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週刊READING LIFE vol.52

電卓のエンターキーを押すのはまだ早い《 週刊READING LIFE Vol.52「生産性アップ大作戦!」》


記事:井村ゆうこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「生産性アップか、私にはいちばん難しいテーマかも……」
 
以前の私なら、生産性アップというテーマを見ただけで、この記事の執筆を諦めていたかもしれない。
なぜなら、自分の人生を「生産性がない人生」だと思い込んでいたからだ。
 
親に苦労をかけて大学を卒業したのに、その後、社会人として納得のいくキャリアを積むことができなかった。退職と転職を繰り返し、専門的スキルも資格も身につけることができないまま、出産後はフルタイム勤務も叶わなくなった。
私が社会に出るまで、相当の金額を親に負担させてきたことを考えると、自分の生産性のなさが情けなく、また申し訳なかった。
 
「お母さん、ごめんね。大学まで行かせてもらったのに、しっかり稼げる人間になれなくて」
 
現在6歳になる娘を出産し、慣れない育児に四苦八苦していた時期、私は頻繁に母に電話をしていた。育児に対する不安を解消するためと、愚痴を聞いてもらうためだ。自分も親になって、こころの底から親のありがたみを知った私は、母に自分の不甲斐なさを謝らずにはいられなかった。
 
「何言ってるの。あんた、もし子どもが将来、バレーを習いたいって言ったら、プロのバレリーナになるんだったらお金出すって、言うの? もしスイミング習いたいって言ったら、オリンピック選手になるんだったら、習ってもいいよって、言うの? そんな風に、子どもの将来をお金で買うみたいに考えるの?」
 
「まさか。そんな風に考える訳ないじゃん」
 
「そうでしょ。子どもの習い事も大学も、いっしょ。身につけさせたことが、いくらぐらいの価値を生むのかなんて考えて、子育てはできないの。それに、あんたの人生、まだ半分も終わってないんだよ。大学で学んだことが、この先、どう活かされるかなんて、まだ分からないじゃない。人生は長いんだから」
 
私は、母の言葉を聞いて、肩の荷がおりるのを感じた。
バツ印ばかりつけてきたと思っていた自分の人生が、まだ、バツ印がつくのか、花丸がつくのか分からない、採点前の解答用紙のように思えてきた。
人としても、母親としても大先輩である母が教えてくれたのは、人生における生産性の捉え方だったのだと思う。
 
人生においては、投資した金額に対して、それを上回るようなリターンを、効率よく短時間で手にすることが、生産性を高めるということではない。
「あんなに頑張って勉強したのに、何にも活かせていない」
「結構な金額を使って資格をとったのに、仕事に結びついていない」
「時間と労力をかけてやったことが、何のメリットももたらしていない」
そんな経験は、誰にでも多かれ少なかれ、あるのではないだろうか。
それらを、「意味がなかった」「もったいないことをした」「損しただけだ」と捉えたら、そこで、その投資した、やる気やお金、時間は無駄になってしまう。何も生み出さなかった、生産性ゼロのものとして、終わってしまう。
 
しかし、反対に「勉強した知識は、いつかきっと役にたつ」「苦労してとった資格は、いつか必ず仕事に結びつくときがくる」「費やした時間と労力は、きっと何倍もの縁やチャンスになって返ってくる」と捉えることができたらどうだろうか。
人生に活かせていない学びも、宝の持ち腐れと化している資格も、気の進まない仕事や付き合いも、未来の自分への投資に思えては、こないだろうか。
 
人生の生産性アップとは、自分の人生に財産を増やしていくことだと、私は気がついた。
一見何の価値も生まなかった経験や、無駄に過ごしたと感じる時間は、未来の自分を助ける財産なのだ。
その財産はいつか、自分の人生をより「豊か」にしてくれる。自分の人生の生産性を、確実にアップさせてくれる。
そう考えると、自分に与えられた全ての経験が、貴重な財産に思えてくる。
 
「謝恩会の委員、いっしょにやろうよ」
 
娘が幼稚園の年長児に進級した、今年の4月始め。娘と同じ幼稚園に通う子のママから声をかけられた。
毎年3月に開かれる謝恩会は、卒園する子どもの親が、先生方への感謝の気持ちを伝えるために行う、幼稚園最後のイベントだ。
その謝恩会を取り仕切る謝恩委員は、毎年、年長児の親となった者が、「いちばん避けて通りたい役」として手をあげたがらない、人気のないポジションなのだ。
 
無理もない。負担が非常に大きいのだ。
3月末に、たった2時間の会を開くための準備が、4月から始まる。
保護者への説明、会費の徴収、先生方への記念品の選定から発注、卒園児の文集の作成、招待状の作成、当日会場で流すスライドショーの作成、飾りつけの準備……。まだまだ細かい作業が山のようにある。
もちろん、全てボランティアで、報酬は一切ない。
 
きっと、以前の私ならば、なんやかんやと理由をつけて、その誘いを断っていただろう。
「そんな時間ばっかり取られて、お金にもならないこと、絶対イヤ」と。
 
しかし、どんな経験も、人生の財産となることに気づいた私は、その誘いを引き受けた。
すると、さっそく私は数多くの「スキル」を、手にすることができた。
年齢、職業、家族構成から生活スタイルに至るまで違う、委員間での、意思疎通を図る具体的方法。
「前例」を撤廃して、改革をしようとするときに必要となる、根回しの進め方。
自分の子どものことだけを考えるのではなく、園児全体の利益を追求する客観的視点。
 
これらは、私が謝恩委員の誘いを断っていたら、絶対に手にすることができなかったものだ。
私のこの先の人生で、これらの財産が、どう活かされていくかは、まだ分からない。
しかし、この経験が私に、高いコミュニケーション能力を与えてくれたことだけは、間違いない。
その証拠に、今までどちらかと言えば、初対面の人と話すのが苦手だった私が、謝恩委員の仕事を通して、多くの保護者や先生と、円滑にやりとりができるようになっているのだ。
 
これは、私にとっては、とても大きな収穫だ。
書くことを生業とすることを目指している私には、ひとの話を聞き、言葉の真意をつかみ、的確に表現する力が必要だ。それには、コミュニケーションスキルが絶対に欠かせない
私は自分の時間と引き換えに、自分の人生に、目指すべき未来に、必要不可欠なスキルを身につけたのだ。このスキルを活かして、ライターとして、一歩も二歩も前へ進むことができたら、謝恩委員を引き受けたことが、私の人生の生産性を、大きくアップしてくれたことになるに違いない。
 
「生産性アップ大作戦!」
 
このために必要なのは、「精算」しないことだ。
自分がこれまで投資したお金や時間を計算して、結果はこうでしたと、確定させてしまう。
いま取り組んでいることを、時給に換算して、価値を確定してしまう。
そのような、自分の人生の行動すべてを、電卓をたたいて価値を計算し、結果を確定させるようなことは、今すぐやめよう。
そして、過去と現在の自分が、未来の自分を助けるということさえ肝に銘じておけば、電卓のエンターキーを押すのは、もっともっと先で、良いではないか。
 
子どもは、この「電卓のエンターキー保留」を見事にやってのけている。
毎日毎日、絵を描き、絵本を読み、ブロックで何やら作り、たまにピアノの練習をし、お尻を叩かれて英語の宿題をする、娘の将来の夢は、ころころ変わる。
アイドルになりきって歌う日もあれば、バレリーナになりたいといって踊る日もある。はたまた、お医者さんごっこをしながら、看護師さんにあこがれたかと思えば、次の日にはケーキを食べながら、ケーキ屋さんになることを夢見ている。
そうやって、全てをあきらめることなく、さまざまな可能性を、いろんな財産を自分の中にため込んでいる。
電卓に打っているのは「将来の自分を助ける財産」とプラスボタンだけ。エンターキーには目もくれず。
 
そして、そんな娘に、過去と現在の自分が、未来の自分を助けるということを教えるのが、親としての私の務めなのだろう。
 
もし、将来、娘が私と同じように「お母さん、ごめんね。大学まで行かせてもらったのに、しっかり稼げる人間になれなくて」と言ってくることがあったら、力強く答えてやろう。
 
「大丈夫、今までの経験全てが、未来の自分をきっと助けてくれるから。だから、謝らなくていいんだよ。あなたの人生の生産性アップ大作戦、めっちゃ上手くいってるよ!!」

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
井村ゆう子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

転勤族の夫と共に、全国を渡り歩くこと、13年目。現在2回目の大阪生活満喫中。
育児と両立できる仕事を模索する中で、天狼院書店のライティングゼミを受講。
「書くこと」で人生を変えたいと、ライターズ俱楽部に挑戦中。
趣味は、未練たっぷりの短歌を詠むことと、甘さたっぷりのお菓子を作ること。

 
 
 
 

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2019-10-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.52

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