ドキドキする公共施設を目指して《 週刊READING LIFE Vol.42「大人のための仕事図鑑」》
記事:相澤綾子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
子どもの頃から、近所の公民館図書室で本を借りて読むのが大好きだった。たぶん、幼稚園生の頃にはすでに自分用の図書カードを作ってもらっていたと思う。薄いピンク色で、ビニールでコーティングされたカードには、私の名前が書かれていた。自分の名前の書かれたつやつやしたカードを持っていると、自分が大事に扱われているような、大人の仲間入りができたような、誇らしい気持ちになった。静かな児童室を歩き回り、自分のお気に入りの絵本を見つけ、カウンターに持っていく。図書館員に差し出す時には、本の上にカードを乗せる。母親のカードで借りるわけではない。私自身のカードだ。
少しずつ文字がたくさんある本も借りるようになって、母親と一緒ではなく、一人で図書室に通うようになった。中学や高校の時は、夏休みの宿題の調べ学習をするために通ったり、受験勉強をするために自習室で一日を過ごしたりするようになった。
高校生の時には、線路を超えたところに大きな図書館ができて、そこに自転車で行くようになった。公民館図書室とは比較にならないくらいたくさんの本が置かれた大きな図書館だった。ブルーグレーの壁の建物は、グランドピアノのカーブみたいな不思議な形をして、いた。その建物が大好きだった。今日は本とのどんな出会いがあるのかという気持ちとあいまって、駐輪場に自転車を停めて建物を目にするときには、少しだけドキドキしたのを覚えている。
最初から公務員になろうと思っていたわけではないけれど、いろいろないきさつがあって、私は市役所に勤めることになった。そして今は、公共資産マネジメント推進課というところにいる。
市はたくさんの公共施設を持っていて、特に右肩上がりの時代にたくさん公共施設を新設した。建物は数十年経つといろんなところが古くなってきて、大きく改修しなければいけなくなる。それぞれの施設は別々の部署で管理しているから、別々に改修する時期を決めようとすると、ある年にたくさんの支出をしなければならなくなるかもしれない。そういうことを避けるために、公共施設全体を見て、改修計画を立てなければいけないという考え方が出てきて、それに対応するために新たに作られた部署が、公共資産マネジメント推進課だ。
民間企業であれば、自分たちの経営状況やマーケットがどんな風になっていくかを見ながら、事業を拡大していくのかもしれない。けれども自治体の場合、長いこと経済も人口も右肩上がりで計画を考えてきてしまったということもある。だから公共施設はこれからもどんどん必要になるだろうし、税収が増えてまかなえるだろうと考えられてきた。しかも新設の時には、国からの補助金が投入されることがほとんどで、もちろん本当はその先にある維持管理費や改修費用を加味して新設を決めなければいけないのだけれど、初期投資が補助金でかなり賄えるから、どうしても過剰投資になりがちだった。実は初期投資は施設が最後までかかる費用の2割程度で、氷山の一角だから、過剰投資した公共施設の維持管理費や改修費用に苦労することになってしまうのは、当然の結果だったのだ。
それ以外にも、今別々の場所にある施設を建替えの時期に合わせて統廃合して、一つの建物として管理することで、維持管理費を下げられないかとか、使ってない施設を貸し付けたり売却したりすることで、経費節減したり収入を得たりできないかということも考えている。
例えば、学校も、これからどんどん子どもが減っていく。既に全国的にもたくさんの学校が閉校になっていて、平成28年度には406校、平成29年度には358校が閉校となった。学校までの通学時間があまりに長すぎるのも子供の負担になってしまうけれど、クラスの人数が少なすぎるのも教育の効果の面から考えてあまり良くなくて、在校生がまだある程度いても、計画的に他の学校と統合していくという流れになっている。するとまた廃校が出てきて、それをどうするかということも考えなければいけない。
子どもがいなくなって、もう使うことがないのだから、使いたいという事業者がいたら売ったり貸したりすればいいし、古くて使えないのなら、取り壊してしまえばいいという考え方もある。でも学校は地域のみんなの思い入れがあって、そんな風に簡単に考えられない。学校が閉校になっても、体育館やグラウンドを今まで通り使いたいという地域の要望がある。地域の方も使わせてもらうからということで、草刈りやグラウンドの整備をやってくれたりしている。他にも、避難場所に指定されているから、安心・安全のために使いたいという要望もある。私の想像だけれど、子どもたちも少なくなって、その子供たちが成人しても外に出て行ってしまって、どんどん高齢者ばかりが増えていって、取り残されていく感じがある中で、自分たちの思い入れのある学校が守られていれば、どこか安心という気持ちがあるような気がしてきてしまう。
今そういう地域に住んでいる人たちは、もちろん、ずっとそこが大好きで住み続けたいと考えていた人たちもいるだろう。でも、ひょっとしたら親のため、とか、長男だから、とか、先祖代々の田んぼや畑を守るため、とか色んな理由で、本当はもっと違う場所に住みたかったのに敢えて地元に残ることを決意した人たちもいたのかもしれない。多分、家族や周りのことを思いやる優しい人たちだったのだ。そういう経緯で地域を見捨てなかった人たちだったとしたら、どんどん人が減って、学校までなくなって、ということをとても寂しく思うだろう。
でも、閉校した学校もセキュリティや各種点検のために維持管理費がかかっていて、1校あたりで見ればそれほど大きな負担ではなくても、これからどんどん廃校や使わない施設が増えていくと、積み重なっていく。今後使っていかなければいけない施設の改修費用や維持管理のためにもたくさんのお金がかかるのに、使わない施設にはこれ以上投資したくないのが現状だ。
だから、いろいろな自治体で、廃校を民間事業者に貸し付けたり売却したりして、地域の新しい魅力になるような取り組みを行っている。わずかな維持管理費をかけていても、いつかは取り壊さなければいけない状況になるのであれば、民間事業者に使ってもらって、うまくいけば新しい形で長く継続したりできたら、その方が素晴らしいことだと思う。新しい形になった学校を見て、安心を感じたり、ワクワクするような気持になってもらえたら、そんなに嬉しいことはない。
市役所は先に税金をいただいて、その後で仕事をする。アウトプットの質とは関係なく、税金をいただく。もちろんサービスの対価を1対1で支払ってもらうものもあるけれど、ほとんどは、その仕事について、対価を支払ってもらえるかどうかで評価されるものではない。あるものがなくなれば不満を感じるだろうし、新しいサービスが始まれば喜んでもらえる。でもそこには、お金を払うかどうかという利用者の意思表示が見えない。正直なところ、先輩方は、ここの怖さを感じてきたのだろうか、と勘繰ってしまうことも時々ある。何かを始めれば、施設を建てれば、そこに人がくれば、それで成功したと評価されてきた。今はそんな人はいないけれど、私が若かった頃は、退職間際の職員が「あの施設は自分が作ったんだ」みたいなことを言う人もいたくらいだった。
でも本当はそうじゃない。作ったから手柄になるわけじゃない。もちろん補助金を引っ張ってきて、新しい施設を作るということは本当にたくさんの事務が必要だし、大変なことだったと思う。でも大事なのは、それによって市民の生活が良くなっているのか、そのまま住み続けたいと思ってくれるのか、こういうサービスがあるから気持ちよく税金を払っていきたいと思ってもらえるのか、もっというならば、自分は使わなくてもこういうのを税金を使ってやるのは大切なことだと考えてもらえるのか。そういうことだと思う。
じゃあどうすればいいのか、について、答えが出ているわけではない。でもそれを探るために、毎日仕事をしている。窓口で人と接する仕事をしていた時は、相談に対応して、必要な情報を提供して、帰り際に安心して帰っていく様子を見るだけで、達成感が得られた。でも今はそういうやりとりで、すぐに自分の仕事が間違っていないと感じられるようなものでもない。この今の仕事がどんな風につながるのか、うまくいくのか、わからなくて正直不安なところもある。ただ、目指したいところはある。高校生の時の私のドキドキしながら図書館に通っていたように、通うのが楽しみな人が増えるような、そんな公共施設の活用の仕方ができるようにしたい。
◻︎ライタープロフィール
相澤綾子(Ayako Aizawa)
1976年 千葉県市原市生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。地方公務員。職員研修、障がい者福祉、経済部門を経験し、現在は公共資産マネジメントに関わる。3児の母。
2017年8月に受講を開始した天狼院ライティングゼミをきっかけにライターを目指す。天狼院メディアグランプリ20th Season チャンピオンシップ第2位獲得。
http://tenro-in.com/zemi/86808