1日の始まりは「睡眠」と「ロールケーキ」で決まる《 週刊READING LIFE Vol.52「生産性アップ大作戦!」》
記事:吉田健介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
ピューーーーーン!!!
爽快なサウンドを鳴らせてながら、誰よりも速くスタートを切る。
他のキャラクターを差し置き、気持ちの良いレースが始まる瞬間。
アクセルボタンを押すタイミングは早すぎても、遅すぎてもダメ。
画面のカウントダウンに注意しながら、ボタンを押す。
「3、2、1」の「2」のタイミング。
少しでもズレてしまうと、スタート時にエンストを起こしてしまう。
その場でクルクルと回り、しばらく動けなくなってしまう。
あの頃、僕はスーパーファミコンのマリオカートに夢中だった。
「スタートダッシュ」という技を教えてもらった。
他のプレーヤーを差し置いて、集団から独走状態で走り出すテクニックだ。
成功すれば、単独1位からレースを展開できる。
失敗すれば、集団の尻尾となってしまう。
そう。レースはやる前からすでに始まっているのだ。
「GO!」の合図がかかる前から、もうスタートしているのだ。
「行ってきまーす……」
心の中で静かに呟く。
朝の5時半。
家族はまだ眠っている。
ちょうど日の出の時間帯。空はうっすらと明るくなり出している。鳥も目覚め出す。
物音を立てないよう気配を消し、ソロソロと移動する。
静かに、細心の注意を払いながら玄関の扉を開ける。
まるで泥棒の気分。
途中で目が覚めることを妻は嫌う。
何かに躓いて音を立てると、一瞬ヒヤッとする。
妻を起こした瞬間、不機嫌な空気が僕の肌を触る。鬼のようなオーラが後ろから矢のようにプスプスと突き刺さってくる。それだけは避けなさればならない。平和が1番だ。泥棒になっても構わない。いや、むしろ望んで泥棒になろう。
片道50分の道のりを運転すると、僕の職場がある。
6時半頃に到着し、早速仕事に取り掛かる。濃縮タイムが始まる。
「さて、やるか」
ここから約1時間、1日の仕事のほとんどを終了させる。
中学校で働く僕は、まだ誰もいない学校で、そして静かな職員室でカタカタと軽快にキーボードを叩く。この1時間は、時間も仕事も圧縮された濃厚な時間。これによって1日の生産性を向上させる。1日で最も重要な核となる時間帯。
「おじいちゃんみたい」
朝早くから起きている僕を、周りはよくそう言う。
「朝型」か「夜型」かと言われれば、僕は朝型人間である。
朝早く起きることは苦ではない。幼い頃からそうだ。夏休みは朝の4時台に起きて宿題をしていた。誰に教わったわけでもなく、ただ自然にそうしていた。
それは今でも変わらない。まさに朝型人間。ただし、夜は苦手だ。朝に早く起きる=夜に寝るのが早い、ということ。だから、夜は得意ではない。典型的な朝型人間だ。
「朝型」か「夜型」かは、生活習慣でカスタマイズされるものではない。
生まれ持ったものが大きく影響している。遺伝子の組み合わせで「朝型」か「夜型」かが決まる。血液型のように、始めから体内に備わっているものなのだ。
僕にとっては睡眠は重要である。
適切で良質な睡眠が確保されているからこそ、朝6時半からの濃縮タイムを発動させることができる。睡眠と濃縮はセットなのだ。
だから、睡眠に対するスタンスは少し違う。
目覚まし時計が鳴って、布団から出た瞬間が1日のスタートではない。
僕にとっての始まりは、布団に入って寝る時から始まる。
1日のスタートは睡眠から既に開始されているのだ。
マリオカートのスタートダッシュのように、走る前から準備され、レースが始まっているのだ。
「君は自由でいいね」
ある日妻が言った。
朝型人間の僕とは対照的に、妻は夜型人間だ。
生後2ヶ月になる息子を抱える妻。数時間おきに母乳やミルクを息子に与えている彼女は、安眠に飢えている。朝型でも夜型でもない。もはや崩壊型。そんな妻が放つセリフ、君は自由でいいね、は重みがあり、プレッシャーを感じる。
朝型生活を保つためには、夜型の血が流れる妻の理解が必須である。
育児のストレスは、他でもなく僕自身に集中投下されるから、注意が必要だ。
ちなみに僕の家での役割は以下である。
・抱っこして寝かせる。
・お風呂に入れる(2人で協力)。
・ゴミ出しをする。
・水回りの掃除をする。
・洗い物をする。
・妻にマッサージをする。
・甘い物を買って帰る。
僕の立場が危うくなると、すかさず「甘い物を買って帰る」を発動させる。
駅前にあるケーキ屋さんでロールケーキを買う。スーパーにあるプリンやアイスではなく、ケーキ屋さんで調達する。
濃厚な牛乳が使われているそこのロールケーキは、口に入れた瞬間、暴発しつつある妻のエネルギーを鎮めてくれる。
夜型人間の理解を獲得するための必須アイテムだ。
効率良く朝の活動をスタートさせるための戦略的投資。
睡眠は、レム睡眠+ノンレム睡眠の2つが1セットとなって、90分サイクルで繰り返される。
その間に、記憶の整理、強化を行ったり、脳に溜まった老廃物を流したり、と様々なメンテナンスを行う。寝ている間も脳は活動をしており、電源は入っているがパソコンのスリープような状態になる。
僕はこの状態を7時間は確保し、翌日の朝に向けてエネルギーを充電する必要がある。それが朝の集中力を生み出し、仕事の生産性に大きく影響するからだ。
だから、より安定した睡眠環境を確保するために、妻への貢物は欠かさない。
鍵は「ロールケーキ」。たまに「チョコレートケーキ」。
スタートダッシュのタイミングではまだ遅いようだ。
入念な根回し。
レースは走り出す前から始まってはいない。常にレースなのだ。
生産性をアップさせるための必須事項。
それは「睡眠」と「ロールケーキ」である。
◻︎ライタープロフィール
吉田健介(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1981 .7.22 生まれ。兵庫県西宮市育ち。現在は京都府亀岡市在住。
関西大学卒業、京都造形芸術大学(通信)卒業、佛教大学(通信)卒業。現役の中学教師。美術と数学の二刀流。
趣味はパーカッション(ダラブッカ、フレームドラム、カホン)。
最近は、写真にも取り組んでいる。kensukeyoshida89311.myportfolio.com
http://tenro-in.com/zemi/97290