉しかった。
今まで仕事していて、いちばんと言っていいくらいだった。

 

心の距離を縮めることができたのかな。
そう思うと同時に、車内で拠点長と会話した、あの日の自分に言ってやりたいと思った。

 

「コミュニケーションで大事なのは、技術じゃなくて心根だよ」ってね。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
平野謙治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1995年生まれ24歳。千葉県出身。
早稲田大学卒業後、広告系ベンチャー起業へ就職。現在新卒2年目。

若手スタートアップコミュニティ「CAVE」運営幹部。
2019年2月開講のライティング・ゼミを受講。16週間で15作品がメディアグランプリに掲載される。
その内5月15日に掲載された作品、『苦しんでいるあなたは、ひとりじゃない。』がメディアグランプリにて1位を獲得する。
6月から、 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部所属。
初回投稿作品『退屈という毒に対する特効薬』で、週刊READING LIFEデビューを果たす。

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2019-07-08 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.40

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