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週刊READING LIFE vol.54

「知らないよな、もう家族全員で一緒に食事ができる日々が来ないって事を」《 週刊READING LIFE Vol.54「10年前の自分へ」》


記事:中野ヤスイチ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「10年前、あなたは何をしていただろうか」
 
僕は始めて実家を離れて一人暮らしを始めた。
不安と希望が入り混じった気持ちを胸に秘めて。
 
22年間、実家を離れた事が無かった。
大学を卒業した後、奈良県の大学院に進学する事が決まった時から、
この日が来る事が決まっていた。
 
大学院が受かった時は、嬉しい気持ちで一杯だった。
これで、一人暮らしができると喜んでいた。
 
その時は……。
 
知らなかったのだ、もう、家族全員で一つのデーブルを囲って、食事をする事がなくなるなんて。
 
僕は、3人兄弟の次男で、生まれた時から、一つ上の兄が居て、モノ心が付いた時には、4つ下の弟がいた。
 
いつも食卓はうるさかったし、嬉しい時も悲しい時も、常にどちらかが話を聞いてくれていた。遊ぶ時も、常に一緒だった。
 
そんな環境で、22歳になるまで過ごせた事が、ラッキーだったのかもしれない……。
ただ、いつも父親は僕ら兄弟に向かって言っていた。
 
「家族5人で一緒に食事を取ることができる時間は限られている。なるべく、家族5人で一緒に夕食を食べよう」
 
当時は、この言葉をそこまで意識していなかった。なんとなく、聞いていただけだった。
 
今になって思う、父親が言っていた事はとても大切だったって……。
 
父親は高校を卒業して、18歳から一人暮らしを始めている。きっと、その時の想いが強く残っていたのだろう。
 
だから、子供が成長していく過程で、家族皆で一緒に食事をできる回数は後何回くるのだろうって、考えていたに違いない。

 

 

 

実家を離れる日が来た。その時を忘れる事は出来ない。
夜行バスで大阪に向かう事にしていた。
 
片道切符を手に握りしめた僕は、父親、母親と一緒に3人で、バスの待合室でバスが来るのを待っていた。
 
何を話したかまでは覚えていない……。
おそらく、ほとんど会話をしなかったんだと思う。
 
バスが駅のロータリーに入って来るのが見えて、待合室を出た。
 
なんとも言えない空気の中、大きな荷物をバスのトランクに入れる為に、バスの運転手さんに預けて、乗り込む前に、一言だけ会話をした。
 
「体だけはくれぐれも大事にしろよ、何かあったら連絡してこい」といつもの強気な父ではなく、涙目になった父は、やさしく言ってくれた。
 
「ありがとう、頑張ってくるよ、夏には帰ってくるから」と目を見ずに言った。
もう、父親と母親の顔を見る事ができなくなっていた。
 
ここで、寂しい顔をしたら、負けだって思った。
 
ずっと、母親は涙をこらえようとしていたのだろうか、父親の後ろに隠れるように、寄り添って立っていた。
 
バスに乗り込んだ後も、父親と母親は家に帰ろうとはせずに、ロータリーで見守ってくれていた。バスが出発した後、父親が母親に何かを言って、背中を丸くしながら父親と母親が家に向かっている姿が遠目に入っていた。
 
その時になって、自然と目から熱いモノが流れていた。
流れ始めたら、抑える事は出来なかった。
 
一緒にバスに乗っている人に悟られないように窓向いて、イヤホンをして、いつも元気を出す時に聞く曲を流して、父親と母親、兄と弟にメールをした。
 
「今までありがとうございました。また、会える日を楽しみにしています」とだけ書いた。
 
短いメールを送った後、バスの窓から外を眺めている内に静かに眠りについた……。
 
起きた時には、大阪に着いていた。
携帯をみたら、父親からメールが届いていた。
 
「また会える日を楽しみにしています。お体をご自愛ください。父より」と書かれていた。

 

 

 

あれから、10年の月日が経った……。
 
10年前、実家を離れる時、10年後がどうなっているかなんて、想像もしていなかった。
それが、人生なのかもしれない。
 
今の僕は、妻と3歳になる子供と一緒に暮らしている。
 
あの実家を離れた日から、両親、兄弟と一緒に暮らす日々を過ごした事はない。
そして、もう一生、そんな日々が訪れることもない……。
 
最後に家族5人全員でテーブルを囲って食事をしたのは、父親から自身の病気について、話を聞いた時だった。
 
「できればもっと、みんなと一緒にいたかった……。でも、それはもうかなわない……。お母さんを頼みます……。3人の息子が無事に大人になってくれて、本当にありがとう。久しぶり、家族5人が揃って、食事ができるのに……」とわざわざ立って、僕らに向かって、最後は涙を流しながら、お辞儀をしていた。
 
その話を聞いてから、2年後に父親は亡くなった……。
最後に父親から聞けた言葉は「もどかしい」だった。
 
きっと、父親はもっと家族全員でテーブルを囲って、食事をしかったに違いない。
それが、父親にとって、一番幸せな時間だったのだから。
 
今ならわかる。家族で一緒に食事を取る時間がいかに幸せな事なのかを……。
 
次の10年後、自分はどんな人生を送っているのだろうか。
それはわからない。
 
でも、間違いなく言える事は、「家族と一緒にテーブを囲って食事をする時間」がとても大切で、幸せな時間だと、父親と同じように、妻や子供に言い続けているに違いない。
 
そう、人生において、幸せな時間は身近にあって、想像以上に短い。
それを、10年前の自分に伝えてあげたかった。
 
「知らないよな、もう家族全員で一緒に食事ができる日々が来ないって事を」
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
中野ヤスイチ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

島根県生まれ、東京都在住、会社員、妻と子供の3人暮らし、東京薬科大学卒業、奈良先端科学技術大学院大学卒業、バイオサイエンス修士。父親の転勤の影響もあり、島根県、千葉県、兵庫県、埼玉県、奈良県、佐賀県、大分県、東京都と全国を転々としている。現在は、理想の働き方と生活を実現すべく、コアクティブ・コーチングを実践しながら、ライティングを勉強中。ライティングを始めたきっかけは、天狼院書店の「フルスロットル仕事術」を受講した事

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2019-10-21 | Posted in 週刊READING LIFE vol.54

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