週刊READING LIFE vol.67

「世間様」とは何様か問題《週刊READING LIFE Vol.67 「世間体」》


記事:長島綾子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「おめでとうござます! 安産でしたね。元気な女の子ですよ」
 
7年前、分娩台の上で助産師に告げられた時、私はなんと返事したのだろう。
おそらく出産直後でもお得意の営業スマイルで「ありがとうございます」なんて答えたのだろう。
 
内心毒づいていた。
「なにが安産だ。さっぱりめでたくない」
 
陣痛は前日夜に始まった。なんとなく、微妙に痛む。本当に陣痛か。時間を計ると陣痛のようだ。
迷いながら病院に連絡し、タクシーで向かう。その後も「なんとなく痛い」がダラダラ続いた。不快だった。子宮口が10センチ開いたら分娩開始といわれているが、そこから3時間もかかり、20時間の陣痛後にやっと娘は出てきた。これのどこが安産というのか。
 
マル高(ひと昔前35歳以上での出産をこう言った)手前での初産とあり、不測の事態に備え大学病院で出産することにした。親子別室、4人相部屋。
あんなにたいへんな思いをするなら自腹でも個室にすればよかったと心から悔やんだ。
 
親子別室ならいいじゃない、と思われるかもしれない。いや。授乳時間のたびに新生児室に呼ばれて授乳するのだが、私と娘は授乳のタイミングがうまく合わず、満足に飲ませることが難しかった。他の母らが授乳が終わり部屋に戻っていくのに私たちだけが終わらない。また休ませてもらえないのだろうか、と不安が募る。
授乳以外のタイミングで娘が泣くと、容赦無く看護師に呼ばれた。私が寝ていようが夜中であろうが「ながしまさーん、赤ちゃん泣いてますよー」と呼ぶ声の主は、天使の姿をした悪魔だった。
 
後から知ったが、その病院は母乳信仰だった。つまり、完全に母乳だけで育てることを推奨し、人工的なミルクを与えないでも育児できるようにと母子を教育するシステムである。
入院中一度もミルクを飲ませることがなかった。
だから私は寝られなかったし、お腹の空いた娘も寝られなかったのだ。
 
地獄の入院生活が終わり、自宅へ帰りいよいよ育児が始まった。
その生活は、入院時以上の地獄であった。
 
娘は夜、寝なかった。一睡もしないのだ。
私が抱っこしていないと泣く。抱っこであやして寝たなと思い、ベットに置くとすぐに目を覚まし泣き出す。まただと絶望的になり、仕方なくベットから拾い上げる。抱っこが一晩中続く。すぐに腱鞘炎になった。
 
しっかり栄養を取るようにと、実母は料理を届けてくれた。ありがた迷惑なことに、その度に母乳が足りていないんじゃないか、家事の要領が悪い、もっと料理をするようにと助言してくる。授乳にオムツ替え、抱っこの連続、その合間に買い物に行き、ご飯の支度をする。夜になればお風呂に入れ、恐怖の寝かしつけが明け方まで続くというのに。
 
もっと楽になれる方法がいくらでもあったであろうに、私は必死で「いい母」になろうともがいた。
「いい母」とはつまり、「世間様」という「神様」が決めた「母」という理想像だ。「世間様」は常に私を監視している。「世間様」が決めた「決まり」を私が忠実に守っているか、「いい母」であるよう努めているかを四六時中見張られた。
 
「そんなことをしたら『不真面目なお母さん』って思われちゃうわよ」
ネイルに行きたいなあ、とボソッと呟いた私に、実母はこう言った。敗戦後の高度経済成長期を生きた母にとって「世間様」は何よりも崇高な「神様」なのであろう。ある意味仕方ないことなのだが、このような言葉一つ一つが私の心を蝕んでいった。
 
「世間様」はじわりじわりと支配を強めていく。私はその奴隷と化し、心を動かすことを諦め、ただ「世間様」に認められる母となるよう必死に体に鞭打った。
「世間様」は容赦なく私を罵る。子供一人も育てられない女なんてダメ女だ。この少子化の時代、不妊治療で苦しんでいる人がたくさんいるというのに元気な女の子を出産できて幸せではないか。助けてくれる母や夫がいるのに不満を言うなんてワガママだ。母は睡眠不足なのは当たり前だ。こんな可愛い子と一日一緒にいられるのに辛い顔をするなんておかしい、と。
 
今思えば「産後うつ」であったのであろう。無理もない。ただでさえ体は出産後で疲弊し切っているうえ夜は泣く娘を抱っこするために一睡もできない。体はフラフラ、おまけに出産後はホルモンバランスが乱れるため、体も心もかなりのダメージを受ける。それでも必死で「世間様」に認められるように「いい母」を演じようとしていたのだから。
 
娘を可愛いとは1ミリも思えなかった。
よく川に身を投げなかったなあと思う。今思い返してみても、あの時の私の不毛な苦しみを思うと体が重くなる。八方塞がりの中よく頑張ったねと自分を抱きしめてあげたい。
 
一年半後、私は仕事に逃げた。もう「いい母」になんかなれない!「世間様」のご期待に沿うことが出来ないのです、と「世間教」から脱退したのだ。「世間様」から逃れられたと思いきや「世間様」は姿をかえ、私のことを監視し続けた。心療内科に行っていたら確実に「うつ」と診断されていただろうなあと思う。こういう時は、初期の段階でちゃんと治療することをオススメする。そうでないと、この手の病気はなかなか完治しないから。逃げてもまたぶり返す。
その後、カウンセリングやコーチングにだいぶお金と時間をかけてしまった。
 
日本が「世間様」を崇拝するのは日本には宗教がないからだ、という話をかつて聞いたことがある。
その出所を突き詰めることが出来なかったのだが、「世間学」なる学問を伝えている現代評論家の佐藤直樹氏は、行きすぎた世間体に縛られる日本の社会に警鐘を鳴らしている。
 
キリスト教や仏教では「聖書」や「お経・経典」などがあるが、「世間教」には明確な決まりが存在しない。
 
「世間様」とは何様なのだろうか。
私はこう考える。個人の頭の中で作られた偶像であり、言ってみれば一億三千万個の「世間様」が日本に存在するのだ。育った環境、両親との関係、地域や学校、職場、出会う人などによって「世間様」は変化するようにみえる。だが実際は、一つ一つの要因がAさんの頭の中でグルグルと巡り、解釈されることによって「Aさんの世間様」が出来上がるのだ。「Aさんにとっての世間教」の教祖はAさん自身であり、信者もAさん一人なのだ。
 
日本に一つとして同じ「世間様」は存在しないというのに、日本国民皆が「世間教」の信者であるとはおかしな話だ。
 
断っておくが、決して「世間様」は悪モノではない。「世間様」がいてくれるからこそ保たれる社会的秩序があり、人として正しい行いをすることができる。
だが、個人の中でどんどん勢いを増し、健全な精神や肉体を蝕むまで肥大化すること、そこに「世間様」の大きな問題がある。ましてや出産後などはなかなか外出や社会と接点を持つことが難しい。そのような状況では「世間様」はなおさら勢力を強めてしまう。
 
「世間様」を肥大化させないためにも、私たちは普段から「自分の心の声」に耳を傾ける必要がある。
自分はどうしたいのか、どうなりたいのか、何が好きでなにを大切にしていきたいのか。
今さかんに企業でも「マインド」を体の健康と同じように重要視している。だが我々日本人は自身の「マインド」を重要視することに、どこか胡散臭さを感じているようだ。「心」や「気持ち」を尊重することは生産性の無いこと、ましてや男がそんなことをするなんて女々しいことよ! 的な考えで。
 
これも、「世間様」のお力の賜物である。度を越した「世間教」も充分に胡散臭い宗教だというのに。
「世間様」は恐れているのだ。一億三千万個の「心」が自身の存在に目覚め、力を発揮し、「世間様」の言うことを聞かずにワガママに振る舞うことを。
 
なにも暴動を起こす必要はない。「世間様」と「心」が仲良く共存する個人を形成すれば良いのだ。そのためには、やはり意識して「自分の心の声」に耳を傾けることが肝要だ。そして、必要に応じて「世間様」が譲歩したり、「心」が譲歩したりする。お互いがお互いの意見を聞きながら、最もよい「解決策」を講じる。どちらかが一方的になってはいけない。どちらの言い分も聞くのだ。
 
長いこと「世間様」の奴隷であった私は、「自分の心の声」に耳を傾けるのがいまだに下手である。そして「心」の方も、奴隷生活に慣れきっていたので鎖から外され自由になったことに戸惑い、ボソボソと独り言を言う有様だ。
 
それも仕方がない。気長に、丁寧に時間をかけてやっていくしかない。自身の幸せ、娘の幸せ、家族、私を応援してくれる人の幸せのために。
 
7歳の娘は、お風呂から出て私が髪を乾かすうちにコトリと寝てしまう。一度寝たら起きない。朝起こしても起きないことを差し引いても、成長したなあとしみじみ感じる。寝顔を撫でながら、あの頃の奴隷生活を共に過ごさせてしまったことへの罪悪感を抱く。
 
人とは心の葛藤の中で生きていくものだ。娘が自身の「心」の声に耳を傾け、「世間様」とうまく付き合っていける人になることを心から祈る。大丈夫。娘は娘の人生を生きる力が備わっている。
母は娘を信じ、見守っていくしかない。
自身の「心」と「世間様」がうまく共存することを大切にしながら。
 
 
 
《写真は奴隷生活を癒してくれたピカチュウ》
 
 

◽︎長島綾子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
18年日系航空会社でCAを経験。令和元年5月に退社。
接遇・コミュニケーション講師として活動を開始。
好きな食べ物は餃子。

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2020-02-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.67

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