週刊READING LIFE Vol.42

仕事の美学は包装にあり!《 週刊READING LIFE Vol.42「大人のための仕事図鑑」》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

大人の皆様に、ある仕事を紹介しようと思う。
 
私の現在の仕事は夫の会社の経理だ。夫の会社はExcelの会社、おかげさまでご好評をいただいている。その前は一部上場企業の内部統制担当者。総務とウェディングプランナーの経験もある。学生の頃のアルバイトは中華料理屋、本屋、ティッシュ配り、美術館の会場案内、ラッシュ時間の駅で乗客を電車に押し込む係、お正月の初詣の参拝客にひたすらおみくじを配る巫女さんなんかもやった。また、夫の知り合いはご自分で起業された方が多いので、話を聞いているだけでワクワクするようなエピソードがたくさんある。普通ならこのなかのどれかを紹介するところなのだろうが、私が選んだのは、この中のどれでもない。自分は全く経験したことのない仕事だ。
 
その仕事は、ストイックだ。
その仕事は、クリエイティブだ。
その仕事は、会社の利益に直結した成果を出すことが出来る。
 
その仕事は、決して表舞台に出てくることはない。
 
どうしてその仕事がこんなにも魅力的なのか、私にもよく分からない。でも、日常生活でその仕事の成果物を見るたびに、その仕事に思いを馳せずにはいられない。今日はその仕事の魅力について余すところなく語り尽くしてみたいと思う。
 
私を魅了してやまないその仕事は、包装管理士という。

 

 

 

 

日本で生活していて、包装管理士の仕事の成果物に触れたことがない、という人はそうそういないだろう。たとえばちょっとした家電を買うと、必ず段ボール箱に梱包されている。梱包の段ボールを開けると、製品は切込が入って複雑に折り曲げられた段ボールにぴったりと守られて鎮座している。こまごまとした部品も、ちょっとした切込や小さなくぼみにピタッと収まって、箱の中の空間が無駄なく利用されている。驚くべき創意工夫だ。そう、包装管理士とは、この段ボールを作る仕事なのだ。他にも、お菓子や食べ物、生活雑貨を入れている箱。商品内容の説明書きなどが当然あり、開けやすく、商品を取り出しやすく、更にはごみ分別しやすくなるように、切込やらツメやら入っている。何と素晴らしい心遣いの工夫だろう。こうした私たちの生活を取り巻く商品、その商品にまつわる包装は、包装管理士たちの努力の結晶なのだ。
 
私が包装管理士という仕事を知ったのは、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で取り上げられたからだ。包装管理士である岡崎義一氏について、2013年6月3日に放送された。放送では伏せられていたが、調べると岡崎氏は住宅設備機器メーカーのTOTOにて、包装の設計に30年間携わってきたそうだ。多くのメーカーが自社商品の包装を段ボール会社に外注する中、岡崎氏は自社包装にこだわった。その成果は10年間で17億円のコスト削減というのだから、おそるべき威力と言わざるを得ない。番組では岡崎氏が包装の仕事と出会うまでと、その仕事ぶりの密着取材が放送されていた。密着取材の中で、岡崎氏は、自分で段ボールを設計して段ボール会社に発注する。箱の形、くりぬき、切込、更に段ボールの皮一枚残して切る半切込など、他社と比べて段違いに精緻な指示が出ていた。その試作品が出来たと連絡を受けた岡崎氏が、テレビクルーを引き連れて段ボール会社を訪問する様子が映し出される。
 
「ここ、パッと折れないね」
 
緊張した様子の段ボール会社の担当者、技術者に囲まれた岡崎氏が、試作品を手に取って、真ん中あたりをトントン、と叩く。叩いたあたりの切込に合わせて段ボールを折り曲げるのだが、ちょっと引っかかって、スムーズに出来ないというのだ。
 
「ここをパッとできれば、一個あたり3秒縮まる。こんな風に引っかかると困る。……」
 
段ボール会社の担当者と、技術的なことをあれやこれやと論議する岡崎氏。画面越しに素人が見る分には、段ボールの切込は綺麗に入っている。私が組み立てたら、きっとほんのちょっとの引っかかりなんて全然気にならなそうだ。ただ、そのほんのちょっとのタイムラグをなくすために、岡崎氏は情熱を注いで担当者と議論し、解決策を求めてアイディアを絞り出していた。ほんの少し修正を加えてまた試作品を作る。岡崎氏が唸る。また修正……。他にも、内側で商品を支える段ボールの仔細を綿密に検討していく。ここを折り曲げれば、少し資材を減らせるのではないか。ここに切込を入れて、こうしてああして差し込めば、現状のまま、強度をより上げられるのではないか……。試作品を修正し、納得いく仕上がりになりまで、三時間ほどを要した、とナレーションが流れた。
 
この人、梱包の段ボールに何でこんな一所懸命なの……?
段ボールなんて、商品を中から取り出したらさ……。
 
「包装は、お客様の手元に商品が届いた瞬間に、ゴミになるんですよ」
 
絶妙なタイミングで入った岡崎氏のコメント。
 
「だから、包装にかけるのは技術だけでいい。よけいなコストはかけない。無駄を省けば、コストが減る。包装を処理するお客様の手間が減る。環境の負荷が減るんです」
 
手間を省けば、人件費が減る、現場の負担が減る。だから3秒のロスにも徹底してこだわる。
 
「…………」
 
そういう番組なんだって、分かってる。その人の仕事ぶりを説得力と熱意をもって紹介する番組なんだってことは、見始める前から分かっていた。
 
でも、だからって、こんな風に畳みかけてくるのは、ずるいじゃないか。
 
岡崎氏の包装がもたらす影響は、コストだけではなかった。輸送中の破損事故が減り、結果としてクレームの件数も激減したというのだ。一度は包装設計の仕事から離れた岡崎氏だが、クレーム件数がまた増えてしまい、戻ってくれと名指しされるほどだったという。それからずっと包装の改革に取り組み続け、30年が経った。定年を間近に控えた今、最低限のクッションでいろいろな商品に応用できる、次世代の包装を開発しているという。いわば、岡崎氏の仕事の集大成なのだそうだ。番組の最後に、岡崎氏が自身のプロフェッショナル観を語り、エンディングテーマが流れた。私は完全に放心しながらエンドロールを眺めた。こんな素晴らしい仕事があったなんて。こんな素晴らしい人がいたなんて。NHKいい仕事するなあ。受信料ちゃんと払っておいてよかった。
 
その後の岡崎氏は、TOTO公式サイトによれば、後進の教育に力を入れているようだった。自身が設計した包装を改善しろ、と無茶ぶりをしたりするらしい。すでに極み尽くされた包装設計を打破するために、後輩は輸送中の商品の状態を計器で計測するなどして挑んでいるそうだ。横向きにして輸送されることが全くなかった商品は、横向きを想定した包装を排除することで、2kgの包装の減量に成功したそうだ。また、日本パッケージングコンテストにおいて、TOTO社の製品が何度も賞を受賞しているらしい。岡崎氏が、自分が設計した包装が刷新されていく様子を楽しげに見ている様子が伺えて、なんだか嬉しくなった。
 
さて、包装管理士という仕事は、包装に携わる人たちが、所定の講義を受け、試験に合格した者のみに与えられる称号だ。五十年以上の歴史があり、講義は生活者包装コースと輸送包装コースに分かれているらしい。なお、講義受講および受験資格は二十二歳以上、かつ包装の実務経験が四年以上あることだそうなので、私のように単に包装が好きなだけでは受験できないのが残念ではある。実際、包装管理士の資格を持っていなくても、包装の仕事をしている人はたくさんいるだろう。私が包装管理士という仕事を知ったのは岡崎氏がきっかけだったが、包装そのものは、この日本で生活をしていると、ありとあらゆるところに溢れている。いつもは気にも留めない包装だが、興味を持って見てみると、驚くべき工夫が随所に凝らされているのが分かってきてとても面白い。
 
最近の私のお気に入りの包装は、箱買いしているミネラルウォーターの段ボールだ。表面には商品の説明と、可愛らしいキャラクターが描かれているが、段ボールを開いて畳むときのガイドまで書いてあるのだ。更に、畳んだ後に段ボールが広がらないように、折り曲げて使うツメの切込まで入っている! 箱が空になったら、段ボールを開いてガイドのところで折り、ツメを内側に織り込むことで、畳んだ状態がピタッと維持される。後は段ボール置き場に立てかけておけば、ずっとピタッとぺったんこのまま。妙に大きくて場所をとることもなく、折り畳んだ片側だけ広がって他の段ボールを雪崩れさせることもなく、ずっとピタッとぺったんこ。何という心配りだろう! 初めてツメを折った時に、あまりの便利さに感動し、以来ずっとそのミネラルウォーターを購入するようになった。
 
「すごいなあ。カッコいいなあ」
 
それから、乳幼児向けのジュレドリンク。これを見ると、いつも思わずそう呟いてしまう。赤ちゃんが誤飲しにくいように、大人向けゼリードリンクのものと比べ、ずいぶん大きいキャップ。500円玉くらいあるだろうか。ただ大きいだけでなく、レンコンのように穴が開いているので、万一口に入れてしまっても、窒息することはない。包装担当者の、子供を配慮する気持ちがしっかりと伝わってきて、ジュレのフタを開けて、息子に手渡す度に嬉しい気持ちになり、私の手の中に残るキャップの形状に思わず魅入ってしまう。
 
他にも、キャップ式になり、保存が容易になった飲むヨーグルト。高齢者が片手で受け取りやすい錠剤シート。軽くて潰しやすいペットボトル。詰め替えやすい詰め替え式シャンプー。シャンプーとリンスの区別が出来るボトル。輸送時の緩衝材とデザイン性を兼ねたディスプレイケース。新鮮な状態をずっと維持できる醤油ボトル。箱のように使えるプチプチ緩衝材。一度開けてももう一度密封できる佃煮ケース。クリームが付きにくいケーキのフィルム。カカオ豆の種類によって違うパッケージのチョコレート。例を挙げればきりがないが、プロダクトデザインとは少し違う、でも隣接しているような気がする包装たち。見れば見るほど、知れば知るほど、機能性や視認性を極限まで突き詰められた姿は、惚れ惚れするような美しさがある。
 
そう、よい包装は美しいのだ。色が綺麗だとか、形が良いだとか、そういうのとはまったく別種であるが、実に美しい。岡崎氏の段ボールなら、ウォシュレット便座を支えるために、最小限の段ボールを驚くような形に展開させ、商品を包み込む。その無骨で、商品を守るという目標に対して全く無駄のない姿は、美しいとしか言いようがないほど洗練されているのだ。お客様のもとに商品が無事届けば、瞬く間にゴミになる包装。パッケージだとしても、中身が取り出されたら捨てられてしまうのに変わりはない。あくまでも脇役だ。それでも、もっと安全に、もっと簡単に、もっと便利に。包装に求められている役割を極限まで突き詰めて、極めて、それを乗り越えて革新していく。日進月歩で変わりゆく包装を見ていると、岡崎氏のような包装管理士の方々がアイディアを絞り出し、試行錯誤を重ねて唸っている姿が浮かび上がるようで、それがどうしようもないほど魅力的に思えるのだ。

 

 

 

 

岡崎氏は、番組の最後、プロフェッショナルとは何か、と問われ、こう答えた。
 
「妥協しない。物事を開発する上で、妥協したらそこは、それでもう終わってしまうんで、妥協しない気持ちだと思いますね。妥協しなくて、次からいいものいいものっていう形でやっていけば、本当にプロフェッショナルができるんじゃないんですか」
 
あれだけ妥協せず突き詰める人が言うと、重みが違う。これはもはや岡崎氏の美学なのだろう。美学をもって仕事に挑むのはすごいなあ。そういう仕事に巡り合えるのはすごいなあ。そんなことを考えながら、私の仕事である経理業務に向かい合う。経理の仕事は面白くない。ストイックに淡々と作業をしないといけないし、表舞台に出てくることはない。何か新しい事業があると、帳票を作ったりフローを決めたりするなどあれこれ工夫しないといけないし、何より仕事の結果が会社の利益に直結している、責任ある仕事だ。
 
「……あれ」
 
なんか、聞いたことがあるな。なんだったっけな。しばらく自分でも気が付かないふりをして考え込んでみたが、事実からは逃げられそうにもない。
 
「どこにあるんだ、経理の美学……」
 
私がプロフェッショナルの域に達するのは、まだまだ時間がかかりそうだった。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/86808

 


2019-07-22 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.42

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