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週刊READING LIFE vol.52

スポーツビジネスに於いては、集客こそが生産性《 週刊READING LIFE Vol.52「生産性アップ大作戦!」》


記事:山田THX将治(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

「来季から、新しいプロリーグを立ち上げます。ワールドカップ日本大会が迫っている今こそ、いや、今しかタイミングが無いのです」
今年の6月、日本ラグビーフットボール協会の副会長に就任した清宮克幸氏は、
いつもの自信にあふれた態度とは違い、何かの決意を感じさせる表情で、そう語った。
 
早稲田大学・サントリーのラグビーチームで、選手及び監督として活躍して来た清宮克幸氏だが、最近では、早稲田実業から日本ハムファイターズへ入団した、清宮幸太郎選手の父親としての認知されることが多い。しかし、ラグビー界では超有名人で、誰もが知っている存在だ。
その清宮氏、高校時代は母校の茨田高校を主将として全国大会に導いた。激戦の大阪府予選では、府立高校の勝ち上がりが珍しいことだった。また、高校代表チームでも主将を務めた。
進学した早稲田大学では、1年生からレギュラーとして活躍し、チームは低迷期を脱し2回の全国優勝を果たした。特に、4年で主将を任された年度のチームは、早大ラグビー部史上に残る強豪と記憶されている。
社会人となり、サントリーに進んだ清宮氏は、中心選手として活躍し、やはり、主将を務めた1995年に全国制覇を成し遂げている。
現役を引退し指導者になった後も、それが既定路線かの様に、チームを全国優勝に導いている。しかも、母校の監督時代の全国制覇は、13年振りの事(氏がキャプテンだった年)だったのだ。
清宮氏は、常に勝利を手にするチームに所属するという強運と、主将や監督としてそこに参画する運命を持ち合わせていた。
 
私は何も、清宮克幸氏の経歴をなぞって、褒め称えたいのではない。
彼が唯一成し得なかったことは、ジャパンのフル代表に選出された経験が無いことだ。これは、ファン目線に過ぎないかもしれないが、リーダーシップが強過ぎる清宮氏のキャラが、時の指導者達に好まれなかったからだと思う。もし、もう少し指導者の了見が広ければ、1995年に行われた第3回ラグビーワールドカップの対ニュージーランド戦で、145対17という、今もってギネスブックに残ってしまっている大敗はしなかったとも考えられる。
何故なら、一般の観客は清宮克幸選手が、その時の日本代表のキャプテンを務めると思っていたからだ。ところが実際は、キャプテンどころか、メンバーにも清宮選手の名は無かった。歴史、特にスポーツに“もし”は禁物だが、あの時のメンバーに清宮の名が有れば、勝てはしなかったものの、屈辱的点差にはならなかっただろう。
何故なら、清宮氏のキャプテンシーは、逆境になった時こそ発揮され続けているからだ。ただ、その試合を契機にして‘日本のラグビーは世界に通じない’という空気が日本中に充満し、試合の観客数も一気に減少してしまった感覚が、私には残っている。実際、清宮克幸選手が現役時代、5万人超の収容人員だった旧国立競技場に、入り切らない観客が押し寄せたものだった。
 
日本のラグビー界が、現在、逆境だとは思わない。むしろ、子供達にラグビーを教えるスクールも増え、競技人口も上がっている。毎年、花園を目指す高校生や、人気の大学ラグビーリーグもある。一応、形になっているラグビーリーグも日本には有る。ニュージーランドやオーストラリア、南アフリカといったラグビー強豪国のリーグへ、日本のチームも参加させている。“4年に一度じゃない、一生に一度だ”のキャッチコピーが付けられた、ワールドカップの自国開催も実現している。
では何故、無類のリーダーシップを誇る清宮克幸氏が、意を決して副会長の任を受諾し、茨の道ともいうべき宣言をしたのだろうか。私が思うに、清宮氏独特の責任かからくる“危機感”が生じたのではないだろうか。
 
日本は戦後の長い間、第二次産業中心の経済成長をしてきた。先人達のたゆまぬ努力によって、世界に誇る経済成長を遂げてきた。モノ作り中心に成長した世の中だったので、休まず・身体を酷使し・使える時間を全てつぎ込むことを美徳としてきた。
ところが、1970年代前半に起こったオイルショックによる経済停滞で、‘明日は今日よりきっと良くなる’というコンセンサスが崩れた。長い時間働くことは、多くのモノを生産することに違いは無い。しかしそれが、成長につながるという考え方に、必ずしも言えないのではないかとの疑問符が付いた。
改めて、生産性が問われ始めたからだ。
その結果、集団力を誇る日本でも個の力が重要視される様になった。それと共に、
それまで日本経済を引っ張っていた“重厚長大製造産業”が勢いを失い、第三次産業、特に流通業が幅を利かせる様になって来た。
滅私奉公的思想がもてはやされる製造業から、個性が重視される社会に変革され始めたのだ。
 
ラグビーというスポーツは、“One for all, All for one”というキャッチフレーズが有名だ。これが、製造業中心だった高度成長期には重宝させた。製鉄業を中心に、多くの社会人ラグビーチームが立ち上がった。会社の宣伝に、大いに役立つと思われたからだ。また、就職に有利とのことから、有名大学のラグビー部には、就職を狙った入部者が相次いでいた。
ただこれは、ラグビーに限ったことでは無く、大手新聞社と教育という側面で発展した野球も同じだ。競技としての収入が無くとも、親会社や学校の宣伝になれば、収支を気にしなくともよかったからだ。
いきおい、事業としては褒められたものではない慢性的に赤字のプロ野球球団や、少子化対策で受験者・入学者を何とか獲得しようと、ラグビー部を強化し始める大学が出始めた。
しかしこれは、本来のあるべき姿では無いことが、一目瞭然だった。
 
時代が、安定成長という名の低成長時代になると、途端に各企業がスポーツに力を入れにくくなってきた。ラグビー界も例外ではなく、有名商社や広告代理店のラグビー部には、チーム強化の予算が組まれなくなってきた。挙句の果ては、白物家電で世界を席巻していた企業が、企業ごと外国企業に買収されチーム名が奇しくも同業他社に変わったりした。
高校のラグビー部も減り、大学も選手強化が上手くいったチームが、長年日本一の座についていた。これは、黄金期ではなく、停滞期でしかなかった。
世界的ラグビーの潮流に、日本ラグビー界は全く乗り遅れ、強豪国からは遠く引き離されてしまった。
これはまるで、第二次産業から第三次産業へ切り替わった世界経済に、日本の経済界が遅れを取ったのと同じだ。これは明らかに、二次と三次の生産性の違いを見誤ったことに原因が有ると思う。
今年還暦を迎えた私の、経験則に過ぎないが。
 
製造業(第二次産業)とサービス業(第三次産業)では、生産性を上げる方策はおのずと違ってくる。製造業では、一定の品質を担保した上で、数多くのモノをタイムコストと製造コストを下げることによって、生産性は容易に上げることが出来る。モノが売れる前提で、話が進むからだ。
その点、サービス業では、生産性の上げ方に大きな隔たりが有る。モノやコトを売る為の産業なので、提供する商品やサービスのクオリティによって、売れ行きが大きく左右される。また、クオリティを担保する為ならば、タイムコストや製造コストをいかに掛けようが、多くは問われない。厳しい言い方をすると、顧客にとって三次産業のコスト等、低ければそれに越したことはなく、その生産性等は尚更問うてはいないからだ。
 
第三次産業に属する、スポーツビジネスではどうだろう。前述の通り、顧客は産業全体のことなど考えてはいない。試合が面白いと思えば観客は、自然と会場に足を運ぶものだ。そうなれば、スポーツ産業の売り上げが増え、生産性が上がったということが出来る。
しかし、現在の日本のスポーツ産業は、母体となる企業に“おんぶにだっこ”状態から一歩も出ていない。
例外として挙げられるのは、サッカーのJリーグとバスケットボールのBリーグだ。どちらも、各チームのフランチャイズ制を強く敷いていて、全て独立採算制だ。もし、欠損(赤字)状態が続いた場合、そのチームはリーグから除名となるのだ。各チームは、集客にやっきになっている。つまり、各チームは、生産性を上げる為に、あの手この手と知恵とコストをつぎ込んでいる。
この両リーグは、共に川淵三郎氏が中心となって立ち上げた。
 
日本初のプロサッカーリーグとして設立されたJリーグは、フランチャイズ制と母体となった企業名を外すことを徹底した。何故ならば川淵氏は、はるか先を行っているプロ野球機構と同じことをしていては、サッカーというマイナースポーツ(当時は)が、長くプロリーグを維持していけないことを熟知していたからだ。また、サッカーが盛んなヨーロッパを見習い、クラブチーム形態と地域性が重要と思ったに違いない。
もし、この時の川淵氏の見解が間違っていたならば、多分今日の、サッカー界の隆盛は無かったことだろう。
川淵三郎氏が提唱した生産性は、見事に当たったのだ。その上、部外者であったにもかかわらず、請われて参画したBリーグで、その生産性は再現可能であることが証明された。
 
今回、清宮克幸氏が始めようとするラグビーのプロリーグ。まだ、全体像が十分に見えて来てはいない。しかし、その生産性向上法は、川淵三郎氏のそれに極似しているとおもわれる。
もっとも、お二人の普段の話し方が、自信たっぷりというところも似ているのだが。
 
現在、ワールドカップで日本の躍進が続いている。連日、どこの会場も満員の入場者で一杯だ。
この大会の生産性は、間違いなく成功と言い切っていいだろう。この生産性が続けば、新しいプロリーグの生産性も維持されるだろう。
それよりもっと分かり易いのは、数年後、清宮克幸氏の評価が、現在の川淵三郎氏に近付いているかどうかだ。
 
私には夢が有る。
日本のプロラグビーリーグに、世界中の一流選手が参加し、毎試合多くの観衆が集まることを。
 
そして、清宮克幸氏が、御子息の縁で、低迷したプロ野球連盟の再建を請われることを。
 
これが正夢になることを祈って、最後のEnterキーを叩くことにしよう。
 
(日本代表が、世界ランキング2位のアイルランドを撃破した日を記念して)

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
山田THX将治( 山田 将治 (Shoji Thx Yamada))(READING LIFE編集部公認ライター)

天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE編集部公認ライター
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
現在、Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックを伝えて好評を頂いている『2020に伝えたい1964』を連載中
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する

 
 
 
 

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2019-10-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.52

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